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脆弱な人ほど困難に陥りやすい ―訪問看護の現場から見えてきたこと

「重症者や、重症化リスクの高い方以外は自宅での療養を」――8月2日に菅首相が「政府方針」を示してから1ヵ月あまり。その後、「中等症は原則入院」と説明は軌道修正されたものの、全国の自宅療養者数は9月1日の時点で13万人を超える事態となり、地域によっては入院調整が困難となる、ひっ迫した状況が続いている。

複数の要因が重なり合うケース

東京都内では一時2万人を超えていた自宅療養者数は、9月13日の時点で7,851人となった。江戸川区に拠点を置くウィル訪問看護ステーション江戸川で、8月中旬から自宅療養者の訪問看護を重ねている看護師の岩本大希さん(WyL株式会社代表取締役)は、「一度重症化してしまうと治療が長引くため、急性期の集中治療や重症者に携わる医療者は今も厳しい状況が続いています」としつつ、自身の携わる訪問看護については「8月は多い日で1日10件ほど回ることがありましたが、依頼の数自体は減少しています」と語る。「一時は在宅用の酸素の手配が間に合わないなどといったこともありましたが、効率よく回せるよう、業者や自治体、訪問診療のクリニックや訪問看護師など現場の人々が工夫や交渉を重ねていきました」。

訪問の合間にインタビューに応じてくれた岩本さん

その上で、日ごろから脆弱な立場にある人々の入院や自宅療養をどう支えていくのか、課題はなお残されている。一人暮らしの方や障害を持っている方、その人を介護する方など、要支援者が、入院をしたくても難しい状況に直面することが度々起きてきたという。

「認知症の親御さんと、その介護をされていた50代のお子さん、お二人とも陽性になってしまい、お子さんの方がより症状が重い、というケースがありました。行政から食料などの支援物資が届くのですが、認知症の親御さん一人だと、レトルトの食材を上手く扱えなかったりします。介護する側が入院して、親御さんは施設に任せるとなっても、急な受け入れが難しい状況であったり、それが陽性者であった場合対応できなかったりと、支え合って暮らしているご家族ほど、片方が欠けたら成り立たない難しさがあります。その世帯には毎日食料を買って届け食べてもらうことがその時の僕のやるべきことでした。」

他の一人暮らしの50代の方は、基礎疾患もあり、早急に入院が必要な状態ではあったものの、飼っている犬の世話をしなくてはならず、保健所からの入院の打診を一度は断ってしまったという。しかし状態も悪くなり生命予後に影響があることから、ご本人と話し合い入院の決断をしてもらうことになった。入院を実現させるため、結果的にペットホテルや知人の支援など頼ったがつながることができず、現在は看護師がその犬の世話をしに1日1回訪問をしているという。

岩本さんたちの訪問の際の装備(岩本さん提供)

また、ある一人暮らしの認知症の方は、友人が身の回りの世話をしていたものの、本人も友人も陽性・発症してしまった。「言葉のキャッチボールが難しく、うまく電話に出てくれたとしても保健所として状況や安否を確認するのが困難な状況でした。感染に加えて認知症の症状がある方への支援が必要な場合、それなりに看護師のリソースや安全に過ごしてもらえる環境のある病院でなければ対応できず、入院先も限られてしまうでしょう」。岩本さんたちが自宅を訪れると、排泄物の処理ができておらず、床に横たわり、酸素も外してしまっている状態だったという。食料などの支援物資や酸素飽和度を測る機械も、電話でのコミュニケーションの問題から家には届いていなかったため、食べられるものも足りていなかった。

「都内や千葉県では、各地区でケアが必要な人々へ手分け・連携して即座に支援を開始できるよう、訪問看護ステーション事業者同士の任意の連携グループができ、毎日看護依頼のマッチングなどを自主的に行っています。千葉県の訪問看護ステーショングループでは、一定の地域で外国人の自宅療養者の依頼が明らかに多く、日本語が母語ではない方にどう状況を伝えるかという課題とも向き合っています。ときには保健所が手配した通訳の方と上手く電話がつながなかったりして、スマートフォンにある翻訳機能やアプリを使ってご本人へ説明をしたり体調確認をしたりと、試行錯誤を続けています」

マクロとミクロの視点から

岩本さんが自宅訪問を行っている患者さんたちは、全員ワクチン接種が完了していない方々だという。「ワクチンに対する不安を持っている方もたくさんいらっしゃると思うので、それを解消できるようなコミュニケーションを、政府や専門家会議、基礎自治体など行政のみなさんにも続けてほしいと思っています。変な情報がたくさん出回っていますが、正しい情報に安心してアクセスできるような状況を整え続けていくことが、マクロの視点でとらえた時にとても大切だと思います」。

脆弱な人ほど困難に陥ってしまうことが多い、と岩本さんは改めて現場の実感を語る。「一つ一つの現場で起きている想定外とも思えるようなミクロな事象にも、ぜひ耳を傾けてもらう機会を適宜作ってもらえたらと思います」。

今後、秋にかけて「第六波」の到来も懸念される中、誰がより支援から取り残されがちなのか、現場の声に真摯に耳を傾ける必要があるはずだ。

(2021.9.16 / 文 安田菜津紀)


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