For a better world, beyond any borders.境界線を越えた、平和な世界を目指して

Top>News>ぼくってヘン?(『10分後に自分の世界が広がる手紙』より)

News

エッセイ

2021.4.18

ぼくってヘン?(『10分後に自分の世界が広がる手紙』より)

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

田中 えり Eri Tanaka

田中 えりEri Tanaka

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

田中 えり Eri Tanaka

田中 えりEri Tanaka

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

田中 えり Eri Tanaka

田中 えりEri Tanaka

2021.4.18

エッセイ #人権 #女性・ジェンダー #佐藤慧

本記事は『10分後に自分の世界が広がる手紙』(東洋館出版社)という小中学生向けのエッセイシリーズの一冊、『勉強なんてしたくない君へ』から、WEB記事用に整え、転載したものです。書籍詳細は記事末をご参照ください。

※書籍では難しい漢字にはルビをふっています。
※本記事に掲載している写真はWEB記事のみのものです。
 

 

 

ぼくってヘン?

きみのクラスには、「ヘンなやつ」だと思われている人はいますか?もしかしたら君自身が、「ヘンなやつ」だと、言われたことがあるかもしれません。

ぼくは不登校だったし、高校へもまっすぐ入らなかったので、まわりの人たちからは、「ヘンなやつ」だと思われていました。ぼくも「そうなのかな」と思ってしまい、いつしか自分は「欠陥品」のように感じていました。

でも、「ヘン」っていったい、どういうことなのでしょう?

みんなそれぞれ、顔も名前もちがえば、趣味や、苦手な食べ物もちがいます。何かが「ヘン」だと言うときは、きっとそれを言う人の中に、「これがふつうだ!」という、「がんこなモノサシ」があるときではないでしょうか?

イラクという国で、取材をしていたときのことです。ある男の人に会い、話を聞いていました。かれは男性ですが、男の人に恋をする、同性愛者でした。ところが、男性が男性を好きになることは、かれの故郷では、まだまだ「ヘンなこと」だと思われていたのです。男性の恋人と会っていたところを、警察に見つかり、木の棒で思いっきりたたかれたこともあるそうです。かれは、「自分がヘンだからいけないんだ」と思い、家族にも話せず、苦しんでいました。

もしかしたら君は、テレビや漫画などで、そうした人々をばかにしたり、からかったりする場面を見たことがあるかもしれません。学校でも、それをまねする同級生や、「そんなのヘンだよ」という大人たちを、目にしたことがあるかもしれません。

でもそれは、本当に「ヘン」なことなのでしょうか。世の中には、「男の人を好きになる男の人」もいれば、「女の人を好きになる女の人」もいます。「性別に関係なく、好きな人を好きになるだけだよ」という人もいます。「女の子として生まれたけど、こころは男性なんだ」という人もいれば、「男の子とか、女の子とか、どっちも自分にはしっくりこないな」という人もいます。

そう考えると、「異性を好きになる」というのが「ふつう」のことで、それ以外は「ヘン」だというのは、自分勝手な、「がんこなモノサシ」なのではないでしょうか?

「がんこなモノサシ」は、ときにたくさんの人の自由をうばう。

「ふつう」というのは、ときと場所で変わります。

君はおさしみや、おすしは好きかな?たとえば外国で、「日本では魚を生で食べるんだよ」と言うと、「うえー!」という反応をされることがあります。でも反対に、「ザンビアでは芋虫を食べるんだよ」と言われたら、もしかしたら君は、「うえー!」となるかもしれません。ぼくは芋虫も食べたことがありますが、なれるとなかなか悪くないものです。

知らないものに触れるのは、なんとなくみんな怖いので、「ふつう」というモノサシではかれないものは、「ヘンなもの」だと決めつけて、追い出してしまったほうが安心するのかもしれません。でもそうやって、「ヘンなもの」追い出してしまうことで、世界がつまらなくなったり、誰かが苦しんだりはしないでしょうか?

人が人を好きになるということは、この世界で生きている中で、かけがえのない、素晴らしいことだと思います。それなのに、「男の子が男の子を好きになるなんて、ヘンだよ」と否定してしまったら、その人は「自分は誰も好きになっちゃいけないのかな」と、思ってしまわないでしょうか。その人からしたら、異性を好きになることのほうが「ヘン」に思えるはずですが、他のひとの「がんこなモノサシ」のせいで、「自分が欠陥品なのかな」と、どんどん自信を失ってしまいます。

もし君が、誰かや、自分自身のことを「ヘン」だと思ってしまうようなことがあれば、その「がんこなモノサシ」が、いったいどこからやってきたのか、ちょっと考えてみてください。

もしかしたら、「テレビでやってたから」とか、「大人がそう言ってたから」という理由で、自分で考えたわけでもなく、いつの間にか、身につけてしまったものかもしれません。だからもし、そんな「がんこなモノサシ」が、君のこころのポケットに入っていることに気づいたら、みんな「ちがうモノサシ」を持っているからこそ、世界は面白く、たくさんの学びがあるということを、思い出してみてください。

世界には誰ひとりとして、まったく同じ人間はいません。どれだけそっくりでも、ちょっとずつちがいます。そして同時にぼくたちは、住んでいるところや、話す言葉、皮ふや目の色、好きになる人も、きらいな食べ物も違うけれど、みんな同じ、人間です。

みんなちがう人間だからこそ学び合えるし、みんな同じ人間だからこそ、悲しみや喜びを、わけ合うことができるのです。

世界にはいろんな人がいる。写真はシリア人の子どもたち。

▶佐藤慧著『10分後に自分の世界が広がる手紙』 
「勉強なんてしたくない君へ」 目次

可能性の「種」を見つける / ぼくってヘン? / からだの声をきく / 最強の勉強法 / 今日もレベル上げ! / 世界とつながる言葉 / 君は戦争を止められる
 

 

 


 
あわせて読みたい
 



 
 

2021.4.18

エッセイ #人権 #女性・ジェンダー #佐藤慧