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損なわれてはいけない記憶―小説『少年が来る』(ハン・ガン著)を読む女性たち

ほの暗い空間に、一冊の本を読み上げていくおばあさんたちの映像が浮かび、静かな、けれどもどこか悲しみを宿した声が響き渡る。

韓国・光州で起きた5.18民主化運動への弾圧で、命を奪われた者の身に何が起き、生き残った人々がどんな道のりを歩んできたのか――丹念な取材を元に描かれた小説『少年が来る』(ハン・ガン著)を、「5月母の家」に集う女性たちが朗読した映像とインスタレーションが、2023年10月、5.18記念文化センターで展示された。「5月母の家」は、民主化運動で家族を亡くしたり、自身も被害を受けた女性たちの憩いの場だ。

朗読に参加したパク・スングムさんの息子は、1980年5月当時、まだ高校生だった。軍による弾圧で、顔の判別がつかないほどの大けがを負った。その後は高校に通いながら、傷痕のうずく体を引きずり、タクシー運転手として働いた。極貧で、借金もふくれる中、いつしか夫は酒浸りになり、87年に亡くなる。そして息子も後遺症が悪化し、95年にこの世を去った。「私たちは生き証人でありながら、隠れて見えない存在だった」と、取材に応じてくれたスングンさんはどこか遠い目をしていた。

企画者のチョン・ヒョンジュさんは語る。

「この小説の核心にあるメッセージは、損なわれてはいけない記憶とは何か、そしてこの過去を通して、私たちは未来に何を望むのか、ということです」

「あれは暴徒が起こしたもの」「軍の行動は正当防衛」など、民主化運動の歴史を捻じ曲げる言説は後を絶たない。だからこそ女性たちの朗読は、そしてこの展示は、過去との真摯な対話の場であるように思えた。

女性たちが朗読した小説の6章には、息子を亡くした母の回想を綴られている。その愛ゆえに、苦痛に満ちた章だ。最後は、母が思い返す、幼い息子の言葉で終わっている。

「母ちゃーん、あそこの明るいとこにはお花もたくさん咲いているよ。なんで暗いとこに行くの、あっちに行こうよ、お花が咲いている方に」。
 

「少年が来る」を朗読するパク・スングンさんの映像。5.18記念文化センターで。


                    

(2024.1/写真・文 安田菜津紀)
※本記事は「生活と自治」2024年1月号掲載「対話する日々の中で 031」を一部加筆修正し、転載したものです。


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