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「伝える」が「伝わる」に変わった瞬間 ―「D4Pメディア発信者講座(第5期)」開催レポート
18〜29歳を対象にした、「伝える」ことについて学び、考える「D4Pメディア発信者講座2025(第5期)」。今年は11月1日と2日に開講しました。今年も昨年に引き続きオンラインにて開催し、国内外から25名の受講者が集まりました。
本講座の報告を、D4Pインターンの森彩花がお伝えします。
Contents 目次
発信の力とリスク
講座の初日は、Dialogue for People代表の佐藤慧による講義【伝える姿勢、伝える視線】から始まりました。
佐藤からは発信をするうえで大切にしている姿勢や、語り手の視点や感情を込めたナラティブ(物語)を活かした発信の力について説明がありました。続いてアフリカでの取材、イスラム国に関する発信、東日本大震災で被災した両親との関わりなど世界各地で行ってきた活動について、写真と共に紹介しました。
写真とナラティブを用いた発信には、力とリスクがあるそうです。共感や記憶の定着をもたらしやすい一方で、偏見の拡散や現実からの剥離なども起き得ることを学ぶことができました。
また受け手は一度立ち止まって「なぜこのナラティブを信じるのか、このナラティブの前提は何か」を考える必要があることを佐藤は伝えました。
受講生からは「受け取り手のリテラシーはもちろん、語る人がその力の強さ、語ることができるという特権性を意識して発信することが大切だと思います」という声があがりました。
また「メディアとして発信を行う際、どのようにナラティブを選び取り、どのように伝えるか、そしてその判断はどのように行うのか」といった質問があがりました。

メディアの問題意識を形成する力
続いて、評論家・荻上チキさんから【〈置いてけぼり〉のメディア論】というタイトルで講義を行っていただきました。
荻上さんはまず、メディアの影響と役割についてお話しくださり、「メディアは透明な道具ではない」という言葉が紹介されました。どのツールを使うかも一つのメッセージになるそうです。謝罪の連絡をメールで行うのか、SNSで行うかによって受け取る印象は異なるという例を用いて、荻上さんは説明されました。
またメディアにより特定のテーマが「置いてけぼり」になりえると説明がありました。報道においては当事者の事情を十分に拾えず、問題が明らかにならないことがあります。例えば、薬物やアルコールなど依存の問題は個人の責任とされ、背景にある孤立や経済的な困窮などの社会問題が「置いてけぼり」にされてしまうことが少なくないそうです。
受講生からは「過剰な自己責任論が生まれる原因はメディアによる権力批判の少なさなのではないか」という質問や、「環境に良い商品と見せかけるグリーンウォッシュについてどうしたら誤解がとけるのか、個人の純粋なエコアクションを取りたいという意思をなおざりにしないでいられるか」といった質問が出ました。
ジェンダーとセクシュアリティについて考える
講座の1日目の最後の講義を担ってくださったのは、公認心理士でありLGBTアクティビストでもある東小雪さん。【LGBTについて伝えることの意義】というタイトルでお話しくださいました。
東さんはこれまでの活動の紹介、SOGIなどジェンダー関連の基礎的な用語の説明とともに、これからの活動への思いも語ってくださりました。
東さんが仰るには、発信をする際に大事なことは大きく3点あるそうです。
1つ目はできるだけ正確な言葉遣いをする意識を持つこと。2つ目が当事者といっても様々な意見を持つ人がいるという視点を忘れないこと。3つ目はアウティングをしないよう注意を払うことです。
また当事者が日々感じる困難や法的現状についても説明してくださりました。公共のトイレや就職活動における服装など、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」について他国との比較などを通して話してくださいました。
受講生からは「LGBTQ+に関する議論と男女平等の議論がひとくくりにされているときがあるが、どうしたらいいと思うのか」という質問や「東さんが当事者としてメディアに出る際、何を心がけているか」など多くの質問が寄せられました。
難民の実情について知る
講座2日目は、認定NPO法人難民支援協会代表理事・石川えりさんによる【難民について発信する】から始まりました。
石川さんからは、報道によって難民をめぐる環境は良くも悪くも大きく変わると説明がありました。難民の方が文化的な違いなどに苦しむ現状が伝えられ、問題提起となることもある一方、難民の方のプライバシーが侵害される恐れや、偏った報道によって難民の方への不公平なバッシングなども生じるとのことです。
質疑応答では、受講生から「(石川さんの)『日本では難民申請者に対する迫害や人権侵害を想像する力が欠けている』というお言葉が大変心に響きました」といった感想や「最近の難民受け入れ・外国人労働者受け入れは『一時のお祭り騒ぎ』で終わっている」という声があがりました。
公正な報道とは何か
続いて、弁護士・外国人人権法連絡会事務局長である師岡康子さんに【ヘイトスピーチと報道】というタイトルで講義を行っていただきました。
師岡さんからは改めてヘイトスピーチの問題点、それをめぐる報道やカウンターについて説明してくださりました。
ヘイトスピーチは、マイノリティと社会双方に悪影響を与えるそうです。暴言や暴力はマイノリティを傷つけることに加え、その不平等な言動が流布されることによって、特定の人たちに対しての差別を社会全体に浸透させてしまうと師岡さんは言います。
こうした差別に関する報道では、中立は存在しないと力強い口調で語られました。いわゆる両論併記ではすでに存在している権力勾配を塗り替えることはできないとおっしゃり、直近の例としては選挙報道における一部の候補者からの差別的な発言をあげていました。報道が差別を拡散する手段にならないように、こうした発言には批判的な報道がなされるべきだとのことです。
またマイノリティの方から声を聞き学んでいく姿勢と、取材に応じてくれた方が攻撃されないような発信につとめることが大事だとも仰っていました。
受講生からはメディアとその受け手の交流に関しての質問があがりました。マスメディアの記事のコメント欄で明らかに差別的な書き込みがあった場合の対応などについて、質疑応答の時間で考えを深めました。
倫理と技術が合わせ鏡になる、ドキュメンタリー制作
2日間の一連の講義を締めくくったのは、ドキュメンタリー映像作家・久保田徹さんによる【ドキュメンタリーの制作倫理と技術】。
久保田さんには、いくつかのドキュメンタリー映像の一部を見ながら、ドキュメンタリー作品の分類やご自身の作品を例に、その制作技術についてご紹介していただきました。
また講義の中で久保田さんは映像を撮ることの責任について説明してくださいました。『ジャーナリズム』においてどの情報を伝え、どの情報を伝えないかは大事です。それと同様に『ドキュメンタリー』制作においても何を撮り、何を撮らないかはとても重要だと久保田さんは言います。
またドキュメンタリーの制作過程についても説明がありました。脚本は被写体の人生の中から紡ぐこと。それを他のクルーと共有し、現場で自分が最適だと感じた場所にカメラを置くこと。シーンとシーンをつなげ、起承転結を作ることなどが基本的な制作の流れだそうです。
受講生からは、「鑑賞者の当事者性/非当事者性によってその作品の批評が変わりそうだ」という意見が出たほか、映像を見る人が扱われる題材にどれほど馴染みがあるか分からないことを踏まえ扱う問題のマイルドさや込めるメッセージをどう決めるか質問が出ました。
自分が感じていることを、言葉にして、人と分かち合う
両日ともに講義後にはファシリテーター・徳田太郎さんの進行によるシェアリングタイムが行われ受講生全員で学びや感想を共有しました。
受講生は各講義の振り返りシートを用いながら、それぞれ自分の学びや感じたことを言葉に落とし込み、その後小グループに分かれて他の受講生と感想を共有しました。最後には全体で、各々の考えやグループ内で話す中で得た新たな視点、思いついた疑問を共有します。
徳田さんの素晴らしいファシリテートもあって、序盤にあった緊張は次第にほぐれていき、終盤にはたくさんの受講生から、今回の講座で得た学びや感想がシェアされました。
受講生からは「それぞれ関心分野は違うけれど社会問題に関心のある人たちと出会えてうれしかった」、「社会問題に関心がない人にどうやったら関心を持ってもらえるかばかり考えてきた。でも、社会問題に関心を持っていない人たちが何に興味を抱いているのか考えずにきた」などの言葉がありました。
今回の講座では『伝えたい』という思いを共有する25名が集まりました。6つの講義からの学びだけではなく、受講生同士でも刺激を得た2日間だったのではないでしょうか。

「伝える」が「伝わる」に変わった瞬間「D4Pメディア発信者講座2025」に参加して
私は受講生の1人として、一昨年の「メディア発信者集中講座2023」に参加しました。今回はD4Pのインターン生・運営スタッフとして「メディア発信者講座2025」に参加しました。
一昨年は対面開催、今年はオンライン開催でした。オンラインですと人の熱意が伝わりにくくなりがちです。
しかし、今回の講座では講師陣と受講生の双方がとても積極的だったと感じました。質疑応答の時間で、与えられた時間に対したくさんの質問が来ました。ある講師の方は「まとめのスライドはカットでいいので、もっと質問に答えましょう」と明るい声音で応えられました。講師陣が一方的に知識を伝えるのではなく、受講生からあがる質問に答える中でみんなが考えを深めているようでした。それは「伝える」が「伝わる」に変わる瞬間だったと思います。
また、参加している場所の違いを越えて、社会問題への関心と「伝える」ことへの強い思いが連帯を生み出しているようにも感じました。
改めましてご参加いただいた25名の受講生のみなさま、本当にありがとうございました。
これから発信に携わる方、携わるかどうか迷っている方、携わりたいが発信の場所に迷っている方、さまざまだと思います。それぞれが将来どのような道をたどるかは分かりません。ただ今回の講座が全員にとって立ち返る場所になれば幸いです。
最後になりましたが、いつもDialogue for People の活動を応援してくださる皆様にこの場をお借りして、心よりお礼を申し上げます。
私たちの活動に関心を持ち、支援してくださるみなさまのおかげで今年も「メディア発信者講座」を開催することができました。このような学びの機会をつなげていくためにも、引き続きご支援・ご協力いただけますと幸いです。
(2025年12月10日/文 Dialogue for Peopleインターン森彩花)

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