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引き裂かれるアメリカ―なぜイスラエルを支持し続けるのか(三牧聖子さんインタビュー)

昨年10月以降のイスラエルによるガザ侵攻に対して、アメリカのバイデン政権はガザへの人道支援を行い、停戦を求める姿勢を見せつつも、一貫してイスラエルの「自衛」を支持してきました。そうしたダブルスタンダードに、若者を中心にバイデン政権や民主党に対する抗議の声も上がっています。

次期アメリカ大統領候補であるトランプ氏とハリス氏の選挙戦では、イスラエルに関する姿勢もひとつの争点となっています。

世界の超大国アメリカは、民族浄化を推し進めるイスラエルをなぜ支持し続けるのか?国際政治学者の三牧聖子さんと考えました。

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三牧聖子さん(本人提供)

討論会で明らかになった、トランプ氏とハリス氏の共通点

――9月11日に行われたトランプ・ハリス両氏のテレビ討論会、どのようにご覧になりましたか?

ハリス氏がトランプ氏を追い詰める局面が目立ち、互いが互いの政策を批判し合いましたが、ガザに関しては、あれほど対照的な二人の候補の間に違いはありませんでした。ガザの人道危機をどう止めるかはまったく議論されず、それどころか、どちらがより強力にイスラエルを支援できるかを競い合っている。イスラエルに送られている武器弾薬の7割はアメリカからのもので、アメリカは、重大な当事国ですが、大統領選挙において、ガザの問題は周縁化されています。

6月に行われたバイデン氏とトランプ氏の討論会でも、パレスチナに関して弱腰だと批判されたバイデン氏は、「私たちは世界の誰よりもイスラエルを支援している」と反論しました。8月初頭、ハリス氏が民主党の大統領候補になったとき、ガザに心を寄せてきた有権者、民主党支持者の間には、イスラエル政策の転換への期待が高まりました。7月、イスラエルのネタニヤフ首相が訪米し、米国議会で4回目となる演説をしましたが、その演説にハリス氏は参加しませんでした。ネタニヤフ氏との会談でも、「私はパレスチナ人の苦しみに黙っていない」と啖呵を切っています。

しかし、今回のトランプ・ハリス討論会のイスラエル問題についての議論は、バイデン氏の時とほとんど同じ構図になりました。トランプ氏が「ハリス氏が大統領になればイスラエルは2年で消滅する」と挑発したのに対して、ハリス氏は「私は自分のキャリア、人生すべてをかけてイスラエルをサポートしてきた」と反論。さらに、イスラエルが自衛する能力を今後も維持していくと強調しました。


――討論会後の報道では、「ハイチ移民が住民のペットを食べている」というトランプ氏の発言が大きく報じられました。もちろんこれはヘイトクライムにつながる重要な問題ですが、一方でイスラエルの問題についての報道は少なかったように感じました。

トランプ氏のハイチ移民に関する発言はあってはならないことで、それに対してハリス陣営が、ヘイト・差別発言は許されないとの態度を示したことは良かったと思います。しかし、人権とは普遍的なものです。ハイチ移民の問題には関心を寄せるのに、4万人を超える――瓦礫の下にいる人たちや、病気・飢餓の問題を入れたら十万を超える犠牲になるとも言われているガザの惨事に関しては、なぜまったく関心が向けられないのか。

確かにハリス氏もパレスチナ人の犠牲に完全に沈黙してきたわけではない。「こんなにも多くの罪のないパレスチナ人(too many innocent Palestinians)が犠牲になっている」と、大統領候補の指名受諾演説でも、9月の討論会でも言及しました。しかし、いつも同じ表現なのです。10.7に殺されたイスラエル人の犠牲について何度も、怒りや感情をこめて語ってきたのとは対照的です。「パレスチナ人の犠牲が多すぎる(too many)」といいますが、もうずっと前から「too many」だったわけです。何人殺されたら、イスラエルへの武器弾薬支援をやめるのか。

しかし、ハリス氏はイスラエルへの武器禁輸はしないと明言しています。ダブルスタンダードですよね。アメリカの武器が送られ続けてくることがなければ、こんなに長い間イスラエルは、こんな激しさで戦いを続けられていない。膨大な武器を送り続けておいて、パレスチナ人があまりに苦しんでいる、私は苦しみに黙っていないとハリス氏が言っても、言わないよりはいいかもしれませんが、欺瞞的だと怒りを感じる人もいよいよ増えています。


――歌手のテイラー・スウィフトさんがハリス氏の支持を表明しましたが、若者世代に影響力が強い「セレブ」たちがイスラエルの虐殺については非難しないことについて、そうした人たちのブロックリストが作られる動きもあります。

テイラー・スウィフトさんや、同じくハリス氏の支持を表明したビリー・アイリッシュさんも非常に若者に影響力がある人ですが、アメリカ大統領選は、全体の得票というより、6〜7州ある激戦州の結果で決まるという独特の仕組みもあるので、たとえスウィフトさんの訴えで投票が増えても、どれだけそれが選挙戦の帰趨を左右するかは不透明で、いわゆる「スウィフト効果」は限定的とも言われています。

さらにスウィフトさんに対しては、期待もこめてこんな批判も寄せられてきました。そんなに絶大な影響力を持っているのに、どうしてガザの虐殺を止めるために声を上げないのか、と。

アメリカのエンターテインメント業界や政治の世界は、非常に親イスラエルで、イスラエル批判はもちろん、ガザ停戦を求めることすら困難な雰囲気が続いてきました。もちろん、虐殺に抗議するかどうか、どのように声を上げるかは、スウィフトさんが決めることです。しかし、アメリカや世界で、少なくないスウィフト・ファンが、「どうしてあなたの影響力を、アメリカが幇助して行われてきた虐殺を止めるために使わないんだ」という批判の声をあげてきたということは、とても大切なことだと思います。

スウィフトさんがインスタグラムで表明したハリス支持はこういう文章でした。ハリス氏とウォルズ氏は、私が信じる権利や理念のために戦う人だ、女性の権利や性的マイノリティの権利をしっかり守る人だ。この文章に有権者登録サイトがそえられていました。とてもいい文章だと思いましたが、ただ女性や性的マイノリティの人権を出すのであれば、多くの市民、特に「女性や子どもへの戦争」と言われるほど、女性・子どもの死者の割合が多いガザの問題が、なぜまったく視野に入って来ないのか。アメリカではパレスチナ支持を主張する人への風当たりも非常に強いので、この問題を避けてしまう事情はわかりますが、人権を語りながらまったくガザを語らないスウィフトさんの欺瞞には、少なくないファンが気づき、怒っています。

パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区、ラマッラーの中心地に掲げられたガザで犠牲になった子どもたちの写真(2023年12月 安田菜津紀撮影)

民主党はなぜイスラエルを支持するのか

――バイデン政権のイスラエル、パレスチナに対する態度、とりわけ昨年10月7日以降の同政権の態度について、どのように考えますか。

アメリカはいまだに強国ですし、日本にとっては安全保障を頼っている国ですので、どうしてもアメリカの負の側面から目を背ける傾向が私たちにはありますが、世界がアメリカを見る目は確実に変わってきています。イスラエルがどんな非人道的な行動や「自衛」とは到底いえない殺戮を行なっても、武器を送り続けてきたからです。

2023年末、南アフリカ共和国が国際司法裁判所(ICJ)に、イスラエルがガザで行っていることはジェノサイドに相当すると訴えました。この裁判に賛同している国は、世界の国家の過半数を優に超えています。グローバルサウス諸国の多くが賛同を表明し、パレスチナ側でこの裁判に加わる国も出てきています。

さらに、今年5月には国際刑事裁判所(ICC)がハマスの3人の幹部と共に、イスラエルのネタニヤフ首相とガラント国防相に逮捕状を請求しました。その状況で、アメリカは逮捕状が請求されているネタニヤフ氏を国内に招き、議会で演説をさせました。その内容は、ハマス壊滅まで戦うと、一方的に自分たちの正当性を訴えるものでした。議会ではスタンディングオベーションが58回も、ほとんど発言ごとに起こった。たいへん異様な光景でした。

アメリカは2001年の「9.11」以降、アフガニスタンやイラクで展開した対テロ戦争など、これまでも人権や「法の支配」など、いわゆるソフト・パワーを自ら踏みにじってきましたが、今後アメリカが人権や「法の支配」と言ってもいよいよ全く説得力がないでしょう。

さらに今のアメリカは選挙戦のただなかで、多くの議員が、資金や人脈を提供してくれるイスラエル・ロビーと関係を良好に保ちたいという国内の論理で動いています。その結果、イスラエル批判を強める国際社会との間に、いよいよ溝が生まれています。


――なぜ共和党のみならず、民主党政権がここまでイスラエルの自衛にこだわるのでしょうか。

アメリカでは、親イスラエルのロビー団体が非常に大きな役割を果たしています。政党に献金し、選挙活動を助けている。これらの団体は、アメリカに親イスラエル政策を取らせることが目的なので、政権交代したら変わってしまうということがないよう、共和党・民主党の両方に根を張ってきています。

ただ、背景にあるのはそれだけではありません。たとえば、キリスト教福音派の人々が、パレスチナは神がユダヤ人に与えた土地だと信じ、イスラエルを強く支持するなど、宗教的なつながりもあります。アメリカのユダヤ人人口は2%くらいですが、福音派は人口の4分の1もいます。

もっとも純粋な信仰心だけでは説明できないと思います。福音派には白人が多く反ムスリムも多い。ムスリムヘイト、アラブ人へのレイシズムにおいてイスラエルと結びついている面は否めない。パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区の入植地には、アメリカから移住した人も数万人います。先住民を神の名のもとに虐殺して建国されたのがアメリカですが、そうしたアメリカの建国過程とのアナロジーで、ヨルダン川西岸での入植を崇高な「使命」とみなして移住した人も多い。

ヨルダン川西岸地区、ジェニン難民キャンプで、イスラエル兵が落書きしていったと思われるダビデの星(2023年12月 安田菜津紀撮影)

若者たちのガザ抗議運動と排除の背景

――2024年に入ってからアメリカ各地の大学で、ガザでの虐殺に抗議したり、座り込みの運動が行われてきましたが、強制的に学生が排除されてしまった大学もありました。

「ガザ連帯キャンプ」は全米に広がり、警察による暴力的な取り締まりで、数千人もの逮捕者が出ました。アメリカの大学は授業料や寄付金のほか、企業に投資してその運用益を大学運営にあててきましたが、投資先の企業の中にはイスラエルの軍事作戦や占領政策に関わっているような企業も含まれている。学生たちは、ガザ停戦とイスラエルへの軍事支援反対とともに、大学に対してそうした企業から投資を撤退させること(ダイベストメント)を主張したのです。

日本で一番報じられたのはニューヨークのコロンビア大学でのデモだと思いますが、平和的に展開されてきたのに、その鎮圧にありえない数の警官が投入されました。しかもそれを呼んだのは学長でした。そこには政治の圧力がありました。コロンビア大学を含む複数の大学の学長たちが、議会下院が組織する委員会の公聴会に呼ばれました。そこでは議員が、ガザ連帯キャンプを「反ユダヤ主義的」と一方的に決めつけてーー虐殺に抗議するたくさんのユダヤ人の学生も参加しているにもかかわらずーー学長たちにデモ鎮圧を要求したのです。こうした圧力を受けて、最終的に辞任に追い込まれた学長もいましたので、コロンビア大学の学長は従順にデモを取り締まったわけです。寄付金を集めて運営しているアメリカの私立大学は本来、政治からの独立性も高いはずですが、大口の寄付者も親イスラエル的な人が多いので、大学も政治の圧力に対して従順になってしまった。

なぜ若者がパレスチナ連帯を示すのか。1つの鍵がメディアです。アメリカの主流メディアは、保守メディアのみならず、リベラル・メディアも極めて親イスラエル的な報道姿勢で、ガザの悲惨な状況を率直に伝えてきたとはとても言えない状況がある。これに対し、SNSを活用する若者たちには、ガザからの発信やガザの悲惨な現状を伝える情報が、フィルターを通さずに伝わっている。

それに加えて、2020年に全米に爆発的に拡大したブラック・ライブズ・マター(BLM)運動などの人権運動に、若い人たちが熱心に関与してきたこともあります。BLM運動はアメリカ社会において黒人の命がいかに粗末にされているかに憤り、人種正義、命の平等を主張する運動ですが、それは世界と地続きで、アメリカの軍事支援を受けたイスラエルによって長年抑圧されてきたパレスチナ人の命も大切だという運動へと発展してきました。


――今年の3月に私たちが取材で訪れたドイツでも、ガザ虐殺反対の声が反ユダヤ主義として抑圧されていました。

アメリカの連邦議会下院では5月、「反ユダヤ主義啓発法」が可決されました。反ユダヤ主義とみなす言動の範囲を劇的に拡大して、イスラエル批判を封じ込めることが目的にあったことは明らかです。

こうした立法に多くの民主党議員も賛成しています。バイデン氏とハリス氏の言動を見ても、ガザ連帯キャンプに関しては、かなり否定的な姿勢を見せてきました。BLM運動が広がった2020年は、バイデン氏が大統領選に勝利した年でしたが、そのときバイデン氏は運動を力強く後押ししました。アメリカには人種差別が根強くあり、BLM運動は正しい、正義のための運動なのだと主張し、若者の圧倒的な支持を勝ち取り、そのことも大統領選の勝因の1つになったわけです。しかし今回のガザ連帯デモについては、「反ユダヤ主義的」な言動を含んでいると批判することに重点を置き、その運動の本来の意義を汲み取ろうとはしてこなかった。むしろ取り締まらなければならないというスタンスを示してきました。

たしかにトランプ氏が再選ということになれば、イスラエル寄りの政策が取られることは、過去のトランプ政権の4年間を顧みれば合理的な推論ですし、トランプ氏の最近の発言を見てもそう言えます。しかし最悪な人道状況が毎日更新されている今のガザを前にして、「トランプ政権になったらもっとパレスチナは酷いことになる」「だからまだハリスやバイデンで我慢したほうがいい」とハリス氏への投票を呼びかける民主党の姿勢は、とても残酷だと思います。

8月に開かれた民主党の全国大会には、ハマスに子どもが人質として取られているイスラエル家族が登壇したので、パレスチナ人やパレスチナの苦境を語れる人も登壇させるべきだ、これではアンフェアだという動きもあったのですが、党に受け入れられませんでした。パレスチナ人に声を上げる機会すら与えず、定型文の同情だけを表明し続ける。その間にガザの状況は確実に悪化している。民主党の欺瞞と残酷さは、「トランプよりまし」という言葉で片付けられるものではないと思います。

イスラエルを招待しなかった長崎の平和祈念式典

――今年の8月9日、長崎市は「原爆の日」の平和祈念式典にイスラエルを招待しないという判断を下し、アメリカの大使らが式典に欠席することに繋がりました。

長崎の市長に対しては、「国際感覚があるならイスラエルをボイコットすればこうなるのは分かっていたはずだ」といった批判も寄せられました。しかしそういう批判こそ、世界の今の流れを理解していないと思っています。世界は、G7よりはるかに広いのです。

人権分野ではG7はいまだにグローバルサウス諸国に「教えてあげる」というスタンスを崩していないようにも見えますが、ガザの問題に関しては一貫して、グローバルサウス諸国こそが命を守るための正論を掲げてきました。ガザの市民を殺すな、イスラエルの軍事行動ははるか昔に自衛の域など到底超えているのだから、とにかく停戦しなくてはならない、欧米諸国はイスラエルに武器を送り、虐殺を助け続けることをやめろ、こうグローバルサウス諸国はずっと言ってきています。

もちろんこうした国々に人権問題があることは私も否定しませんが、それをもって、こうした国々の主張を真剣に取り合わない欧米諸国の態度は非常に問題があると思います。

過去1年で、イスラエルは現役閣僚を含め、複数の政治家が、「ガザを広島のようにする」といったり、「原爆使用も選択肢の1つだ」といった発言をしてきました。被爆地の理念に照らして、当然このようなことは許容できることではありません。

数十年前であればG7諸国の式典ボイコットはもっと世界に衝撃をもたらしたかもしれません。しかし、今やむしろ、イスラエルの待遇をめぐってそこまでの行動をとるG7の異常さに世界から厳しい目が向けられるようになっています。そうした意味で、今年の長崎の平和祈念式典は、世界の変化を告げる出来事になったともいえるかもしれません。

平和祈念式典で「長崎平和宣言」を読み上げる鈴木史朗長崎市長(2024年8月 安田菜津紀撮影)

――国際刑事裁判所(ICC)がイスラエルのネタニヤフ首相らに逮捕状を請求したことに対しては、アメリカがICC関係者に経済制裁を加えるという動きも示しています。

アメリカもイスラエルも自国兵士が訴追されることを恐れてICCに入っていないわけですが、プーチン大統領にICC が逮捕状を出したときは、アメリカは「法の支配に照らした素晴らしい判断だ」と歓迎する意向を示した経緯もあります。それがネタニヤフとなると、「ハマスとイスラエルを同列視するような逮捕状は到底認められない」とバイデン氏は激怒し、「イスラエルで起きていることはジェノサイドではない」という発言まで飛び出した。アメリカには、ジェノサイドかどうかを判定する権利はもちろんありません。さらにはイスラエルの2人の逮捕状請求に関わったICCの関係者に制裁するといった姿勢すら見せてきた。法の支配というのは、普遍性にこそ意義があるはずなのですが、完全なダブルスタンダードです。しかもアメリカ自身がそのおかしさに気づいていない。


――この9月6日には、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区で、入植地拡大に反対する抗議行動に参加していた、アメリカとトルコの二重国籍の26歳の女性が射殺されるという事件が起きました。

アイセヌル・エジ・エイギさんですね。イスラエル軍は射殺の背景や詳細は不明としていますが、バイデン政権は、これはあくまで事故であると、過小評価するような見解を示してきました。

さらに、バイデン氏はこれまで、ハマスの人質にされたアメリカ市民が亡くなった時などはすぐに哀悼の意を表明し、ハマスを強く糾弾してきましたが、同じパレスチナで、アメリカ市民がイスラエル軍に殺されたにもかかわらず、今回は哀悼の意すら示さず、イスラエルを批判する動きも見せていない。

アメリカのメディアも、イスラエル軍によってアメリカ市民が殺されたという衝撃的な事件を誠実に伝えてきたとはいえません。たとえばニューヨークタイムズの記事では、エイギさんの葬儀がトルコで行われた点を強調して、葬儀はトルコ式で、アメリカ人であることを感じさせる要素はなかったと報じました。あたかもエイギさんは二重国籍者ではあったものの、アイデンティティはアメリカ人よりはトルコ人で、だからこそ、パレスチナに強烈にシンパシーを持ったのだと言わんばかりに。パレスチナに連帯し、声をあげるひとはまともなアメリカ人とすら扱われないのかと、報道姿勢に大きな疑問と怒りと感じました。

エイギさん殺害をめぐりイスラエルと事を荒立てたくないというバイデン政権の姿勢は明らかで、主流メディアの報道も同様の姿勢。パレスチナ連帯に非常に熱心だったというエイギさんの人生が冒涜されていると感じています。

ヨルダン川西岸地区、ジェニン難民キャンプで、破壊された自宅からノートなどを拾うミーナさん(2023年12月 安田菜津紀撮影)

ジェノサイドが疑われる中での「よりマシな悪」とは

――8月初頭、ミシガン州で行われた集会でのスピーチ中、ジェノサイドに対する抗議の発言をした人に対して、ハリス氏は、トランプを勝たせたくないなら黙りなさい、と言うような態度をとりました。

ガザの問題に関して、共和党は親イスラエルで一致していますが、民主党支持者は親イスラエルと親パレスチナで割れています。ハリス氏に何らかのイスラエル政策の改善、具体的にはイスラエルへの武器弾薬輸送の停止を求める声も大きいです。7月の世論調査で、民主党支持者の7割超が武器禁輸を求めているというデータもありました。しかし、それでも民主党支持者の間でも親イスラエル世論は小さくなく、親イスラエルの寄付者との関係もある。もし禁輸に踏み切った場合には、確実にそうしたところから反発の声も出てくるため、ハリス氏としてはパレスチナに対してある程度同情的な姿勢を示し、トランプ氏との違いを示しつつ、実質的な政策転換はせず、レトリックだけで乗り切りたいというのが本音だと思います。

しかし、こうした状況はパレスチナからしてみれば絶望でしかない。選挙までこの虐殺は続くのか。それまでに何人死ぬのか。選挙に勝ったら本当に、イスラエル政策を劇的に転換し、ガザの人々の命を救う政策をとるのか。選挙に不利になるからと、そんな理由でガザの人道危機を止めることから逃げ続けてきた民主党がもし勝ったとしても、だからといってパレスチナ問題に取り組む保証などまったくない。

ハリス氏の夫、エムホフ氏はユダヤ系ですが、ハリス氏は結婚以前、カリフォルニア州の地方検事や司法長官の時代から、ユダヤ系コミュニティと親密な関係を築いてきました。彼女のキャリアも、それに支えられてきたのです。上院議員になってからも親イスラエル的な投票行動を重ねてきました。当時オバマ政権が、ヨルダン川西岸地区の入植地建設凍結を求めるという、アメリカの歴代政権の中では厳しいイスラエル政策を取ろうとした際、ハリス氏はオバマを批判する決議の共同提案者にもなっています。いま、政治の風を見ながら、若干、パレスチナに同情的な姿勢を見せていますが、彼女は、格別にパレスチナに思いを寄せてきたとか、イスラエルに批判的な態度をとってきたという人ではない。むしろその逆ですらある。その意味でも、ハリス氏になったからといってイスラエル政策が公正なものへと転換されるという期待はあまり持てない。

民主党支持者は、自分たちの投票の力を使って、必死にバイデン氏とハリス氏にイスラエル政策の転換を求めてきました。大統領選挙の結果を決める激戦州の一つ、ミシガン州はアラブ系の人口が非常に多く、親族や友人がガザにいるという人もたくさんいます。そうしたガザの現状に憤る人たちが、民主党の候補を選ぶ予備選の際、バイデン氏のイスラエル政策への抗議の意味をこめて「支持者なし(uncomitted)」に投票しようと呼びかけ、結果10万票が「支持者なし」に投じられました。

これは選挙を動かしうる数字です。2016年にトランプ氏がヒラリー氏に勝った時は、その差はわずか1万票超でした。もちろんアラブ系の人たちも、過去にイスラム教徒が多い国からの入国者を制限するといった排他的な政策をとったこともあるトランプ氏に勝たせたいわけではない。ただ、アラブ系として団結して投票の力を最大限に使い、イスラエル政策を転換しない限り、激戦州を1つ落としうるということをハリス氏に伝え、なんとか、ガザの殺戮を終わらせようとしている。こうした人々に対しては、ハリス支持者から「結局トランプを利する愚かな行動」との批判も強いですが、みんな虐殺をなんとか終わらせられないか、真剣に悩みながら、自分が今できることをしているだけなのです。ハリス氏が彼らの票を勝ち取りたいのであれば、ガザでの虐殺を支援するような行動をやめればいいだけなのですから。


――トランプ氏が再び大統領の座に就いた時のイスラエル・パレスチナに対する影響はどうなるのでしょうか。

トランプ氏の娘の夫であり、トランプ一期目の中東政策にも大きく関与したクシュナー氏が、ガザ地区をリゾートとして開発する計画を立てていると語る、といったこともありました。トランプ氏自身も、「イスラエルが必要としている武器をすべて与えて、仕事を終わらせるべきだ」といった発言をしてきました。トランプ政権時代のイスラエル政策、そしてこうした言動に鑑みても、トランプ政権になった場合のほうがさらにパレスチナにとって悪い事態になるだろうと推測できますが、もはやガザは、これ以上悪い事態など想定すらできないような、最悪の人道状況が1年も続いてしまっているわけです。

ガザでジェノサイドとしかいえないことが起こっている状況で、「よりマシな悪」などあるのでしょうか。一刻も早くジェノサイドをとめる、その前にジェノサイドを支援することをやめる、ということを考えるべきなのに、「民主党も共和党もどちらもガザにとっては最悪だが、どちらがそれでもよりマシなのか」という議論になっていることこそが、アメリカ政治の問題だと思います。

2018年、トランプ大統領の就任式会場(佐藤慧撮影)

――ガザにいる友人からも、ハリス・トランプどちらが大統領になっても、もう希望も期待もないという声が届いています。日本としては、どのように働きかけることが考えられるのでしょうか。

昨年冬、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に10・7の攻撃にも関わったハマスのメンバーがいるとイスラエルが一方的に主張し、ドイツ・アメリカはUNRWAへの資金を即時に止めました。この時、日本も同様に資金を止めたわけです。

疑惑の重大性は私も過小評価しません。国連は即、疑惑がある職員を解雇し、調査に踏み切った。この局面でノルウェーなど、資金を止めない国もあった。今のパレスチナの人道現状に照らして人道支援を止めることは、彼らに死ねと言うことに等しい、そんなことはできないからと、支援を継続したのです。なぜ日本はこの態度を取れなかったのでしょうか。本当に残念で、恥ずかしく思いました。

イスラエルの発言を鵜呑みにして、あるいはアメリカに忖度して、人道に背く行動をしてしまった。ガザの人々からは、アメリカやドイツはそうするだろうが、人道支援には定評がある平和国家日本までも、という落胆があったと伝えられています。

日本はG7のメンバーではありますが、欧米とはさまざまな面が違いますし、それはいいことだと思います。ガザにとって公正で安全な未来へのイニシアティブが、アメリカから生まれるようなことは、残念ながら少なくとも近い将来はないでしょう。そういう中で踏ん張って、パレスチナの人たちの命を支えるのは誰なのか。その1つが、日本であってほしいと思います。日米両政府は、ことあるごとに「日米は価値を共有する国」「人権や法の支配の理想を共有している」といってきたのですから、人権や法の支配に照らして、アメリカを正しい方向に導くための行動を、粘り強くとっていってもらいたいと思います。

※本記事は2024年9月18日に配信したRadio Dialogue「米国とイスラエル」を元に編集したものです。

(2024.6.26 / 聞き手 安田菜津紀、 編集 伏見和子)

【プロフィール】
三牧聖子(みまき・せいこ)

同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科准教授。専門はアメリカ政治外交。主な著書に『戦争違法化運動の時代-「危機の20年」のアメリカ国際関係思想』(名古屋大学出版会)、『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書) 、『自壊する欧米 ーガザ危機が問うダブルスタンダード』(集英社、共著)、共訳・解説に『リベラリズムー失われた歴史と現在』(ヘレナ・ローゼンブラット著、青土社)など。

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