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取材レポート

2022.2.2

「なかったことにしないでほしい」―ネット中傷と、問われるメディアの責任

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

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佐藤 慧 Kei Sato

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安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

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佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

2022.2.2

取材レポート #メディア #人権 #安田菜津紀

「誹謗中傷すら利用して、視聴率をかせぎ、お金儲けをしたのは誰なのか。花や花を大切に思う人だけではなく、現場のスタッフや出演者の方々、誹謗中傷した人やその周りまで、本当に多くの人生を狂わせる番組だったと思っています」

2021年12月16日、木村響子さんは弁護団と共に会見を行い、フジテレビと制作会社である株式会社E&Wを提訴する方針であることを明らかにした。プロレスラーだった娘の木村花さん(当時22歳)は、男女がシェアハウスで共同生活を送るフジテレビの番組『テラスハウス』に出演し、SNSで大量の誹謗中傷にさらされた末、2020年5月23日に亡くなった。
 

2021年12月16日、都内で記者会見に臨んだ木村響子さん(右から二番目)と伊藤和子弁護士(右)。

3月31日 Netflixで、誤って花さんのコスチュームを乾燥機にかけてしまった男性に対し、花さんが憤るシーンが先行配信。SNS上での誹謗中傷が相次ぎ、花さんがリストカット(スタッフはリストカットを把握)。
4月28日  フジテレビの動画配信サービスFODで同シーン配信。
5月14日  YouTubeで未公開動画が公開され、さらなる誹謗中傷が起こる。
5月19日  フジテレビが地上波でも同シーンを放送。
5月23日   花さんが自死。
(*日付はいずれも2020年) 

強い従属関係に置く「同意書兼誓約書」

「本音で言えば裁判はやりたくなかったです。お金もかかりますし、何年かかるかも分からない、心もえぐられます。最初から真摯に番組の問題点や、花が追い詰められた理由を伝えてもらえていたなら、ここまでする必要はなかったと思います」

同会見で、響子さんはこう語っていた。なぜ、負担の重なる裁判に踏み切らざるをえなかったのか。これまで何をフジテレビや制作会社に求めてきたのか。響子さん、そして代理人を務める伊藤和子弁護士に伺った。花さんが生前に大切にしていた品々の写真と共にお伝えする。
 

生前の花さんの写真の前に、響子さんは日々、花を手向ける。


「あの人たち(制作側)は出演者を人間だと思っていない」
「ビンタしろとスタッフからあおられた」

未公開動画がYouTube上で公開された翌日の5月15日、それまで番組について尋ねてもほとんど語ることがなかった花さんが、響子さんにそう漏らしていたという。

フジテレビ側は2020年7月31日に社内調査の検証報告を公表した。そこでは、制作サイドから出演者への「指示、強要」を否定しているが、内輪調査でどこまで不都合があぶり出せるのかは疑問が残る。それに加え、現場で作用するのは、果たして言葉での明確な指示だけだろうか。

花さんがテラスハウス出演にあたって結んでいた「同意書兼誓約書」は、出演者のプライバシーを侵害し、演出・編集を含む撮影方針など全ての指示・決定に従うこと、制作に関連する一切を口外しないことを求める内容だった。違反した場合は賠償金を支払わなければならないことも記載されており、強い従属関係に出演者を置くものとなっていた。

この同意書が出演者の行動に大きく作用してしまうリスクを、伊藤弁護士は指摘する。

「圧倒的な上下関係があると、“提案”、“アドバイス”であっても、出演者はそれに迎合せざるをえなかったりしますよね。その“提案”が若い出演者にとってどういう権力的な意味をもたらすことがあるのか、その認識を欠いたまま、制作側と出演者がさも対等な関係であるかのように扱ってしまうと、番組で起きたことが出演者の自己責任になってしまいます。その背景にはこうした同意書の存在があったと思いますし、人権侵害の構図全体をとらえる必要があると思います」
 

花さんが小さな頃から使っていたコップ。響子さんはキャンディなど、花さんが好きだったものを添えている。

ところが、響子さんが申し立てを行った放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送人権委員会は、2021年3月、この「同意書兼誓約書」について、「自由な意思決定の余地が事実上奪われているとはえない」とした。番組に「放送倫理上の問題があった」としながらも、「人権侵害があったとまでは断定できない」と結論づけたのだ。

BPOの見解は、響子さんにとって到底納得のいくものではなかった。

「同意書は、制作側は守っても、出演者を守るようなものではありませんでした。高額な損害賠償を求める項目もあって、“嫌です”と言い出すことも、心から相談をすることもできないまま、どんどん追い詰められていったのではないかと思います」

響子さんや花さんが力を尽くしてきたプロレスも、エンターテイメントの世界だ。真面目で、空気を読み、先回りして動くことが身に染みついていたであろう花さんが、力関係の中で制作サイドの「意図を汲んで」動こうとしたことは十分に考えられることだろう。BPOの公表した資料によると、花さんに凄まじい誹謗中傷が向けられてもなお、地上波放送に踏み切ったことについて、フジテレビ側は「本件放送を中止して欲しいといった要望はなかった」などと説明しているが、「言い出せない力関係だった」という視点を欠いているのではないか。

「そもそも、最初にフジテレビがきちんと第三者委員会を設置して、何に問題があったのかをしっかり見出して改善策を考えてくれていたら、BPOに訴える必要すらありませんでした。向き合ってほしいと伝えてきましたが、その度に、自分たちの保身を優先したような、誠意のない答えしか返ってきませんでした」と、提訴に踏み切らざるをえない背景を、響子さんは改めてこう語った。
 

花さんがプロレスラーになると決め、練習をはじめたときに響子さんが贈った靴。「履き潰していいよ」と、響子さんは毎年、花さんのプロレスラーとしてのデビュー記念日にレスリングシューズをプレゼントしていた。履き切ったものも、花さんは大切にしていた。

なかったことにしないでほしい

提訴に先立ち、弁護団は昨年8月、改ざんや隠蔽などを防ぐために行う「証拠保全」の手続きを裁判所に申し立て、これが認められたものの、フジテレビ、制作会社のE&Wともに一切の証拠を示さなかった。その後12月には、フジテレビ、E&Wに対し、証拠物提示命令が出されている。フジテレビに対しては、事前予告動画や放映済みの番組録画記録、視聴者からの反響など、E&Wに対しては、未編集動画や編集台本などの提示が命じられたが、両社ともこれも拒否した。

伊藤弁護士は、こうしたフジテレビ側と制作会社の態度について厳しく問う。

「本来は第三者委員会を作って全ての証拠を出すべきですが、それをせず、裁判所の証拠保全手続きの中でさえ、一切出さない、という対応は過去に見たことがありません。それも、放送法の元にあるような事業も手がけるテレビ局がここまで不誠実なことに驚きを感じました」
 

愛用していたペンダントと眼鏡。昨年の会見時、響子さんはこのペンダントをつけて臨んだ。

こうした誠意の見えない対応に、何度となく踏みにじられてきたと響子さんは語る。

「裁判所が命令すれば、少しくらい何か証拠を出してくれるんじゃないかと思っていたのですが、それでも開示してもらえないのであれば、これからの裁判も、絶望に近いものがあります。このままでは自浄作用なく、“視聴率だけ稼げればいい”という番組の作りに拍車がかかってしまいますよね」

これだけモラルのない対応を続ける放送局に対して、何らペナルティがなく、事実上、人権侵害が野放しになってしまっている状況が続いてしまうことを響子さんは危惧する。

「とにかく、なかったことにしないでほしいんです。花のことで、テレビ局ができたはずのことがたくさんあるはずなんです。誹謗中傷が起きる前も後も、それにこれからもあると思うんです。口だけの謝罪ではなく、本当に申し訳ないというのであれば、あなたたちができることを……せめて証拠の開示だけでもしてほしいと改めて伝えたいです」

裁判で背景を明らかにしていくことはもちろん、それ以外にも局側に率先してできることはあるはずだと伊藤弁護士は指摘する。

「再発防止のためには真相究明が必要ですよね。しっかり真実に向き合うのであれば、今から第三者委員会を作ってもいいと思うんです。圧倒的な力関係の中で、若い出演者が視聴率をとるための“捨て駒”であるかのようなことが起きてしまったわけですよね。人の命や安全を蔑ろにして、若い人たちを搾取し、未来を奪うような構造自体を変える必要があります。花さんが結んだような同意書はやめるべきですし、出演者の人権が大事にされるような再発防止策を考えてほしいと思います」

■ 今後想定される裁判での争点
・撮影、編集、配信、放送等における安全配慮義務のあり方。
・同意書兼誓約書など出演契約の問題。
・過剰な演出や、出演者を貶める意図的な編集や制作はあったか。
・花さんが誹謗中傷を受け、リストカットに至ってからのテレビ局・制作会社の対応。
 

ファンからプレゼントされたぬいぐるみを、花さんは枕元に置いていたという。

花さんが亡くなった後、「ネットの書き込みは深刻な問題だ」とこぞって報じていたはずのメディアが、舌の根の乾かぬうちに、矛先を向けやすい人物を見つけ、「ここに叩いていいターゲットがいる」と旗振りを繰り返しきた。それはメディア自身の責任が、十分に省みられてこなかったことの表れではないだろうか。伊藤弁護士が指摘するように、検証なくして再発防止策は成り立たない。時に命を奪うほどの影響を持ちえる放送や配信の責任と、正面から向き合う必要があるはずだ。

(2022.2.2/写真・文 安田菜津紀)

木村花さんの真相究明を求めるサイトはこちらです。情報提供の窓口なども記載されています。

https://kimurahana.com/

 


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