出入国在留管理庁が昨年2019年10月から、収容、送還に関する専門部会を開いています。この中で、国外退去処分を受けながら、送還を拒否している外国人に対して、刑事罰を導入することが議論されています。なぜ、強制送還を拒否する外国人に対して、刑事罰を導入しようとしているのか、そして導入に問題はないのか。入管問題調査会の代表であり、外国人の収容問題に長年取り組んでこられた弁護士の児玉晃一さんに伺いました。
安田:今、国外退去処分、強制送還を命じられている外国の方の現状は、統計上どのようになっているのでしょうか?
児玉弁護士:入管(出入国在留管理庁)がネット上で統計を公表*していますが、2018年ですと8,865件、2017年ですと8,130件、2016年は7,241件と、7,000件~8,000件の間ということになります。
*『[18-00-43]国籍別 退去強制令書を発付された人員』/e-Stat 出入国管理統計,リンク先は2018年
安田:国外退去処分というのは様々な背景が考えられると思いますが、具体的にどういった理由が挙げられるのでしょうか?
児玉弁護士:統計で圧倒的に多いのは、「オーバーステイ」です。日本での在留期間が切れてしまっている人ですね。75%ぐらいは、そうした「不法残留」です。それから刑罰法規違反、つまり、罪を犯したというケースが5%弱です。
安田:不法就労であったり、その人の在留資格では本来出来ないような仕事をしてしまったり、ということも、国外退去処分を受けるケースに含まれるのでしょうか?
児玉弁護士:はい、刑罰法規違反と同じくらいの割合です。
安田:ほかにも、難民申請をしていた方が国外退去処分の対象になるということはあるのでしょうか?
児玉弁護士:難民申請する人は、パスポートを持っていなかったり、身分を隠すために偽造パスポートで来ていたりという人が非常に多いんです。「不法上陸」や「不法入国」は強制送還の理由になるので、この退去強制令書を発付される人に難民申請中の人が含まれることは、実際によくあるんです。
安田:ただ、難民として逃れてくる方々の中には、自身の命を守るために、やむをえず偽造のパスポートを作ったり、不法入国という手段を選ばざるをえなかった、という方々がいると思います。そうしたやむをえず選んだ手段をもってして、難民の方々を送還してはいけないということが、難民条約を締結している国には求められてくると思います。
児玉弁護士:難民条約の33条(1)*に書いてありますね。
*ノン・ルフールマン(non-refoulement)の原則
安田:こうして不当な形で強制退去を求められてしまうという方もいると思います。自分は国には帰れない、ということで実際に送還拒否をする方はどれくらいいるのでしょうか?
児玉弁護士:いわゆる“送還忌避者”という呼び方で、入管が去年の10月に発表した統計*があります。それによると2019年の6月末の時点で、858人ということになっています。
*『送還忌避者の実態について』/2019年10月1日,出入国在留管理庁
安田:強制送還を拒否した方は、その後どうなっていくのでしょうか?
児玉弁護士:入管は、在留資格がなくなった人について、全員収容して強制送還の手続きに入ることを建前としています。「全件収容主義」とか、「原則収容主義」、「収容前置主義」、という呼び方をしています。
上限のない収容は拷問にあたる
安田:私が取材をさせてもらった、トルコ出身のクルド系の男性は、難民申請をしていましたが、不認定となり、その後半年間収容されていました。仮放免(在留資格がないなどの事情を抱える外国人を、入管施設に収容するのではなく、その外での生活を認めたもの)で外に出てくることができたのですが、その時に彼の支援者の方がおっしゃっていたのが、「半年か、短かったね」だったんです。3年、4年と長期間に渡って収容されている方々がいると思うのですが、送還されるということにYESと言わない限り、ずっと収容されてしまうということが起こりうるのでしょうか?
児玉弁護士:今の入管には、外に出さず、家族ともなかなか会えない状態にすることで、諦めさせて自発的に帰そうという意図があるのではないかと思います。その目的で収容を使っていると思います。
安田:そういう方々の中でも、仮放免という形で、施設の中ではなく外で暮らせるという立場の方いらっしゃると思います。
児玉弁護士:ただ、その人数は激減しています。2018年の2月28日付けで法務省の入管局長が通知*を出しています。従来であれば、1年過ぎてもまだその人が収容されている状態は、人道上の問題があるので、仮放免についても柔軟に考えましょう、という通知を出していました。ところが2018年の通知によって、原則として8つの類型に該当する人たちの仮放免は認めない、それも収容の期間に関わらず認めない、ということをはっきり打ち出したんです。
*『被退去強制令書発付者に対する 仮放免措置に係る適切な運用と動静監視強化の徹底について(指示)』/2018年2月28日,法務省入国管理局長
安田:8つの類型といのは、どういった方々でしょう?
児玉弁護士:例えば難民申請を乱用しているという風に当局が認めた人、あるいは仮放免条件(※就労はできず、移動にも制限が課せられる*)を違反して、仮放免を取り消された人だったりとか、刑務所での刑期を終えて、入管に収容されたりしている人ですね。
*仮放免許否判断に係る考慮事項 仮放免の許否判断(2),出入国在留管理庁
安田:類型の2つ目に、「再犯のおそれが払拭できない者」と挙げられていますが、「おそれがある」から拘禁されるのは、児玉さんが以前から指摘をされているように、敗戦まで日本で制定されていた治安維持法の「予防拘禁(よぼうこうきん)」のようです。ただこの「予防拘禁」の判断さえ、裁判所の決定が必要だったわけですよね。
「難民申請を乱用している」というのも、あくまでも入管の判断であって、裁判所判断があるわけではなく、第三者の目が入りにくい構造がありますよね。恣意的な判断にもなりかねないと思います。収容し、退去させようとしている同じ機関が、仮放免の判断を積極的に下そう、という方向には向きにくいと思います。こうした上限のない収容自体が拷問だと、国連から再三勧告を受けてきています。事実上、罰を与えているようなものではないでしょうか。
長期収容の現状に、追い打ちをかける刑事罰導入
安田:例えば、帰国することができない方には、具体的にどういった事情があるのでしょうか?
児玉弁護士:先ほど触れたように、難民の方たちが挙げられます。本国に帰ったら、殺されてしまうかもしれないというケースもあります。例えばアフガニスタンの、ハザラという民族。民族を理由にして、タリバンから迫害を受けていました。ハザラの人々は、私たちと同じようにモンゴル系の顔をしているので、顔を見ればすぐに分かってしまうんです。道を歩いているだけで、タリバンに見つかると刑務所に連れていかれたり、殺されたりすることもあったそうです。そういう人たちが日本に何十人も来ていた時期がありました。
安田:2001年10月に突然収容されてしまったアフガニスタンの方々の中には、解放後に顔を出して会見に臨んだ方もいらっしゃったわけですよね。それに対して法務省側が、銀行口座の残高を公開するなどといった嫌がらせがありましたね。「こんなに残高あるんですよ」と公表されたとしても、それは難民の該当性とは全く関係ないと思います。ほかにはどのようなケースを見てこられましたか?
児玉弁護士:アフガニスタン以外では、イランで反政府活動をしていて命を狙われたケースもありました。
安田:私がお会いしたことがあるナイジェリアご出身の女性の場合、帰国すれば、女性器切除(FGM)をされてしまう危険性があるそうです。身体的な暴力のリスクがあるわけですよね。
児玉弁護士:FGMも、本来であれば典型的な難民の理由となりえるはずですね。帰ることができるのであれば、自分の生まれたところに帰りたいはずです。でも、日本に配偶者がいたり、その家族が病気がちで継続的なケアが必要だったり、子どもがいたりする。裁判になることもありますが、子どもに会いたいのであれば、国に帰った後、飛行機で毎月一回でも来ればいいじゃないか、と国が主張してくることもあります。
安田:たとえそれが可能だとしても、航空券代だったり、そのためのコストは誰も負担はしてくれないわけですよね。
児玉弁護士:国際結婚した側の自己責任だということになってしまいます。そうした人に対して、「“一度”帰ってまた来たら?」と。“禊(みそぎ)帰国”という言い方を仲間内でしています。1回帰って、1年後に特に事情変更がなければ来てもいいから、ともかく一旦帰るようにと入管側から言われることがあります。もちろんもう一度日本に来ることができる絶対的な保障はありません。おそらく入管側が仕事をしていることを示すために、統計上、送還が滞留している人たちを一度減らすことが目的化してしまっているのでしょう。
安田:それは、送還される方の都合ではなくて、その数字をいじる側の都合ですよね。こうして様々、帰れない事情を抱えている方々がいらっしゃる中で、強制送還を拒否した外国人に対して、刑事罰を導入しようという動きがあります。導入の狙いはどういったことなのでしょうか?
児玉弁護士:入管の「収容と送還の専門部会」の中で、ひとつの案として出ているものです。おそらく契機になったのは、昨年の6月に長崎県大村の入管施設でナイジェリア人男性が餓死したことです。この方を強制送還しようとしていたのですが、ナイジェリア政府がそれを拒みました。ナイジェリア側は、本人が帰る意思を示さなければ渡航書を出さないという扱いにしていたみたいなんです。こうして送還が果たせなかったのが餓死事件の原因なんだと分析しているんですね。他にもいくつかの国で、本人が同意しなければ受け入れないという国があるのは事実のようです。そこで、刑罰を課すことによって、本人に、帰国やパスポートの取得の同意をさせることが狙いなんだと思います。
安田:亡くなられたナイジェリア人の男性は、ご親族が日本にいたり、帰れない事情を様々抱えてらっしゃったと思います。そして抗議の意を込めてハンガーストライキをしていたことも伝えられています。今は、送還を拒否している方々は、入管の施設に収容されてしまうわけですよね。そこに刑事罰が導入されると、今度はその人たちが刑務所に収容されるかもしれない。そして刑務所から刑期を終えて戻ってきて、やはり帰れないとなると、入管施設に帰されたと思いきや、また刑務所に、という無限ループに閉じ込められるような構造になってしまいますよね。
誤った事実を元に、法整備を進める危うさ
安田:この専門部会で、刑事罰の導入を検討するための会合に提出された資料に、誤りがあったことが指摘されています。
児玉弁護士:仮放免中の方が起こした犯罪として、四つ事例が載せられていました。そのうちの一つが、警察官に対する殺人未遂、公務執行妨害、銃刀法違反として載せられていたんです。確かに判決では、刃物を持っていたので銃刀法違反は有罪でした。けれどそもそも殺人未遂は、起訴すらされていなかったんですね。公務執行妨害については刺した行為が認められないので無罪、となっています。
安田:私も資料を読みましたが、「仮放免中の外国人がこんなに危ないことをしている」という“エビデンス(根拠・証拠)”の一つとしてこのケースが載せられていました。
児玉弁護士:判決は1年半も前に確定しているものです。本人が執行猶予付きの判決を受けて入管に行っているので、その情報は当然伝わっているはずなんです。
安田:あくまでも推測ではありますが、判決の確認を怠ったというよりもこれ、「こんなに危ない人がいます」、ということを故意に示した、とも思えてしまいます。
児玉弁護士:強制送還の拒否に対する刑事罰以外にも、仮放免中に逃亡した人について、「仮放免逃亡罪」のようなものを作ろうとしているようです。ただ、オーバーステイに対する刑事罰がありますから、現行法でも対処ができるはずなんです。
安田:そうなると、どうしてわざわざ刑事罰を導入するんだろうか、という事自体に疑問符がついてしまいますよね。
児玉弁護士:入管が発表した資料では、仮放免中に逃亡した人が増えていることが示されています。ただ、“なぜ逃亡したのか”という分析が全くないんですね。最近、仮放免を求めてハンガーストライキを続けている人を、どうにか収容から解いたとしても、2週間後にまた再収容されてしまう、ということが問題になっているんです。そういう人たちはやっぱり2週間仮放免が出ている間に、逃亡してしまうことがあります。再収容が恐くなって逃げるんです。
安田:いつまで自分はここに閉じ込められているのかという不安を抱きながら無期限に収容されてしまう状態は、精神的な拷問に当たると思います。ほんの少しだけ外に出して自由を味わせて、また収容していく、ということは、それに輪をかけて過酷なわけですよね。そう考えると「逃亡」ではなく、「避難」なのだと思います。
「数」だけを語っても、実態はつかめない
安田:なぜ逃亡したのか、なぜ帰れないのかということに対して、専門部会としてどれくらい当事者の声に耳を傾けているのでしょうか?
児玉弁護士:一応データや資料は入管から出てはいるのですが、送還を拒否する人の圧倒的多くは、難民申請者です。その人たちを「送還忌避者」と表現している資料はあるのですが、どうして帰れないのかというところまでは踏み込めてないですね。
日本の難民認定率は、ドイツやカナダなど諸外国に比べても桁が二桁くらい違う。0.数パーセントしか認定されない現状は、国際社会の中でも批判を受けているわけですが、正そうとしない。それにも関わらず、濫用者が多い、複数回申請している人は難民申請の乱用者だと決めつけて、帰そうとしている。自発的に帰そうとする入管側に追い詰められたとしても、帰れない事情が変わるわけではありません。そうした人たちが2年、3年、4年と収容されているわけですよね。けれどもその実態に踏み込んでしまえば、入管側の落ち度が明るみになり、難民認定制度を変えなければならない方向になる。それを避けるために、数だけでこの問題を語っているのではないのかと思います。
安田:数字だけでは決して浮かび上がってこない事情があると思います。今の日本社会は、外国の方々の力をお借りしなければ回らないような経済状況を作り上げてしまっています。日本の中では忌避されがちな仕事を担って下さっている方がたくさんいます。その一方で、こうした外国の方々の人権が守られない現状、課題が山積みですよね。家族の呼び寄せが叶わなかったり、母国との往来が制限されたり。
児玉弁護士:僕は“人が移動する”ということは基本的に自由だと思っています。昔アフガニスタンの難民の人たちがテレビを観ていて、渡り鳥が日本に来ているドキュメンタリーが放送されていたそうです。鳥たちはビザなしで入って来られるのに、僕たちはどうしてビザがなくて何か月も収容されているんだと突き付けられても、何も答えられませんでした。移動の制限を課した上に、収容して捕まえっ放しにしておく、というのが大きな誤りです。
人として、どこにいても、呼吸をしても、食事をしても、それは原則自由であるはずです。問題は国家という枠組みの中で、その自由をどの程度制限するかということです。今は国家ありきで、外国人は基本的に自由には入って来られないという枠組で考えていますが、渡り鳥と同じで、どこに行くのも本来は自由であるはずなんです。そこをどういう形で制限しなくちゃいけないのか、今の原則と例外を逆転して考えてみることが必要ではないでしょうか。
安田:人権に立脚すべきところですよね。収容されている方々に対して、「オーバーステイはオーバーステイじゃないか」という糾弾の声も上がるのですが、オーバーステイの人ならどんな人権も踏みにじられていいのか、ということにはならないはずですよね。今年は東京オリンピックということで、一方でそのために訪れる人々を歓迎しながら、一方では足元で踏みにじる、というこの矛盾を、どう解消していくのかが問われていると思います。
(聞き手:安田菜津紀/2020年2月26日)
※この記事はJ-WAVE「JAM THE WORLD」2020年2月26日放送「UP CLOSE」のコーナーを元にしています。
※記事の内容は2020年2月26日時点のものです。
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