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Interview

2020.8.19

二度と、このような歴史が繰り返されないために アウシュビッツ博物館ガイド、中谷剛さんインタビュー

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

2020.8.19

Interview #Sato

ポーランド南部、スロヴァキアとの国境近くにある街、オシフィエンチムには、世界中から年間200万もの見学者がやってくる博物館がある。アウシュビッツ=ビルケナウ博物館(以下アウシュビッツ博物館)だ。1942年1月、ナチス・ドイツは「ユダヤ人問題の最終的解決」を決定。これにより、「優生民族」であるアーリア人こそがヨーロッパを統一すべきという思想を掲げたナチス・ドイツは、ユダヤ人の「絶滅計画」を実行に移していくことになる(1942年以前にも多くのユダヤ人がナチス・ドイツにより虐殺されているが、絶滅収容所を伴った計画はこれ以後本格化していくこととなる)。その計画の要(かなめ)として建設されたのが、アウシュビッツに代表される強制収容所だ。戦後、その建物を改装した博物館では、当時使われていたものを修理、修繕しながら保存し、訪れた人々に人類の犯したおぞましい行為の痕跡を突き付けている。

「二度と、このような歴史が繰り返されないために」という目的を掲げ、人類が再び同じ過ちを繰り返さないように、その記憶を継承するこの博物館が、現在コロナ禍の影響により経済難に直面しているという。これまでの歴史を振り返ると、社会不安と経済危機は、差別や偏見を増長する排他性へと幾度となく繋がってきた。博物館の四号館入口には、アメリカの哲学者、ジョージ・サンタヤナの言葉が掲げられている。「歴史を記憶しないものは、再び同じ味を味わざるをえない」。未だ1万発を越える核弾頭を抱え、国境線の内外で命の価値に差をつける社会に生きる人類は、いまこそアウシュビッツに代表される「負の遺産」と真摯に向き合う必要があるのではないか。アウシュビッツ博物館唯一の日本人ガイド、中谷剛さんにお話を伺った。
 

20年以上に渡りアウシュビッツの歴史を伝えてきた中谷剛さん。


国際的、普遍的な歴史を扱う場

―ポーランドのコロナ禍の状況は如何でしょうか?

今日(2020年8月3日)の新規感染者が500人程度とのことです。これまで連日300人ほどでしたので、少しまた増えてきたかなと。ただ、重症化し亡くなった方は毎日10名ほどでしたが今日はひとりでした。この状況がどれほどのものなのか、どこと比較するかによりますが、イタリア、フランスなどと比べると、どういうわけかポーランドには大きな感染の波は来ていないように思います。けれど、毎日コンスタントに300~500人という感染が続いており、厳しいロックダウンもあったので、人々のフラストレーションは高まっているように感じます。結婚式など、大勢の人々が集まる場や、石炭鉱などでのクラスターも確認されています。

3月初旬には国境を閉じましたが、今は空港もオープンしています。アウシュビッツ博物館も3月から休館してましたが、7月1日から制限を設けつつ再開しています。案内人もフェイスシールドを付けて対応しています。博物館の維持費の4割は国からの補助金なのですが、残りは入館料などです。コロナ禍による急激な訪問者の落ち込みによって、経済的困難に直面しています。EU全体で経済支援をという話もありますが、補助金は使途が限られてしまうということもあり、現在は博物館維持のためにみなさまから寄付を募っています(詳細は記事末を参照)。少しずつ訪問客が戻って来ているとはいえ、学校関係者などの訪問ができる状態にならないと収益的には厳しいですね。現在は月4万人ほどの見学者が来ていますが、コロナ禍前は年間で230万人来ていたことを考えると5分の1程度です。
 

アウシュビッツ博物館。閑静な佇まいの外見からは当時の狂気が想像できない。


―ポーランドの人々にとって、この博物館はどのような意味を持つものなのでしょう?

戦争に関する式典がいくつかポーランドにもあるのですが、その最大のものは、ナチス・ドイツに対するワルシャワ市民の抵抗運動、「ワルシャワ蜂起」の日である8月1日です。これは特にワルシャワ市民にとっては大切な日で、政府も市民も、メディアも、朝から晩までこの式典一色になります。それと比べると、アウシュビッツ博物館は、より広い意味で、国際的、普遍的な歴史を扱う場として認識されていると思います。もちろん、多くのポーランド人も収容所に送られ殺されており、アウシュビッツ強制収容所開設日の6月14日、解放日の1月27日には式典が行われます。ただ、今年の6月の式典はコロナ禍の影響によりスピーチもない質素なものとなりました。それでも、「一度は博物館を訪れたい」と思うポーランド人は多く、欧州の他の地域からの見学者の減っている現在は、そうした国内からの見学者が半数を占めています。
 
 
―そもそもなぜポーランドに強制収容所がつくられたのでしょうか?

戦時中、ナチスに占領されたポーランドには、それに反抗する市民、活動家が多くいました。ナチスは初め、そうした政治犯を刑務所に収監していたのですが、場所が足りなくなった。それでアウシュビッツが必要となったんですね。なぜこの場所だったかというと、元々ポーランド軍の兵舎があり、それを利用できたということ、鉄道網が東西南北から集まっており、輸送の便が良かったということが挙げられると思います。ナチスは最初、そうした収容所をミュンヘンなど、ドイツ国内に建造していました。それが欧州各地の強制収容所へと繋がり、その延長線上にアウシュビッツがありました。
 

有刺鉄線には高圧電流が流されていた。精神的に追い詰められ、電流により自殺を図った収容者もいたという


そこにどんな人がいたのかと想像すること

―政治犯の収容というものが、アウシュビッツ建設の目的として念頭にあったと思うのですが、その後多様な人々が収容されていくこととなります。いったいどのような方々が収容されていったのでしょう?

ご存知の通り最終的にはユダヤ人が圧倒的に多く、全体の90%を占めました。ナチスは収容所以前からゲットーと呼ばれる地区にユダヤ人を押し込めていたわけですが、その後維持が難しくなり、強制収容所へ連行するようになりました。ユダヤ人が連行されてくるようになったのは、アウシュビッツが造られて数年経ってからのことです。その後収容する場所が足りなくなると、ガス室が造られ殺されていきました。

ユダヤ人と呼ばれる人々の他にも、ロマの人々やソ連軍の捕虜、ナチスの反対者、共産主義者だと見做される人々も強制収容所へと連行されました。ソ連軍の捕虜に関しては、本来であれば国際条約に則った形で処遇されなければいけなかったはずですが、当時のソ連はそうした条約に加盟していなかったんですね。そのため、ソ連軍の捕虜は、ユダヤ人と同じぐらい酷い扱いを受けて、その90%が命を落としました。

ロマの人々は、ユダヤ人と同じく、戦前からあちこちで差別、迫害を受けており、アウシュビッツができる前にも、ロマの人々を収容する施設がヨーロッパ中に何千とありました。第二次大戦中に、欧州全体の4分の1にあたる25万人ものロマの人々が殺されたとみられています。そのほかにも、今でいうLGBTの方々や、売春婦、精神障害を持った方々も連行されてきました。精神障害を持った方に関しては、ナチスはそうした人々を排除する施設を他に造っており、多くはそうした場所で殺されました。
 

正面ゲートに掲げられているARBEIT MACHT FREI(働けば自由になれる)の文字。Bの文字が逆さまなのは、労働者のささやかな抵抗だったと見られている。

―博物館には、強制連行されてきた人々の「遺品」が展示されています。堆く積まれた靴やハブラシ、メガネなど…そうした個々人の遺品を見ていると、少なくとも130万人といわれる犠牲者が、単なる「数」ではなく「実際にそこに生きていた人」として立ち現れてくるように感じます。

博物館ではガラスケースの中にそのように分類された遺品が展示されていますが、それはナチスによる「没収品」なんですね。1942年10月の秘密指令書では、クリスマスを迎えるにあたって、アウシュビッツやルブリンの収容所からドイツ市民25万人分の衣服や日常生活用品を提供するよう命じています。人々が焼却炉で焼かれる前に刈り取られた髪の毛は、衣料品会社や絨毯製造工場へ販売されて、糸や靴下に加工されました。この展示は、そうした歴史を見せるものでもあります。実は最近、そうした展示物の少女の靴の中から、その子の名前と、輸送列車の番号が見つかり、その靴の持ち主が誰だったのか、どこから来たのかということが判明しました。そうした靴を実際に見ることで、そこにどんな人がいたのかと想像することは大切ですよね。
 

展示されている夥しい数の靴。この一足一足が誰かの日常の歩みと共にあった。


涙を流してもらうだけでは不十分

―以前の館長であったカジミエシュ・スモレン氏は、自身がポーランド人政治犯としてアウシュビッツに収容されていたという経験を持ちながら、「二度と、このような歴史が繰り返されないために」というメッセージを伝えるために、辛い記憶の刻み込まれたアウシュビッツで35年間も館長を務めてきた方だと伺いました。その彼は、ドイツ人見学者の人々に対し、「君たちに戦争責任はない。でもそれを繰り返さない責任はある」と語ったといいます。唯一の日本人ガイドである中谷さんにとって、この言葉はどのように響きますか?

日本の戦争責任の問題でも問われることだと思います。「戦後を生きる僕たちは、どこに責任を持てばいいのか」「過ぎたことではないか」「そんな昔のこと、もういいじゃないか」。そんな言説が日本でもありますよね。僕自身、こうした辛い過去を伝えてどうするんだろうか、そんなことよりこれからを明るく生きていけばいいじゃないかという風に考えていた人間なので、日本と同じように戦争加害の歴史と向き合うドイツではどうなのだろうかと気になっていました。スモレンさんの言葉で大切なのは、それが「被害を受けた側」から出た言葉であるということだと思います。加害国の人間が加害の歴史ときちんと向き合うことによって、被害に遭った方ご自身がそう言えるような関係を築けるということは、日本と周辺国との関係を考えるうえでも大切な示唆を与えてくれるものだと思います。
 
 
―実際にアウシュビッツから生還された語り部の方が年々減っていく中で、中谷さんご自身はどのようなことを伝えていこうとされていますか?

やっぱり生還者の声を正確に伝えること。ただ、その声を伝えたうえで、「どうすればこうしたことが二度と起きないようにできるのか」と考えることは、当事者に背負わせてはいけないことだと思います。たとえば日本にも原爆によるヒバクシャの方々がいらっしゃいますが、彼ら、彼女たちに対して「なぜ原爆は落とされたのか?」と聞くことはナンセンスです。同じように、アウシュビッツの生還者に「なぜそんなことが起きてしまったのか」と聞くのも失礼な話で、そうした問いに向き合っていけるのは、それを経験していない私たちなのだと思います。私たちガイドは生還者たちの声を正確に伝えられるよう努めますが、実際にそうした経験のない私たちが、彼らの体験を「理解」することはできません。ただ私たち戦後の世代は、それをどうしたら二度と繰り返さないようにできるのかということを、「考えること」はできるわけです。それが先ほどのスモレンさんの言葉に繋がってくると思います。
 

展示されている収容者の写真。生還できず、語られることのなかった言葉が無数にある。

―ガイドをする中で、中谷さんが重点的に伝えようと思っていることが3点あるとご著書に書かれていました。①民主主義は制度だけでは守れないということ、②歴史の相互認識の必要性、③差別・偏見の問題、ということですが、それぞれどのようなことなのかお聞かせ下さい。

スモレンさんが、「涙を流してもらうだけでは不十分だ」とおっしゃっていたんですね。やっぱり、自分の頭で考えてほしいと。民主主義の基本として、市民一人ひとりが考えて行動していく必要があるわけですよね。でも、こうした民主主義の基本的な感覚を身に着けることですら、簡単なことではありません。何を選べばいいか判断するということは大変なことですし、大衆に流されたほうが楽だという意識もあります。漠然と「民主主義を守っていこう」と大きく考えるだけではなくて、やっぱり自分で意思表示していきましょうよと、展示を通して伝えるようにしています。

二つ目の「歴史の相互認識の必要性」に関して言うと、相手の視点・立場から考えるということは大切ですが、それは決してプラスマイナスゼロということではないんですよね。「あっちから見たらああ見える、だからいいじゃないか」と。そういうことではない。相互認識の目的は相互理解ですし、その先にはお互いの共存・共生がある。ドイツの歴史を見てみても、あのような戦争に走った背景には、スペイン風邪や第一次世界大戦の敗戦、大恐慌などがあったと主張することもできるわけですよね。でもそれでもって、「我々も苦しかったんだ」と言っても、その犠牲となった人々には受け入れがたい。相互認識の目的はそうした行為を正当化することではなくて、その起きてしまった事実から、どのようにプラスの未来を創っていけるかだと思います。歴史を振り返るにしても、そうした目的をしっかりと持っていないといけないと思います。

三つ目の「差別・偏見の問題」に関してですが、よく「差別をなくそう」とは言いますが、差別の根本となる意識というのは、実は人間の持つ競争意識と対になっている、切っても切り離せないものだと思うんですよね。人間には本質的に他者と競争して、切磋琢磨して成長していこうとする性質がある。それがある一線を越えると差別感情となって他者を排除してしまうのではないかと思うんです。なので、その越えてはいけない一線を越えないために、理性なり教育なりを通して差別を「見つめて」いく。認識しコントロールしていくことが必要で、「なくす」という言葉はしっくり来ないんですよね。
 

ドイツ、ベルリンの中心地にある「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」。


それぞれの人生をまっとうできる社会

―最近日本でも「優生思想」が物議を醸しています。たとえば「優秀な能力・才能を持った人物は国家がその遺伝子を守るべきだ」というような発言も聞かれるのですが、そのような思想、考えを持つ方々についてはどう思われますか?

いわゆる「優生学的思想」でしょうね。こうした考えを持つ方には私も会ったことがあります。「中谷さんの言っていることはわかります、でも人間は弱肉強食じゃないですか」「いくら綺麗ごとを並べても、極限的な状況になれば、人間はそのような姿を見せるのではないか」と。生物学的に考えたら、もしかしたらその人の言っていることは正しいかもしれない。私たちは生まれたときからそのような世界に生きている。だから戦争も起きるのだと思います。でも、僕の考える「成熟したいい社会」というのは「優秀な人間を作り上げて人類を成長・発展させる」というものではなく、せっかく地球に生まれてきたのだから、なるべく多くの人が朝起きて、ご飯を食べて、家族や友人と良いこと、悪いこと、喜怒哀楽を経験して、また夜になったら眠るという、決して何か特別ではなくても、それぞれの人生をまっとうできる社会のことだと思うんですよね。でもそれを達成するためには、先ほども触れた、人間の持つ本質的な競争意識のようなものと戦わなければならない。そうでなければ、その社会において「優秀」だと思われる人々が中心で社会を動かし、そのほかの人々は蹴り落とされるという社会がいつまでも続いていくこととなります。現に地球上には、食べ物の回ってこない人、生まれてもすぐに命を落としてしまう人、コロナ禍でも後回しにされる人など、色々いるわけです。

「優生学的思想」を持つ人々も、その目的は「より良い社会」なのかもしれませんが、何をもって「優秀」とするかは主観的なものであって、そのときに何が一番価値あることなのかによって変わっていく。時代と共に変わっていく価値観に過ぎないわけですよね。でも僕はじゃあ、そうした人たちに対して「間違ってますよ!」と説き伏せたいかというとそうではなくて、僕みたいな考えを持っている人を、少しずつでも増やしていけばいいじゃないかと思っています。そのような人々に対して声をあげることも大切だとは思いますが、それによってそうした人々の考え方が簡単に変わるとは思えません。変わるとしたら、その人自身が弱い立場に立ったときに、はじめてそうした思想の暴力性に気づくのではないでしょうか。もちろん、民主主義なのですから、どうしてそういったことを主張するのか、相手の主張や目的も尊重しなければなりません。なんでそんな考え方に至ったのか、「相手を知ること」が大切ですよね。
 

焼却炉へと続く線路。現在日本社会にも見られる排他主義やヘイトスピーチは「ジェノサイド」へと繋がっていないだろうか。

何年も博物館でこうした歴史と向き合っていると、現在のコロナ禍の状況が、ものすごい事態を引き起こしてしまうのではないかという恐怖があります。戦後も世界各地でジェノサイドが繰り返されてきました。歴史を振り返ってみると、こうした伝染病が蔓延する中での経済不況が、紛争・戦争へと繋がっていったこともあります。今あらためて、「僕たちはどういう方向に足を踏み出していきたいのか」ということを考えるときに、過去の経験というのはその大切な判断材料にもなると思っています。そうした貴重な歴史を伝えている場所が今、コロナ禍で厳しい状況にあり、世界的に寄付を募ることとなりました。是非博物館のホームページから詳細をご覧くださりますと幸いです。
 
 

(インタビュー聞き手・写真 佐藤慧/2020年8月)

 

アウシュビッツ博物館への寄付詳細は下記をご覧ください。(英語)http://auschwitz.org/en/donate/

①上記サイトから任意の通貨を選択(PLN=ズオティ USD=米ドル EUR=ユーロ) し、Payment by PayPalをクリック(PayPalアカウントがなくてもお振込み可能)
②「Donate with a Debit or Credit Card」を選択
(※8/27現在、PayPalで送金を選択すると「この国からのPaypalでの送金はサポートされていない」という表示が出てしまうため、上記をご選択ください。)
③Country/Region(国・地域)からJapan(日本)を選択することで、日本語の入力画面へと移動します
(※国・地域選択時にも、サポートされていない旨表示される場合がありますが、そのまま入力を続ければ寄付可能です。)

※セキュリティチェックの入力を求められる場合があります。
※振込後、記載したメールアドレス宛てに寄付領収書が送付されます。
※こちらの寄付システムはアウシュビッツ博物館の運営するものです。お問い合わせはアウシュビッツ博物館へお願いします。

中谷剛さんの書籍


 
 
※8/21 記事中の、博物館元館長 カジミエシュ・スモレン氏のお名前の表記に誤りがあったため訂正いたしました。大変失礼いたしました。


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