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第2回:「地方の女性」とは誰なのか―『私たちはつながっている』三浦美和子
秋田市在住でフリーの記者としてジェンダーやセクシュアリティ、人権について発信している三浦美和子さんの新連載『私たちはつながっている』。第2回をお届けします。(第1回はこちら)

「地方の女性」の生きづらさについて意見を求められることが、この1、2年の間にたびたびありました。「地方から女性が流出する理由」を尋ねられることもありました。
私は毎回、言葉につまりました。「地方の女性」はあまりにも多様で、一人ひとり違うからです。「地方の女性」をひとくくりにして語るのは、とても難しいことでした。
それでも自分なりに考えて、相手が納得のいく答えを語ろうと努めました。「地方の女性」はなぜ生きづらいのか、「地方の女性」はなぜ地方を出ていくのか――。
「地方女性の意識調査」などを見れば、一定の手がかりをつかむことはできると思います。しかし現実はもっと複雑で、矛盾したり迷ったりしながらそれぞれに生きています。そのような複雑さをそぎ落として、相手が求めているであろう「わかりやすい地方の女性の経験」を答えることしか、自分にはできませんでした。
そうして「地方の女性」について語れば語るほど、私はなにか見落としてはならないものを見落としているような、すっきりしない感覚におちいりました。
「地方の女性」とはいったい誰のことなのでしょうか。
「しがらみのないところに行きたい」
秋田で暮らす50代の女性、Aさんが語ったことを少し紹介したいと思います。
Aさんは代々続く家の長女で、いまは母と2人で暮らしています。
地元の小さな職場で、若い同僚が理不尽な目に遭ったとき、Aさんは同僚をかばって上司に意見を言いました。そのうち、Aさん自身が職場でつらい立場に置かれるようになりました。
秋田は「狭い」ところです。県全体の面積は広いのですが人のつながりが密なため、会うのを避けたい人と外出先で遭遇してしまう――といったことがよくあります。Aさんはそのような相手とばったり会うたびに職場でのつらい出来事がよみがえり、呼吸が乱れました。こうした状況に心なしか慣れるまでに、5年ほどかかったとAさんはいいます。
Aさんは休日になると、県内の温泉や小旅行を楽しんでいます。いろいろなことがありますが、秋田で穏やかに暮らしている姿がAさんの話から伝わってきました。
なにげなく「将来」について尋ねたときのことです。Aさんは、次のように語りました。
「やっぱり、秋田はね、生きづらいね。母親が亡くなったら、ちょっと別の方に引っ越したいなっていうようなところもありますよ。雪が降らないところだといいなあっていうのもあるんだけど。家を処分して、どこかに行って、ほそぼそと暮らしたいなっていうのはあります。(秋田には)いいところもいっぱいありますよ、そりゃ。雪も悩みだしね、あと、静かに暮らしたいっていうのもあるし。いろいろですね」
Aさんにとっての「静かな暮らし」とは、どのような暮らしなのでしょう。
「やっぱり、なんと答えたらいいのかな…しがらみのないところに行きたいみたいな。そういうところはありましたね。子どもの時からね」。そしてAさんは「自由になりたい」と言いました。
「地方の女性」と束ねることはできない
「私はひとりっ子ですから、そうすれば跡取りっていうのは、こう決められてきたし。周りがそう決めつけてたもんね。そういう目で見られてたし、親族からもね。やっぱり跡取りとして見られて、跡取りとして育てられてきた。それはあります。『婿取りさんだもんね』って言われるのが、すごい私、嫌だった。(婿取りさんと言われること)それ自体は別にいいんですけど、そういう人(結婚相手)が現れなければっていうプレッシャーはすごいありました」
逃げたいと思ったことはありますか、と尋ねると、Aさんは次のように答えました。
「あります、あります。だから(仕事で)関東に引っ越した時、30代の時、解放されたと思った。このままずっとこっちにいたいなと思ったけど、やっぱり親族から電話も来たりして」「(大学に)進学はしたいと思った。でも、近くの高校に行けば家の手伝いもできるし、お金もかからないし。だからすぐそばの高校に行った。進学できなかったのは今でもやっぱり、心残り。進学はしたかったけど、考えられなかった。置いて行けなかった。家族を。やっぱり見捨てられない、見捨てられなかったんでしょうね、跡取りだったが故に。でも、それはそれで、自分の人生だと思って」
庭の花を手入れし、美しく咲いた写真を見せてくれるAさん。井戸から水をくんできて丁寧にコーヒーを淹れるAさん。そのような暮らしと「しがらみのないところへ行きたい」という思いは、どちらもAさんのものです。
Aさんの言葉から「地方の女性」を貫く生きづらさを見ることは、できるかもしれません。けれど私はAさんを「地方の女性」とひとくくりにすることに、ためらいを感じます。
ある人の声から社会の構造を見ようとすることと、ある人の声を都合よく束ねてしまうことは、違う。うまく言葉にできませんがそのように思いました。
私は誰のことを語らなかったのか
Aさんのことを「地方の女性」とひとくくりにしたくない――と言いながら、一方で私は、ある暴力的な線引きをしながら「地方の女性」について語っていたことにも気がつきました。
「地方の女性」の生きづらさについて問われたとき、私が話すのはたいてい、いわゆる「健常者」の女性のことでした。その中でも、進学や就労、結婚、育児、介護といった「役割」の中で悩む女性の声を、選び取って話していました。
「地方の女性」の生きづらさについて問われたとき、障害のある女性や、マイノリティの女性――例えば海外にルーツのある女性、セクシュアルマイノリティの女性のことを、私は語らなかったのです。「わかりやすい」地方の女性像を答えようとし、私はあらゆるマイノリティの女性から視線をそらしたのだと思います。
『障害があり女性であること―生活史からみる生きづらさ』(土屋葉・編著、現代書館)という本の書き出しに次のような一文があります。
〈 「障害者について論じられるときは、たいてい障害者男性に、女性について論じられるときには、たいてい健常者女性にスポットライトが当てられる 〉
この一文に重ねて考えると、私は「地方の女性」について論じるとき、「健常者女性」にスポットライトを当てていました。

障害があり、女性であり、地方で生きる
かつて秋田で暮らしていたBさんという女性がいます。
Bさんは秋田を離れた理由について「私の居場所がなかなかなかったからです」と語りました。
Bさんにとって「居場所」とは「自分のペースでできるところ」だといいます。「いま(住んでいる地域に)は居場所があります」とBさんはいいました。
秋田には自分のペースでできる居場所がなかったとBさんが感じたことは、Bさんが女性であり、障害があり、居場所の選択肢が限られる「地方」に暮らしていたことと、無関係ではないように思います。
40代のCさんは、難聴と弱視、精神障害があります。
自宅から片道25キロほどの地域にある「居場所」まで、白杖を使いながら徒歩と電車とバスで通っていますが、それは雪が降ると非常に難しくなります。
Cさんはあるとき電車の中で、見知らぬ男性に「危ないから」と言われてお尻や腰回り、胸のあたりをつかまれたことがあったといいます。危ないから、という理由で同意なくプライベートゾーンを触られたとき、Cさんは「自分が障害者だと知って相手は触れてきたのだ」と感じました。しかし「助けてもらったという申し訳なさがあって、止めてくださいとは言えず、我慢した」と言いました。
この2月に衆院選がありましたが、Cさんは選挙のたびに「健常者を前提にして会場がつくられている」と思います。投票所で「右の耳が聴こえないので、左側から話してください」というメモを見せたところ、職員が「面倒そうな言葉遣いに変化した」ことをCさんは感じ取りました。Cさんの白杖が誰かの足に当たって、舌打ちされたこともあったといいます。
このようなCさんの経験から、障害があり、地方で生きる女性としての苦しさが見えてくるようにも思います。
「地方の女性」について問われたとき、私は誰のことを語り、誰のことを語らなかったのか。そうすることで何を損なってしまったのか。自分がした「線引き」について、考え続けたいと思いました。

なぜ「地方の女性」が語られるのか
近年の「地方の女性」という考え方は、女性たちが自ら声を上げ、広がり始めたものだと記憶しています。そのような女性たちの声は、生きづらさの背景にある仕組みや考え方を浮き彫りにしました。
これは大切なことですし、もっとさまざまな角度から地方の女性の声にスポットライトを当ててほしいと思います。一方で、矛盾するようですが、なぜこれほど「地方の女性」が注目されるのかも考えたいと思っています。
「地方の女性」にスポットライトが当たるのは、日本の人権意識が高まり、ジェンダー平等が進んだからでしょうか。そのような側面もあるのかもしれませんが、一番の理由は「人口が減少しているから」ではないでしょうか。
「地方の女性」に注目するのは、人権尊重というより、コミュニティの維持のため。女性の労働力が必要だという納得感のある理由があるから、ここまで社会に広がったのだと私は考えています。人口政策として「妊娠する可能性のある人(特に若い女性)が住みやすい地方にする」という発想と、似ています。
そう考えると「地方の女性」は、「女性活躍」とも表裏一体です。
いまスポットライトが当たっている「地方の女性」は、いわゆる「健常者」であり、学んだり働いたりする意欲があり、チャンスがあれば活躍する女性に、偏っているのかもしれません。
「地方の女性」は、人口減少という問題を解決に導く切り札のように語られることもあります。では切り札にならなかったときは、どうするのでしょう。時代は戻り、その声はまた軽視されるのでしょうか。そのとき真っ先に切り捨てられるのは、どのような人々の声でしょうか。
「地方の女性」とは誰なのか。どうして「地方の女性」について語るのか。その前提から考えてみようと思います。
(2026.3.26 / 執筆・写真 三浦美和子)

Writerこの記事を書いたのは
Writer

三浦美和子Miura Miwako
1976年生まれ、秋田市在住。地方紙記者を経て2023年からフリーの記者。「voice 声」というサイトをつくり、ジェンダー、セクシュアリティ、人権について地方から発信している。
この連載について
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