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インタビュー

2021.8.30

戦後日本はどのような「人権」を育んできたのか?――「意識が変わらない限り社会は変わらない」(ヒューライツ大阪 三輪敦子さんインタビュー)

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

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佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

2021.8.30

インタビュー #人権 #佐藤慧

「人権」――この言葉を耳にしたことがない人は少ないかもしれませんが、では人権とはどういったものなのか、改めて考えてみると簡単ではないと感じられるかもしれません。「人権」という概念の源流は、イギリスの思想家、ジョン・ロックに遡ると考えられています。ロックは、人は誰しもが、生命・自由・財産に対する権利を「自然権」として有しており、どのような権力もその権利を奪うことはできないと説きました。その後「平等権」―「参政権」―「社会権」と、時代を経るごとに様々な権利が保障されるようになっていきますが、当初、その権利の主体は男性や一定の社会的・経済的地位を有する人たちであり、女性や他の社会的マイノリティの「人権」が保障されるようになったのは、まだまだ最近のことです。

1948年、「世界人権宣言」という、基本的人権のリストであり、国際的な人権保障にとっての最重要文書が国連で採択されました。その後、「社会権規約」「自由権規約」「人種差別撤廃条約」や「女性差別撤廃条約」など、いくつもの人権条約が採択され、多くの国々で批准されてきました。人権が重要と考えられるようになった背景には、6,000万~8,000万ともいわれる犠牲者を出した第二次世界大戦があります。しかしその数字はあくまで確認されている死者数であり、市民を含め、理不尽な暴力と人権侵害により、心身に大きな傷を負い、命を落とした人々のことを考えると、犠牲者の数はさらに大きく膨れ上がることでしょう。

日本は戦後、諸大国と肩を並べようと経済成長を推し進めてきましたが、こと「人権」に関する分野ではどうでしょうか。最近のニュースでは、「現代の奴隷制度」ともいわれる外国人技能実習制度や、オリンピックに関連して浮彫となった女性差別や障害者差別、ヘイトスピーチ・ヘイトクライムなど、差別や偏見、排他的な自国第一主義などの問題が目立ちます。戦争を直接知る人々が少なくなる中、世代を越えて「人権」意識を培っていくことは、次なる惨禍を生み出さないために、なによりも大切なことではないでしょうか。今回のインタビューでは、「一般財団法人 アジア・太平洋人権情報センター(ヒューライツ大阪)」所長の三輪敦子さんに、「人権とは何か?」という基本的なことから、今の日本に必要な人権感覚についてなど、幅広くお伺いしました。
 

アジア・太平洋人権情報センター(ヒューライツ大阪)所長の三輪敦子さん。

「人権」は「義務」の対価ではない

――そもそも「人権」とはどういったものなのでしょうか?

人権とは何かを一言で説明するならば、「どこに生まれた誰であっても、平等に保障されるべき権利」と言うことができると思います。何のためにそれらの権利が保障されるべきなのかというと、「人が人としての尊厳を守られながら、あるいは人として大切にされ、尊厳を感じながら生きていくため」と言えるでしょう。
 

――人権、という言葉にあるように、人間の「権利」ということですよね?

はい。例えば「思いやり」や「優しさ」は、誰かが誰かに“与えるもの”ですよね。そうではなく、生まれた瞬間からすでに“持っているもの”――保障されており、譲ることのできないものです。それは誰かが恣意的に、「この人には人権があって当然」「この人にはなくていいよね」などと、線引きすることのできないものです。

また、「権利、権利と主張はするけれど、義務を果たしてないよね」などという意見を聞いたことはありませんか? ですが、人権に関して言えば、「権利を主張すること」と「義務を果たすこと」は別な問題であって、比べて論じられるものではありません。

果たすべき義務を果たすことは重要です。けれど、「権利を主張する」ということとリンクさせて、権利と引き換えに義務を持ち出したり、権利主張をネガティブに否定する際に「義務」を持ち出すことには問題があります。「義務を果たしてはじめて権利を主張することができる」という主張は、残念ながら意外と共感を得てしまうという土壌が日本にはありますが、人権はあくまで生まれながらに持っている「権利」であって、その権利が侵害されている場合には、誰であっても、どんな場合であっても声をあげていいのです。
 

――「権利」を主張する際に義務が持ち出される風潮は、どこか「自己責任」という言葉で個人を社会から切り捨てる世相にもつながるものがあると感じます。

そうですね。国際基準の人権感覚と比べると、日本ではまだまだ人権に関する理解が進んでいないように感じます。名古屋入管で亡くなられたウィシュマさんの事件も、私たちの住むこの社会のどこかに、“国籍によって人権の享受を否定する態度”が潜んではいなかったでしょうか?

外国籍の方であっても、難民申請中の方であっても、国際的に保障された人権があります。それなのに、「日本人じゃなかったらしょうがないよね」「在留資格がないんなら仕方ない」と簡単に考えてしまうのは、大きな問題だと思います。特にウィシュマさんの事件は、交差性差別・複合性差別(いくつかの要因が複雑にからみあいながら影響を及ぼす差別)の問題とも深く関わっている事例だと思いますし、本当に悲しいです……。
 

「人権」は現在進行形で発展し続けている

――こうした「人権」という価値観は、古くから連綿と続いてきた価値観でもなければ、たとえば重力の法則のように物理的に証明できるものでもありません。その国際的な基準・規範のようなものはどのようにして成り立ってきたのでしょうか?

現在、私たちが「人権」と呼んでいる国際的な概念であり価値観は、具体的には1945年の「国際連合」の創設が重要なきっかけとなって発展してきたと言えるでしょう。すでにそれ以前の「国際連盟」の時代――つまり第二次世界大戦に先立つ時代にも、“少数民族の人々の権利をどう考えるか”といった議論はされていたのですが、今のような形で、人権が「国際社会の課題」として理解されるようになったのは、戦後、国際連合が創設されたことが大きなきっかけとなっています。国連憲章も、前文で「基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念を改めて確認し」と述べ、「基本的人権」が明確に記されました。

そこに至った背景としては、やはりナチス・ドイツによるホロコーストが、世界に大きな衝撃を与えたことがあげられます。ユダヤ人やロマ、障害者、性的マイノリティの方々などに対して、非常に差別的な政策を取り、組織的にこの世から抹殺していきました。「二度とそのようなことを許してはいけない」という思いが、人権の発展の歴史にとって、重要なバックグラウンドとなりました。
 

アウシュビッツ・ビルケナウ博物館に展示されている犠牲者たちの写真。

――1948年に国連総会で採決された「世界人権宣言」から、様々な国際規約・条約などが発展していったことがうかがえますが、実際の人々の意識、実効性という部分ではどうでしょうか?

1948年の「世界人権宣言」、そしてそれを条約化した1966年の「社会権規約」と「自由権規約」――この3つは人権に関する最も重要な国際規範として「国際人権章典」とされていますが、時代を経るにつれて、どうもそれだけでは不十分だということがわかってくるわけですね。

たとえば「女性の権利」について見てみると、「国連憲章」でも男女の平等は明記されていますし、「世界人権宣言」「自由権規約」「社会権規約」にも、「男女の平等」「性による差別は許されない」という文言を見つけることはできます。けれどそれが、具体的に社会のなかで実現されているかというと、そうではないということが世界中の女性たちの声により浮彫となってきたわけです。そうした過程で、「特定の属性を持った人々やグループにフォーカスした条約をつくるべきだ」という声が出てきて、「女性差別撤廃条約」や「子どもの権利条約」、「障害者権利条約」などに結びついていくこととなります。
 

意識が変わらない限り社会は変わらない

――人権に対する意識や保障の対象、条約の締結などは、たとえば日本におけるLGBTQ+の方々の権利のように、時代を追うごとに発展・理解が広がってきていると思うのですが、それを実際に社会の中で“機能させていく仕組み”には、どのようなものがあるのでしょうか?

条約が批准される仕組みを見てみましょう。条約とは、国家間で締結される合意であり、国家を拘束する国際文書です。各国政府が「国際人権条約」などを批准するためには、まずは条約に署名し、そこに書かれている内容と、国内法の規定が合致しているかを確認します。そして合致していない場合には、法律を改める必要があります。国内法を条約に矛盾しないように改めて初めて、批准することができます。

たとえば「女性差別撤廃条約」の例でいうと、以前は女子だけが履修していた「家庭科」、男子だけが履修していた「技術」というように、性によって教育課程で履修するべき科目が分かれていたんですね。「これは男女平等に違反している」ということで、女性差別撤廃条約を批准するプロセスで男女共修が実現しました。もちろん、条約を批准する前から問題意識を持っていた教員がいらっしゃり、「家庭科も技術も、性に関係なくどちらも履修するべきだ」と声をあげてこられ、少しずつ社会的な理解も拡がっていたのですが、なかなか実現しませんでした。それが、「女性差別撤廃条約」に批准する過程で、国内法を改める必要に迫られ、実現したのです。

さらに、「女性差別撤廃条約」を批准する際に変わった国内法として、「国籍法」があります。それまでは、国際結婚にあたり、父親が日本人である場合には、その子どもは日本国籍を取得することができたのですが、母親が日本人である場合、つまり父親が日本国籍を有していない場合は、その子どもは日本国籍を取得することができなかったのです。これは明らかな性差別だとして、法が改められました。

「男女雇用機会均等法」も、「女性差別撤廃条約」の批准にあたって成立した法律のひとつです。このように、国際的な人権基準は、国内社会に大きな影響を与えます。けれど、お気づきかもしれませんが、そもそも男女の平等は、1946年に公布された「日本国憲法」に記されています。そのことを真剣に理解し取り組んでいたならば、国際条約の批准を待たずして変われたことはたくさんあるはずです。実際に、これまで述べた国内法の改正や制度の改革については、ずっと声を上げて活動したり、裁判を起こしておられた女性がいらっしゃったわけです。
 

――選択的夫婦別姓に関わる保守的な態度も、そうしたアップデートが必要なまま放置されている問題ですね。

その通りです。他にも、憲法上保障されているにもかかわらず、具体的な個々の法律や、そうした法律に基いた政策そして施策に落とし込まれていない問題というのは数多く存在します。そうした社会を変えていくためにも、国際的な人権基準は、とても大きな役割を果たしていると言えるでしょう。

人権の国際基準を形成する重要な条約をまとめて「中核的人権条約」といいますが、現在、9つの条約(※)があります。これらの条約のもとには、それぞれ「委員会」と呼ばれる条約機関が設けられており、これらの「委員会」は、条約に批准した国家がきちんと条約で定められた義務を果たしているかどうかを審査、調査し、提言や勧告を行う機能を担っています。しかし、これらの意見や勧告は強制力を持たないため、各国政府は必ずしも勧告や提言に従いません。日本政府についても、繰り返し勧告を受け、改善を指摘され続けている問題があります。

(※)9つの中核的人権条約―【】内は国連での採択年月日、()内は日本の締約年月日
社会権規約―【1966.12.16】(1979.6.21)
自由権規約―【1966.12.16】(1979.6.21)
人種差別撤廃条約―【1965.12.21】(1995.12.15)
女性差別撤廃条約―【1979.12.18】(1985.6.25)
拷問等禁止条約―【1984.12.10】(1999.6.29)
子どもの権利条約―【1989.11.20】(1994.4.22)
移住労働者権利条約―【1990.12.18】(未締結)
障害者権利条約―【2006.12.13】(2014.1.20)
強制失踪条約―【2006.12.20】(2009.7.23)

そして、たとえば女性差別撤廃委員会でも改めて議論されていることですが、法律ができ、刑法や民法が改正されたとしても、意識が変わらない限り社会は変わらないという問題があります。どれだけ男女平等が法律上で謳われても、男女平等が重要であるという意識が社会で共有されなければ、実質的な男女平等は実現しないのです。今、改めて、人権基準の理解に基づいた立法や法改正、そしてその履行とあわせ、意識の変革が重要になってきています。
 

「一般財団法人 アジア・太平洋人権情報センター(ヒューライツ大阪)」による書籍、『人権ってなんだろう?』(解放出版社)―「人権」の入門書にオススメ。

尊重だけではなく、救済措置を

――日本には「国内人権機関」が存在しない、ということも課題として指摘されていますね。

はい。人権侵害があった際に人権を回復するには、「裁判所」を始めとする司法機関が重要な役割を果たしますが、裁判には時間や費用がかかり、迅速な救済措置には結びつきにくいこともあります。個人が裁判に訴えなくても、国内における人権侵害について、独自の調査を行ったり、被害者を救済するための命令を出せる権限を持つ「国内人権機関」が、現在では100を超える国々で設置されています。ところが残念ながら日本には、「国内人権機関」は存在しません。

日本で問題となっている技能実習生に対する人権侵害、ヘイトクライム・ヘイトスピーチの問題、部落差別、障害者差別、難民の受け入れ……そうした多くの人権問題の解決のためにも、「国内人権機関」の設立は必要不可欠でしょう。

ただ、設立にあたっては、単に“建前”で設立するのではなく、「パリ原則」と呼ばれる国内人権機関に求められる国際的な基準を定めた原則に合致した機関として設立されなければ意味がありません。政府や各省庁から独立した、第三者機関として設立されなければ、政府の見解に“お墨付き”を与えるだけの機関に成り下がりかねません。

また、人権条約に規定された権利を侵害された個人が、それぞれの条約機関に直接訴え、自分自身の受けた人権侵害に対する救済を国際的に求めることのできる「個人通報制度」という仕組みもありますが、こちらも日本は受け入れていません。G7サミット参加国で、この制度を適用するための手続きを行っていないのは日本だけです。また、OECD(経済協力開発機構)加盟国でも、ほとんどの国が何らかの個人通報制度を受け入れています。

人権は、“尊重”するだけではなく、それが守られない場合にどう被害者を“救済”するかということも一緒に考えていかなければなりません。救済について、国際的には「謝罪と補償」の重要性が唱えられていますが、日本はそうした救済の具体的な仕組み――人権を具体的に実現するプロセスの面でもまだまだ見直すべき面が多いと思います。
 

――なぜ日本ではそうした人権意識、制度がなかなか進んでいかないのでしょうか?

日本では、そもそも人権教育の場、人権について丁寧に学ぶ機会というのが非常に少ない、あるいは不十分であると感じます。「人権問題」を学ぶ機会はあっても、「誰もが持っているもの」「人間として尊重され大切にされながら生きていくためになくてはならないもの」として人権を理解する教育が限られていますし、そもそもそうしたことを教えられる大人も少ないのではないでしょうか。「人権問題」の当事者以外の人たちにとって、人権は、どこか他人事として考えられている傾向が強いのではないかと思います。

これまでお話してきた通り、人権は常にアップデートされてきています。私自身、この社会に存在する様々な人権問題を、すべて理解しているとはとても言えません。ですが、常にアンテナを張りアップデートを繰り返していくことが大切だと感じています。様々な人権課題についての理解を深めることは、人間と社会の多様性に関する理解を深めることでもあります。多様な人が、それぞれ尊重され、“自分らしく”生きられる社会というのは、すべての人にとって豊かな社会、幸福な社会なのではないでしょうか。

「人権とは空気のようなものである」と表現されることがあります。ある時にはその大切さに気づかない、失われそうになり初めて重要性に気づく、そしてなくなったら生きていけません。「人権は差別の問題」と考える傾向もありますが、それだけではないんですね。もちろん、差別の問題は最も深刻な人権問題であり、そのことに疑いはありません。ですが、私たち一人ひとりがこれまで生きてこられたのも、「人権というバリア」に守られてきたからなんですよね。教育や予防接種を受けたり、十分とは言えないにせよ、様々な社会保障が整備されてきたのも、人権があるおかげです。そのような基本的な人権概念に対する理解を深めていくことも、日本では大切だと思います。そのことにより、私にとって、そして誰もにとって、人権がいかに大切かがわかってもらえるようになると思いますし、遠く離れた世界の誰かの人権にも思いをはせることができるようになると思います。
 

          

【プロフィール】
三輪 敦子(みわ・あつこ)
日本赤十字社外事部、国連女性開発基金(現UN Women)アジア太平洋地域バンコク事務所、(公財)世界人権問題研究センター等において、ジェンダー、開発、人権、人道支援分野の様々なプログラムの実施支援や調査・研究に携わってきた。2017年より、(一財)アジア・太平洋人権情報センター(ヒューライツ大阪)所長。(一社)SDGs市民社会ネットワーク共同代表理事。

 

(2021.8.30 インタビュー・写真 佐藤慧)

 


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