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第4回:生きることは抵抗だ―選挙とハーフタイムショー―ローレンス吉孝の「あぎじゃびよ〜通信」
「あぎじゃびよ〜」
衆議院議員選挙の結果にこれ以外の言葉が出ない。
ほんとうに言葉が出ないということがあるのだ。
2025年7月の参議院議員選挙、10月の自民党総裁選挙、そして今回の衆議院議員選挙。
この中で盛り上がる排外主義の波に息もできないような日々が続いている。
本当は、日本側の問題、「日本人(やまと人)の問題」であるはずの種々の問題が、「外国人問題」として設定され、人々の経済的困窮や不安定さのスケープゴートに利用された。
30年以上の期間をかけて法律を何度も変え、在留資格を拡大し、外国籍の人々の数だけを増やして、まっとうな移民政策をとらなかった政権が、自らがやってきたことの責任をとらないばかりか、それを無視し、排外主義の旗手となっているような状況だ。
資金源が不透明な議員が当選したり、沖縄の4つの小選挙区でも保守系の政党が勝利した。与党側を示す赤い色で塗られた選挙結果の日本地図をみて、胸の中に毒々しいものが流れ込む感覚がした。
SNSを駆使した選挙宣伝。
批判に不十分な大手メディア。
大雪、短期間、困難な投票の実態。
戦争に参加するための憲法改正に積極的な姿勢を示し、
市民からの批判に対して十分な説明責任を果たさず、
円安と物価高騰を悪化させ、そして社会保障とセーフティネットを脆弱化する。
そんな政治家たちの名前に嬉々として当選の花がはりつけられる映像がニュースフィードを賑わせている。
戦争はわからない形で、突然やってくるのではない。
耳をすまさなくとも、その足音はすでに近くまで聞こえてきている。
私の周りにいる人々の中で、メンタルヘルスに大きな悪影響が出ていることを実感する。
どうか、深呼吸してほしい。
生きることは抵抗だ。

I am JapanとWe are America
私たちはここ数日の間に似ている表現を目にした。
I am Japan.
と
We are America.
これらの表現は非常に似ていたが、その意味合いは全く異なる。
上は、排除と差別を肯定するもの。
下は、多様性と抵抗を象徴するもの。
これらはまさに正反対の性質のものであった。
近年議席数を拡大している政党によって主張されたI am Japanは、個人と国家を混同・同一視し、排外主義を肯定する文脈の中で用いられている。
一方、「Together, we are America」と記されたボールを提示したのは、2月8日に米国で行われたスーパーボウル(アメリカンフットボール・プロリーグの優勝決定戦)のハーフ・タイム・ショーのメインパフォーマーとなったプエルトリコ出身のBad Bunny(本名はBenito Antonio Martínez Ocasio)である。Bad Bunnyは、中米、カリブ海諸国、南米、北米の国々の名前を次々に呼び、メッセージが記されたボールをタッチダウンする動きをして、「Seguimos aquí(私たちはまだここにいる)」と叫んだ。
13分程度のパフォーマンスの中には実にさまざまな意味合いが込められており、
それらを米国の巨大資本を象徴するスーパーボウルのショーで可視化した。
奴隷制、強制労働など米国資本による搾取を象徴するさとうきび畑。
Bad Bunnyをはじめ、レディー・ガガやリッキー・マーティンなどクィアを象徴する人々によるパフォーマンス1。
ジャケットに記された「Ocasio 64」(Ocasioは母親の姓であり、64年は母が生まれた年2、公民権法が成立した年、そして2017年にプエルトリコを襲った巨大なハリケーン・マリアの最初に公表された死者数でもあった。)。
ショーの中で実際に行われたプエルトリコ式の結婚式。
プエルトリコ独立運動の時に使用された水色のある国旗(現在の赤白青のプエルトリコ期は米国によって改変されたもの)。
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ほとんどのパフォーマンスがスペイン語。
グラミー賞を次世代へ託す、希望の象徴的シーン(1週間前のグラミー賞の授賞式でBad Bunnyは「ICE out」と叫び、トランプ政権のものでICE(移民関税局)によって排除される人々の存在を可視化していた)。
ハリケーンによって破壊され、その後に米国企業によって民営化され汚職が頻発した壊滅的な電気網を象徴する火花の散る電柱(その際に流れた曲は「El Apagón(停電)」)。
掲示板に映し出された「The only thing more powerful than hate is love(憎悪よりもパワフルな唯一ものは愛だ)」というメッセージ。
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排外主義が深刻化する世界的状況の中、特にICEによる悲惨な取り締まりが強化される米国においてこのパフォーマンスが行われた社会的な意義はあまりにも大きい。
排除と抑圧の意味ではなく、
多様性と抵抗のために、「America」の意味を塗り替えていったのだ。
このパフォーマンスのメッセージは、日本で一体どのように受け取られるのだろうか。
ただ、「すごい!」「抵抗している姿が凛々しい」といった他人事かのような感想が出るだけなのだろうか。
それとも、日本が抱えている排外主義と支配と抑圧と植民地主義と資本主義に向き合おうとする意味合いの中で受け取られるのだろうか。

沖縄や、アイヌや、在日コリアンや、さまざまなレイシャル・マイノリティの人々が、自らを象徴する旗を掲げ、消し去られてきた自分たちの言葉で歌や踊りをおどり、植民地主義と支配に抵抗するようなパフォーマンスを紅白のような象徴的なイベントで行える日がいつか来るのだろうか。
選挙後の暗澹たる心地の中で、それでも生きながらえ、抵抗していく方法を模索していきたい。
(2026.2.17 / 執筆・写真 田口ローレンス吉孝)
- レディー・ガガについては、2014年のガザ大規模侵攻後にイスラエルでコンサートを開くなど過去のイスラエル寄りのスタンスに対して批判がなされており、リッキー・マーティンについてはイスラエル軍へのファンドレイズに関わっていたことが報じられている。 ↩︎
- 「64」はおじの生年である1964年に因むものだと、後日Bad Bunnyがコメントを公表した。https://www.rollingstone.com/music/music-latin/bad-bunny-ocasio-64-jersey-explained-1235513672/ ↩︎
Writerこの記事を書いたのは
Writer

社会学者田口ローレンス吉孝Taguchi Lawrence Yoshitaka
専門は社会学・国際社会学。著書『「混血」と「日本人」 ―ハーフ・ダブル・ミックスの社会史』(青土社、2018年)、『「ハーフ」ってなんだろう? あなたと考えたいイメージと現実』(平凡社、2021年)。「ハーフ」や海外ルーツの人々の情報共有サイト「HAFU TALK」を共同運営。
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