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冬のシリア北東部、「再会」した避難民家族

2025年12月、雪に見舞われたシリア北東部の都市、カミシリ。(安田菜津紀撮影)

2024年12月、シリアで弾圧の限りを尽くしたアサド政権が崩れ去ってから、1年以上の月日が経った。

内戦が激化する以前のシリア国内人口約2,400万人に対し、主に北東部、北西部を中心に、少数民族であるクルド人が10%前後を占めていたとされる。

1960年代、数十万人のクルド人たちが“トルコから流入してきた者”とみなされ、国籍を剥奪された。同時期に、トルコ国境沿いの“アラブ化”政策として、クルド人たちの農地収容や、クルド語地名のアラブ語地名への変更も行われていった。長年の差別政策の歴史を抜きにして、現在の状況は語れないだろう。

シリア北東部は石油採掘施設などが多く存在する地域でもある。(安田菜津紀撮影)

2011年4月、各地で大規模な反政府デモが起こり始めた直後に国籍が与えられた人々もいたが、すべての無国籍者の問題が「解決」に至ったわけではなかった。

内戦下のシリアでは、「ロジャヴァ(Rojava―クルド語で“西”という意味)」という通称で、北部を中心に実質的な「自治区」が築かれ、米国はIS(過激派勢力「イスラム国」)掃討作戦の中で、クルド部隊主導のSDF(シリア民主軍)との連携を続けてきた。支配地域はラッカをはじめ、アラブ人が多数を占める地域にも及んでいた。

シリア北部とトルコとの国境地帯に建設されている壁。(安田菜津紀撮影)

一方、国境を接しているトルコ政府は、SDFが実質母体としてきたYPG(クルド人民防衛隊)/YPJ(クルド女性防衛部隊)を、トルコ内でテロ組織とされてきたPKK(クルディスタン労働者党)と同系組織とみなし、反発してきた。

2019年10月、米国のトランプ大統領(第一期)は、ISに勝利したことを強調し、「(ISが)トランプ政権下で(米軍が)そこに駐留する唯一の理由だった」と撤退を宣言した。その直後、シリア北部に対し、トルコ軍が「平和の泉作戦」と名付けた軍事作戦を開始した。

国連の発表によると、この攻撃の直後に家を追われた人々は21万5千人にのぼり、うち約8万7千人が子どもとされている。

トルコが制圧した地域にほど近いテルナスリは、元々アッシリアの人々が多く暮らし、伝統ある教会が村人の拠り所だった。2015年、イースターの日曜日、ISの襲来により、教会は無残に破壊された。その後、打ち捨てられた建物の小部屋に、トルコの侵攻を受け避難してきた人々が身を寄せていた。

2019年、破壊された教会を遊び場としていたワエドさん。(安田菜津紀撮影)

2019年12月、国境沿いの街、ラース・アル・アインから、避難先を転々としながらこの廃墟にたどり着いたヤーセルさん一家に出会う。

2019年、廃墟に身を寄せていた父のヤーセル・ベリさんとワエドさん。(安田菜津紀撮影)

それから6年が経ち、2025年12月に再訪すると、家族はまだ、同じ廃墟での生活を続けていた。

同じ廃墟に暮らし続けていた一家。ワエドさん(右)は11歳になった。(安田菜津紀撮影)

一帯には、数日前の積雪による冷え込みがなお残り、穴だらけの屋根から落ちてくる雪解け水が、ひたひたと音を立てていた。

廃墟となった教会の施設。内部の小部屋に一家は身を寄せている。(安田菜津紀撮影)

「帰れるものならすぐ帰りたい。でも、元の家がどうなっているのかさえ分からない」と母のラグダさんは嘆く。

今は夫が不安定ながら運転手などの仕事をし、暮らしをつないでいる。

廃墟となった教会に集まってきた子どもたち。(安田菜津紀撮影)

2025年3月、アサド政権崩壊後のシリア暫定政権は、SDFの統合で合意したと発表していたが、その後具体化せず、両者の軍事衝突も続いてきた。シリア政府軍は1月、ラッカやデリゾールといった主要都市に次々と進軍し、SDFの「実質支配地域」は狭まってきた。その過程で、SDFが管理してきた収容所から、IS元戦闘員らが一部脱走したとされ、隣国イラクも警戒を強めている。

1月20日、トーマス・バッラク在トルコ米大使兼シリア担当特使はこう声明を発した。

「ISに対抗する地上での主要な勢力としてのSDF(シリア民主軍)の役割は、その本来の目的をほぼ終え、ダマスカスの政府が、ISの拘束施設やキャンプの管理を含む治安責任を引き継ぐ」

先の見通せない情勢の中、「宙釣り」状態に置かれた避難民たちはまだ、厳冬の最中にある。

2019年のトルコの侵攻以後、避難生活を続けている人々が暮らすワショカニ避難民キャンプ。(安田菜津紀撮影)

Writerこの記事を書いたのは
Writer
フォトジャーナリスト安田菜津紀Natsuki Yasuda

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『国籍と遺書、兄への手紙 ルーツを巡る旅の先に』(ヘウレーカ)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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