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取材レポート

2022.7.9

大きな事件があったとき、私たちが心を守り、社会のレジリエンスを大切にするために

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

田中 えり Eri Tanaka

田中 えりEri Tanaka

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

田中 えり Eri Tanaka

田中 えりEri Tanaka

2022.7.9

取材レポート #医療・ケア #政治・社会

本記事は、D4Pで理事を務める小澤いぶき(児童精神科医、認定NPO法人PIECES代表)による寄稿です。


安倍元首相の事件について、さまざまな報道やSNSでの情報が流れています。事件自体は、その人に対してこれまでどんな感情を持っていたとしても、誰もが傷つきうる可能性の高いことです。誰もが知っている有名な人や、一国の首相を務めた人物など、自分たちの暮らす国と密接に関わる人である場合、より広範囲に、多くの人々に影響が起こりえます。

また、「コレクティブトラウマ」という「集団としての傷」ともなりえます。このような時に心が傷つくことはとても自然なことです。「誰もが傷つく可能性があり、集団として、社会として広く傷が生まれる可能性がある」ことを前提に、報道や、情報共有、対応を考えていく必要があります。

―目次―
①一人ひとりに起こりうること
②社会に起こりうること
③起こったことに対してできること
④子どもに対しての関わり
⑤子どもへの伝え方
⑥最後に 

 

             

①一人ひとりに起こりうること

「心が傷つく」ということは「安全を喪失した」体験でもあります。それにより、以下のようなことが起こりえます。

・社会が安全ではない、自分の周りが安全ではないという、社会の安全に対する信頼の喪失・感覚。このことによる、不安、落ち着かなさ、怒り、緊張、過覚醒など。

・過去の恐怖を感じた体験(トラウマ体験)を思い出す。このことによる、恐怖、痛み、過去を今体験しているような感覚、過覚醒、何も感じなくなる、ぼーっとするなど。

・大きなショックを受けた初期に起こりうる反応や心身の対処。涙が突然出てくる、イライラする、やる気が出ない、落ち着かない、お腹が痛いなど。

大きなストレスや危機に瀕した時、私たちは誰もが恐怖を体験したり、安全を喪失した感覚を味わったり、ストレスに対しての心身のサインが現れたりします。そしてそれが続き、安全が喪失したままであると、心がより深く傷つくことがあります。これは誰にでも起こりうる自然なことですが、それに対してさまざまなできることもあります(③以下で説明します)。
 

②社会に起こりうること

わからないことが多い複雑な状況に対して、私たちは自分たちを痛みから守ったり、自分にとって理解できる意味づけを行ったりと、それぞれに対処して、大きな痛みを乗り越えようとします。また、それが過激であったとしても、わかりやすいシンプルで、自分の感情や思想に近い情報を拠り所とすることで、安全ではない社会の中に安心を見つけようともします。これにより、自分たちと近い思想を持つ集団以外の集団を「敵」のように見なした意味づけやナラティブが生まれ、それが、特定の集団を排除したり、社会の極端な分断や暴力的な対立を生み出します。

・社会全体が混乱しており、それに伴い情報も混乱する。どの情報を信じて良いかわからない。誤った情報を信じるなど。

・社会全体が過覚醒となっており、情報が氾濫する。メディアやSNSによる更なる傷つきの広がり。

・特定の属性に対してのスティグマタイズ(加害した人を特定の属性に紐づけて属性を非難するなど)。

・社会の分断や排除の広がりと、それらを乗り越えるための各集団のナラティブによる次なる暴力や痛みの連鎖。

特に一国の首相であった方の事件であるが故に、政治的なイデオロギーが意味づけに活用されることもあります。ただ、これは、集団と集団がさらに排除しあったり、暴力的な対立を深めたりと、次なる痛みを生むことで、本来社会の持つレジリエンス(※)を損なう可能性もあり、社会の脆弱性を高めもします。安倍元首相である前にひとりの人であり、事件の情報を受け取った私たちもひとりの人です。ひとりの人として、ひとりの人の喪失をケアし、自分の傷つきをケアしましょう。

(※)レジリエンス
困難や脅威、大変な事態に直面している状況や、そこから生じた傷に対し、適応・回復していく自発的治癒力(その過程や結果を含む)などのこと。

 

③起こったことに対してできること

1)日々の暮らしの中でできること

まずは安全を確保しましょう。物理的・心理的、どちらの安全もともに大切です。

・情報から離れる
不安で情報を何度も見てしまうことは自然なことです。けれど、過激・衝撃的な言葉や映像といった情報によって、私たちは知らず知らずのうちに更なる傷つきを体験しています。情報から離れる時間を確保してみてください。

・日常を取り戻す
特に子どもにとっては、「安全な日常」を感じる体験のひとつが、「日々のルーティンが繰り返される」ことです。これは実は大人も一緒です。同じ時間に起きる、ご飯を食べる、遊ぶ、など、日々のルーティンをぜひ続けてください。

・大事な人と安全を共有する
これも特に子どもにとって、信頼できる大人やケアする大人が近くにいること、その人に体験を共有し、感情を受け止められることはとても大切なことです。

・自分にとって安心できる、その考えから離れられるリラクゼーションを試す
人によって何が自分にとっての安心かはさまざまです。どうしてもそのことを考えてしまう時、思考だけ切り替えることが難しいこともあります。お風呂にゆっくり入る、好きな漫画を読むなど、自分の普段大切にしている時間を長めにとってみましょう。

※こちらの動画も参照ください。↓
(荻上チキ)Chiki’s Talk_007_コーピング- Dialogue for People(D4P)

・深呼吸などをし、過度に緊張し、覚醒している心身をほぐす
気付かぬうちに心身は緊張しています。ゆっくり、吐く息を多くして深呼吸をしてみてください。また、肩をぎゅっと上げて下げたり、手をぎゅっと握って開いたり、緊張をほぐしてみましょう。

2)社会に対してできること

このような事件の場合、メディアの報道の仕方が更なる傷つきを生むこともあります。また、報道を行う人や、治療にあたる人、目撃した人や、加害をした人や被害にあった人の家族、近しい方の心も傷を負います。発信の仕方によっては、心の傷や痛みがさらに広がり深まったり、暴力的な対立、排除や差別が引き起こされたりする可能性もあります。それらを防ぐ方法があります。

・発信の仕方の工夫
私たち一人ひとりがメディアとなりうる時代です。衝撃的な映像や、誤情報、特定の属性への非難等、スティグマを助長する情報に関して、混乱したり、いつもよりも興奮している時は、正確に判断しきれないことがあります。そのような時は、深呼吸して拡散を保留してみてください。自分や周りを守ることにつながります。

報道の仕方の工夫(メディア向け)
―トラウマインフォームドな報道を―

a.過激・暴力的な映像や報道、繰り返される衝撃的な場面の報道は更なる傷つきを生むことがあります。慎重に取り扱うことを前提として、どうしても流す必要がある場合、暴力的な映像が流れること、離れた方が安全な場合は離れて欲しいことを事前に伝えてください。

b. 一部だけを切り取った、過激で暴力的な、時に差別やヘイトを助長し不安を高める報道ではなく、暴力的なことが起こる背景にある社会構造や解決策、起こったことに対して対応できうること(心肺蘇生など)、予防策、さまざまな人がこのようなことが起こらないためにやっていることなどの、グッドプラクティスも報道してください。

c.スティグマを助長するような報道は避けてください。加害をした人や被害に遭われた方、その家族を特定の集団や属性に紐付けて非難したり意味づけをしないようにしてください。

d.このような事件が起きた時に、誰もがこのような事件においてストレスに対してのさまざまな反応が起こること、それはとても自然であり、反応はあなたの力でもあること、しばらくすると落ち着いてくること、回復のために日常でできる対処があること、もし反応が悪くなったり、長引く場合は専門家に相談することも大切なことを伝えてください。具体的な相談先もセットで共有してください。 

e.取材を行う場合は、取材される人のプライバシーを大切にしてください。プライバシーを守られる権利があることと、その意味を伝えてください。取材により起こりうることやデメリット(無理矢理話すこと自体で自分が傷つくことがある)、拒否する権利があること、取材された後にとりさげる権利があること、取材途中に傷つきの反応が起こったらいつでも中断する保障、取材の後に傷つきやストレス反応が起こった場合の相談先や連絡先を伝えてください。また、現在取材がSNSで拡散されることも少なくありません。それにより二次被害を受けることもあります。SNSで直接拡散されづらい工夫をしてください。 

 
④子どもに対しての関わり

このような事件があったとき、子どもたちの心も傷つき痛みます。また、近くにいる大人の状況から、さまざまなことを敏感に汲み取り、不安を感じることもあります。

1)お子さんと一緒に情報から離れる時間をつくる

2)遊ぶ時間を大切にしてください
年齢にもよりますが、特に幼児期〜学童期の子どもたちは遊びを通して、危機に対処することがあります。ごっこ遊びを通して子どもなりの意味づけをしていきます。本人が遊びの中で苦しそうに、痛みの強い結末を何度も繰り返している場合は、一緒に遊びながら、痛みの少ないケアのある結末をつくり、違う遊びを共有してみてください。
過去の事実は変わらなくても、今から先の未来は自分の手でつくっていけるという感覚を取り戻していくことはとても大切です。「今度こんなことがあったら**するんだ」「もし過去に戻れたら**するんだ」という子どもの表現は、過去を過去のものとする自分なりの対処。ぜひ大切に受け取ってください。

3)共有された体験と、感情を受け止める
「こんなことがあった!怖かった、びっくりした」と言った感情を、否定せずに受け止めてください。

4)いつもと違う行動に対して否定せず、受け止める
特に幼児期は、いつもやっていたことをやらなくなる、赤ちゃん返りをしたように見えるなどということがあります。これも大切なサイン。否定したり、無理矢理やらせたりせず、感情を受け止めましょう。

5)あなたのせいではないことを伝える
特に幼児期は、起こったことも、周りで起きている大人の反応も「私のせいかもしれない」と感じることがあります。その子の責任ではないことをぜひ伝えてください。

6)子どもの言葉や考え、意見、言葉以外のさまざまな表現を大切に受け取る
自分自身が無力と感じることもあります。日常で、子どもが自分の意見や考えをそのまま受け取られる体験や、自分の願いやニーズが具体的な形になる体験、自分の選択を尊重される時間を大切にしてください。また、遊んだり、感情を共有したり、お話したり、気になることを聞くこと、今は何も言いたくないからちょっと黙ることなど、あなたの選択そのものが、あなたのできている大切なことであることを伝えてください。

⑤子どもへの伝え方

1)心身に起こっていることは自然なことであり、回復することを伝えてください
年齢に合わせて、心も傷つくけれどそれは自然なことであること、傷ついた時のサイン、回復すること、回復するための具体的な方法を伝えてください。

2)事件のことに関して伝える場合、以下のような伝え方を参考にしてみてください
・あなたのせいではない。
・いろんな感情を感じたり、心身が反応するのは自然なこと。こんな対応の仕方があるよ。
・このようなことは時に起こるけれど、毎日起こるわけではない。特に今世界で色々なことが起きていて、それによって社会に余裕がなくなっているから起こっている可能性もある。
・ただ、このようなことがおこらないように頑張っている人たちもたくさんいるんだ。
・暴力以外の方法で解決したり対応したりしていることはたくさんあるよ。例えばね(話し合い、選挙、外交、対話、司法などなど)。
・このようなことがあると怖くなったりびっくりしたり、いろんな感情が出てくることがある。心や体が、びっくりしたよ!怖かったよ!悲しかったよ!とサインを教えてくれることもある。どんな感情もサインもとても大切なこと。それはあなたの力であり、とっても大切なことで自然なこと。無理に押し込めたり、無理に語らなくて大丈夫。でも共有したくなったらいつでも言ってね。ちゃんときくよ。

*もしお子さんが、誤った情報をもとに「実はこうなんだって」ということを共有してくれたら、それを否定せず、まずは「そう思ったんだね。教えてくれてありがとう。」と受け止めてください。情報を聞いて感じたことも丁寧にお子さんの言葉を繰り返しながら受け止めた上で、「あなたと一緒に話してくれたことを考えたいから、その話を教えてくれた理由(や、その話をどうやって知ったか)をもう少し聞いてもいい?」と穏やかに尋ねてみてください。そして、その情報は実は誤っている可能性が高いこととその理由、たくさんの情報があるから、誰もが誤った情報を信じやすいこと、事実、を丁寧にわかりやすく、本人を肯定しながら伝えてください。

*お子さんが過激な言葉や暴力的な言葉を使って(自分が殺してやる!など)表現した場合も、その気持ちを受け止めてください(そのくらいびっくりしたんだね、なんとかしたかったんだね、怖かったよね)。そして、そう思ったその子の願いやニーズを丁寧に受け取ってください。その上で、実は、そういった方法以外にもたくさん解決できる方法があることを、一緒に調べたり見たりしながら共有してください。

*情報が溢れている今の状況で、実際情報から離れることが難しかったり、つい見てしまうこともあります。不安だから見るなど、その子なりの理由や、状況があります。見たことは否定せず、見たことを話せる安全を工夫しましょう。また、情報にかじりついているときは、もしかしたら不安だったり、落ち着かないサインかもしれません。何が起こっているのか、どんな時に見たくなるのか、どんな時にこのことを考えずに過ごしているか、どんな時はほっとしたり落ち着くか、その時何をしているか、などを丁寧に聴きながら、その子がやっている落ち着く知恵や、実践、離れる方法などを一緒に考えてみてください。

▼こちらの資料をぜひ参考にしてください。
子どもとの対話のヒント 紛争のニュースで感じる不安、否定せず寄り添って
https://www.unicef.or.jp/news/2022/0049.html

3)いつでもあなたのタイミングで、考えていることや気になったことを聞いていいし、話していいことを伝える
子どもたちは不安な時、繰り返し同じことを聞くことがあります。それは不安なサインでもあります。「話してくれてありがとう」と伝えた上で、受け止めていきましょう。また、思春期になると、保護者には話さないなど、大人が大変そうな時は自分の中でなんとかしようとすることもあります。

本人のタイミングを大事にすること、でも話したい時はいつでも話してね、ということを伝えてください。直接の会話より、ラインなどの方が話しやすい場合もあるかもしれません。その子にとってのコミュニケーションツールを試してみてください。

また、安全な情報の探し方や扱い方について、一緒に考えることもひとつの方法です。その子なりに過去から対処している大事な知恵や方法を持っていることも、とても多いです。ぜひその子の持つ対処や、知恵にも目を向けてください。また、その子が好きなこと、関心を持つことなど、レジリエンスを大切にしてください。

4)見通しを伝える
いつまで「いつもと違うように感じる自分」が続くのかわからないことも、不安となることがあります。だいたい数週間〜1、2ヵ月でおさまってくること、期間は人や状況によって違うこと、長く続く時には一緒にそのことを考えてくれるスペシャルな人に相談できること、具体的な相談先をぜひ伝えてください。

⑥最後に

このような事件に関わった方は誰もに大きな負荷がかかり得ます。まずご自身の心を守り、ケアを大切にしてください。

このような時に、さまざまな感情が湧き、深い悲しみや喪失を感じることはとても自然なことです。その感情を否定せず、「傷ついてたんだな。悲しかったんだな。安全じゃないと感じていたんだな」と、そっと自分の感情を受け取ってください。心の傷や痛みを過度に恐れることなく、また、なかったことにすることもなく、大切に、誰にでも起こりうることとして扱ってください。

また、このような時も、私たちにも社会にも、レジリエンスがあります。心が痛いよ、と教えてくれるサインも、それに対してこれまで対処したきた個々や地域にある知恵も、このようなことを防いだり、対処しようとしたりする工夫も、私たちにはさまざまな知恵と力があります。

特定の集団への攻撃やスティグマタイズなど、二次的な痛みが加速することが社会の脆弱性を拡げるとしたら、私たちが、少しだけ立ち止まって、レジリエンスに目を向けることで、もしかしたら未来の暴力を防げるかもしれません。まずは今を大切にしながら、もし余裕ができたら、少しだけ未来への贈り物を考えてみてください。

以下にも活用できるツールがあります。ぜひ参考にしてみてください。

子どものこころのケアに役立つ資料 | 兵庫県こころのケアセンター
https://www.j-hits.org/document/child/

「サイコロジカル・ファーストエイド 実施の手引き 第2版」
大規模災害、事故などの直後に提供できる、心理的支援のマニュアル

https://www.j-hits.org/document/pfa_spr/page1.html

また、下記記事もご参照ください。

事故や災害が起きたときのケアについて〜子ども「心」のケアの視点から〜
https://note.com/ibukiozawa/n/n8a7351179ee4

(2022.7.9 / 文 小澤いぶき  編集 Dialogue for People)

 


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2022.7.9

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