「キムチくさい」と差別を受けた時代から、子どもたちとその味を分かち合えるまで
「ついこのあいだ、94歳になりました。長生きはキムチのおかげかもしれません」
子どもたちに石日分(ソク イルブン)さんがこう語りかけると、子どもたちから自然と拍手が起こる。
1月29日、神奈川県川崎区桜本にあるさくら小学校の6年生が、朝鮮料理のひとつ、キムチ漬けを体験した。その「先生」として子どもたちにアドバイスをしたのは、朝鮮半島にルーツを持つ、在日コリアンのハルモニ(おばあさん)たちだ。
ハルモニたちは日ごろ、地域から差別をなくすなどの目的で作られた川崎市の公共施設「ふれあい館」に集い、作文を書いたり、歌を歌ったり、人形劇に挑戦したりと、様々な活動に取り組んでいる。古くから暮らす在日コリアンの人々や、中南米、東南アジアなどにルーツを持つ方々など、多様な人たちが暮らす桜本で、「ふれあい館」は年代を超えて地域の人々のよりどころとなってきた。
この日のキムチ作りの前に、日分さんがハルモニたちを代表して経験を語った。
「今でこそキムチは栄養があって、みなに好かれていますが、昔はそうではありませんでした」
植民地支配の歴史に触れ、「学校でお弁当にキムチが入っていると『キムチくさい』『にんにくくさい』といじめられ、差別を受けました。その嫌われ者のキムチを、今はみなさんが好きになって、一緒に漬けるなんて、嬉しくて夢のようです」と声を弾ませた。
戦時中に経験した空腹を振り返り、「差別やいじめが原因で戦争が起きます。そんな時代だからこそ夢も希望もありませんでした。みなさんはキムチを食べて、食事をもりもり食べて、元気で平和を愛する優しい人間になってください」と子どもたちに語りかけた。
調理室ではグループに分かれ、各テーブルで子どもたちがハルモニたちと交流しながらキムチを漬ける。
「ほら、白菜の葉っぱの裏にもたくさんヤンニョムを塗ってごらん」
「ヤンニョム」とは、唐辛子やニンニクなどを混ぜ合わせた調味料だ。この日、子どもたちが漬けていたヤンニョムはほかにも、生姜、にぼし、にんじん、ニラ、玉ネギ、大根などに加え、黄桃やパイナップル、梨などのフルーツもふんだんに使った、ハルモニ自慢のレシピだ。
「鍋にしよっかな、白いご飯で食べようかな」「うちは家族みんなキムチが好きだからすぐなくなっちゃう」と、うきうきしながらそれぞれのキムチを持ち帰る子どもたちの姿を、ハルモニたちは目を細めながら見送った。
差別に直面したのは日分さんだけではない。自身の子どもが「キムチくさい」といじめを受けてから一切食べられなくなってしまったと語るハルモニ、「女に教育はいらない」と、自身は一度も学校に通うことができなかったハルモニ――。そんなハルモニたちの経験や言葉を、子どもたちはキムチとともに家庭などに持ち帰る。それはやがて、地域の気づきとなり、「ともに生きる」礎となるのではないだろうか。
Writerこの記事を書いたのは
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フォトジャーナリスト安田菜津紀Natsuki Yasuda
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『国籍と遺書、兄への手紙 ルーツを巡る旅の先に』(ヘウレーカ)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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