クルド人差別を許さない条例・法律の制定を―この社会を変える責任を持つ者として
2025年3月23日、さいたま市でクルドの新年を祝う「ネウロズ」が開催された。一時ヘイト行為を繰り返す人々が押し掛けるも、差別に反対する人々の迅速な対応もあり、祭りは晴天のもと素晴らしい時間となった。

さいたま市桜区の秋ケ瀬公園で開催された、クルド人の伝統的な祭り「ネウロズ」の様子。(佐藤慧撮影)
しかし、日本に暮らすクルドの人々を標的とした差別行為には、中々歯止めがかかっていない。埼玉県川口市などで続くヘイト街宣やヘイトデモ、ヘイトスピーチは、SNS上の差別投稿と結びつき、一層深刻さを増している。
2月13日、東京都千代田区の弁護士会館にて「人種差別の現状と法律・条例~クルド人排除を中心に~」と題したシンポジウムが開催された。シンポジウムではその深刻な被害の実態や、法や条例制定の必要性、そしてこの社会に生きる一人ひとりの責任などについて語られた。
市民の声を届け続ける重要性
「日本国籍を持つ人間、そして埼玉県に住む人間として、何とかしなければいけないと思い活動を始めました」
最初に発言を行ったのは、埼玉県で差別禁止条例の制定などを求める市民活動を続ける中島麻由子さんだ。クルドの人々へのヘイトが激化していく状況を、資料とともに説明した。
2023年、多くの問題を抱えながらも改定入管法が成立した。当時、そうした入管法の問題点を指摘するため、国会で発言したり、メディアの取材に応じたりするなど、当事者として声をあげるクルドの人々にも注目が集まった。
日本に滞在するクルドの方々の在留資格は、子どもたちも含めて非常に不安定であり、多くの場合「仮放免」という状況で暮らしている。移動の自由すらもなく、進路選択の壁や経済的な困窮のほか、収容や送還の不安、差別や偏見など、多数の困難に直面している。
「こうしてクルドの人々に注目が集まったことで、レイシストに(ターゲットとして)“発見された”という経緯があると思います。“モノ言うマイノリティ”に対する攻撃として始まったんですね」
差別扇動の背景には一部メディアも加担しており、中島さんは「こうした報道がレイシストに“根拠”を与えてしまった」と指摘する。中には「川口市では毎月1000人ずつ人口が減り続けている」というデマとともに、川口市とはまったく関係のない地域の写真(人の姿のない商店街)を掲載している雑誌もあることをシンポジウムでも紹介した。
また、排外主義的な発言を繰り返す政治家の責任についても語った。
「そうした政治家は『自分たちは一部の悪い外国人を指摘しているんだ』と言いますが、そうした“一部の外国人”という言い方そのものが、個々の事例を越えて“外国人”そのものに対する偏見を植え付けてしまう――。まさにそれがヘイトスピーチの害悪なわけですから、そうした発言の危険性は認識して欲しいと思います」
SNS上での差別書き込みや、クルドの人々の開催するイベントの妨害など、状況は日に日に悪化している。中島さんは最後に、市民の声を届け続ける重要性について語った。
「市の反応は鈍いですが、現在の埼玉県知事(大野元裕氏)はヘイトスピーチ解消法の策定にかかわった人物。差別の危険性や条例制定の必要性は十分に理解しているのではないでしょうか。現状はまだ具体的な案は出てきていないかもしれませんが、だからこそ、市民の声を届け続けることが重要だと思います」

東京都千代田区の弁護士会館にて開催されたシンポジウムの様子。(佐藤慧撮影)
権利を守ってくれる主体が存在しない
続いて日本クルド文化協会の代表理事、シカン・ワッカスさんがマイクを握った。同団体は2013年に設立、シカンさんは16年から代表を務めている。
「現在日本には約2,000~2,500人のクルド人が居住しています。その多くは1990年代に、トルコ政府の弾圧により日本へ逃れてきた人々です。ところが日本では、難民認定を受けることはほぼ不可能でした。年月が経つとともに、日本で生まれ育ったクルド人の子どもたちも増えており、日本社会の中で独自のアイデンティティを築きながら暮らしています」
現在の日本では、クルド人の難民申請はほとんど認められていない。トルコ国籍のクルド人が初めて難民として認定されたのは2022年8月のことだ。日本の難民認定には「生命の危険」や「自由の剥奪」といった、極めて具体的な迫害の証拠が求められる。しかしクルド人難民の場合、迫害の具体的な証拠を提示することが困難なケースが多く、認定のハードルが高い状況にある。
こうした日本の難民認定のあり方は、国際的な難民認定基準と合致しているとは言い難く、集団迫害や内戦から避難してきた人々に対しても、難民認定の解釈が恣意的で厳しすぎると指摘されている。特にクルド人の置かれている状況に関しては、その歴史や背景に関する情報が不足しており、難民審査を担当する職員ですら現状を把握していないことがある。
厳しい環境の中、シカンさんたちは様々な活動を通して地域との共生社会を育んできた。
「料理教室や、言語の学習、地域のパトロール、最近では子どもたちのサッカークラブも結成しました。また、伝統的な踊りやネウロズなど、弾圧からの解放や自由を象徴する祝祭も大切にしています」

「ネウロズ」には多くの人々が訪れ、ケバブなどの出店も賑わった。(佐藤慧撮影)
「言語の壁や法的な制約、社会的な関係など、多くの課題が残されていますが、ここ最近はクルド人に対する差別がより一層激しくなっています」
ヘイトを行う人物らによる無断撮影や、それらをインターネット上に流布し、憎悪や恐怖を煽るデマを流すなどの加害も行われている。そのため「恐くて外を歩けないという人もいます」とシカンさんは語る。
ネット上で増殖するそうしたデマは、これまでクルドの人々についてあまり知らなった人々にも偏見を植えつけ、「なんとなく恐い」「川口で大変なことになっている」などと思う人が出てきているのも問題だ。
「これまで挨拶をしていた近所の人が避けるようになった」「冠婚葬祭の会場を借りようと思っても、クルド人だというと断られるようになった」「家や駐車場を借りるのも難しくなった」「子どもが学校でいじめられるようになった」など、実生活を破壊する悪影響が、すでにあちこちで生じている。
「こうした行為を止めるためにはみなさんの力が必要です」と、シカンさんは訴える。
「私たちには、権利を守ってくれる“国”がないんです。だからこそ、差別禁止の法律などが必要なのです」
差別に抗う社会の共通認識
続いて、これまでにも多くの差別問題にかかわり、差別禁止条例の制定などにも尽力してきた神原元弁護士、師岡康子弁護士らによる発言があった。
神原弁護士からは、埼玉県南部の川口市や蕨市に暮らすクルドの人々に対し、ヘイトスピーチやヘイトデモを繰り返してきた渡辺賢一氏(日の丸街宣倶楽部)に対する街宣活動の差し止めや、その被害に対する損害賠償を求める裁判についての説明が行われた。こちらの詳細については下記記事を参照頂きたい。
続いてマイクを握った師岡弁護士は、「現状をお聞きして、差別禁止法や差別禁止条例、そしてそれらを運用するための機関の必要性を改めて強く感じた」と語る。
「ヘイトスピーチの問題はもちろんですが、入居差別や施設利用拒否といった問題も、現行の日本の法律で裁判を起こせば勝てる可能性はあります。しかし、個々のケースで裁判を起こさなければならないのか、という問題があります」
たとえ裁判で勝訴したとしても、それは法律上の違法行為にあたるというだけで、「差別である」と認められるかどうかは別問題だ。
こうした入居差別などの対応が「差別である」と認められるには、「クルド人だから貸さなかった」ということを、「被害者」が主張・立証しなければならないが、それは非常に困難なことだと師岡弁護士は続ける。
「差別禁止法がない現状では、裁判を起こしても差別として認められるかどうかも分かりません。ヨーロッパや国連の基準では、差別ではないと主張する側に立証責任を転換する仕組みが標準装備されています。しかし、日本にはそのような仕組みがないのです」
「また現在の日本では、“外国人だから”という理由での差別が禁止されていません。“良くない”とは思っていても、“差別はいけない”ということが社会の共通認識になっていないのです。差別禁止法は、そのような共通認識を作る上で大きな意味を持ちます。加えて、悪質で意図的に差別を繰り返す人に対しては、制裁が必要です。最終的には刑事罰も必要になるでしょう。これは世界共通の問題です」

シンポジウムに登壇した神原弁護士(左)と師岡弁護士。(佐藤慧撮影)
マジョリティである私たち一人ひとりの声を
このように世界の事例や社会通念と比べると、あまりにも日本社会は「差別に対して鈍感」だと言わざるをえない。また、国内人権機関(政府から独立した機関として、人権侵害の救済や人権保障を目的として設立される公的機関)が未だに設置されていないのも大きな問題だ。
国連は1993年に「国内人権機関の地位に関するパリ原則」を採択し、各国に国内人権機関の設立を推奨しており、すでに100ヵ国以上で設立され、人権保障上の重要な役割を果たしている。国連や国際人権団体からは、日本政府に対し国内人権機関の早期設立を求める勧告が繰り返し行われているが、反応は鈍い。
日本が批准している国際人権条約は、国内法としての効力を持ち、法律に対して優位性を有すると考えられている。しかし実際には多くの条約が守られていない。
条約と国内法の優劣関係については、学説上、憲法優位説と条約優位説があるが、通説的には憲法優位説がとられている。ただし条約と法律の関係については、条約が法律に優位するという見解が一般的。
(参照)日本国憲法第98条第2項
「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」
「人種差別の問題で最も基本的な条約は、人種差別撤廃条約です。この条約は、締約国に対しあらゆる人種差別を禁止し、撤廃する義務を定めています。しかし日本は禁止法どころか、差別撤廃政策すら十分に行っていません」と、師岡弁護士は指摘する。
このように、国レベルで必要とされている差別禁止法の制定には大きな問題を抱えているが、2019年に神奈川県川崎市で制定された「ヘイトスピーチ禁止条例(川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例)」を皮切りに、地方自治体では、差別をなくすための条例が制定され始めている。
「川崎市の条例は、全国でも最も進んだ条例であり、大きな効果を上げています。24年に制定・改定された反差別条例では、東京都渋谷区、三鷹市、神奈川県相模原市や群馬県太田市などで《差別禁止条項》が設けられています。差別は違法であるという認識が、少しずつ社会の常識になりつつあります」
「埼玉県では、クルド人に対する差別が深刻化しており、住民は恐怖の中で生活しています。地方自治体は、このような状況を放置することはできません。そして、行政や議会を動かすためには住民の声が必要です。このような社会でいいのかと、選挙権を持つマジョリティである私たち一人ひとりが、声をあげる必要があるのです」

ヘイトを繰り返す市議らに対し声をあげる市民たちと、市議らを取り囲む警官たち。(佐藤慧撮影)
日本社会に根強い人種差別の背景には、戦前の植民地主義や、戦後の一貫した外国人差別政策が横たわっている。今と地続きの歴史の過ちを認めず、自国優先主義や、排他的政策を掲げる公人も跋扈する中、人類が導き出した「人権」という価値観について、改めて考え、社会にインストールしていく必要があるだろう。
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フォトジャーナリスト / ライター佐藤慧Kei Sato
1982年岩手県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の代表。世界を変えるのはシステムではなく人間の精神的な成長であると信じ、紛争、貧困の問題、人間の思想とその可能性を追う。言葉と写真を駆使し、国籍−人種−宗教を超えて、人と人との心の繋がりを探求する。アフリカや中東、東ティモールなどを取材。東日本大震災以降、継続的に被災地の取材も行っている。著書に『しあわせの牛乳』(ポプラ社)、同書で第2回児童文芸ノンフィクション文学賞、『10分後に自分の世界が広がる手紙』〔全3巻〕(東洋館出版社)で第8回児童ペン賞ノンフィクション賞など受賞。
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