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改定入管法により開始した「補完的保護」とは?―難民保護の現状から考える

今年6月、多くの課題が指摘されながら成立した改定入管法。その中で新たに創設された「補完的保護」という制度が、この12月1日に施行された。

難民条約上の「難民」には当てはまらないが、国際的な保護を必要とする人を保護するための制度とされ、紛争から逃れた人々などが対象となる。具体的にはウクライナから避難した人々などを想定しているとされている。

難民認定の厳しさを指摘されてきた日本において、この「補完的保護」制度は、避難を余儀なくされた人々をより広く保護することにつながるのか――そこには多くの課題があると指摘する声があがっている。

日本に逃れた難民の支援を20年以上行っている、認定NPO法人 難民支援協会(JAR)代表理事の石川えりさんに伺った。

認定NPO法人難民支援協会(JAR)代表理事 石川えりさん(動画からの切り抜き/動画撮影:漆間宣幸)

国際基準とかけ離れた制度

――来年6月の改定入管法施行に先んじて、この12月から「補完的保護」の制度が開始されました。どんな人が対象となるのでしょうか?

今回の改定入管法に定められている「補完的保護」の対象をひと言で説明すると、「難民には該当しないが迫害のおそれがあり、出身国へ戻れない人」です。

難民条約により保護の対象となる「難民」は、出身国で受けるおそれがある迫害の理由が、難民条約上の5つ(人種・宗教・国籍・特定の社会的集団の構成員・政治的意見)のいずれかに限定されています。補完的保護の対象となるのは、それ以外の理由で迫害を受けるおそれがあり、帰れない人たちです。

ただ、後述するように、これは補完的保護の制度を設置している他国の定義とはまったく異なるものです。

――対象者に認定されると、どのような保護が受けられるのでしょうか?

入管庁によると、補完的保護の認定を受けた方は、「定住者」の在留資格、永住許可の要件の緩和、そして政府の実施する定住支援プログラムが受けられるとされています。

定住支援プログラムとは、具体的には日本語教育と生活支援ガイダンスです。難民として認定された場合は就労支援も受けられるのに対し、補完的保護の対象者に特化した就労支援はないという認識です。

――こうした「補完的保護」の制度には、どのような課題があると見ていますか?

まず1つ目は、補完的保護の範囲が国際基準と大きく異なっているという点です。

補完的保護は、難民条約上の難民には該当しないけれども国際的な保護を必要とする人を、名前のとおり補完的に保護するための仕組みとして、既に多くの国で導入されています。

そうした国では、自由権規約や拷問等禁止条約などの国際人権法に基づいて、出身国へ戻ると命の危険があったり、拷問などに遭うおそれのある人や、紛争などの無差別暴力からの保護を必要とする人などが対象となっています。

「補充的保護」や「人道的保護」など名称は様々ですが、1990年代以降各国で発展し、EU各国をはじめ既に50か国近くで導入されています。

しかし、改定入管法における補完的保護は、こうした国際的に確立された定義を踏まえたものとは言えません。また、日本政府の厳しい難民認定基準を維持した上での制度なので、法律をそのまま読む限りでは、「迫害」や「おそれ」の定義も難民認定と同様に厳しく解釈され、その対象範囲は非常に狭いものになると考えられます。

本来は国際基準に合わせた補完的保護制度が導入されるべきですが、今回の改定入管法の規定の範囲内で言うなら、「迫害」や「おそれ」についても国際基準に則って解釈されることが重要です。

改定入管法の参議院での附帯決議*1では、紛争から逃れた人だけでなく、出身国に帰国した場合に命の危険や、拷問等を受けるおそれがある人など、「真に保護を必要とする者を確実に保護できるように努めること」とされています。この定義の解釈が施行令、施行規則において明確にされることが必要です。

これまで認められてきた保護の規定は

課題の2点目は、保護を受けるための申請をする際に、「補完的保護」のみの申請があるということです。

申請書を見ると、難民か補完的保護かいずれかを選択するようになっており、難民申請を選択した場合には補完的保護についても合わせて判断されます。

難民と補完的保護対象者では、得られる処遇に違いがある中で、本来難民として認定されるべき人が誤って補完的保護のみを申請することで、当事者にとっての不利益につながるおそれもあります。

補完的保護のみの申請を受け付けるなら、難民・補完的保護それぞれの定義について、当事者への説明が不可欠だと考えます。

写真:難民・補完的保護対象者認定申請書

課題の3点目としては、これまでの制度では、難民認定が不認定だった際に考慮された「人道配慮による在留許可」が、今後どのように運用されるのか、明らかではないことがあります。

従来の制度では、難民として不認定になった人のうち、紛争などの出身国の情勢や、日本で結婚をしたり子どもを育てているなど、人道上の観点から配慮する必要があるとされた人に対しては在留を認める、「人道配慮による在留許可」がありました。

この規定は、改定入管法では削除されています。本国の情勢を理由とするものについては、補完的保護に切り替わると考えられているのかもしれません。しかし、結婚など日本での事情については、どこで適用されるのか明らかになっていません。たとえば、日本で長年暮らしてきた人や、結婚をしていた人について、従来と同様の人道配慮の仕組みが適用されるか、不安があります。

■あわせて見たい:改定入管法「補完的保護のシミュレーションは『必要ない』」法務大臣会見(6/20)

――補完的保護は、ウクライナから避難した人々を想定しているとされています。

補完的保護の範囲はとても狭いと考えられますが、ウクライナの方については、補完的保護の枠組みで幅広く保護しようとしていると思われます。

国会の答弁でも、ウクライナについては本国の情勢をもって迅速に補完的保護として認定できる、とされています*2

本来、法律どおりに解釈すれば補完的保護の範囲は狭いはずで、ウクライナについてだけは本国の情勢だけで補完的保護に当てはまるということであれば、他国から逃れた人にも同様の基準が等しく適用されることが必要です。客観的な本国情勢に基づいて判断が可能な国や地域はウクライナ以外にもあるはずです。

ただ同時に、ウクライナの情勢を一律に補完的保護に当てはまると決めつけることも問題と考えています。
国際的には紛争から逃れた人も難民条約による難民として認定されており、ウクライナから逃れた人も多く難民として認定されています。難民申請を行う前から補完的保護と決めつけるのは不適切です。

提供:難民支援協会(JAR)

国籍による差別なく、公正な保護を

――難民支援協会ではこれまでも、日本の難民認定制度の課題を繰り返し訴えてきています。避難を余儀なくされている人々を、線引きすることなく守るためには、どのような制度が必要なのでしょうか?

日本に逃れた方を国籍による差別なく、公正に保護することが必要です。

たとえば、ウクライナから逃れた方への支援は、受けられる支援の内容や金銭支援の金額等で他の国籍の方との間に格差がありました。

提供:難民支援協会(JAR)

補完的保護に関しても、ウクライナ避難民の方へは補完的保護申請の案内文、申請書、認定後の定住支援の案内が全員へ郵送されています。東京では、メールアドレスを登録している方に特別申請窓口での予約フォームも届いています。

一方で、ウクライナ以外の方にはこれらは一切届いていません。ウクライナの方へ行われていることは、日本に逃れて保護の必要がある方すべてに提供されるべきことだと考えます。

しかし、補完的保護は難民認定を補完するものであり、まずは補完的保護と比べてより保護の内容が明確な、難民条約による保護を最大化する必要があります。

改定入管法では、3回目の難民申請中に送還を行うことが可能になりましたが、日本では難民として保護されるべき人がされていない現状があります。包括的な難民保護制度が、出身国に関わらず適用されることが必要です。日本の難民認定制度を国際基準に則ったものとし、それにまつわる難民の保護全般を改善する必要があります。

――コロナ禍が収束し、入国制限が解除されたことで、日本での難民申請者は急増しています。難民支援協会の支援現場にはどのような影響が出ているのでしょうか?

この秋の時点で 、今年の難民申請者数はコロナ禍以前(2019年10,375人)を上回りました。約1年前に日本政府がコロナ禍による入国制限を大幅に緩和して以降、日本に逃れる難民が急増しています。他の先進国でもコロナ禍の規制解除後に難民申請者が急増しています。

日本に来日してすぐに持ってこられたお金を使い果たしてしまう方も多く、政府による難民申請者への公的支援「保護費」の受給までにかかる時間も長期化しており、数ヵ月から半年かかっています。就労許可は多くの場合、難民申請から8ヵ月経過しないと得られません。

難民の方々の命を繋ぐために、難民支援協会では食事の提供や難民認定手続きの説明をはじめ、さまざまな支援を続けています。ホームレス状態になっている方もいますが、小さいお子さんとその家族、妊婦の方など、難民として日本で暮らすにはさらに困難を抱える方々も多くいます。

より困難な状況にある方々を優先して宿泊先の提供も行うなど、できるだけ安心いただけるように取り組んでいます。10月末時点では他団体と連携してのシェルター提供のほか、50世帯以上に宿泊代を支援していますが、十分な支援を行うことがこれまで以上に難しくなりました。

写真:難民支援協会事務所での支援風景【提供:難民支援協会(JAR)】

この間、ひと月約のべ 600人の方が事務所を訪れています。スタッフ・インターンがフル稼働で支援にあたっていますが、入国制限のなかったコロナ前でも、この規模の支援が必要となることはありませんでした。

解決にはまず、難民申請者への唯一の支援金である公的支援「保護費」の支給状況が改善されていくことが重要です。

政府は保護費を恩恵的に支給していますが、権利として認めること、その権利の保障のために政府が責任を持ち予算を確保すること、出身国や在留資格の有無にかかわらず、難民申請者を尊厳ある「人間」として生きていけるよう対応することが必要です*3

――石川さんが以前視察に訪れたフランスでは、ホームレスにシェルターを提供するための非常ダイヤルがあって驚いたということでした。

2018年に視察で訪問したフランスでは、難民申請者への住居提供と現金支給を、すべて政府資金でNGOが行っていました。

私が驚いたのは、119で救急車を呼ぶように、115というダイヤルでホームレスのシェルターが提供される非常ダイヤルがあり、それを政府負担で行う仕組みがあるということでした。

難民に限らず、あらゆる人を包摂するという理念を目の当たりにしたように感じました。

■あわせて見たい:『日本での難民支援① 来日直後の難民への支援』【難民を理解するための15分】第4回 難民支援協会×Dialogue for People

――今年春の入管法改定案の議論では多くの声が集まりましたが、法案は成立しました。私たち一人ひとりに今できることは、何でしょうか?

法案は成立しても、日本で暮らす難民の人々の生活は続いています。関心を持ち続けることが何より大切だと思っています。

改定入管法は難民申請中の送還を可能にするという、日本に暮らしている難民の人々の命を脅かすものです。それを防いでいくためには、できることはたくさんあります。

写真:2023年5月21日、入管法改定案反対のために渋谷駅前に集い声をあげる人々

日本の難民認定制度には多くの課題があり、難民として認定されるべき人が確実に認定されるという状況ではありません。命が守られるための制度改善が必要とされています。

法律では決まっていないこともたくさんありますし、難民一人ひとりが認定され、保護されるよう、法律以外でできることはたくさんあると思います。

そのためにみなさんの関心が必要で、より多くの方とこの課題について引き続き共有し、議論、発信をしていきたいと思います。

難民の人々は私たちの社会の中にいて、共に暮らしていて、その生活、人生は続いています。彼らが守られなければならない状況が、続いているのです。

(2023.12.6/聞き手 伏見和子、 撮影 佐藤慧)

*1 「紛争避難民のみならず、国籍国等に帰国した場合に生命の恣意的な剥奪、拷問等を受けるおそれがある者や残虐な取扱い若しくは刑罰を受けるおそれがある者、又は強制失踪のおそれがある者など、真に保護を必要とする者を確実に保護できるように努めること」出入国管理及び難民認定法及び日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(令和5年6月8日)(PDF
*2 2023年11月9日 参議院法務委員会での入管庁次長答弁「特にウクライナの避難民の方々については(中略)通常の難民申請と比べると、客観的な本国情勢等を見れば補完的保護対象者の要件を満たすことが明らかとなり、速やかな判断、認定が可能な事案も多いのではないか」(https://online.sangiin.go.jp/kaigirok/daily/select0103/main.html
*3 難民申請者への保護費についてくわしくは、難民支援協会「難民申請者はどう生きてゆくのか?ー公的支援「保護費」の課題と生存権」(https://www.refugee.or.jp/report/refugee/2023/10/hogohi/


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