「安全性の懸念」を繰り返す厚労省―市民団体により続く長生炭鉱遺骨捜索

山口県宇部市、長生炭鉱――1942年2月3日早朝、坑口からおよそ1km奥へ入った坑道の天盤が崩壊し、海水が浸水、183人もの坑内労働者が犠牲になった。そのうち136人は、当時日本が植民地として支配していた朝鮮半島から強制連行された、あるいは生活苦から日本への渡航を余儀なくされた人々だった。
2025年8月25日と翌26日、市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会(以下、刻む会)」による第6次潜水調査において、事故犠牲者とみられる遺骨が収容された。発見された大腿骨など3本の骨、そして頭蓋骨は同月27日、宇部警察により人骨であることが明らかになった。
調査の続けられている海底坑道には、現在判明しているだけでも4人の遺骨が残されているという。韓国から遺骨捜索に参加したダイバー、金秀恩(キム・スウン)さん、金京洙(キム・ギョンス)さんらが遺骨発見時に撮影した映像には、当時の作業員とみられる人物の遺骨が、全身の姿を保ったまま、泥の沈殿する坑道に倒れ込んでいる様子が映っている。

2013年に完成した追悼碑はピーヤ(排気・排水筒)を模した2本のコンクリートの円柱でつくられており、右の石柱には「日本人犠牲者」、左には「強制連行韓国朝鮮人犠牲者」と彫られている。(佐藤慧撮影)
2025年9月9日、「刻む会」は、参議院議員会館にて遺骨収容後初の政府交渉を行い、外務省、警察庁、厚生労働省に要請を行った。
「刻む会」はこれまで遺骨特定のために、犠牲者遺族のDNA検体採取を進めてきており、朝鮮人遺族25名、日本人遺族6名(うち2名は同一犠牲者の遺族)のDNAデータを保有している。また韓国政府も、韓国遺族会の要請を受け犠牲者遺族の遺伝子調査を実施しており、約70名のDNAデータを保有しているという。
発見された遺骨の鑑定と身元確認は現在警察が当たっているが、今後のDNA鑑定などのプロセスについては具体的な説明を避けた。外務省は韓国側の保有する情報についても、関係省庁と連携して対応するとした。
また、「刻む会」は2026年2月7日より、「長生炭鉱遺骨収容プロジェクト2026」を実施していく予定であり、事業遂行に必要な経費3516万円を補正予算として計上するよう、厚生労働大臣に宛てた要望書を提出した。
しかし厚労省は「80年以上も前に落盤事故が発生した海底の坑道に潜水して調査することには、安全性の懸念を払拭する知見を得られていない」とし、「人骨は発見されたが、今後の潜水調査に関する財政支援などを検討できる状況ではない」という答えに終始した。今後さらに「専門的な知見を得るための情報収集」を続けていくという。なお、厚労省はいまだに長生炭鉱の現場を訪れていない。
無謀な国策により犠牲となった人々の遺骨が見つかった以上、その収容は単に「安全性の懸念のある事業」ではない。そこにある「安全性の懸念」を可能な限り払拭し、遺骨収容を進めることこそが国の責務ではないだろうか。

遺骨が発見された日の夕方、浜辺に犠牲者の名前が刻まれたキャンドルが灯された。(佐藤慧撮影)
Writerこの記事を書いたのは
Writer

フォトジャーナリスト / ライター佐藤慧Kei Sato
1982年岩手県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の代表。世界を変えるのはシステムではなく人間の精神的な成長であると信じ、紛争、貧困の問題、人間の思想とその可能性を追う。言葉と写真を駆使し、国籍−人種−宗教を超えて、人と人との心の繋がりを探求する。アフリカや中東、東ティモールなどを取材。東日本大震災以降、継続的に被災地の取材も行っている。著書に『しあわせの牛乳』(ポプラ社)、同書で第2回児童文芸ノンフィクション文学賞、『10分後に自分の世界が広がる手紙』〔全3巻〕(東洋館出版社)で第8回児童ペン賞ノンフィクション賞など受賞。
あわせて読みたい

【目標50人!9月末まで】D4Pの「伝える活動」を毎月ともに支えてくださるマンスリーサポーターを募集します!
9月1日〜9月30日の1ヵ月間で、50人の方の入会を目標にしております。
多くの方のご参加をお待ちしております!
※ご寄付は税控除の対象となります。
D4Pメールマガジン登録者募集中!
新着コンテンツやイベント情報、メルマガ限定の取材ルポなどをお届けしています。