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「道はみんなのもの」―ベネズエラの絵本が描く、権力の濫用に抗う市民たち(柴田大輔さん寄稿)

米軍によるベネズエラへの突然の軍事攻撃から1ヶ月。長年ラテンアメリカを取材してきたフォトジャーナリストの柴田大輔さんに、ベネズエラで発行され長年世界各地で読み継がれてきたある絵本に寄せて、記事をご寄稿いただきました。
柴田大輔(しばた だいすけ) 1980年茨城県出身。2006年よりニカラグアなど、ラテンアメリカの取材をはじめる。コロンビアにおける紛争、麻薬、和平プロセスを継続取材。国際ニュース情報サイト「ドットワールド」での連載「コロンビア和平から10年 混乱する農村から」など。国内では茨城を拠点に、土地と人の関係、障害福祉等をテーマに取材している。地域メディア「NEWSつくば」で活動中。(公式サイト、公式SNS:X / Instagram)

2026年1月10日、48年の歴史を持つベネズエラの児童書出版社エカレ(Ekaré)が、SNSで一冊の絵本を紹介した。タイトルは『la calle es libre(道は自由だ)』(邦訳書『道はみんなのもの』/さ・え・ら書房)。1978年、ベネズエラの首都カラカスで創設されたエカレ社が、設立初期に出版した作品のひとつだ。同社は創業以来、ラテンアメリカ各地に生きる人々の暮らしを絵本として描き、世界中の子どもたちに届けてきた。また同作は、エカレ社の代表的なシリーズ作「Así vivimos(私たちは、こう生きる)」の一冊でもある。このシリーズは、困難な社会のなかで生きる子どもたちの姿を通して、背景にある社会を描いてきた。

困難に立ち向かう子どもたち
『道はみんなのもの』は、カラカス郊外の「バリオ」と呼ばれる貧困地区の子どもたちが、自分たちが自由に遊べる公園をつくるために知恵を出し合い、大人や行政と向き合いながら行動していく、実話に基づく物語だ。およそ500万人が暮らすカラカス市。現在もその人口の約6割がバリオに暮らしている。
物語の舞台は、ベネズエラで急速な都市化が進んだ1970年代から80年代初頭。首都を囲む丘陵地帯には、仕事を求める人々が農村から流入し、バリオが急速に拡大していった。山肌には煉瓦造りの家屋が密集し、子どもたちの遊び場も次第に失われていった。

そんな状況のなか、バリオの一つであるサン・ホセ・デ・ラ・ウルビナ地区の子どもたちが集まり公園をつくるために動き出す。活動の過程では、希望を伝えようと訪ねた市役所の職員に邪魔者扱いされ、要望を書いた横断幕とともに街頭に立つと警察に排除されそうになり、選挙を控えた政治家に活動を利用されることもあった。それでも子どもたちは夢を諦めず、大人たちに働きかけ続けた。やがてその熱意は地域の大人を動かし、草の根でつながる住民同士の力によって公園は実現する。
エカレ社がこの絵本を紹介する投稿を行った約1週間前、ベネズエラでは大きな出来事が起きた。1月3日未明、米軍が首都カラカスを攻撃し、特殊部隊がニコラス・マドゥロ大統領夫妻を拘束、米国へ連行したのだ。この軍事作戦により、一般市民を含む100人以上が死亡したとされている。国際法を無視した武力行使と国家元首の拘束は、「力による支配」を肯定し、国際法秩序の崩壊につながるものとして、国際社会に大きな衝撃を与えた。しかし、反発の声が広がる一方で、米国という大国との関係を優先し、賛同する国、明確な態度を示さない国も少なくなかった。この出来事は、世界に存在する分断をあらためて浮き彫りにした。

「道は自由だ!」と叫ぶ
ベネズエラはカリブ海に面した南米大陸北端の国で、世界最大級の石油埋蔵量を誇る。石油は長年にわたりこの国の経済を支えてきたが、その依存構造は脆弱でもあった。
2010年代、原油価格の下落を契機に経済は急速に悪化。ベネズエラ国会の発表によると2018年の年間インフレ率は100万%を超え、国際通貨基金は2013年から2021年にかけて実質GDPは75%以上縮小したとしている。また、ベネズエラ国内大学などによる社会調査プロジェクト「ENCOVI」は、2019年に90%以上の世帯が多面的貧困に陥ったとし、経済的な混乱の中で医薬品の80%以上が不足し、公的医療機関の手術室の6割が機能不全に陥るなど、命に直結する危機が続いた。
さらに独裁的な政権運営と汚職も重なった。ベネズエラ人の政治学者ナスターシャ・ロハス氏は隣国コロンビアの全国紙「エル・エスペクタドール」に寄せた記事(「La migración venezolana y el tránsito de un país en movimiento tras 27 años de chavismo」2026年1月4日)の中で、「社会的な混乱の中で政府は、公権力による恣意的拘束、拷問、超法規的処刑を、国民を統制するための体系的手段として用いた」とし、「国民が生き残るためにとった行動の結果が、国民の4人に1人にあたる約770万人が国外への流出に繋がった」と述べている。

サン・ホセ・デ・ラ・ウルビナ地区の歴史は、20世紀中頃に遡る。ベネズエラでは、1920年代から始まった米国企業が主導する石油開発により、急速な工業化による都市化が進んだ。その結果、50年代に入ると農村から大量の人々が職を求めて首都へ流入した。しかし、都市に移住者を受け入れる力はなく、未利用地などに自力で家を建てるなどし「非公式居住地」が広がっていく。
かつて山には豊かな森があり、ピューマなどの動物が歩き回っていたという。住民はサトウキビやイモ、バナナを育てながら暮らしていた。しかし、人口の急増とともに、山は瞬く間に板を貼り合わせた家屋で埋め尽くされていく。その後、水道や下水、道路などのインフラは長らく整備されず、都市計画の外側に置かれた。それでも住民たちは自律的に結びつき、暮らしを立ててきた。
『道はみんなのもの』を「クルーサ」というペンネームで執筆したエカレ社代表のカルメン・ディアナ・ディアデン氏は、同社のサイトの中で、原書のタイトルとなった「道は自由だ!」という言葉を現地で実際に耳にしたと記している。「狭い通りを頻繁に通る車が子どもたちの遊びを邪魔すると、子どもたちが『道は自由だ!』と叫んでいたんです」。その場面は、絵本のなかにも描かれている。
さらにディアデン氏はこう語る。
「『道はみんなのもの』は、権力の濫用に対する子どもたちと、積極的な市民による活動の物語です」。
声を上げ、仲間をつくり、行動を続ける。年齢や性別に関係なく、町に暮らす一人ひとりが主体になれることを示している。

私たちのことは、私たち自身で決める権利がある
この物語に触れたとき、私はコロンビアで出会ったナサという先住民族の人々を思い出した。アンデス山中にあるその村では、毎年1度、村を構成するすべての集落から、子どもから高齢者まで数百人のコミュニティ成員が集まり、その年に、この土地で何が起きてきたのかを確認し、これからコミュニティとしてどのように歩んでいくのかを、数日間かけて話し合う。テーマは、教育、健康、文化、仕事、経済など、誰もが生きていく上で欠かせないことばかりだ。テーマごとに代表者が口火を切ると、その後は、大人から子どもまで、誰でも自分の意見を述べることができる。40年以上続く取り組みだ。

きっかけは、過去の歴史への反省にある。この地域の先住民族は、スペインによる植民地時代から現在に至るまで、繰り返し外部の力による暴力と収奪にさらされてきた。侵略者は、さまざまな手を使い住民を分断し、騙し、地域社会を壊した上で、土地を奪い、資源を持ち去ってきた。さらに近年は、武力紛争の中で、武装勢力や国家権力の介入によって、日常が壊されてきた。
集会の中では、教育も重要なテーマとして取り上げられる。自分のこととして、子どもたちも意見を述べる。初めは恥ずかしがっていた子どもも、周りの友人の様子を見ながら徐々に雰囲気に馴染んでいく。学校はこの間、休みになる。みんな、ノートを広げてメモを取りながら、疑問を持てば手を挙げて意見を述べる。

成果がすぐに目に見える形で現れることは多くはないのかもしれない。それでも、この営みをやめない理由について、参加者の一人はこう語った。
「同じ土地で生きる誰もが社会に参加することを自覚し、この地域を作る一人として将来に責任を持つ意識を育てる取り組みなのです。私たちの祖父母は、自治意識に無自覚でした。だから、気がつかないうちに外部の人間に権利を奪われていってしまった。この土地の主人は、私たち自身。私たちのことは、私たち自身で決める権利がある。もう、過去に後戻りはしたくありません」
子どもたちが公園をつくったベネズエラのサン・ホセ・デ・ラ・ウルビナ地区の物語と、コロンビアのこの先住民族コミュニティの営みは、遠く離れた場所にありながら、同じ場所に立っているように感じられた。声を上げ、場をつくり、他者の声を聞く。その積み重ねが、自治であり、生き延びるための知恵なのだと思えた。

批判的な精神で抵抗する
ベネズエラやコロンビアをはじめラテンアメリカの国々は、19世紀の独立以降も、植民地時代から続く大きな格差を社会に抱えてきた。限られた力を持つ人々が、常に国の中心に立ち続ける社会だ。20世紀に入ると、「裏庭」として南北アメリカ大陸への支配を強める米国の武力を伴う干渉にさらされてきた。こうした歴史の中で、大きな政治的変革を訴え権力を握った指導者には、後に腐敗し、国民を敵と味方に分断し抑圧しながら自身の権力を維持する道を歩んだ人々もいる。革命を経た中米のニカラグアでは、かつて「革命の英雄」と呼ばれた大統領による独裁に国民が苦しんでいる。内外から受ける抑圧の中で闘い続けてきたのが、ラテンアメリカの人々だった。
紛争や政変といった国際的なニュースの背後には、この現実の中で日常を少しでも良くし、生きやすい社会をつくろうと、声を上げ続ける人々の営みがある。声を上げることをやめた瞬間に、自分たちの権利が奪われてしまう。その現実を、身をもって知っている人々だ。
1月10日の投稿で、エカレ社はサン・ホセ・デ・ラ・ウルビナ地区の人々との交流を振り返り、こう宣言した。
「批判的な精神を育み、誰の前でも頭を下げず、平和的な文化によって抵抗することを、彼らは私たちに教えてくれました。私たちはベネズエラから書籍を出版し続け、国内の子どもたち、そして世界中に散らばる800万人のベネズエラ人を支えていきます」

(2026.2.3 / 執筆・撮影 柴田大輔)
<参考>
エカレ社ウェブサイト
エカレ社Instagramアカウント
『道はみんなのもの』 文:クルーサ 絵:モニカ・ドペルト、共訳:岡野富茂子・岡野恭介、さ・え・ら書房、2013年
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