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災害関連死を繰り返さない―遺された声を社会へ(弁護士・在間文康さん寄稿)【後編】

陸前高田市の米崎小学校に設置された仮設住宅。(安田菜津紀撮影)

東日本大震災では3800人を超える人が亡くなったとされる「災害関連死」。その実態や支援を受けるための認定プロセスは広く認知されているとは言い難く、多くの課題があります。

弁護士として被災者支援に取り組んでこられた在間文康さん寄稿記事の【後編】では、災害関連死の事例検証の必要性と、その現状についてお伝えします。(【前編】はこちら

東日本大震災での災害関連死の事例

次に、事例検証の必要性と現状についてお話しします。

災害関連死と認定されることは、ご遺族にとって大きな意味を持ちます。

経済的には災害弔慰金の支給だけでなく、義援金や震災遺児への奨学金の支給要件にもなります。また、慰霊祭への参列や慰霊碑への刻銘など、災害の遺族として扱われる基準ともなります。さらに、ご遺族の多くが抱える自責の念や後悔の気持ちに対して、「災害が原因だった」と公的に認めることで、その哀しみを和らげる意味も大きいです。

それに加えて、災害関連死と認定されることは、将来の再発防止にも繋がるものです。

具体例として、私が携わった東日本大震災、陸前高田市での事例を紹介します1 2

亡くなられた方は、奥様と3人のお子さん4人で高台で暮らしていた50代の男性でした。震災前から高血圧、高脂血症等の既往症がありましたが、個人事業主として市街地でリサイクルショップを営んでおられ、日常生活は支障なく過ごしておられました。

しかし、震災でお店が津波に流され、収入が途絶えてしまう一方、多額の事業性のローンが残ってしまいました。お子さんの進学時期が重なったこともあり、経済的な不安を強く抱えておられたようです。町の被害は甚大で、お店の再開時期が全く見通せない中で、その不安は日増しに強まり、次第に、不眠や意欲喪失が見られるようになったそうです。

その結果、高血圧が悪化して、震災の8ヶ月後に心筋梗塞を発症し、合併症により亡くなられました。

この事例は最終的に訴訟の場で判断されることになりました。裁判所は経済的負担や将来への不安による強度のストレスが、既存の危険因子、高血圧を悪化させ、心筋梗塞の発症に繋がったとして、災害関連死として認定しました。

裁判の結果としては、勝訴ということになるのですが、私自身、本来であれば、この方は亡くならずに済んだのではないか、救うことができる命だったのではないか、という思いが強く残り、災害関連死の制度的な課題について考える大きなきっかけとなりました。

陸前高田市にて(安田菜津紀撮影)

求められる事例検証

この事例から、どうすれば救えたのかという視点で考えると、一つは、医療的支援の不足、高リスク者で避難所外にいる方を対象にした医療福祉的なアプローチの課題を見いだすことができます。

また、当時、被災ローン減免制度(自然災害債務整理ガイドライン3)という被災前の債務を減免する制度が発足したのですが、それがなかなか被災者に周知されていなかったり、支援が届いていなかったという問題も浮き彫りにしています。

生業を失ったことに対する支援の不十分さもこの事例から明らかになる問題の一つです。現行制度化では、生業支援としては、グループ補助金など、再開に向けた支援メニューはあるものの、それまでの経済的支援策は乏しいです。特に、個人事業主には失業給付が支給されませんので、ひとたび生業を失えば、この男性のように大変な苦境に陥ることになります。

さらには、被災者生活再建支援法では、被災世帯とは住家被害を受けた世帯とされています4。 住家被害を受けなかったこの方は、生業に甚大な被害を受けたとしても、被災者とは扱われず、生活再建支援金は支給されませんでした。

これらの問題は今も大きくは変わっていません。

このように、この事例ひとつからでも4つの重要な課題が見て取れるわけです。災害関連死の事例を検証することで、将来同じような立場に置かれた被災者を救う手がかりが見出せるということがわかると思います。

しかし、現状では、災害関連死の事例の体系的な検証はほとんど行われていません。2020年4月に内閣府が事例集を作成し、2021年4月に増補版が公表されましたが5、掲載されている認定事例は127例に留まり、記載される事実関係も抽象的で、将来の具体的な対策には必ずしも繋げることができません。

「どうすればその命を救えたか」という視点からの検証が必要です。

さらに、認定事例というのは実際に発生している災害関連死の氷山の一角に過ぎません。認定されなかった事例や、申請されなかった事例は埋もれてしまっているのが現状です。そもそも、災害関連死の全容を把握することは、災害弔慰金制度のもとでは限界があるのかもしれません。

未来の災害から大切な人を守るために

以上述べたことから、結論として、二つの重要な課題を指摘させていただきます。

一つは、災害関連死の認定プロセスが未整備であり、そのために遺族間での不公平感や支援の取りこぼしが生じてしまっていることです。遺族にとって、災害関連死と認定されることは、弔慰金が支給されるか否かに留まらず、災害の遺族として扱われるか否かを分かつもので、その心情面にも大きな影響を及ぼすものです。認定プロセスを整備し、いつどこで災害が起きても適正な認定がされるようにすることで、遺族を経済的にも心理的にも支援、救済することに繋がるのです。

もう一つは、事例の統一的・横断的な把握、分析が十分になされていないことです。氷山の一角である認定事例についてですらほとんど検証が行われていないのが現状です。

そのために、災害関連死の実態や全容が解明されず、実効的な対策を立てられないままになっています。災害関連死の事例は、不幸にも命を落とされた方々の「最期の声」であり、その教訓を活かし、次なる災害で同様の悲劇を生まないことが、せめてもの弔いであり、また、ご遺族の哀しみを和らげることにもなるのです。その「最期の声」を大切にすることこそが、私たちの暮らす社会の強靱さや豊かさに繋がるのではないでしょうか。

災害は、いつ、どこで発生するか予測できません。明日、あなた自身や大切な人が「被災者」となる可能性もあるのです。災害関連死について理解し、将来の対策を考えることは、この国に住むすべての人が真剣に向き合うべき重要な課題です。私たち一人ひとりが、未来の災害から大切な人を守るために、これらの問題に取り組み、知恵を絞っていく必要があります。

陸前高田市にて(安田菜津紀撮影)
  1. 「【過去の事例】突きつけられた〈関連性なし〉①-3・11」(災害関連死を考える会ホームページ)https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/53943203?categoryIds=9121914 ↩︎
  2. 「【過去の事例】突きつけられた〈関連性なし〉②-3・11」(災害関連死を考える会ホームページ)https://drd-saigonokoe.themedia.jp/posts/53944417?categoryIds=9121914 ↩︎
  3. 「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドラインについて」(一般社団法人 東日本大震災・自然災害被災者債務整理ガイドライン運営機関ホームページ)https://www.dgl.or.jp/guideline/ ↩︎
  4. 被災者生活再建支援法(平成十年法律第六十六号)第2条第2号 ↩︎
  5. 「災害関連死事例集(増補版)」(内閣府)https://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/kanrenshijirei.html ↩︎

【プロフィール】
在間 文康(ざいま・ふみやす)

弁護士。京都大学法学部・東大法科大学院卒。2009年、弁護士登録。12年、岩手県陸前高田市にいわて三陸ひまわり基金法律事務を開所。16年、陸前高田や奄美をはじめ全国各地の弁護士過疎地に支店を持つ弁護士法人空と海 そらうみ法律事務所を開設し、東京事務所に勤務。

災害関連死を考える会 https://drd-saigonokoe.themedia.jp/

弁護士法人空と海 そらうみ法律事務所 https://soraumi-law.com/

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在間文康さん(本人提供)

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