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「この自然を守り抜かなければ、沖縄の原風景は永遠に失われてしまう」―軍拡のための浦添新軍港は必要なのか?

沖縄県浦添市、青く澄んだ海にカーミージー(亀瀬)と呼ばれる奇妙な岩が突き出ている。その名の通りずんぐりとした巨大な亀のようで、岩の上に生い茂る緑がさながら甲羅のようにも見える。岩には拝所(うがんじゅ)もあり、御嶽(うたき)(※)となっている。

(※)御嶽
琉球に伝わる「聖なる場所」。神社のような人工物は建てられておらず、森の中の空間や岩、泉や川といった空間が祈りの場となっている。

空は高く澄み渡り、ミサゴが海面の魚を狙い旋回している。カーミージーの背には釣り竿を抱えた少年たちがおり、「何が釣れるの?」と聞くと、「オジサン!」と元気よく答える。「オジサン」とは知る人ぞ知る高級魚だが、その日はあいにく強風が吹き荒れており、釣果は期待できそうにない。

カーミージーの先端で釣りをする少年たち。

危機に晒される生態系

「人工物ができて、たくさんの生き物がいなくなりました」。そう語るのは、「カーミージーの海で遊び隊」代表の浪岡光雄さんだ。カーミージーの海の豊かさと素晴らしさを伝えたいと、地域の子どもたちや大人たちと一緒に、イノー(サンゴ礁池)で自然観察を続けている。同団体が結成された2014年以来、述べ4,400人以上が「観察会」に参加しているという。

団体の配るパンフレットには、色とりどりの生きものたち63種が写真付きで紹介されている。写真にはそれぞれ「たべるとキケン」「さわるとキケン」といった注意書きに加え、「★めずらしい」「♥であうとハッピー!」といった、生きもの探しが楽しくなるようなマークも描かれている。

「カーミージーの海には、この百倍以上の生きものがいるんですよ」という浪岡さんは、近年の開発に伴う埋立工事などで、そうした生きものたちの棲み処となっている自然が危機に晒されているという。

「この辺りには、山から流れてくる湧き水の出てくるところもあったんですよ」。そう指差す先には、2018年に開通した「沖縄西海岸道路」の土台となっている巨大なコンクリートの塊が見える。

「この大きい土台の下にね、淡水混じりの環境でしか生きられない藻類もいたんだけどね、もう絶滅。だいぶ探したけどね……」

カーミージーの海を案内する浪岡さん。

ちょっと前まで「両手いっぱいにすくえるほどいた」という「ゴマフニナ」も、最近この辺りでは琉球石灰岩の穴のなかに、わずかに身を寄せて生きる姿を見つけることができるのみだ。戦後食糧の枯渇する中では、どこの海でも簡単に見つけることのできるゴマフニナは、貴重な食糧(出汁)となったという。

ゴマフニナの生息する琉球石灰岩の穴は、嵐の日にくぼみに落ちた石などが、さながら天然ドリルのように回転し、うがった穴だ。「この琉球石灰岩は比較的最近のもの。つい最近、12万年ぐらい前のものですね」と、浪岡さんは笑いながら話す。“最近のもの”で12万年前という、計り知れない時空スケールと比べると、工業化以降の人類の歴史というものが、いかに短く、急激な発展を遂げてきたものかに唖然とする。

「砂をよく見ると、丸っこいものが見つかるでしょう」と、浪岡さんは砂浜の砂を掬い取り、指でかき分けた。砂には、角の取れた貝殻や、サンゴの破片の他に、たしかに丸い砂粒のようなものが混じっている。「これは有孔虫っていってね、みなさんも知ってる“星の砂”とかは、有孔虫の一種の殻なんですよ。こうした殻が集まって、石灰岩になるんです」。

幾重にもめぐる命の連鎖が、多様な生物の共存する生態系を育んでいるこということを、カーミージーの海を歩くと実感する。

岩場を観察すると様々な貝殻を背負ったヤドカリたちが歩いていた。

人間に自然をつくることはできない

「慶良間諸島国立公園(※)という場所がありますよね。この浦添西海岸――カーミージーの海には、あそこと同じ自然があるんですよね。“国立公園”という境界線は、海の中にあるわけじゃありませんから、あの場所から続いている同じ自然が、ここにあるんです」と浪岡さんは語る。

(※)慶良間諸島国立公園
沖縄県慶良間諸島と、その周辺海域を区域とする国立公園。国立公園としては、国内最大の海域面積を誇る。浦添西海岸の沖合、水平線のすぐ先に位置している。

「その自然を自分らだけで楽しむなんてもったいないなと思って、子どもたちや地域の人たちと一緒に自然観察を始めたんです。参加した人たちはね、“こんな綺麗な海がそばにあるなんて知らなかった”とか、“海にこんなに多くの生きものがいるなんて知らなかった”といって、喜んでくれるんですね。“トゲアナエビ釣り”なんてやると、子どもだけじゃなく、大人も夢中になって楽しんでますよ」

波打ち際のすぐそばまで開発が行われ、生きものが減少しているという。

大事なことは、この自然を「残していくこと」だという。しかしその自然が今、那覇港の拡張工事や軍港の移設などのために破壊されようとしているという。「人工物をつくればそうした自然が壊されるのは明らかなんですよね。なので今計画されている軍港移設といった問題は、できれば遠慮してほしい」。

現在の計画では、浦添西海岸の一部のみを埋め立て、開発するので、全体に大きな影響はないという言説もあるが、「それは詐欺といってもいい誤魔化しの文句だと私は思います」と、浪岡さんは語気を強める。「埋め立てるのは半分だけなんだから、もう半分は大丈夫なんていうのは、自然の法則からしたらあり得ないですよね。潮の流れが変わり、共存・共栄していた生きものたちの数も減るわけですから。“人間に自然をつくることはできない”と、具志堅隆松さん(※)もおっしゃってましたが、その通りだと思います」。

(※)具志堅隆松さん
これまで40年近くにも渡り、沖縄各地で戦争犠牲者の遺骨を探し続けている、遺骨収集ボランティア。地元の言葉で「ガマフヤー」とも呼ばれている。具志堅さんの遺骨収集に関する記事は下記を参照ください。


絡み合う3つの要素

そもそもなぜ浦添西海岸は現在埋め立てられようとしているのか――。

「そこには3つの要素が複雑に絡み合っています。それらは単体では議論されているものの、全体として議論されたことはない、ということが大きな問題となっています」

そう語るのは、琉球大学農学部助教の亀山統一(のりかず)さんだ。沖縄のマングローブ林を専門的に研究している亀山さんは、琉球列島全体で、貴重な自然が開発による消失の危機に晒されていることに対し、警鐘を鳴らし続けている。

3つの要素のうちの1つ目は、民間の港である「那覇港」の開発計画だ。那覇港では、那覇港管理組合の下、国際流通港湾機能の充実や、国際観光・リゾート産業の振興など、その立地を生かした開発計画が議論されてきた。

「浦添西海岸は、沖縄に残された数少ない自然の海です。果たして那覇港の浦添市西海岸開発地区への拡大が必要なのか、慎重な検討が必要です。仮にそうした開発が必要だとしても、自然環境の保全との調整が必要です。この自然を守り抜かなければ、沖縄の原風景は永遠に失われてしまいます」

その那覇港拡大計画に合わせて出てきたのが、2つ目の要素となる「米軍那覇軍港(那覇港湾施設)の移設問題」だ。那覇軍港は、国が重要港湾に指定している那覇港の南端、国場川河口左岸を占拠し、都市計画上大きな障害となっている。1974年、日米両政府はその返還に合意しているが、「県内移設」がその条件となっているため、これまで実現してこなかった。そしてその条件である「移設先」として、拡張工事を予定している那覇港を「軍民共用の港」とする案が浮上しているのだ。

「那覇港の開発の長期計画で、取り扱い貨物の増大が見込まれる中で、今の浦添埠頭の北側の浦添市西海岸を埋め立てて新しい埠頭をつくることが構想されているんですね。軍港建設案は、その新たな埠頭に組み込まれた形で構想されています」

「移設」とはいうが、実際には米軍の新軍港を建設することになる。米軍那覇軍港は低頻度の使用が続いているため、実際には辺野古と同じく、「老朽化し現代の用途に合わなくなった基地を日本政府の負担で最新施設に作り変える事案」であると亀山さんは指摘する。

民間の港に隣接する那覇軍港(那覇港湾施設)。

そして3つ目の要素となるのが「キャンプ・キンザー(牧港補給施設)」の存在だ。キャンプ・キンザーは浦添市西海岸に立地する米軍の兵站基地で、市面積の14%を占めている。南北3km、東西1kmにわたる巨大倉庫群は「極東一の総合補給基地」とも呼ばれており、ベトナム戦争や湾岸戦争時は輸送拠点として使われていた。沖縄の本土復帰前、当時の最高統治機関であった米国民政府(USCAR)の庁舎もここにあった。

そのキャンプ・キンザーは、2006年の日米両政府の合意「嘉手納飛行場以南の相当規模の土地の返還」の一環として、全面返還されることが決まっている。しかしその返還には条件がついており、なかでもキンザーの倉庫地区以外の海側の部分は、「国外に移転する部隊の支援機能の解除」が条件となっている。つまり、在沖海兵隊が再編され、県内、本土、グアムなどへの“移転を完了”して、その国外移転部隊が「もう必要ない」というまでは返還されない、とも読める条件となっているのだ。

「米軍海兵隊は現在、琉球列島の島々を有事の際の陣地として使用するために、大幅な改編を進めています。“EABO(遠征前線基地作戦)”と呼ばれるこうした作戦の訓練が沖縄各地で行われていますが、今ある基地に加えて、辺野古新基地、鹿児島県馬毛島の訓練場、そして浦添新軍港はまさにそのための基地になると思われます」

新基地建設のための埋立工事が続いている名護市辺野古の大浦湾。

もし浦添西海岸に新軍港が建設されることになれば、米軍はそこに元々存在しているキャンプ・キンザーの広大な土地との一体利用を考えるのではないか。仮にそうはならなくとも、せっかく返還されたキンザー跡地の開発計画には、常に新軍港の存在がついてまわることになる。有事の際に真っ先に攻撃対象となる場所に、果たしてリゾート地や商業地区、住宅地などが造れるものなのだろうか。

「沖縄島だけでなく、琉球列島全体で、サンゴの海、海草・海藻の海は開発による消失の危機にあります。さらに、地球温暖化による海水温上昇、海水酸性化、海水位上昇が進み、残されたサンゴや海草も危機的状況です。そのなかで、奇跡的に残された浦添西海岸の海草藻類とサンゴの海を、なぜわざわざ埋め立てるのでしょうか。過剰利用を避けて、持続可能な観光や水産業に活用すれば、地場産業が成り立ち、良質な多くの雇用が生まれます。埋め立てて、どこにでもある施設をつくるよりも、長い目で見てはるかに大きな富を生み出します」

軍拡競争ではない問題解決を

こうした問題を考えるうえで、「米軍基地問題」を避けて通ることはできない。沖縄県議会の開会した今年2月16日、玉城デニー沖縄県知事は、県内に約70.3%が集中している在日米軍専用施設面積(※)について、2022年の本土復帰50年に向け、「当面50%以下にすることを目指す」と述べた。

(※)在日米軍専用施設面積
沖縄県の土地面積は2276平方kmで、全国土の0.6%、人口は142万人で全人口の1.1%に過ぎないが、在日米軍専用施設の70.3%がこの地に集中している。単一の基地としては、横須賀や佐世保、岩国などの米軍基地も、機能、規模、駐留部隊、基地被害などの面で、沖縄の基地と同程度ではあるが、沖縄の場合、この狭い土地の中に基地が「密集」していることが、本土とは違う大きな特徴となっている。

駐留米軍の人数で比べると、より顕著にその集中度合いがわかる。米軍の全兵力(兵員数)は130万強であり、そのうちの17万が国外に置かれている。日本に駐留している兵力は5万6千と世界最大規模であり、その中でも沖縄県に2万6千(※)が置かれている。作戦行動中のアフガニスタン(14,000)やイラク(5,200)、シリア(2,000)(※いずれも2018年の数字)などと比べても、沖縄県単体の方が圧倒的に大きな兵力を保持しているのが現状だ。

(※)沖縄駐留の米軍兵力2万6千
沖縄県資料「数字で見る沖縄の米軍基地」より。数字は2011年のもので、それ以降のものは発表されていない。
⇒参考リンク

軍隊の存在が「抑止力」として機能するためには、常に相手を圧倒する軍事力を持ち続けなければならない。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の発表によると、昨年(2020年)の世界の軍事費総額は、2019年から実質2.6%増の1兆9810億ドル(約214兆円)と、過去最高水準に上ったという。

亀山さんはこうした軍拡競争に対し、「時間がかかっても、武器ではなく、外交交渉を粘り強く行うことでしか問題は解決できない」と語る。

青天井に膨張し続ける軍事予算、一度壊してしまったら人間の手では元に戻すことのできない自然環境……。こうした問題は沖縄だけの問題ではない。浦添西海岸の直面している問題を通して、社会全体で、今一度どのような社会を次世代に残していくか、考え直す必要があるのではないだろうか。

戦時中、多くの住民が「集団自決(強制集団死)」を迫られたチビチリガマ。

(2021.6.4 / 写真 安田菜津紀 ・ 文 佐藤慧)


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