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市民社会が警鐘「デマが民主主義を壊す」―参院選と排外主義

賛同団体を代表して8団体が登壇、排外主義の過激化に警鐘を鳴らした。(安田菜津紀撮影)

参議院選挙を前に、過激化する排外主義に対し、強い危機感を抱くNGO団体らが緊急の共同記者会見を開催した。会見には賛同団体を代表して8団体が登壇し、外国人差別や排外主義の煽動が公然と行われている現状に警鐘を鳴らした。すでに266団体が賛同を示しており、問題の深刻さを訴えている。



各党で掲げられている排外主義政策

最初にマイクを握った「外国人人権法連絡会」の師岡康子弁護士は、声明発出の背景について、「外国人が優遇されている」「外国人が治安を悪化させている」といったデマに基づき、外国人や外国ルーツの人々に対する敵視が急速に拡大していることへの危機感を語った。

「NHKなどが先月に発表した調査結果では『日本社会では外国人が必要以上に優遇されている』と考える人たちが6割を超えています。また他の調査でも、『外国人が増えると治安が悪くなる』と考えている人が半数を占めるという調査結果もあります」

そう語る師岡氏は、特に埼玉県におけるクルドの人々に対するヘイトデモ、ヘイトクライムや、インターネット上に大量のヘイトスピーチが広がっている状況を示し、「本当に酷い差別が日常的に行われている」と訴えた。

今回の参院選では、「違法外国人ゼロ」「外国人優遇策の見直し」「日本人ファースト」といった排外主義政策が各党で掲げられている。政府までもが「ルールを守らない外国人により、国民の安全が脅かされている社会情勢」として「不法滞在者ゼロ」を打ち出している。

「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」について(出入国在留管理庁)

こうした現状に対し師岡氏は「公的機関が差別デマを打ち消すどころか、偏見を煽る側に立っている」と厳しく批判し、政府・自治体は「選挙運動におけるヘイトスピーチが許されない」ことを徹底して周知することを強く求めた。

「排外主義の煽動は、外国人・外国ルーツの人々を苦しめ、異なる国籍・民族間の対立を煽り、共生社会を破壊し、さらには戦争への地ならしといえる、極めて危険なものです。私たちは、国籍・民族・性別などの属性に関わらず、誰もが差別されたり排除されたりせず、人間としての尊厳が尊重される社会、すでに一緒に生きる社会を作っている外国人、外国ルーツの人々とともに、平和に生きる社会を目指したいです」

「外国人人権法連絡会」の師岡康子弁護士(中央)。(安田菜津紀撮影)

続いて各分野で活動する団体から、現場の具体的な実情とデマとの乖離が語られた。

「移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)」の鳥井一平共同代表理事は、メディアに対し「事実を知らせてほしい、事実を知ってほしい」と訴えた。鳥井氏は多くの外国人が病院で受け入れを拒否され、薬局で薬を買うことで済ませている実態を明かし、「健康保険料払いっぱなし」の状態であることをデータと共に指摘。「外国人が優遇されている」という主張が、現場の過酷な現実と全く異なることを示した。

「(日本人の)賃金が上がらないのは外国人労働者の責任」という言説に対しても、「そんな事実はどこにも見当たらない。日本の賃金が上がらないのは労働組合の弱体化や労働者の使い捨てという発想が原因」と語った。



デマを元にした議論は社会を壊す

「全国難民弁護団連絡会議(全難連)」の浦城知子弁護士は、「ルールを守らない外国人」という言い方がされる現状に対し、難民認定制度の運用によって、意図せず非正規滞在に置かれてしまう人々がいることを説明した。適法に難民申請をしているにもかかわらず、在留資格のない状態に置かれるのは「改めていかなければならない問題」であると強調し、国際法によって認められている権利が侵害されている現状を訴えた。

生活困窮者支援を行っている「つくろい東京ファンド」の大澤優真氏は、「外国人は医療を食い物にしている」「生活保護をたくさん受けている」といったデマが横行していることに対し、「外国籍者が生活保護を利用できるのは限定的であり、申請しても半数以上が利用できない現状がある」と指摘。「外国人が生活保護を目当てに日本に殺到している」という主張も統計上あり得ず、生活保護を利用する外国籍者の数は減少傾向にあることを示した。

厚生労働省が約10年前に実施した調査でも、「入国当初から医療目的で在留資格を偽り、大量に医療を受けている」という不正利用は「ほぼ確認されなかった」という結果が出ていることも合わせて報告した。

治安についても、統計上は外国人の増加と治安悪化はつながっておらず、むしろ改善しているという専門家の見解を引用し、「デマを元にした議論は社会を壊すこと」だと大澤氏は警鐘を鳴らす。

「反貧困ネットワーク」の瀬戸大作事務局長は、特定活動の在留資格を持つ人たちが生活保護を利用できず、病気や介護で仕事を失った際に強制送還の危機に瀕している実態を報告した。また、「仮放免高校生奨学金プロジェクト」を通じて支援している子どもたちの親が、強制送還の圧力を受け、裁判中でも送還される可能性のある「令書」が届いている状況を語り、入管が「違法外国人ゼロキャンペーン」に基づき強制送還を実行していることも問題視した。

「つくろい東京ファンド」の大澤優真氏(中央)。(安田菜津紀撮影)



根拠のないデマに惑わされないように

「人種差別撤廃 NGO ネットワーク(ERD ネット)」の小森恵氏は、日本に人種差別を禁止する法律がない現状と、国連の人種差別撤廃委員会による報告書審査の経緯を説明した。

2009年、在特会(在日特権を許さない市民の会)による京都朝鮮第一初級学校への襲撃以降、国連の人種差別撤廃委員会はヘイトスピーチの禁止や法律制定を繰り返し日本政府に勧告してきた。2016年にヘイトスピーチ解消法が制定されたものの、その効果は限定的であり、被害者救済や加害への制裁が不十分であると小森氏は指摘する。

「国際人権は、日本だけではなく、さまざまな国・地域で差別に苦しんでいる人たちの、被害や苦しみ、戦い、実績、それらを基にして発達してきました。“日本人ファースト”ではなく、国際連帯のスピリットを持って、毅然として何をするか、考えていかなければなりません」

「外国人住民基本法の制定を求める全国キリスト教連絡協議会(外キ協)」の佐藤信行氏は、日本の教会が多国籍・多文化の信仰共同体となりつつある中で、外国人の人権問題が課題となっていると語った。

また、様々な国籍の子どもたちが、福島県の日本語教室で学び交流しているプロジェクトに触れ、子どもたちの将来を閉ざす理不尽な社会を変えていく必要性を訴えた。

「普段学校では孤立しがちな子どもたちは(プロジェクトで)多くの仲間と出会い励まされ、悪戦苦闘しながら自分のアイデンティティを獲得していきます。そして学習言語としての日本語を必死に獲得し、進学を目指します。しかし日本の現実はこのような子どもたちに対して『君たちが頑張って公立学校の教員になれたとしても教頭や校長にはなれませんよ』『君たちが18歳になり日本社会や地域社会を良くしようと思っても、選挙権は認めませんよ』と公言していくのです」

最後に、「フォーラム平和・人権・環境(平和フォーラム)」の染裕之共同代表は、人権は「生まれながらに持っている権利」であり、憲法前文で謳われる「全世界の国民が等しく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに存在する権利を有する」という崇高な理念を現実のものとすべく、排外主義に反対していくと語った。



声明全文

参議院選挙という民主主義の根幹をなす場で、排外主義的な言説が公然と、そして根拠のないデマを伴って展開されている現状に対し、デマに惑わされることなく、事実に基づいた冷静な議論と、毅然として差別に立ち向かう姿勢が求められている。下記に、今回発出された声明全文を掲載する。

参議院選挙にあたり排外主義の煽動に反対するNGO緊急共同声明

私たちは、外国人、難民、民族的マイノリティ等の人権問題に取り組むNGOです。

日本社会に外国人、外国ルーツの人々を敵視する排外主義が急速に拡大しています。NHK等が先月に実施した調査では、「日本社会では外国人が必要以上に優遇されている」という質問に「強くそう思う」か「どちらかといえばそう思う」と答えた人は64.0%にものぼります(※1)

外国人、外国ルーツの人々へのヘイトスピーチ、ヘイトクライムが止まりません。例えば2023年夏以降、埼玉県南部に居住するクルド人へのヘイトデモ、街宣が毎月のように行われ、インターネット上は連日大量のヘイトスピーチであふれる深刻な状況となっています。

6月の都議会選挙では、選挙運動として「日本人ファースト」等のヘイトスピーチが行われました。また、外国ルーツの候補者たちが「売国奴」などのヘイトスピーチによって攻撃されました。

来る参議院選挙でも「違法外国人ゼロ」「外国人優遇策の見直し」が掲げられるなど、各党が排外主義煽動を競い合っている状況です。政府も「ルールを守らない外国人により国民の安全安心が脅かされている社会情勢」として「不法滞在者ゼロ」政策を打ち出しています。

しかし、「外国人が優遇されている」というのは全く根拠のないデマです。日本には外国人に人権を保障する基本法すらなく、選挙権もなく、公務員になること、生活保護を受けること等も法的権利としては認められていません。医療、年金、国民健康保険、奨学金制度などで外国人が優遇されているという主張も事実ではありません。

「違法外国人」との用語は、「違法」と「外国人」を直結させ、外国人が「違法」との偏見を煽るものです。「不法滞在者」との用語も、1975年の国連総会決議は、全公文書において「非正規」等と表現するよう要請しています(※2)。難民など様々事情があって書類がない人たちをひとくくりで「違法」「不法」として「ゼロ」すなわち問答無用で排斥する政策は排外主義そのものです。

本来政府、国会などの公的機関は、人種差別撤廃条約にもとづき、ヘイトスピーチをはじめとする人種差別を禁止し終了させ、様々なルーツの人々が共生する政策を行う義務があります。社会に外国人、外国ルーツの人々への偏見が拡大している場合には、先頭に立って差別デマを打ち消し、闘うべきなのに、偏見を煽る側に立つことは到底許されません。法務省もヘイトスピーチ解消法に則り、選挙運動にかこつけて行われるヘイトスピーチは許されないとの通知を出しています(※3)

ヘイトスピーチ、とりわけ排外主義の煽動は、外国人・外国ルーツの人々を苦しめ、異なる国籍・民族間の対立を煽り、共生社会を破壊し、さらには戦争への地ならしとなる極めて危険なものです。

私たちは、選挙にあたり、各政党・候補者に対し排外主義キャンペーンを止め、排外主義を批判すること、政府・自治体に対し選挙運動におけるヘイトスピーチが許されないことを徹底して広報することを強く求めます。また、有権者の方々には、外国人への偏見の煽動に乗せられることなく、国籍、民族に関わらず、誰もが人間としての尊厳が尊重され、差別されず、平和に生きる共生社会をつくるよう共に声をあげ、また、一票を投じられるよう訴えます。



(※1)NHKウェブニュース「『外国人優遇』『こども家庭庁解体』広がる情報を検証すると…」
(※2)「移住者と連帯する全国ネットワーク」HP「在留資格のない移民・難民を不法と呼ばず非正規や無登録と呼ぼう!」の頁参照。
(※3)法務省「事務連絡」(2019年3月12日)選挙運動,政治活動等として行われる不当な差別的言動への対応について

「参議院選挙にあたり排外主義の煽動に反対するNGO緊急共同声明」への団体賛同は こちらを参照。


Writerこの記事を書いたのは
Writer
フォトジャーナリスト / ライター佐藤慧Kei Sato

1982年岩手県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の代表。世界を変えるのはシステムではなく人間の精神的な成長であると信じ、紛争、貧困の問題、人間の思想とその可能性を追う。言葉と写真を駆使し、国籍−人種−宗教を超えて、人と人との心の繋がりを探求する。アフリカや中東、東ティモールなどを取材。東日本大震災以降、継続的に被災地の取材も行っている。著書に『しあわせの牛乳』(ポプラ社)、同書で第2回児童文芸ノンフィクション文学賞、『10分後に自分の世界が広がる手紙』〔全3巻〕(東洋館出版社)で第8回児童ペン賞ノンフィクション賞など受賞。

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