アクリル板で仕切られた小さな面会室には、それぞれの側に椅子がふたつ並んでいっぱいになるほどのスペースしかない。コロナ禍ということもあり、アクリルの下までガムテープでぎっちり塞がれ、耳をすまさなければ相手の言葉を上手く聞き取ることができない。小さなマイクも途切れ途切れに、かすれた音しか伝えてくれない。それでも、声をふりしぼるように、目の前の男性は訴えてきた。
「まだ、これからの人生への希望を捨ててないんですよ。俺たちも人間なんです」
茨城県牛久市にある東日本入国管理センターに収容されている、ブラジル国籍のレアルジャルデル・フジナガさん(32)は8月27日の午後、自由時間に運動場で過ごしていた。その際、警備員がヘッドロックをするなど暴力を振るい、2週間の加療が必要と外部病院で診断される怪我を負った。警備員は業務委託先の民間会社に所属する男性だった。「ボールの所在について事実と違うことを言われた」という警備員側の訴えが報じられており、フジナガさんもそれを認めているが、どのような背景があれ、身体的暴力を加えていい理由にはならない。
私が面会に訪れたのは9月28日、受傷から一カ月以上が経っていたが、フジナガさんは首にコルセットをつけていた。首が思うように動かせず、日常生活にも支障が出ている。
警備員側は謝罪に来たものの、その時の印象をフジナガさんはこう語る。「素直に謝ってほしかったです。“冗談のつもりだった”と、向こうの主張は8割方、言い訳でした。でも“冗談”というのは事実ではありません。(男性とは)運動場で顔を合わせることはありましたが、冗談を言い合うような親しい間柄ではないんです」。
フジナガさんはうつ病と診断されており、「もしも運動場に出たら、また暴力を受けるのでは」といった恐怖から、抗うつ剤を飲む量が増えてしまったと語る。入管への収容には事実上期間の上限がなく、裁量次第で無期限に人を閉じ込められるこの体制は、2020年に国連人権理事会の恣意的拘禁作業部会から国際法違反だと指摘されている。いつ出られるかも分からない不安もまた、「薬でやわらげるしかない」とフジナガさんは語った。
この事件について入管庁警備課に問い合わせたところ、「収容施設で管理している立場として、当庁に対する信頼を損なうものであり大変遺憾。警備会社に対して厳重に再発防止を求めている」としたが、どのような具体的対策を求めているかに関しては「警備会社にまずは考えさせることが必要」と返答するに留めた。また、「外部の警備員の方のみがいた場面で起きたことであり、今後、本部の入国警備官が必ず運動の立ち合いをする」としているが、過去には内部の職員による暴行事件も起きている。
フジナガさんの代理人を務める駒井知会弁護士は「入管収容施設の中では、過剰としか思われない手法で、被収容者に対して多人数の職員が激しい暴力が振われるケースも、数多く報告されています」と指摘する。
「入管は国際法のルールや国連機関の勧告などを堂々と無視して、人間たちから、人権や尊厳を剥ぎ取りながら無期限収容を行なっている組織です。その組織のトップから現場まで、施設の中に閉じ込めている人々や手続きの対象となる人たちが、痛覚も感情も矜持もある同じ人間であるということを、理解できていないのではないかと強く危惧しています。加害者が入管の職員であっても、施設内で働く民間会社の警備員であっても、その点は変わりません」と語った。
この事件は「たまたま」起きたのではなく、外国人を飽くまでも「管理」「監視」の対象として見る、不透明な入管行政の構造的な問題を示している。誰かがまた傷つき、亡くなってからでは遅すぎる。この肥大化し続けるブラックボックスに、メスをいれるときではないだろうか。
(2021.10.4 / 写真・文 安田菜津紀)
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