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繰り返される沖縄での性暴力 ―外務省は事件を伏せ、米兵は無罪を主張した(小川たまかさん寄稿)

本記事はライターの小川たまかさんによる寄稿記事です。

今年4月、私は沖縄で長く女性運動を続けてきた高里鈴代さんたちに話を聞くために那覇へ飛んだ。1995年の事件や、それ以前から続いてきた沖縄での性暴力と、声を上げた女性たちの話を聞くためだった。

このとき、またすぐに沖縄を訪れたいと思ったが、このわずか2ヵ月後に米兵による性犯罪が発覚し、しかもこの事実を外務省や沖縄県警が沖縄県に伝えていなかったとして大きく報道されることになるとはまさか思わなかった。

事件が初めて報道されたのは、6月25日。

沖縄県議会選挙(6月16日)と沖縄慰霊の日(6月23日)への影響を懸念した外務省が情報を伏せたのではないかという憶測も飛んだが、上川陽子外相は「被害者のプライバシー保護」が理由だとした県警を踏まえて防衛省に情報提供しなかったと説明した。

那覇地裁で行われた7月の初公判、8月後半に行われた少女とその母への証人尋問、米兵への被告人質問を現地で取材した。



95年事件の米兵は「日本の女はレイプされても訴えない」と言った

大規模な県民大会につながった1995年の「沖縄米兵少女暴行事件」で逮捕された3人の米兵たちは、事件前に「日本の女はレイプされても訴えない」と話していたという。

「自分たちの同僚もレイプしているけれど捕まっていないから大丈夫。銃やナイフを持っていないから抵抗されないし、日本では自分たちの顔はみんな同じように見えるからバレない」と。このことについて高里さんは「レイプされても訴えられないというのは、悲しいことに事実でした」と語っていた(※)。

(※)高里鈴代さんへのインタビューは「エトセトラVol.11 特集ジェンダーと刑法のささやかな七年」(エトセトラブックス)に収録。

2023年12月24日の夕方に公園にいた16歳未満の少女を車に乗せ、自宅で性的な行為に及んだ米兵は、どう思っていたのだろうか。

少女は帰宅した後、泣きながら家族に「レイプされた」と告げ、これを聞いた家族はすぐに通報した。その日中に警察による聞き取りが行われ、米兵の自宅を聞く警官に少女は場所を説明することができた。さらに少女の体に残ったDNAが採取され、2人が公園で話していた様子は近くの防犯カメラに残っていた。

米兵が警察から初めて事情を聞かれたのは年が明けて2月になってからだ。当初、米兵は「妻に事情を説明してから話す」と言い、その後の調書には「酒を飲んでムラムラし、わいせつなことをしたいと思った」「一番苦しんでいるのは被害者。被害者に申し訳ない」といった供述が残っているのだという。



ブレノン・ワシントン被告の無罪主張

しかし初公判でこの米兵、空軍兵長であるブレノン・ワシントン被告(25)は起訴事実を否認し、無罪主張を行った。

彼はその日に出会った少女を自宅に連れて行き、性的な行為をしたことまでは認めたものの、「18歳だと思っていた」「同意があった」「(性的な行為はしたが)“性交等”にあたる行為はしていない」と主張したのだ。さらに被告人質問では、車に乗った時点でわいせつ目的はなかったとか、行為の段階ごとに同意の確認をし、彼女の判断を一貫して尊重したとか繰り返した。

証拠がある部分については認め、ない部分については徹底して否認したという印象を持った。

少女がその日のうちに警察へ行かず、DNAが採取されていなければ、性的行為さえ否認した可能性があると感じた。被告が公園で声をかけたり、2人が車に乗る映像が残っていなければ、その日に会ったことさえ否認したかもしれない。

密室で行われる性犯罪は多くの場合、証言者が当事者しかいない。「疑わしきは罰せず」が原則である司法において、被害者が事件を立証するハードルは高い。

事件当日に少女が泣きながら家族に被害を伝えなければ、家族がすぐに通報しなければ、そして公園の様子を偶然撮影したカメラがなければ、事件化が断念されたかもしれない。この点は何度言っても言い過ぎることはない。

7月、初公判時の那覇地裁。(筆者提供)



2023年に再改正された性犯罪刑法の意味

2023年7月13日に、性犯罪に関する新たな刑法が施行された。性的同意年齢は16歳に引き上げられ、暴行・脅迫を要件としていた「強制性交等罪」は、同意・不同意に重きを置く「不同意性交等罪」に変わった。また、それまで強制わいせつ(半年以上10年以下の懲役)として裁かれていた指や異物の膣や肛門への挿入が、懲役5年以上の「不同意性交等罪」となった。

この改正が行われる前であれば、ワシントン被告の否認はもっと楽だっただろう。性交同意年齢が改正前の13歳のままであれば、16歳未満の少女を「18歳だと思った」と主張しなくても良かった。また「強制性交等罪」であれば、行為に及ぶ際に暴行・脅迫がなかったのであれば罪に問われなかった。

これは筆者の推測に過ぎないが、取り調べ中のワシントン被告は起訴されるとは思っていなかったのかもしれない。素直に反省を示していれば許される、その程度のことだと。現在の刑法において、懲役5年以上を求刑される可能性があると知ったのはいつだったのだろう。



指差した家が同じだった「7月末の被害」

少女への証人尋問でわかったのは、彼女が7月末にも被害に遭っていたことだ。妹と歩いていた少女は路上で車に乗った外国人の男から声をかけられ、体を触られるなどの性的な被害に遭っている。当時、このことを学校で相談していた。

少女はこのときの男をワシントン被告だと思うと法廷で話した。なぜなら、7月の男が「マイハウス」と指差した家が、12月にワシントン被告に連れて行かれた家と同じだったからだ。

12月、外国人の男は公園で「自分は軍の特別捜査官」と言った。銃を持った写真も見せられた。車で話そうと言われ、逆らうのが怖かった。車で連れて行かれた先が7月に見た家と同じと気づき、逃げられないと思った。彼女が語る事件当時の状況はこうである。

予想されたことではあるが、ワシントン被告は7月の男を自分ではないと否認した。さらに、7月の事件が少女の作り話だと思う理由について自論を法廷で話し、結局この主張は記録から削除された。



「捕まっていない」「抵抗されない」「同じように見えるからバレない」

たとえ12月の事件が有罪判決となっても、7月の事件が今後罪に問われる可能性は低いだろう。少女や妹の証言があっても、物証がないからだ。

1995年の事件で、犯人たちが語っていたという言葉が思い起こされる。

「自分たちの同僚もレイプしているけれど捕まっていないから大丈夫」
「(日本の女性は)銃やナイフを持っていないから抵抗されない」
「日本では自分たちの顔はみんな同じように見えるからバレない」

日常の中で、簡単に、あまりにもたやすく、加害行為は行われる。加害する側が「大したことない」と思っているからだ。そして多くの被害は、法廷までたどりつかない。法廷に立った被害者は「抵抗しなかった理由」を繰り返し尋ねられる。司法は、被害に遭って傷ついた側を必ずしも守るものではないからだ。

性別、年齢、地位。さまざまな関係性における権力勾配がある上に、沖縄では「アメリカと日本」「『本土』と沖縄」の関係が加わる。

私たちはわかっているはずだ。いくつもの被害が見過ごされた上で、今回の裁判があることを。事件が伏せられた理由が「被害者のプライバシー保護」と説明される欺瞞を。私たちの社会では、少女の安全を守るシステムが起動しなかった。この現実を、何度言っても言い過ぎることはない。

7月11日に沖縄で行われたフラワーデモの様子。(筆者提供)

【プロフィール】

小川たまか(おがわ たまか)

1980年東京生まれ。大学院卒業後、2008年に共同経営者と編集プロダクションを起ち上げ取締役を務めたのち、2018年からフリーライターに。Yahoo!ニュース個人「小川たまかのたまたま生きてる」などで、性暴力に関する問題を取材・執筆。2023年にYahoo!ニュース個人「オーサースピリット大賞」を受賞。著書に『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』(タバブックス)、共著に『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない―性暴力をなくす30の視点』(合同出版)など。2024年5月発売の『エトセトラvol.11 特集・ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める。

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