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長生炭鉱 遺骨収容プロジェクトの今後について―80年以上放置され続けてきた歴史的課題

記者会見で発言する井上洋子代表(左から二人目)ら。(安田菜津紀撮影)

1942年の水没事故で183名(うち136名が朝鮮人労働者)が犠牲となった山口県宇部市、長生炭鉱での遺骨収容プロジェクトにおいて、2026年2月7日、潜水調査中の台湾人ダイバーのウェイ・スー(ビクター)さんが亡くなる事故が発生した。これを受け市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会(以下、刻む会)」は調査を当面中止することを決定し、今後の活動方針などに関する記者会見を開いた。

これまで政府は「遺骨の位置も深度もわからないため調査は困難」と関与を拒んできた。 これに対し、刻む会はクラウドファンディングで資金を集め、民間主導で坑口を開き遺骨収容を実現させた。

事故発生現場は潜水調査の入り口である「ピーヤ(排気筒)」直下であり、事前の安全対策によって障害物が完全撤去された待機・入水エリアだった。事故原因は長生炭鉱特有の危険性とは異なるとの見方もあるが、刻む会は炭鉱事故犠牲者遺族の意向を最重視し、来年の追悼集会までの1年間、潜水調査の再開についての議論を保留(ペンディング)とすることを決定した。 井上洋子代表は会見で、下記のように反省点を述べた。

「プロ中のプロですら命を落とした。市民団体がすべての責任を負って進めるにはあまりにも危険性が高い。第三者が入り、安全対策を話し合う場を持たなかったのは大きな反省点です」

現在、収容された遺骨のDNA型鑑定は手付かずの状態だ。 2026年1月の日韓首脳会談で鑑定推進が合意されたものの、所管する外務省や警察庁の回答は「韓国政府と緊密に意思疎通を行っている最中」にとどまっている。

日本人犠牲者の孫である池田ちひろさん(仮名)は、次のように国へ訴えた。

「いくら84年前であっても、人の命の重みや尊厳は変わらないと思います。国のための石炭を掘っていたということを考えると、国がきちんと向き合うべき問題です。安全に(遺骨収容を)できる技術だったり方法があるのではないか。そこを国が一生懸命考えてほしい」

そもそも84年前の水没事故は、戦時下の無理な増産体制を背景に起きたものだ。刻む会の上田事務局長は「地下労働を禁止しているILO条約を日本政府も結んでいた(※1)。また長生炭鉱では、“募集”という名目で来た人々が収容所に入れられて強制労働をさせられており、『“募集”が強制労働だった』(※2)ということが明確にわかる現場でもある」と、その人権侵害の責任は日本政府に帰するものであるとあらためて強調した。

(※1)日本政府は1932年に、ILO第29号条約(強制労働条約)を批准している。この条約の第21条には、「強制労働ハ鉱山ニ於ケル地下労働ノ為使用セラルルコトヲ得ズ」と記されている。
(※2)戦前・戦中の朝鮮半島から日本への労働力移動は、主に「自由渡航(1939年以前)」「募集(1939年〜)」「官斡旋(1942年〜)」「徴用(1944年〜)」というフェーズに区分される。1939年以降の「募集」は、名称こそ自発的に聞こえるが、実態は総督府などの行政機構を通じて各村にノルマ(頭数)が割り当てられる、事実上の強制動員だった。長生炭鉱での過酷な強制労働の実態は様々な証言にも記録されている。

また、炭鉱の水没事故2ヵ月後の1942年4月に、炭鉱会社側から《21名分の埋葬料》が支給されていた記録も今回提示された。 事故で亡くなった方々の遺体が密かに処理された疑いもあり、こうした事実関係の解明も政府に迫る。

今後の1年間、刻む会は日韓両政府に働きかけることで政治的合意を前進させることや、慰霊や伝承の場となる「長生炭鉱 海の墓標公園(仮称)」の実現に活動の軸足を移すとした。

80年以上放置され続けてきた歴史的課題に対し、国はいつ、どのように公的責任を果たすのか――。戦争という大きな国家暴力の影で犠牲を正当化し、その責任と反省を問われないままとなっている場所は長生炭鉱に留まらない。戦争という過ちを再び繰り返さないためには、まずはその「加害の歴史」に目を向ける必要があるだろう。

Writerこの記事を書いたのは
Writer
フォトジャーナリスト / ライター佐藤慧Kei Sato

1982年岩手県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の代表。世界を変えるのはシステムではなく人間の精神的な成長であると信じ、紛争、貧困の問題、人間の思想とその可能性を追う。言葉と写真を駆使し、国籍−人種−宗教を超えて、人と人との心の繋がりを探求する。アフリカや中東、東ティモールなどを取材。東日本大震災以降、継続的に被災地の取材も行っている。著書に『しあわせの牛乳』(ポプラ社)、同書で第2回児童文芸ノンフィクション文学賞、『10分後に自分の世界が広がる手紙』〔全3巻〕(東洋館出版社)で第8回児童ペン賞ノンフィクション賞など受賞。

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