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「私たちはここにいる。パンを焼き、食べ、そして祝うのだ」―ガザのデーツが包み込む物語

ガザ地区中部デイ・アル・バラで赤く熟したナツメヤシの実(デーツ)を収穫するパレスチナの人々。(モハンメドさん撮影/2023年9月24日)
イスラエルによるパレスチナの占領や虐殺は終わっていません。ガザ地区出身のD4P現地取材パートナー、モハンメド・H・サレムさんによる寄稿記事です。

モハンメド・H・サレム(Mohammed H Salem)

パレスチナ・ガザ地区出身の写真家。様々な写真エージェンシーと協働するほか、プラットフォーム「Untold Palestine」の共同創設者の一人でもある。その作品は、国内外の多くの雑誌やメディアで発表されている。また、フリーランスとして「アルジャジーラ・イングリッシュ」とも提携している。



収穫物を分かち合う共同活動

ガザにおけるデーツの収穫シーズンは、現地で「アル・ジダード」と呼ばれ、初秋に始まります。ガザの農家にとって、この季節は単なる農作業以上の意味を持ちます。それは「大地の婚礼」なのです。

想像してみてください。農夫たちは「アル・マトゥラ」と呼ばれる伝統的な繊維のロープを使い、直感的な技術でそびえ立つナツメヤシの幹を登ります。一方、地上では女性や子どもたちが、頭上でシャンデリアのように揺れるデーツの房を受け取るために待ち構えています。

ガザのデーツの品種の中でも、ひときわ目を引く深い赤色が特徴の「ハヤーニー」が主流です。この色は単なる天然の色素ではありません。ガザの温かな太陽と、たくましい土壌の反映なのです。

(モハンメドさん撮影/2023年9月24日)

摘み取り作業は決して簡単ではなく、世代から世代へと受け継がれる繊細な手仕事です。多くの子どもたちは、幼少期にヤシの木の登り方を学びます。まるで木との関係が子ども時代から始まっているかのようです。

木に登ることは危険を伴いますが、そこには人間と木との間に古くから伝わる信頼が宿っています。片手で幹を掴み、もう片方の手で房を切り、果実を優しく地面へと降ろして、次の作業が始まります。

(モハンメドさん撮影/2023年9月24日)



継続する命の証明

収穫後、デーツの一部は乾燥させるために太陽の下に広げられ、一部は日常の消費用に、そしてまた一部は来たるラマダン(※)のために蓄えられます。こうして、収穫は未来への準備の儀式となります。果実は夏の暑さをその身に蓄え、数ヵ月後のラマダンの夕べに再び姿を現すのです。

(※)ラマダン
イスラム教の断食月のこと。日の出から日没まで飲食を控える修行の期間で、日没後は「イフタール」と呼ばれる祝宴が開かれる。栄養価の高いデーツは、一日の断食を終えた後に最初に口にする「命の糧」として欠かせない存在。

このシーズンの重要性は、経済的な側面にとどまらず、明確な社会的次元を持っています。収穫は、親戚や近隣住民が互いに助け合い、籠を交換し、収穫物を分かち合う共同活動となることがよくあります。子どもたちは地面に落ちた果実を拾い上げ、笑いながら、好奇心と喜びに満ちて初物を味わいます。

ナツメヤシの木自体、現地の文化において深い象徴性を持っています。近くの海の塩分、気候の暑さ、そして水不足に耐えながらも、甘い果実を実らせる木です。ガザの人々のレジリエンス(回復力)は、しばしばナツメヤシに例えられます。大地に深く根を張り、強風の中でも毅然と立つ幹。それゆえ、収穫シーズンは継続の証――大地が今もなお恵みを与え、あらゆる困難にもかかわらず、「命が止まっていない」ことの証明として捉えられています。

(モハンメドさん撮影/2023年9月24日)



デーツとラマダン

デーツの物語を、ガザのラマダンの記憶から切り離すことはできません。この月の間、デーツは季節の果物から、食卓に欠かせない最も重要な品へと変わります。ガザの人々にとって、長い断食の時間の後に、最初に唇に触れるのはデーツです。この果実は、預言者ムハンマド(Peace Be Upon Him――彼に平安あれ)の古くからの伝統、そしてこの糧を与えてくれる大地へと、彼らを精神的につなぎます。

ガザの母親たちは、美しかったラマダンの日々を、甘く切ない郷愁とともに思い出します。食卓を豊かにするために多くのものは必要ありませんでした。デーツ、アラビックコーヒー、そして「ドゥッカ(煎った小麦やスパイス、タイムを細かく挽いたもの)」があれば、笑顔がこぼれました。

夕暮れ時、礼拝の呼びかけ(アザーン)の直前には、通りがかりの人々にデーツが配られました。それは、わずかな持ち物であっても分かち合い、愛という富を築く人々の「生まれ持った寛大さ」を体現していました。



爆撃の音に抗う不屈の香り

ラマダンが終わりに近づくと、お菓子作りの祝祭が始まります。ガザのすべての家庭で、大量のデーツが滑らかな「アジュワ(デーツペースト)」へと加工され、バージンオリーブオイルとアニスとともに練り上げられます。女性たちは木製のテーブルを囲み、イード(祝祭)を祝うための「マアムール(デーツ入りクッキー)」を作ります。

この社交的な儀式は、軍用機やドローン、爆撃の音に抗うように行われます。狭い路地の伝統的なオーブンから漂うマアムールの香りは、生命の香りです。それはガザの人々が世界に向けて放つメッセージでもあります。

「私たちはここにいる。パンを焼き、食べ、そして祝うのだ」

ガザ地区北部ジャバリア難民キャンプにて、2023年のイード・アル=フィトル(断食明けの祝祭)を前に、地元の工場でターキッシュ・ディライト(ロクム)を製造するパレスチナ人の職人たち。(モハンメドさん撮影/2023年)



ひと粒のデーツが包み込む物語

ガザにあるものは一見シンプルに見えるかもしれませんが、そのシンプルさこそが強さの源です。デーツは単なる農産物ではありません。それは夏をラマダンへ、大地を食卓へ、そして過去を現在へとつなぐ糸なのです。収穫シーズンの暑さから、イフタール(断食明けの食事)の夕べの涼やかさまで、ひとつの旅のすべてがこの小さな果実に凝縮されています。

写真もまた、単なる果実の記録ではなく、生き続けることを主張する日常の記録です。困難が日常茶飯事の場所では、儀式は一種の「不動の精神」の形となります。

家族がデーツの載った質素な皿を囲むとき、彼らは食べ物以上のものを分かち合っています。記憶、コミュニティ意識、そして次のシーズンもまた必ずやってくるという、静かな希望を分かち合っているのです。

人の手の中にあるひと粒のデーツは、小さく見えるかもしれません。しかしガザにおいて、その意味はひとつの季節を、ひとつの故郷を、そして街全体の物語を包み込んでいるのです。

イード・アル=フィトル(断食明けの祝祭)の期間中、ガザ市中心部の遊園地で楽しそうに遊ぶ子どもたち。(モハンメドさん撮影/2022年5月4日)

(文 モハンメド・H・サレム/翻訳・編集 佐藤慧)

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