2022年3月16日夜――港に面した岩手県大船渡市のホテルの7階で、寝支度にかかっていた。ふと、小刻みに体が揺さぶられる感覚に気づいてから、あっという間に、それは激しく強い揺れへと変わった。お茶を飲んでいたコップが床に落ち、一瞬、「このまま揺れ続けたらビルが折れるのでは」と考えたほどだった。その後、宮城県、福島県の沿岸では津波注意報が出された自治体もあり、緊張が走る。
東北の被災地3県に通って11年。これまで泊まったことのない場所に宿泊する時、海抜や指定避難場所を事前に確認することが習慣になっていたため、いざという時の逃げる先も頭に入っていた。ただ……真っ暗な夜道を、これだけ港に近い場所で、パニックにならずに歩けるだろうかと、それでも不安がよぎった。
親族の縁があって、特にこれまで長く取材をしてきたのが、大船渡市の隣町、陸前高田市だ。以前から市内の避難路は、一度検証してみたいと考えていた。
震災当時この街に暮らしていた義理の母は、市内を流れる気仙川を9キロ近くさかのぼった、上流の瓦礫の下から発見された。最後に彼女がどこにいたのかはもうわからない。ただ、指定避難所であった気仙小学校を目指し、気仙川を渡ろうとしていた可能性もあるのではないかと私は考えている。
凄まじい力で川を遡上する津波の威力を前に、地震が起きたら「川に近づかない」という注意喚起の重みを痛感する。ところが、市外から多くの人が訪れる「東日本大震災津波伝承館」から指定避難場所への道のりが、川を渡るルートであることを知った。
そこで、かつて仮設住宅で自治会長を務め、防災士の資格を持つ佐藤一男さんと共に、海に面した「東日本大震災津波伝承館」から指定避難所までを歩いてみた。
実際に避難路を歩いてみる
私たちがスタート地点として選んだのは、高田松原津波復興祈念公園の「海を望む場」だ。伝承館内を見学する多くの人たちが、ここから海と、再生途上にある松林を眺める。ここから一度伝承館まで戻り、気仙川を渡って、高台の避難目標地点へ。最終的には避難先として指定されている、丘の上の気仙小学校を目指す。
【1】 たどっていく避難路。
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【2】スタート地点の「海を望む場」。
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【3】まず伝承館の施設前に戻る。 ※「現在地」を青星で記しています
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【4】伝承館まで戻ってきた地点。
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【5】「海を望む場」から戻ってきた目の前に、避難マップがある。
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【6】伝承館の目の前の交差点から左に曲がり、橋へと向かう。
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【7】「海を望む場」から伝承館前の交差点まで6分。ちなみに点字ブロックはこの交差点までしかなかった。
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【8】気仙川にかかる気仙大橋に続く坂道を登る。ちなみに以前の避難目標地点は、川を渡ったばかりの場所に据えられていた。
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【9】橋の上までくると、海からの風に強く煽られ、向かい風に向って歩き続ける格好になった。「地震も津波も、天気なんて考えてくれないからね」と一男さん。
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【10】気仙大橋から見える水門。一部、動作不良も指摘されている。
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【11】橋をわたりきるまでに16分30秒。
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【12】この橋を渡り切った場所にわかりやすい案内がなく、目標を見失う。「ここに看板ほしいよね。避難階段がここからは見えない」と一男さん。
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【13】いよいよ高台へと登る入口へ。ここまで20分あまり。
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【14】橋を渡り切った地点から辛うじて遠目に見えていた緑のピクトグラムも、「草が生える時期であれば認識できないのでは」と一男さんは指摘する。
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【15】避難目標地点へと続く坂道に手すりなどはなく、足元灯や街灯も見当たらない。「平らな場所がないので、車いすを押す人が一瞬でも手を休める場がない」と一男さん。
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【16】坂道から階段を登った避難目標地点。ここまで約25分だが、その先の「気仙小学校」がどこなのか迷ってしまう。
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【17】一時避難施設に指定されている気仙小学校。ここに到達するまで、27分20秒だった。
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ここまでたどって、どうだろう。2011年に発生した東日本大震災の際には、揺れてから津波が街に到達するまで約40分あったため、同様の災害を想定すれば間に合う時間だ。ただ、これはあくまでも、街の地理を知り、避難経路が頭に入っている者同士が歩いたときにかかる時間だ。「どうする」「あれ、避難場所ってどこだっけ?」と混乱していた場合、さらなる時間がかかることも予想される。
この「海を望む場」から、もうひとつ避難先として考えられるのは、海の真反対側の「かさ上げ地」へ向かい、さらにその先の高台にある「本丸公園」へと逃げるルートだろう。そこで今度は、同じスタート地点から公園までを歩いてみた。
【18】「海を望む場」から歩いたルート。
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【19】まずは「伝承館」へと戻る。
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【20】伝承館前の交差点を、川のほうへと曲がらず、まっすぐに進む。
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【21】ここまでくると避難路の案内が見えてくる。
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【22】示された通り、右に曲がってかさ上げ地へと向かう。
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【23】曲がってからしばらくの道は、農用地に囲まれた未舗装の道路であるため、車いすで進むのは厳しそうだ。また、気仙川に近づくことはないが、なだらかな場所が続くため、しばらくは海抜の高い場所には行けず、不安を覚える。
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【24】この突き当りまで来たとき、表示がなく、どちらに進んでいいかわからなくなる。
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【25】やはりこの突き当りに表示がほしいところ。
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【26】この未舗装の道路と並行する舗装道路に、段差を飛び降り進んでいかなければならず、そこに続く階段やスロープは見当たらない。
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【27】枯草をかき分けて舗装道路へと降りる。これも、車椅子の人などには厳しいはずだ。
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【28】震災遺構として持ち主の方が残している米沢商店のビルの横を通り、かさ上げ地へ。
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【29】ここからかさ上げ地にあがる。斜面には階段やスロープが整備されているが……
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【30】舗装道路から、その階段、スロープの場所までが未舗装。やはり枯草をかきわけてすすむ。
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【31】かさ上げ地へと続く階段を登る。
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【32】階段を登りきると、再び案内板に出会う。ここまでの時間は約16分。
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【33】ただ、避難はここで終わりではない。岩手県が3月29日に公表した、最大クラスの「レベル2津波」が発生した場合の浸水想定によると、ここからさらに山側へと向かった陸前高田市庁舎でも、最大24㎝浸水することが予想されている。
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陸前高田市防災局は取材に対し、「市の対策本部は消防防災センター(海抜48ⅿ)に設置し、災害発生時の指揮命令を行う体制は十分な安全が確保されている」「市庁舎のサーバー等の重要設備は屋上に設置している」とのことで、災害時の初動には支障がないとしているが、いざとなったとき、役所が浸水区域内にあるというのはやはり不安を覚える。
【34】階段近くの案内板に従って進むと、いよいよ目的地である「本丸公園」が見えてくるが…
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【35】市街地であるため、行く手の道路が当日どれくらいの交通量かによって、避難時間が左右される可能性はありそうだ。
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【36】途中の図書館脇の避難地図。
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【37】いよいよ本丸公園の真下に差しかかる。
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【38】奥の高台が本丸公園。また、実は街中の道路わきなどに建てられている標識は、漢字表記とピクトグラムのみのものが目立つ。
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防災局は「本市を来訪する外国人、居住する外国人は英語を理解出来ない地域の外国人も多い」「言語に関係なく情報を素早く伝え、理解することが出来る世界共通の図記号(ピクトグラム)を使用した」と回答しているが、どちらも表記すればなおよかったのではないだろうか。津波になじみのない国、地域の人々が街を訪れる可能性もある。「ピクトグラムは、何かしらの経験があって初めて理解できるもの」と一男さんは指摘する。
【39】そしてここでも、ストレートに本丸公園の階段には進めず、少しだけ回り道をすることになる。ここに家屋がたてば、階段の位置をさらに丁寧に示す案内板も必要になるだろう。
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【40】本丸公園へはまず、スロープではなく階段であがることになる。
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【41】階段を登って一気に、さらなる高台へ。
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【42】階段を登りきると坂道になるが、幅は2人が通れるほどしかない。
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【43】坂道も登りきった。ここまで27分26秒。
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常に検証し、「アップデート」する作業も含めて「防災」
陸前高田市建設部は、本丸公園ではなく、川を渡って高台に行くルート(始めに検証したルート)を指定の避難ルートにしたことについて、「気仙大橋を渡ることの是非について議論はありましたが、最終的には避難距離を優先した」と回答している。
本丸公園への避難は、確かに距離があるため、橋を渡って高台に行くルートよりも、2分半ほど遅かった。ただ、未舗装の道路や、枯草をかき分けなければならない箇所を改善すれば、時間は短縮できる可能性もあるだろう。
実は陸前高田市内の津波防災マップは、2013年年7月時点のものから9年近く更新されていない。あれからかさ上げや区画整理が進み、街の風景は大きく変わっている。
今年3月、県は沿岸部の浸水想定を公表したが、8月には被害想定も公表する予定だ。市としても今年度末を目標に、新たな津波防災マップを作成予定だという。
「100回逃げて、100回来なくても、101回目も必ず逃げて」。
釜石市唐丹町の津波記憶石に刻まれた言葉は、何度でも避難の心得を思い起こさせてくれる。
防災とは、一度避難所や避難路を設定して終わりではない。この表示で本当に迅速な避難は促せるか、そもそも避難先はここでいいのか、常に検証し、「アップデート」する作業も含めて「防災」といえるだろう。
(2022.5.12/文 安田菜津紀)※一部写真は記録動画からの切り抜き
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