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緊急に求められるヘイトクライム対策―戦争によって生まれた街から分断を超える知恵を

春らしい陽気に青い空の広がる中、京都府宇治市に「ウトロ平和祈念館」が開館した。京都府宇治市伊勢田町ウトロ51番地――元々は「宇土口(うとぐち)」という地名だったが、誤記などにより現在は公的に「ウトロ」という地名となっている。この地区は、戦時中日本政府により国策として推進された、「京都飛行場建設」のために集められた朝鮮人労働者たちの「飯場」跡に形成された集落だ。

4月30日にオープンした「ウトロ平和祈念館」。

戦争によって生まれた街

1910年、侵略戦争に突き進む日本は、朝鮮を植民地とした。当時の植民地政策により生活の手段を失った人々の中には、日本への渡航を余儀なくされた人々も多く、戦時体制下で労働力として動員された朝鮮人の多くが、過酷な労働へと従事させられていくこととなる。その劣悪な労働環境や差別・蔑視による犠牲者については、山口県宇部市の長生炭鉱について取材した記事でも触れている。

兵士として前線へと送られる朝鮮半島出身者も多い中、1940年に開始された「京都飛行場」の建設工事では、「国の仕事なので徴用にとられない」「住むところもある」という触れ込みで、多くの朝鮮人労働者が集められることとなる。

日本の敗戦後、そうした朝鮮人の多くは帰国を望んだが、当時の朝鮮半島の社会事情や、財産の持ち出し制限などにより、帰国をためらう人々も多かった。飛行場建設も頓挫し、ウトロ地区に残された人々は、過酷な差別と貧困の中、数多くの困難に見舞われていくこととなる。「ウトロ平和祈念館」の展示には、そうした人々の歴史や生活と共に、インフラ整備や土地の地上げ問題などに対し、住人たちが日韓の市民や国際社会と連帯していく様子が刻まれている。一般財団法人ウトロ民間基金財団理事の金秀煥(キム・スファン)さんは、人権と歴史を守るこうした連帯を「小さな統一」と呼ぶ。「分断や差別をどのように克服していけるのか――“統一”という言葉にはそうした意味を込めています」。

メディア向けプレオープンイベントの開催された4月27日、田川明子館長は、「ここは戦争によって生まれた街です。ただ、この戦争によって生まれた街から、是非平和を発信していきたい。平和の大切さを、みなさんに感じて頂きたい」と力強く語った。

「この祈念館のテーマは『ウトロに生きる ウトロで出会う』です。去年、とても“残念なこと”がありました。仮定の話をしても仕方ありませんが、もし彼が実際にウトロの人と出会っていたら、違ってたかもしれないと思うと、残念でなりません。『ウトロで出会う』ということがもっともっと広がっていけば、日本の社会も、もうちょっと優しくなれるかな、息がしやすくなるかなって思うんです」

メディア陣に展示の案内をする館長の田川明子さん。

田川さんの語る“残念なこと”というのは、2021年8月30日にウトロで起きた放火事件のことだ。当初は出火原因も不明で「失火」という扱いだったが、その後放火であることが判明する。その1ヶ月前の7月、名古屋市にある韓国民団・愛知県本部の建物の一部と、そこに隣接する韓国学校の排水管に対する放火事件が発生し、22歳の男性が逮捕、起訴(器物損壊罪)された。その後ウトロの火災についても、その人物による「放火」だということがわかり、非現住建造物放火罪として起訴されたのだ。

私の体が燃やされたようでした

「非現住建造物」とはいうが、消失したウトロの家屋7軒のうち、2軒には実際に人が居住しており、うち1軒では2人の子どもが生活していた。放火されたときには不在だったというだけで、死傷者が出なかったのは偶然でしかない。そして着火された倉庫にはたしかに居住者はいなかったが、そこにはウトロ地区の住民運動、権利獲得運動のなかで作られた「立て看板」が保管されており、それらもまた灰となってしまった。その看板は、このたび開館した祈念館に展示される予定だったもので、《ウトロの子どもにも明日をください》《ここで生きたい》など、住人たちの切実な声が刻まれていた。

焼け跡前で火災直後の様子を説明する金秀煥さん。

本事件を受けて2022年2月に開催された「今こそ国によるヘイトクライム対策の実現を求める院内集会」では、ウトロで生まれ育った具良鈺(ク・リャンオク)弁護士が思いを伝えた。

「物心のついた頃から、低いトタン屋根の上で、ニンニクや唐辛子が干してあるウトロの景色を見て育ちました。ウトロの子どもたちと毎日、日が暮れるまで遊びました――」

七輪で焼く焼肉のにおい、塩を借りにやってくるお隣さん、大雨の日はウトロだけ洪水となり、みなで力を合わせて水をかきだしたこと――。そんな日常の情景、そして住人の思いの込められた看板。それらが燃えてしまったことに、「私の体が燃やされたようでした」と具さんは語る。

「放火犯にも増して怖いのは、社会の無反応、権力側の沈黙です」

放火される前の倉庫には多くの看板が保管されていた。

危うい段階にある日本社会

起訴された男性の証言として、放火の目的を「日本人の注目を集めたくて火をつけた」「韓国人は嫌い」などと語ったと報道されており、標的とした放火対象と合わせて、在日コリアンに対する「ヘイトクライム」であると見られている。

「これから裁判が進んでいくことになりますが」と、金秀煥さんは放火事件について語る。「結局、現在の法体系の中で“差別的な動機”が考慮されるのか、そしてそれが判決に反映されるのかということは未知数なんですよね。これは法の判断だけではなく、社会の反応としても不安があります。今回の事件は本当に深刻なもので、社会全体で向き合っていくべき“差別”の問題なのだというふうに受け止められていくのかどうか……」。

院内集会でヘイトクライム対策の必要性を訴える金秀煥さん。

「ヘイトクライム」とは、マイノリティや社会的弱者、レイシズム(人種・民族的差別)に基づく犯罪行為のことであり、そのままの直訳である「憎悪犯罪」という訳語ではなく、「差別犯罪」と訳すべきものである。こうした人種主義的なヘイトクライムは日本以外の各国でも大きな問題となっており、国際的に見ると、すでに多くの国で問題解決に向けた法の制定が行われている。

ヘイトクライムの一種である「ヘイトスピーチ」に関しては、理念法とはいえ、「ヘイトスピーチ解消法」が日本ではじめての反人種差別法として2016年に施行されている。しかし禁止規定・罰則規定を伴わない法律では実効性も乏しく、ヘイトスピーチ・ヘイトクライム問題に対しては、具体的な「人種等差別撤廃法案」の制定が緊急に求められている。

弊会記事でも度々触れているが、「先入観」が「偏見」に、そして「差別」から「ジェノサイド」へと至るという「憎悪のピラミッド」という概念図を見ると、今の日本社会がいかに危うい段階に差し掛かっているかということに気付く。

歴史の過ちより作成された憎悪のピラミッド。

緊急に求められるヘイトクライム対策

そもそも日本は、1995年に「人種差別撤廃条約」に加入しており、国際法上ヘイトクライムを犯罪として処罰する義務があるが、その責務は果たされていない。こうした現状に、多民族・多文化共生社会の実現に向けて、「外国人・民族的マイノリティ人権基本法」と「人種差別撤廃法」の制定、「国内人権機関」設立の実現をめざす「外国人人権法連絡会」では、古川法務大臣に対し、下記12点の具体的な取り組みを求めている。

① 民族、国籍等の属性に対する差別的動機に基づく犯罪、すなわちヘイトクライムは、被害者に恐怖と苦痛をもたらし、社会に差別と暴力を蔓延させる世界共通の深刻な社会問題であり、日本でも根絶に向けた対策をとることを宣言すること。

② 政府内にヘイトクライム対策担当部署を設置すること。

③ 専門的な審議会を設置し、ヘイトクライム対策に関する包括的な制度設計を行うこと。審議会のメンバーには人種差別撤廃問題等の専門家及びターゲットとなってきたマイノリティ(社会的少数者)をいれること。審議会は日本のヘイトクライム及びヘイトスピーチの実態並びにヘイトクライムに対する捜査機関及び裁判所のこれまでの対応、国際的な基準、他の国の先進事例等についての調査研究などを行うこと。

④ 総理大臣、法務大臣等はヘイトクライムと思われる事件が起きた場合、速やかに現地を訪れ被害者から話を聞く、ヘイトクライムを許さないと公に発言する等、公の機関が積極的に具体的にヘイトクライム根絶のための行動をとること。

⑤ ヘイトクライムの直接の被害者及び同じ属性をもつマイノリティに対し、ヘイトクライムからの防衛、被害に対する金銭的補助、医療等の支援をすること。

⑥ ヘイトクライム加害者の再犯防止のため、差別の歴史等を学ぶ研修プログラムを作成し、受講させるよう制度化すること。

⑦ 政府が国連に説明してきたように、現行法においても「人種主義的動機は、刑事裁判手続において、動機の悪質性として適切に立証し」「裁判所において量刑上考慮」することは可能であり、このような量刑上の考慮が実際に確実に行われるように、ガイドラインを作成する等体制を整備すること。

⑧ ⑦が可能となるよう、警察官、検察官及び裁判官等の法執行官が、犯罪の背景にある人種主義的動機について認定できる適切な方法を含むヘイトクライムとヘイトスピーチに関する研修プログラムを定期的に実施すること。

⑨ ヘイトクライムの捜査、公訴の提起及び判決の状況に関する調査を毎年実施し、ヘイトクライムに関する統計を作成し公表すること。

⑩ インターネット上の通報窓口の設置等、ヘイトクライムの被害者及び目撃者が、容易に通報し、救済を求めることができる体制を整備すること。

⑪ ヘイトクライムの防止のため、特定の民族集団に対する暴力の煽動等の重大なヘイトスピーチについては法律で禁止し、特に悪質なものについては制裁を課すよう法整備を行うこと。また、ヘイトクライムの温床となっているインターネット上のヘイトスピーチを迅速に削除できるよう法整備を行うこと。

⑫ ヘイトクライムをはじめとする人種差別の根絶のために包括的な人種差別撤廃政策と法整備を行うこと。

※より詳細は下記、外国人人権法連絡会のウェブサイトより。
2022年4月28日(木)法務大臣に対し「緊急のヘイトクライム対策を求める要望書」の提出と面談に関するご報告

外国人人権法連絡会事務局次長の瀧大知さんは、「なにも特別なことを求めているわけではありません。『せめてスタート地点に立とうよ』ということです」と、これらの提言について語る。

「やろうと思えばすぐにでもできることです。また、もちろん要望では『必要なこと』『取り組んで欲しいこと』をあげています。ただし、これをご覧になる際に“逆”、あるいは“斜め”からの読み方もしてもらいたいです。ご覧になると分かる通り、ここには極めて当たり前のことしか書かれていません。具体的な取り組みを打ち出すというポジティブなものですが、それは結果的に“日本がいかにヘイトクライムを放置してきたのか”を表したものでもあります。むしろ、これまでに①や④で求めているような、『ヘイトクライムは許されることではない』という政府主導の宣言すらされていなかったということの方が、国際的にはおかしなことなんです。こうしたことをわざわざ法務大臣に提言しなければならないほど、日本のヘイトクライムに対する取り組みは遅れていると言わざるを得ません」。

瀧さんの言うように、これらの提言は、「やるべきことなのに、やっていなかったこと」のリストに過ぎない。何よりも大切なことは、こうした取り組みを形にしつつ、この社会に生きる私たち一人ひとりが、差別に対してきちんと「NO!」と声をあげることだろう。そのためにも、「知り」「学ぶ」ことは欠かせない。

「先入観」は誰しもに存在するし、いつの間にか周囲の発言や態度、メディアなどを通じてそこに負の感情が生まれ、「偏見」となる可能性もある。けれどそうしたときに、その曇ったレンズを拭き取ってくれるのは、そこに暮らし、日々を営み、あるいは今を生きる私たちへと命を繋いできた一人ひとりの生身の人間との出会いではないだろうか。『ウトロに生きる ウトロで出会う』という、ウトロ平和祈念館のテーマには、差別問題に対する大切な知恵が込められているように思う。

(※追記)2022年8月30日、放火犯には懲役4年の実刑判決が下されました。

《より学びを深めるために――参考文献》

『「差別根絶条例」を全国へ広げよう!ヘイトスピーチの問題点と条例制定の意義』 瀧大知(一般社団法人市民セクター政策機構)2020年
『ヘイトスピーチとは何か』 師岡康子(岩波新書)2013年
『なぜ、いまヘイトスピーチなのか ―差別、暴力、脅迫、迫害―』前田朗 編(三一書房)2013年
『トリック 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』加藤直樹(ころから株式会社)2019年
『わたしもじだいのいちぶです 川崎桜本・ハルモニたちがつづった生活史』康潤伊 鈴木宏子 丹野清人 編著(日本評論社)2019年
『ウトロ ここで生き、ここで死ぬ』中村一成(三一書房)2022年
『日本における外国人・民族的マイノリティ人権白書 2022年』(外国人人権法連絡会)
『ウトロ平和祈念館 オープン祈念パンフレット2022』(ウトロ平和祈念館)

(2022.5.27/写真 安田菜津紀 ・ 文 佐藤慧)


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