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難民について伝えるために、知っておきたいこと―難民支援協会 石川えりさん

難民や移民について、恐怖心を煽ったり差別を扇動するようなデマやヘイトがSNSなどで広がっています。難民に関する正しい知識や、広く理解してもらうための発信が一層必要とされていますが、報道や発信のされ方によっては、難民の方自身や関係する人たちに重大な被害を及ぼしてしまうこともあります。

難民について発信するために知っておくべきことや、報道時に必要な配慮、そして難民の方々の思いについて、認定NPO法人難民支援協会(JAR)・代表理事、石川えりさんにお話いただきました。

石川えりさん(本人提供)

難民とはどのような人たちか

そもそも難民の方々とは、迫害をおそれて故郷に帰れない人たちです。もし送り返されたら、命の危険や人権侵害のおそれがある事情をそれぞれが抱えています。

たとえば、民主化を求める政治活動が原因で刑務所に入れられ、食事も満足に与えられず、夜も眠らせてもらえなかったという人や、共に活動していた仲間が命を落としたという方がいらっしゃいます。

母国ではびこるテロと汚職をなくすため、ジャーナリストとして記事を書いたことから、過激派グループと政府の両方から命を狙われるようになったという方もいます。

他国に助けを求めて逃げる権利は、世界人権宣言にも定められている、人として生きるための権利です。

しかし、日本においては、難民として認定され適切な保護を受けることが難しい状況があります。

難民認定数の各国比較 (2024年/UNHCR Global Trends, 入管庁発表資料から難民支援協会作成、米国については2024年半ば時点での数字)

難民の受け入れはウクライナや民間主導の受け入れなど増えている現状がありますが、日本では、難民申請をしても難民認定されることが非常に厳しい制度になっています。不認定となった場合には再申請をするしかないのですが、そのこと自体が濫用と見なされたり、申請の回数を制限して送還するという対応が進められています。

日本で暮らしていても、難民申請中の方の状況は非常に不安定で、母国に送還される可能性もあるということです。

また、ホームレスに陥るほど困窮するなど、生活が安定していないということがあります。

困窮する難民申請者に対しては「保護費」という公的支援の制度がありますが、受給できたとしても申請してから数ヶ月から半年ほどかかります1

特に難民申請が不認定となった後は在留資格を失うため、働くことや福祉につながることもできない、最低限の保障がない状況に置かれています。

写真:難民・補完的保護対象者認定申請書

言葉や文化の違いから、地域や職場に馴染むことが難しかったり、同じ国の出身者のコミュニティからも孤立しやすいという傾向もあります。

同じ国だから助け合えるかというとそうではなく、出身国の現政権を支持している人もいれば迫害されている人もいるので、むしろ出身国のコミュニティを避けているという人もいます。

近年、特に今年、日本社会で強まっている点として、ヘイトスピーチや差別の対象とされやすいという問題もあります。

また、難民認定されて在留資格を得られた方であっても、家族を呼び寄せたいと考えたり、在留資格の更新や帰化などのため、政府から引き続き審査される立場にあります。

入管に対して批判的なことを言ったら不利になるかもしれないと考えて、何か不当なことがあっても、思うような問題提起や異議申し立てをするのは難しい状況です。

以前支援していた難民の方の中にも、メディアを通じて問題提起したいという気持ちを強く持っていたのに、次第に「入管を怒らせたくないから」とトーンダウンしていった方がいました。

このように、「どこで自分に不利益があるかわからない」という中で生きているということも、難民の方が置かれた状況として知っておいていただきたいことです。

難民に関する報道のリスクとは

写真:東日本入国管理センター(佐藤慧撮影)

こうした状況にある難民の方々については、報道をする上で様々なリスクが考えられます。

特に、難民の当事者が個人を特定される形で報道されると、当事者本人や母国にいる親戚・関係者に対して、さらなる迫害が生じるおそれがあります。

以前、日本で難民申請を行う際に、自分の国の状況を伝えるために記者会見を開いた方がいましたが、その翌日、母国に残る家族の元に、その国の警察が訪ねてくるということがありました。

また、日本の入管がこうした会見を開いた方たちの銀行口座の残高情報を公開したということもありました。

個人が特定される報道が出ると、政府による難民認定や在留資格の審査への影響が避けられないという点もあります。

自分の状況をメディアを通じて発信する人に対して、政府は迫害のおそれが少ないものと見なし、保護する必要がないと判断する可能性があるからです。

また、個人がわかってしまうと、一般の人から自宅を特定されたり、ヘイトスピーチの対象とされたり、SNS上での非難やつきまとい行為を受けるなど、社会生活における被害につながる可能性もあります。

難民の取材・報道で配慮してほしいこと

こうした難民の方々の状況や報道によるリスクを鑑みると、取材や報道をする際には様々な配慮が必要になると考えています。

難民支援協会ではメディアの方々と協力して、「難民の報道に関するガイドブック」を2022年に作成し、ウェブサイトで公開しました。このガイドブックでは、難民の報道にあたって留意いただきたいことを、その背景とともにまとめています。

「難民の報道に関するガイドブック」(難民支援協会発行/2022年)

まずは、難民である当事者ご本人や、母国にいる親戚・関係者に生じる被害を想定し、そうした被害を避けられるような報道の形を検討するということが必要です。

生じうる被害はその人が置かれた状況により異なりますが、場合によって、仮名を使用する、顔や居住地などの判別ができないような映像加工をする、出身国を明示しない、迫害の内容や背景について詳細まで具体的に示さないなどの配慮が必要です。

また、当事者の方に対して、報道の内容と、どのような配慮をするかを十分に理解できる形で説明した上で、同意を取っていただきたいと思っています。

「難民の報道に関するガイドブック」より

それから、報道後にその詳細をご本人に報告するということも大切です。報道した日付や、記事のURL、実際の記事など、また報道に対してどんな反応があったかについても、ご本人にしっかり報告する必要があります。

ガイドブックの公開から3年が経ちましたが、さらに個人が特定されやすく、バッシングを受けやすくなっていると思います。

個人がSNSで晒されたり、特定されて攻撃される時代になってしまっていることについて、難民保護の観点からも、非常に大きな問題意識を感じています。

難民を支援する団体として

難民支援を行う団体としては、取材を受ける上で慎重に取材者との間で確認を行い、注意喚起したり、取材する側に事実誤認があれば指摘していくようにしています。

報道によって何が起きるのかということを、広く伝えていくことも大切です。

例として、難民申請の「濫用」に関する報道がなされると、難民として保護されるべき人たちに対しても、保護の必要性が軽視されてしまったり、「濫用なのではないか」という偏見が増してしまうという懸念があります。

難民支援協会では「難民にまつわるよくある質問」について、SNSなどで発信してきました。

「難民にまつわるよくある質問」(難民支援協会)

たとえば、難民として逃れるためのビザ(入国のための査証)というものはなく、観光やビジネスなどのビザを取得して、たどり着いた先で難民申請を行うのが一般的であるといった、あまり知られていないことについて、Q&A形式で説明しています。

難民がヘイトの対象になってしまうのはなぜ?といった点にも触れています。

「不法滞在」という言葉については、国連の決議に基づき「非正規滞在」などと表記することが通常ですが、広く読んでもらうために検索などで表示されるよう、あえて「不法滞在」という言葉も含めて解説しています。

難民支援協会「難民にまつわるよくある質問」より

「難民の実情をもっと多くの人に伝えて」

ここまで、報道される側の難民の方たちに寄り添って支援をしている立場から、報道の懸念を中心にお伝えさせてもらいました。

ただ、難民の方々は、やはり自分たちの実情をもっと知ってほしいと思っていますし、ステレオタイプや偏見が広がっていくことにたいへん懸念を持っています。

最後に、そうした難民の方の声をご紹介したいと思います。

アフリカからの難民についてイベンジェさんは、多くの日本人が「貧困や紛争から逃れてきた人」といった一面的なイメージを持っていると感じている。日本で「かわいそう」と言われるたびに、もどかしい思いがよぎる。自分の置かれている状況は、恥ずべきものなのだろうか?難民が日本にやって来る背景は多様だ。イベンジェさんは、難民の一面的なイメージを変えられないかと考えている。「JARが、難民問題の実情をもっと多くの人に伝えて」と期待する。

イベンジェさんは「政治状況で迫害を受けて日本に来ました」と、できるだけ丁寧に説明している。「自分はごく普通の暮らしをしていて、政治状況で母国を離れなければならなかっただけ。どんな人でも難民になる可能性はある」と考えるからだ。

(出典:「日本で『小さな希望』を得るまで-イベンジェさんの話」難民支援協会

この方は、日本に逃れた後、7年かけて難民に認定されることができました。

この方のように、難民について理解して発信する人が増えてほしいと願っている難民の方は大勢いると思っています。

発信のリスクや懸念について強調してきましたが、配慮すべきことについては心を砕きながら、ぜひ難民について発信することを諦めないでもらいたいです。

根本には、「伝えてほしい」「多くの人に理解してほしい」という難民の方の切実な思いがあるということをぜひ理解して、発信していっていただければと思っています。

※本記事は2025年11月2日に開催した「D4Pメディア発信者講座 第5期」での石川えりさんの講義を元に編集したものです。

(2025.12.9 / 編集 伏見和子)

  1. 難民支援協会「難民申請者はどう生きてゆくのか?ー公的支援「保護費」の課題と生存権」https://www.refugee.or.jp/report/refugee/2023/10/hogohi/ ↩︎

【プロフィール】
石川えりさん(いしかわ えり)

認定NPO法人 難民支援協会代表理事。1994年のルワンダにおける内戦を機に難民問題への関心を深め、NGOにてボランティアを開始し、そこで日本へ逃れた難民と出会う。大学在学中、JAR立ち上げに参加。大学卒業後、企業勤務を経て2001年より難民支援協会(JAR)に入職。直後よりアフガニスタン難民への支援を担当、日本初の難民認定関連法改正に携わり、クルド難民国連大学前座り込み・同難民退去強制の際にも関係者間の調整を行った。2008年1月より事務局長となり2度の産休をはさみながら活動。2014年12月に代表理事就任。
共著として、『支援者のための難民保護講座』(現代人文社)、”Cultural and Social Division in Contemporary Japan”(Routledge)、『緊急人道支援の世紀―紛争・災害・危機への新たな対応』(ナカニシヤ出版)ほか。二児の母。上智大学非常勤講師。一橋大学国際・公共政策大学院非常勤講師。

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