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「いかなる種類の差別も許さない」を言葉に、形に―ゲイ・アクティビスト、松中権さんインタビュー

LGBTQなど、性的少数者の人々に関する「理解増進」法案について、自民党は先の国会への提出を見送りました。この法案を巡っては、党の一部議員から「道徳的にLGBTは認められない」「人間は生物学上、種の保存をしなければならずLGBTはそれに背くもの」という発言があったことも報じられています。「理解増進」というスローガンに留まらず、明確に差別を禁止していくために必要なこととは?ゲイ・アクティビストの松中権さんに伺いました。
 

ゲイ・アクティビストの松中権さん。

――今年の国会では様々な重要法案が議論されましたが、「LGBT理解増進法案」も大きな転機と成り得る大切な法案だったと思います。結果として「見送り」という形になりましたが、この判断についてはどのように受け止めていらっしゃいますか?

本当に久しぶりに、自分の中に怒りが込み上げてくるのを沸々と感じました。国会議員の方々が議論して法案を提出する――そうした「議員立法(※)」というものが国会の重要な機能のひとつですよね。そうした役割を放棄しているというか、与党内でもきちんと議論をすることなく、単に国会の会期を理由に見送ってしまった。国民のことを馬鹿にしているのではないかと感じました。

(※)議員立法
日本国憲法41条には「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」とあるが、国会に提出される法案には内閣提出法案(内閣立法)と議員提出法案(議員立法)が存在する。2021年の第204回国会では内閣提出法案62件、議員立法22件が成立。

2016年春に法案成立に向けて超党派の議連というものが立ち上がったわけですよね。その後「一橋大学アウティング事件(※)」もあり、やはりLGBTQ+に対する差別をなくすためにはきちんと法律を制定する必要があるということで、この5年間、議員の方以外にも専門家の方、コミュニティの方々が一丸となって進めてきました。オリンピック・パラリンピックのタイミングだからこそ、こうした問題にきちんと向き合っていこうという、ある種の“約束”をしていたわけです。その“約束”がいきなり破られてしまいました。

(※)一橋大学アウティング事件
同性愛者であることを同級生に暴露(アウティング)された学生が校舎から転落死した事件。こうした事件をうけて、東京都国立市では2018年4月1日、全国で初めて「アウティング禁止」が盛り込まれた条例が施行された。2021年3月、同様の条例が三重県にて、都道府県としては初めて可決・成立、4月1日に施行された。

 

「差別はいけない」という明確な文言を

――こうした議論の過程で、自民党の山谷えり子議員や簗和生議員などから、様々な差別発言が相次いでしまったことも大きく報じられました。

「こんな発言がありました」と報じられるだけで、本当にショックを受けてしまいます。周囲がその発言はいけないと声をあげたことで、謝罪のあった人も、なかった人もいましたが、政務三役に就くような方々が悪びれもせず、きちんとした謝罪もせずという状況は誰がどう見てもおかしいですよね。日本国内だけではなく、グローバルにも様々な反発があるというのに、それに対して、例えば自民党が何かを表明するかといえばそれもない。「もう信じられない」、という状況です。それに、こうしたことは今回が初めてではないんですよね。ここ数年、色んな議員の方々が、様々にそのような差別発言を行ってきました。
 

――そのたびに“形ばかり”の謝罪はあったにしても、今回の差別発言に見られるように、同様の発言が度々飛び出して来てしまいます。こうしたことが繰り返されてしまう背景には、どのような問題があるのでしょうか?

その発言にはどういった背景があるのだろうと、僕もずっと考えています。理解を広げるキッカケがないのかな……とか、情報が足りてないのかな……などと想像しますが、過去に杉田水脈議員の問題発言が大きく報道されたりと、そうした発言が社会的に“いけないもの”だということは知らないわけではないと思うんですよね。なので邪推にはなってしまいますが、「敢えてそうした発言をしているのか」と思ってしまうぐらい、理解に苦しみます。そしてこうした差別発言にばかり注目がいってしまうことで、法案が動かなくなってしまうのではないかという不安もありました。
 

――そうした差別発言が相次いでしまうからこそ必要な法案だったと思いますが、その法案にしても「差別禁止」ではなく「理解増進」という形です。自民党が公表した「LGBT理解増進法案」や、その後与野党の実務者協議で合意し修正した法案の中身について、評価している点、あるいは至らないと思っている点などはどのようなところでしょうか?

もともと自民党が最初に公表した「理解増進法案」というのは、とにかくみんなでLGBTQ+のことを知りましょう、理解しましょうという法律なんですよね。現状では、例えば今回の山谷議員、簗議員のような発言は“容認できないものである”ということを、公にきちんと伝えることができない。そうした発言などが起こらないように、理解を広げましょうということです。ところが、そもそもこの法案の文面には「差別をしてはいけない」という言葉自体も入ってないですし、国や自治体、学校や法人などに対して「このようにしましょう」という義務なども含まれていない、いわば法律というより「スローガン」のようなもの、というのが僕の印象でした。
 

――そうした「スローガン」と揶揄されても仕方のない法案でさえも、見送りになってしまった。

はい。差別をなくしていくことが目的の法案なのであれば、そうした文言が入らないと機能しないですよね。そうしたことは僕もずっと伝えてきたつもりですが、ようやく実務者協議を経て、法案の「目的」と「基本理念」に「差別は許されないものであるとの認識の下」という文言が加えられました。

僕たちとしては、「差別はいけない」という明確な文言が法律の条文の中に入ることが大切だと思っています。けれど今の自民党ではそうした法案を提出することは難しい……。ならばせめて、基本理念に「差別は許されないという認識の下」という言葉が入ることで、“それが全ての条項に反映されると読むこともできるのではないか”と、泣く泣くではありますが妥協することにしたんです。
 

東京レインボープライド2019、パレードを歩く「プライドハウス東京フロート」の先頭で旗を振る松中さん。

加害者にならないためにも

――“ないよりはマシ”な法案ではありましたが、日常的に苦しんでいる方々がいる以上、「理解増進」ではなく「差別解消法案」の方が望ましいのではないか、という声もあります。

そう思います。差別をしている側というのは、“差別をしたくてしている”という方は実際には少ないと思います。むしろ無意識的に、その行動が知らず知らずの内に“見えない誰か”を傷つけているという状況ではないでしょうか。それに気づいてもらうという意味でも、文章としてきちんと「差別禁止」を法律の中に盛り込む必要があると思います。そうした法律があることによって、誰かが“加害者になる”ということから救うことにもなると思います。
 

――そうした差別に関して、松中さん自身も活動の中で様々な被害の声に触れてこられたと思います。具体的にはどのような差別があるのでしょうか?

例えばあるトランスジェンダーの方が就職活動中に、自身がトランスジェンダーであるということを語ったら、何社受けても面接を通ることができなかった。けれどトランスジェンダーであるということを隠した途端に内定をもらうことができたんです。このように、セクシャリティを理由に仕事に就くことができない、というのはひとつの事例でしょう。職場で勝手にアウティングをされてしまったり、それが原因でからかいの対象として受け止められてしまったり、日常の中で様々な差別的な取り扱いを受けてしまったりということもあります。また、カミングアウトをしていない場合も、からかいや嘲笑の言葉、差別的な言動を人知れず毎日浴び続けているということもあります。そうしたことに声をあげると、自分がそうであるということがばれてしまうかもしれないという不安もあり、中々止めることもできません。
 

いかなる種類の差別も禁止する社会に

――法案が見送られた中、6月7日、東京都議会は自治体が同性同士のカップルを公的に認める「同性パートナーシップ制度」の導入を認める請願を採択しました。これが他の自治体や社会全体に与えるインパクトというのはどのようなものがあるでしょうか?

大きなインパクトでいうとふたつあるとおもいます。ひとつはやはり、日本の首都である東京都で採択されたということです。現在、100を超える自治体が「パートナーシップ制度」を導入しているのですが、日本の人口比でいうとまだまだ1/3ぐらいなんですね。そこに東京都が加わることで、一気にその割合が増える。「日本社会はそちらに動いていくぞ!」という、象徴的な出来事になるのではないかと思っています。

もうひとつは、この採択が「全会一致」だったということです。都議会にある全ての会派が、多少気になる点はありつつも「採択する」と。その中にはもちろん自民党も含まれます。ほかの自治体では、やはり自民党による反対が強く、中々難しいところもあったのですが、それが全会一致。自民党でさえも動き出しているのだと、そうしたメッセージを放つものでもあると思います。
 

――世界を見渡してみると、同性愛に厳しい刑罰を課す国・地域もある一方、性的指向に関する差別を禁止する法律のある国は、80ヵ国以上を数えます。オリンピック憲章は性的指向を含む「いかなる種類の差別」も禁じていますが、オリンピック開催に手をあげた日本の現状は、国会議員の口からも差別発言が相次いでしまうという状況です。その点に関してはどう思われているでしょうか?

2014年のソチオリンピック・パラリンピックの開催前に、ロシア政府が「同性愛宣伝禁止法」というものを成立させ、世界中から大ブーイングを受けました。IOCとしてはこれ以降、2014年に改訂されたオリンピック憲章をきちんと遵守するように通達したのですが、その憲章の根本原則――いうなれば憲法の序文にあたる部分――の〈6〉に「いかなる差別をも伴うことなく」と銘記されているんですね。そしてIOC(国際オリンピック委員会)とJOC(日本オリンピック委員会)、そして東京都で結んだ契約書には、「オリンピック憲章を遵守する」よう定められています。

▶開催都市契約2020
G. IOC は、開催都市と NOC が所在する国の政府(以下、それぞれ「開催国」および 「政府」という)が行った、オリンピック憲章および本開催都市契約(以下、「本 契約」という)を遵守するという誓約を確認し、特にこれを信頼した。

(原文)
G. WHEREAS the IOC has taken note of and has specifically relied upon the covenant given by the government of the country in which the City and the NOC are situated (hereinafter respectively the “Government” and the “Host Country”) to respect the Olympic Charter and this Host City Contract (hereinafter the “Contract”);

引用:東京都オリンピック・パラリンピック準備局「開催都市契約2020」

なので東京都がオリンピック・パラリンピックを開催すると契約した時点で、日本政府もそれを守らなければいけないんですよね。東京都はこれを受けて2018年にLGBTQ+差別の禁止や人種・民族差別の禁止を盛り込んだ条例(『東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例』)を制定しています。けれど、その条例では東京都以外の地域はカバーされておらず、やはり法律の制定が必要な状況であるということは変わりません。
 

――毎年6月は「プライド月間」として、世界各地でLGBTQ+の権利を啓発する活動・イベントが開かれています。「理解増進」から一歩踏み込んで「差別禁止」へと繋げていくためには、どのような一人ひとりのアクションが必要とされているでしょうか?

どこにいてもLGBTQ+当事者の方がいらっしゃいます。まずはやっぱり、自分の身近な存在として意識することが大切だと思います。普段の会話の中でも、何気ないひと言が「誰かのことを傷つけてないかな?」と、そうした意識を持つだけでも、周囲に伝わっていくものがあると思います。また、「プライド月間」に催される様々なイベントに参加してみたり、その感想を身近な人々に共有したりと、そうした行動でも輪が広がっていくと思います。LGBTQ+に関連したカルチャー作品に触れて観ることもオススメです。常に考えていくことが必要なことですが、まずはこの「プライド月間」をきっかけに、ちょっと意識を高めてみるところからアクションを行っていってほしいなと思います。
 

2018年、台湾LGBTプライドパレードにて。中央右から松中権さん、杉山文野さん、荻上チキさん。

【プロフィール】
松中 権(まつなか・ごん)

1976年、金沢市生まれ。一橋大学法学部卒業後、電通に入社。米国NYのNPO関連事業に携わった経験をもとに、2010年、グッド・エイジング・エールズを仲間たちと設立。2013年、米国国務省「International Visitor Leadership Program」の研修生として、全米各所を巡りLGBTQ関連活動の団体や政府機関を調査。2016年、第7回若者力大賞「ユースリーダー賞」受賞。一橋大学アウティング事件を機に16年間勤めた電通を退社し、2017年7月、二足のわらじからNPO専任代表に。現在は、LGBTQと社会をつなぐ場づくりを中心とした活動に加え、同性婚法制化、2020年を起点とした「プライドハウス東京」等に取り組む。

※本記事は6月9日に放送されたRadio Dialogue、『LGBT法案提出見送りについて』を元に編集したものです。

 

(2021.6.29 / 写真・文 佐藤慧)
(書き起こし協力:山本明津紗)
 


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