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取材レポート

2022.7.8

誰も拒絶されない、それぞれの可能性を育める社会を――戦時下を生きる少数民族ロマの人々の声(後編)

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

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佐藤 慧 Kei Sato

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田中 えり Eri Tanaka

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安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

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佐藤 慧 Kei Sato

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田中 えり Eri Tanaka

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安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

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佐藤 慧 Kei Sato

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田中 えり Eri Tanaka

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2022.7.8

取材レポート #差別 #難民 #ヘイトクライム #ウクライナ #安田菜津紀 #佐藤慧

2018年6月、アムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウォッチなどの国際人権団体が、共同でウクライナの内務大臣宛てに意見書を提出している(※1)。内容は国内マイノリティなどへのヘイトスピーチ・ヘイトクライム対策についてだ。“愛国心”や“伝統的価値”を掲げるグループによる、性的マイノリティの人々・フェミニスト・皮膚や瞳の色など外見に相違のある人・そしてロマの人々らに対する差別・迫害が過激化しているという。同年4月には、キーウに位置するロマの人々の集住地域が襲撃され、居住テントが燃やされたほか、女性・子どもを含む住民たちが、投石や催涙スプレーなどによる直接的な暴力に晒された。ウクライナ西部の街、リビウで起きた同様の暴力事件では死者も出ている。

(※1)国際人権団体による意見書(ヒューマン・ライツ・ウォッチのHPより)
https://www.hrw.org/news/2018/06/14/joint-letter-ukraines-minister-interior-affairs-and-prosecutor-general-concerning

意見書では、《一連の事件を犯罪として厳しく取り締まらなかった政府の態度は、社会に“このような差別は許容の範囲内”だというメッセージを人々に送ってしまっている》という指摘と共に、早急、かつ厳罰な対処・処罰を求めている。こうした状況は、「差別に基づく犯罪は許されない」という、至極まっとうなメッセージを政府が強く発信しないことにより、かえって差別を容認し、過激化させてしまっているという面で、日本を含む他の国々におけるヘイトクライムの状況と酷似している。

ウクライナ国内では、その後もマイノリティを標的とした暴力事件が相次いできた。そのような状況は、今年2月24日から続くロシアによる軍事侵攻によって、どのような影響を受けてきたのだろうか。
 

すでに“多様”な社会に私たちは暮らしている

「残念ながら、こうした差別は今に始まったものではありません」と、自身もロマにルーツを持つ、ワルシャワ大学人類学教授のヨアンナ・タレヴィッチ氏は語る。
 

支援活動の合間にインタビューに応じてくれたヨアンナ・タレヴィッチ氏。

ロマと呼ばれる人々は、千年ほど前に、現在のインド北西部にあたる地域からヨーロッパに移り住んできた人々だと言われている。各国・地域でマイノリティとして苛烈な差別を受けてきたロマの人々は、ナチスドイツのホロコーストの対象にもなっており、ヨーロッパ全体でその総人口の25%~70%が殺されたとみられている。犠牲者数の幅の広さは、その検証・調査の乏しさの現れでもあり、同じくホロコーストの犠牲となったユダヤ人と比べても、戦後補償や権利回復など、十分に行われているとは言い難いのが現状だ。

ヨアンナ氏は、主にロマの人々に対する差別や社会格差といった問題を改善するために、研究や啓蒙活動・教育などを行う「Foundation Toward Dialogue(※2)」の共同設立者でもある。

(※2)Foundation Toward Dialogue
https://fundacjawstronedialogu.pl/en/

「私たちはこれまで、ポーランドにおけるロマの人々の支援を行ってきました。ポーランドには約3万人のロマが居住していますが、その誰もが十分な生活水準にあるとは、残念ながらまだまだ言えません。もちろん、スロヴァキアやチェコ、ハンガリーといった国の状況と比べると、ポーランドの状況はまだ良好な方だとは言えるでしょう。けれど長年にわたる差別や奴隷化、排除政策、ホロコーストなどの影響は大きく、今でもロマの権利を代表する政治団体はなく、その声に耳を傾ける人々は決して多くはありません」

人口の10%近くをロマの人々が占めるスロヴァキアでは、旧ソ連時代から続く、ロマの女性数千人に対する強制不妊手術を2004年まで継続していたとして、昨年2021年、政府が公式に謝罪している。しかしスロヴァキアをはじめ、チェコやルーマニアなどでは、「Roma Wall」と呼ばれる、ロマの人々とほかの人々の居住地域を隔てる壁が建設されており、国際人権団体からも強く非難されている。

「長年に渡る差別を解消していくには、何よりも“教育”が大切だと私たちは考えています。よく『ポーランドの社会は単一民族国家だ』という言説を耳にしますが、それは虚構です。すでにポーランドには多様なバックグランドを持つ、様々な人々が暮らしており、そうした事実は特に真新しいことではありません」

「まずはそうした基本的な事柄から確認し、学んでいくことで、相互理解の可能性を育んでいきたいと思っています。具体的には、同じく長年差別に晒されてきたユダヤ人の人権団体や、アウシュビッツ・ビルケナウ博物館などとも協働し、学校の教師や生徒たち、警察やジャーナリストなどを対象に、ワークショップを開催しています」
 

かつて多くのロマの人々も殺害されたアウシュビッツ絶滅収容所跡(現・アウシュビッツ・ビルケナウ博物館)。

ロマの人々に対する根強い偏見

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻により、ヨアンナ氏の活動も大きな変化を迎えていた。

「これまでは、前述したようなワークショップなどが主な活動でしたが、緊急時には何よりも人命を救わなければなりません。多くのロマがウクライナから国境を超えてやってきているという情報を耳にし、すぐに緊急対策チームを立ち上げました」

「国際的にも報道されましたが、ポーランド―ベラルーシ国境では、中東から逃れてきた多くの人々が無慈悲にも追い返され、暴力に晒されています。ウクライナからの難民は受け入れる一方で、中東からの難民は排除しているのです。そして同じようなことが、ウクライナから逃れてくるロマの人々の身にも起こりました。残念ながら、難民は平等ではありません……」

侵攻後、ポーランド国境へは多くの方が戦禍を逃れ詰めかけてきた。そうした人々をサポートするNGOやボランティアも国境へと集い、着の身着のまま逃れてくる人々の支援へと奔走した。

「そうした状況の国境から、電話がかかってくるんです」と、ヨアンナ氏は当時の様子を説明する。「ほかのウクライナ難民は、そうした団体のシェルターを利用したり、ポーランド各地まで移動する無料のバスに搭乗したりできるけれど、ロマというだけで断られてしまう――そんな相談が相次いだんです」。

ヨアンナ氏自身、国境で活動するボランティアの人々が、「ロマの人々は売り飛ばすために支援物資を多く持っていく」と、偏見による物言いをしているところを多く目にしたという。「実際には、ロマの人々の多くはたくさんの子どもを抱えており、また、家族の定義も広いので、20人近くがともに暮らしていることもあります。物資を配布していたボランティアの人々は、そうした状況を知らないのでしょう。こうした人々に対するワークショップの必要性も強く感じました」。

ある晩は、避難シェルターへの入室を断られたロマの家族と一緒に、路上で夜を明かしたという。そのシェルターは約2,000人を収容できる大きなシェルターで、中ではロマ以外の人々がゆったりと身を休めていた。「凍えるような夜でした。それでもロマの人々はシェルターの入口前で震えていなければなりませんでした。避難してきたウクライナの人々の中にも、『ロマは犯罪者だ』『物を盗まれる』という偏見は根強いのです」。
 

触れ合える場所で、共に人権を学ぶ

ヨアンナ氏は、仲間たちとともにロマの方々の支援へと奔走したが、次から次へと困難にぶつかることになる。「たとえ資金があっても、『ロマの人にはアパートを貸したくない』という家主もおり、滞在先を見つけるにも苦労しました。また、混乱の最中に逃れてきた人々の中には、公的な証明書を持たない人もおり、そうした人々への法的サポートも急務でした」。

「そしてこれはロマに限ったことではありませんが、戦争から逃れてきた方の中には深刻なトラウマを抱えている人もいます。私たちは、これまでにそうした支援の経験がなかったので、多くのプロフェッショナルの助けを必要としました。これらの活動は、ほとんど全て市民の手により行われたのです。ポーランド政府は、『難民は平等だ』とは言いますが、ロマの人々の置かれている状況を理解していないのです。いえ、理解したくないのかもしれませんが……」
 

ウクライナ南西部、ザカルパッチャ州のロマ居住地域。

侵攻から4ヵ月経った現在は、国際人道支援団体などと提携し、安定したシェルターの運営や法律相談、心理面でのケアも行うことができているという。当面の滞在先を確保できたことは、子どもたちへの教育面でも心強いとヨアンナ氏は語る。

「9月には新学期が始まります。この間学校に通えていない子どもたちを対象に、そのための準備教育も行おうと計画しています。ポーランド語や、英語のクラスも設けるつもりです。そしてこれが何よりも重要なのですが、そのクラスでは、ポーランドのロマ、ウクライナのロマ、そしてウクライナから逃れてきたロマではない子どもたちも、一緒に学べる場にしていこうと思っています。こうして触れ合える場所で、共に人権教育を学ぶことができたら、誰もが拒絶されない、それぞれの可能性を育むことのできる社会の実現に繋がっていくのではと思っています」
 

「差別の空気」に敏感に向き合っていく

「ロマに対する差別がなくならない背景には、ロマ以外の人々に対する歴史教育も大きく影響していると思います。現在ポーランドの公教育の教科書では、ロマの人々がいかにヨーロッパで差別・迫害されてきたかということがほとんど書かれていません。特にナチスによるホロコーストでは、“ロマである”という、ただそれだけの理由で数えきれないないほどの人々が命を奪われていながら、そうした記述は非常に限られています」

2016年には、ホロコーストによるロマの犠牲者を追悼するモニュメントが、何者かにより破壊されている。Office for Democratic Institutions and Human Rights の報告書によると、2016年以降2020年まで、警察による報告だけでも毎年800件以上のヘイトクライムがポーランド国内で報告されている(※3)

(※3)ヘイトクライムの件数
osce(欧州安全保障協力機構)加盟国の報告によるデータだが、「警察による報告」という性格を考えると、政府や社会のヘイトクライムに対する姿勢がその数値に大きく影響を与えていると思われる。隣国のスロヴァキアのデータを見ると、その件数はポーランドより遥かに少ないが、スロヴァキア社会の難民や移民への排他性は国連からも懸念されており、実数は大きく異なると見られる。日本でも、いまだ人種差別を包括的に禁止する法律がないことから、政府によるヘイトクライムの実態調査などが遅れていることが指摘されている。

「また、こうしたマイノリティへの差別は、往々にして政権の都合のよい道具として使われているということも忘れてはならないでしょう」と、ヨアンナ氏は警鐘を鳴らす。

2015年、シリアなどでの戦争から逃れてきた100万人以上の人々が、海を渡りヨーロッパを目指した。その混乱は「欧州難民危機」と呼ばれることもあるが、《そうした「異質」な人々の流入こそが、国内問題の諸悪の根源である》というスタンスで支持を伸ばした政党も少なくない。2019年、ポーランドで行われた議会総選挙で、上院・下院ともに最大得票数を獲得した政党、PiS(法と正義)は、ポーランド・ナショナリズムを強く掲げており、性的マイノリティの人々や、中東からの難民、イスラム教徒などには厳しい排除の姿勢を打ち出している。

「“愛国心”というものは、政府にとってはとても重要なものなのでしょう。けれども“国を愛する”とは、“他者の尊厳を理解しようとしない”ということではありません。先ほども言ったように、ポーランド社会はすでに多様な人々によって構成されています。私たちはそれぞれに違った経験、文化、宗教を持っています。同じ人間なんて存在しないのです。その“違い”を理解し、リスペクトする必要があるでしょう。『違うから』と排除するのではなく、まずは理解しようとする姿勢が大切です。どれだけ国境を強固に閉じたところで、すでに社会はこんなにも多様なんですから」
 

ワルシャワの街中でも多様な人々を見かける。写真は市街地中央の公園のバーに集う人々。

ヨアンナさんは、2年ほどポーランドを離れ、アメリカに滞在していたことがある。その間にポーランドの政権が代わり、帰国してみると、どこかマイノリティの人々への差別や排除が“当たり前の風潮”として社会に漂っていることに驚いたという。

「見た目が“違う”からでしょう。難民危機の直後には、私もバスの中などで『出ていけ!』と怒鳴られたこともあり、当時は公共交通機関を利用できませんでした」

こうした経験を知人に話しても、「気にしすぎじゃない?」と、真剣に取り合ってもらえなかったという。「彼女はブロンドの白人女性で、異性愛者、キリスト教徒と、この地でのいわゆる“マジョリティ”の属性を多く持っていましたから。マジョリティには気付き辛い、かすかな差別の空気というものが、マイノリティとして生きることを強いられてきた側の人間にはわかるんです……」。

ウクライナ危機の影響も続くポーランド社会は、排除と共感の間を揺れ動いている。過去の歴史とどう向き合うか、多様なバックグランドを持つ人々とどう理解を深めていくか、そして、一人ひとりがどのような社会を望み、声をあげていくのか――。それはポーランドやウクライナといった、どこか局所的な課題ではなく、現代社会が全世界的に抱えている問題のひとつであり、誰しもに関係のあることではないだろうか。日本社会の中に漂う「差別の空気」にも、敏感に向き合っていく必要があるだろう。

(2022.7.8/写真 安田菜津紀、佐藤慧 ・ 文 佐藤慧)

 


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2022.7.8

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