センシティブなシーンの撮影から俳優を守る専門家、インティマシー・コーディネーターとは 浅田智穂さんインタビュー
2017年にアメリカで広まった#MeToo運動以降、過去の性暴力の告発が映画やドラマ業界で相次いできました。時には、撮影や映画作りの過程でハラスメントが起きてしまうこともあります。
今、性的なシーンの撮影に、俳優、制作スタッフが安心して臨める環境を作る専門家「インティマシー・コーディネーター」の起用が広まりはじめています。
日本の映画での最初の取り組みは、水原希子さん、さとうほなみさんがダブル主演を務めた『彼女』で、日本人初のインティマシー・コーディネーターである浅田智穂さんは、この撮影のためにトレーニングを受け、資格を取得したといいます。
浅田さんはその後も、篠原涼子さん主演のドラマ『金魚妻』など、数々の作品に携わってきました。健全な撮影環境を作るために、どんな取り組みが行われているのか。浅田さんに伺いました。
――改めて、インティマシー・コーディネーターとはどういった仕事なのでしょうか?
インティマシー(Intimacy)という言葉は、英語で「親密さ」という意味があります。インティマシー・コーディネーターとは、簡潔に説明すると、映画やドラマの撮影で、俳優がヌードになったり、キスシーンや疑似性行為を行うシーンで、俳優の身体的、精神的な安全を守りつつ、監督の演出意図を最大限実現できるようにサポートするスタッフです。
いつ頃この仕事が生まれたのかについては諸説ありますが、2018年に、アメリカの放送局HBOが制作した作品で、インティマシー・シーンがとても多いものがあり、その安全性のために導入されたのが、映像業界でのスタートといわれています。その後、#MeToo運動などが重なって、需要が増えたと言われています。
私が把握している限り、日本人で、インティマシー・コーディネーターとして日本で仕事をしているのは2人です。世界全体でも100人に満たないほどの人数ではないかと思います。ハリウッドでは需要が増えていて、中にはトレーニングを受けておらず、認定されていないコーディネーターもいる、という指摘もされています。
――浅田さんがインティマシー・コーディネーターとなったきっかけはどういったことだったのでしょうか?
2020年の春に、外資系動画配信会社からトレーニングを受けてみないかと声をかけて頂きました。実はそれまで、「インティマシー・コーディネーター」という職業を知りませんでした。
制作する映画『彼女』の出演者である水原希子さんから導入のリクエストがあり、会社もインティマシー・コーディネーターを導入したいという方針があったようなのですが、その当時はまだ日本にインティマシー・コーディネーターがいなかったんです。
私が日米の映画製作の現場を知っていたことや、映画や舞台のキャストとスタッフの間に入る通訳の仕事をしていたので、声をかけていただけたのではないかと思います。
――新しい取り組みで、不安や心配も多々あったのではないでしょうか?
正直すごく不安でしたし、確実に煙たがられる現場もあるのではないかと思いました。私は日本とアメリカ、両方の映画の撮影現場を経験してきたので、それぞれのいいところや改善できるところがあると思ってきました。特に日本の撮影環境を向上したい、ということはずっと思っていたことです。その一翼を担えるのではないかという期待もありました。
この仕事を突き詰めていくと、俳優の尊厳に関わる大事な役割です。不安はもちろんありますが、やってみたい、という気持ちの方が強かったように思います。
――インティマシー・コーディネーターになるための研修などでは、どんなことを学ばれるのでしょうか?
私は今、LAに本拠を置くIPA(Intimacy Professionals Association)という組織に所属しています。IPAのトレーニングを受けた当時はコロナ禍で、オンラインで全ての研修を受けました。ジェンダーやセクシャリティ、台本をどういった形で読み込んで、何をしなければならないのか、監督や俳優とどう向き合うのか、同意を得ることの重要さ、同意書の作り方、どういったことがハラスメントにあたり、どういったことで防げるのか、トラウマとはどんなものなのか、研修は多岐に渡りました。前貼りなどの保護するアイテムの種類や使い方、疑似セックスシーンをより安全に、リアルに見せる方法なども学びます。
その後、試験と面談を経て、講師の方に適性を見てもらいます。丁寧にコミュニケーションをとり、同意を得るプロセスをしっかりと踏める人間かということもチェックされたと思います。
――研修を経て、どんな発見がありましたか?
日本の作品作りの過程ではどうしても、同意を得るというプロセスをふまず、「口約束」が多い印象でした。きちんと同意を得るということが、いかにアメリカでは大事にされているのか、実際に生活をして分かっていたつもりだったのですが、改めてその重要性に気づかされました。
――性的なシーンの撮影前に、どんなことを行うのでしょうか?
例えばキスシーンで、「激しく唇を求めあう」と台本に書かれていた場合、その「激しく」から想像することは人それぞれだと思います。それがどんな激しさで、どんな演出を考えているのか、監督にビジョンをお聞きします。その激しさが、少し暴力的なものなのか、それとも愛情の深さを表しているのか。あとは具体的に、口は開いているのか閉じているのか、舌は入れるのか、絡めているのか、それをどこまでどのように見せたいのかを伺います。
――事前に共有することが、俳優さんの安心にもつながっていくことでしょうか?
細かいことまで事前に確認しておくことで、当日、俳優が何を求められるのかが分からないといった状況を避けることができます。こうして俳優が、より安心して撮影に臨め、より集中してお芝居できることで、いい作品にもつながるのではないかと私は考えています。
――「同意」はとてもデリケートなものだと思います。前日に「大丈夫」と思っていても、当日、心の中では躊躇してしまうこともあるかもしれません。
プロデューサーや監督とは、インティマシー・コーディネーターが現場に入ることの意味や、どういったことを守ってほしいのかということを事前にお話するのですが、その中のひとつに、「必ず俳優の同意を得る」ということがあります。
その同意を得るときに、伝える側が、パワーバランス的に俳優よりも上の人であると、プレッシャーを与えてしまったり、強要、ハラスメントにつながってしまう可能性もあります。だからこそ、インティマシー・コーディネーターからお話する必要があることをお伝えします。
撮影当日に、「やはりできない」となった場合、それを強要するようなことは絶対にありません。それは準備段階から、プロデューサー、監督に伝えています。ただ、そうならないように、事前にしっかり準備するのが、私の役割だと思っています。
インティマシー・コーディネーターは、前貼りのお手伝いなど、様々なケアをさせて頂くので、俳優とのコミュニケーションを大事にしています。
――女性の俳優さんの場合、生理の周期などへの配慮もあるのでしょうか?
女性の俳優さんと面談する際、生理の周期もうかがいます。その時期を避けて撮影ができればベストなのですが、上手くスケジューリングができないことも多々あります。女性の生理中は、何かを汚してしまったりという心配だけではなく、精神的にセンシティブになっていたり、体が触れた時の感覚も普段と違ったりすることもあるので、そうしたことを出来る限りケアしています。
――撮影の順番や、現場の人数などについても考慮するのでしょうか?
できればセンシティブなシーンを、その日の撮影の最初にできないか、というリクエストをすることもあります。そういったシーンの前は、お腹いっぱいにしたくないという俳優さんもいますし、心配事の多い場面を朝いちばんに終わらせた方が、その後の撮影により集中ができ、いいお芝居ができるという方もいます。
また、今まで日本にはあまりなかった「クローズドセット」というコンセプトがあります。撮影当日は、メイク部や衣装部の方々と協力して俳優さんのケアをするのですが、センシティブな撮影は最少人数で行うということをお約束頂くことです。明確な人数を事前に決めるわけではありませんが。自分がそのシーンの撮影に必要だと思う方は残って下さい、という形で協力を頂きます。もしも「あの人は誰なんだろう」という不安の声が俳優からあがった場合、その人の仕事や役割について説明します。
やはり過去、当日の撮影に関係のないスタッフが来ていた、普段いない人が来ていた、という相談を受けたこともありました。もちろんそのようなことがきちんと配慮された現場もありますが、そういったトラブルも耳にしています。
――インティマシー・コーディネーターが関わることで、俳優や撮影現場、作品にはどんな変化が生まれるのでしょうか?
インティマシー・コーディネーターがいることで、全員が共通認識として「気を付けていこう」ということを念頭に置けるのではないかと思いますし、今まで以上に、センシティブなシーンへの意識が高まったのではないかと思います。また、共演者との許容範囲などをしっかり確認してから撮影に入るなど、それまで俳優が自分自身で担わなければならなかった配慮をインティマシー・コーディネーターが担う形になります。実際に俳優さんから、「よりお芝居に集中できた」という感想を聞けたのは、とても嬉しいことです。
――今後、インティマシー・コーディネーターとして取り組んでいきたいことはどんなことでしょうか?
将来的に取り組みたいこと、希望はあるのですが、今はとにかく認知度をあげて、現場のスタッフに理解してもらうことが一番だと思います。特に映画はたくさんの部署が関わり合っていて、どの部署が欠けても作り上げられないものです。そのひとつの部署になっていけたら、と思っています。
今は一つひとつ、いかに丁寧に、真摯に役割を務められるのかを大事にしています。映画やドラマができあがったとき、「いい撮影だったね」という感想を皆さんが持てるよう、作品作りに携わっていきたいと思います。
(2022.3.9/聞き手 安田菜津紀)
※この記事は2022年1月7日(金)配信 Amazon Exclusive「JAM THE WORLD – UP CLOSE」を元にしています。
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