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「動くゴールポスト」と行政の不作為―16年に及ぶ埼玉朝鮮学校への補助金不支給

2026年2月17日、埼玉朝鮮学校(埼玉朝鮮初中級学校)への補助金支給再開を求める市民団体や当事者らは、埼玉県への要望書に対する回答を受け取り、記者会見を行った。
2010年に県が朝鮮学校への補助金を停止してから16年が経過したが、県側から示された回答は従来と変わらない「ゼロ回答」だった。外交政治上の理由を教育に持ち出し、子どもたちの権利を奪う行政の姿勢が問われている。
繰り返される「ゼロ回答」
県庁を訪れたのは「外国人学校・民族学校の制度的保障を実現するネットワーク・埼玉」や「誰もが共に生きる埼玉県を目指し、埼玉朝鮮学校への補助金支給を求める有志の会(以下、有志の会)」などの呼びかけ団体メンバーと、学校関係者らだ。昨年(2025年)11月、大野元裕埼玉県知事宛てに「補助金支給の速やかな再開」などを求める要望書と、5,355筆の署名を提出していた。
しかしこの日、学事課から手渡された回答書には、これまで繰り返されてきた文言が並んでいた。
《国の就学支援金裁判(※)において、朝鮮総聯と朝鮮学校との関係が「不当な支配」に当たらないとの確証が得られないという国の主張が認められたことを、一義的な理由とする。》
(※)国の就学支援金裁判(高校無償化裁判)
2010年に導入された「高校授業料無償化(就学支援金)」制度を巡り、2013年に当時の下村博文文部科学大臣が朝鮮学校を対象から除外したことに対し、全国5ヵ所(東京・大阪・愛知・広島・福岡)の朝鮮高級学校側が「処分の取り消し」と「指定の義務付け」を求めて国を提訴した一連の訴訟。国側は、朝鮮学校が在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総聯)の影響下にあるとし、教育基本法第16条が禁じる「不当な支配」を受けていないという“確証が得られない”ことを不指定の理由とした。一連の裁判は最高裁で国側の勝訴が確定した。しかし裁判所は「朝鮮学校が不当な支配を受けている」と断定したわけではなく、「不当な支配の疑いがあり、適正な学校運営が確認できない」として対象から外した大臣の判断について、「裁量権の範囲内であり、違法ではない」としたに過ぎない。
会見に先立つ回答受け渡しの場では、市民団体らによって、「県として独自に『不当な支配』の事実を確認したのか」と問いかけられたが、学事課は「国の裁判結果があるから」と繰り返すのみで、県独自の調査や判断については明言を避けた。

さいたま市大宮区にある埼玉朝鮮学校の校舎。(安田菜津紀撮影)
変遷する不支給の理由
朝鮮学校は法律上「各種学校」としての認可のため、公的支援が極めて乏しい。埼玉朝鮮学校でも、厳しい経営状況が続いてきた。 ところが埼玉県は、1982年から支給してきた「私立学校運営補助金」を、2010年度から止めている。
打ち切りの理由としては、当初「教育内容」や「財政の健全性」に関する問題があげられていた。その後「教育内容」については、県も「それなりに了承できる内容」としていたが、2010年度を終える直前に「補助金を支給しない」とした。
当時の上田清司知事は、その理由を学校の経営問題(学校の校地が整理回収機構から仮差押えを受けていることなど)だとし、「経営の健全性が確認できれば再開できる条件が整う」(県議会答弁/2011年6月24日)と答えていた。 ところが2012年1月に整理回収機構への返済が完了し、借り入れの問題などが解消された後も、補助金支給は再開されなかった。
その後県議会は2012年3月の予算特別委員会で《拉致問題等が解決されるまで予算の執行を留保すべき》という附帯決議を付ける。
翌2013年2月、上田知事は「拉致問題に進展がなく、たび重なるミサイル発射や核実験などに対する国民感情や県議会決議などを総合的に考えて」、補助金を予算に計上しないと表明した。
そして現在、県が「一義的な理由」として持ち出しているのが、国の就学支援金裁判の結果である。

寄付を募って人工芝にした学校の校庭。(安田菜津紀撮影)
ゴールポストが動かされる
「有志の会」の共同代表で明治学院大学教授の猪瀬浩平さんは、県が補助金不支給の理由に「就学支援金裁判の判決」を持ち出すことは、少なくとも下記の3点において適切ではないと訴えた。
(1)埼玉朝鮮学園(※)は就学支援金裁判の当事者ではない
(2)国の就学支援金と埼玉県の補助金は全く別の制度である
(3)裁判の結果と埼玉朝鮮学園の補助金の不支給の判断の妥当性は全く無関係
(※)埼玉朝鮮初中級学校の学校法人
同じく「有志の会」共同代表で埼玉大学准教授の中川律さんは、県の主張する法的論理の破綻を鋭く指摘した。
「教育基本法16条の『不当な支配』の禁止は、本来外部勢力から学校の自律性を守るための条項です。“仮に”学校が支配を受けているとしても、学校側は『被害者』であるはず。被害者である学校と子どもたちに対し、補助金をカットして追い打ちをかけるのは本末転倒です」
また、「不当な支配がないことの確証が得られない」という論理は、「疑い」だけで不利益処分を行うものであり、学校側が潔白を証明することは事実上不可能な「悪魔の証明」にほかならない。
「これははっきり言って無理難題で、どうしようもありません。埼玉朝鮮学園として、県との建設的な対話を通じて補助金支給を求めてきたこれまでの努力は一体何だったのか。極めて不誠実な回答です」と、中川さんは県の姿勢に疑問を呈した。
「有志の会」共同代表で大東文化大学特任教授の渡辺雅之さんは、「この問題が解決するとゴールかと思ったら、ゴールが動かされていく。財政問題をクリアしたら次は拉致問題というように、ひとつひとつクリアしていっても、またゴールが動かされる」と批判したうえで、この問題は日本社会が「共生」か「排除」かの分岐点にあることを示していると警鐘を鳴らした。
「誰もが共に生きる社会となるのか、肌の色や目の色、出自などで人を排除する社会になるのか、そういった大きな転換点の中で問われている問題だと思います」

会見で発言する渡辺雅之さん(中央)。(佐藤慧撮影)
私たちの社会のあり方の問題
1996年、埼玉県議会は全国に先駆けて「子どもの権利条約の普及啓発を推進する決議」を全会一致で採択している。また2024年には「埼玉県こども・若者基本条例」が施行された。同条例の第3条(基本理念)には、下記のように書かれている。
全てのこども・若者について、個人として尊重され、その基本的人権が保障されること、人種、国籍、性別、障害の有無等による差別的取扱いを受けることがないこと、自己に直接関係する全ての事項に関して意見を表明する機会及び多様な社会的活動に参画する機会が確保されることなど、日本国憲法、児童の権利に関する条約及びこども基本法の精神にのっとり、こども・若者が有する権利が保障されること。
市民団体らは同2024年11月、埼玉朝鮮学校への補助金不支給は本条例に抵触するのではないかと、現在の埼玉県知事である大野元裕氏に公開質問状を送っているが、知事は同年12月、「抵触しているとは考えていない」と回答している。
埼玉朝鮮学校の校長、鄭勇銖(チョン・ヨンス)さんは、「県庁に通い詰めて15年になる。解決の条件だと言われたことをクリアしても、次々と新しい理由がつけられる。どこで誰がどうすれば解決するのかわからない問題になっている」と、県の理不尽な対応に溜息をついた。
また、会見に登壇した支援団体の女性は、「この問題の当事者は日本で生まれ育った私たち日本人」と発言し、社会のマジョリティの責任を問いかけた。
朝鮮学校への補助金を支給している自治体もある。たとえば滋賀県では、「子どもたちに罪はない」「学ぶ権利を保障する」という観点から、支給を継続する姿勢を貫いている。
埼玉県が朝鮮学校への補助金を停止し続けることは、単なる行政手続きの問題ではない。それは、「政治的な理由があれば、特定の子どもたちの学ぶ権利を侵害してもよい」「多数派の意向に沿わなければ、マイノリティを排除してもよい」というメッセージを、公的機関が発し続けていることを意味する。
この問題は「誰かの問題」ではない。排外主義や差別が官製ヘイトによって煽られる今、「私たちの社会のあり方の問題」として考え、人権と社会について問い続けていく必要がある。

埼玉朝鮮学校の廊下に飾られている60周年(2021年)のタペストリー。(安田菜津紀撮影)
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フォトジャーナリスト / ライター佐藤慧Kei Sato
1982年岩手県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の代表。世界を変えるのはシステムではなく人間の精神的な成長であると信じ、紛争、貧困の問題、人間の思想とその可能性を追う。言葉と写真を駆使し、国籍−人種−宗教を超えて、人と人との心の繋がりを探求する。アフリカや中東、東ティモールなどを取材。東日本大震災以降、継続的に被災地の取材も行っている。著書に『しあわせの牛乳』(ポプラ社)、同書で第2回児童文芸ノンフィクション文学賞、『10分後に自分の世界が広がる手紙』〔全3巻〕(東洋館出版社)で第8回児童ペン賞ノンフィクション賞など受賞。
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