ジャーナリストの伊藤詩織さんや、その支援者の人々に対する誹謗中傷ツイート25件に、杉田水脈衆院議員が「いいね」をしたことにより、伊藤さんの名誉感情が侵害されたという訴えに基く裁判が、2022年10月20日、東京高裁で原告の逆転勝訴となった(その後11月2日、杉田氏は判決を不服として最高裁に上告している)。
杉田氏の「いいね」が加害行為だと認められた背景には、杉田氏がこれまでにも再三に渡り伊藤さんへの誹謗中傷を行ってきたという事実がある。ときにSNSで、ときにネット番組や自身のブログで、侮辱行為を繰り返していたことが今回の判決へと繋がった。またそうした行為が、本来であればこのような人権侵害を防がなければならない立場である、現職の国会議員によりなされたことも、その影響力と共に重く受け止められた。
こちらの裁判詳細に関してはライターの小川たまかさんの記事に詳しい。
(参照)杉田水脈議員が敗訴 高裁で「いいね」が名誉感情を害する意図があると認められた理由(Yahoo!ニュース)
https://news.yahoo.co.jp/byline/ogawatamaka/20221022-00320529
杉田氏はこれまでにも度々、人権を蔑ろにする差別発言を繰り返してきた。月刊誌『新潮45』では、「性的マイノリティの人々は生産性がない」などと寄稿、多くの抗議の声があがった。しかし、総務政務官に起用された杉田氏は、その就任会見にて、「多様性を否定したこともなく、性的マイノリティの方々を差別したこともない」と述べ、自身の発言の加害性・危険性を省みた様子は窺えない。
本記事では、前述の裁判により提起された様々な論点の中から、公権力による人権侵害・差別の問題と、この社会に求められているアップデートについて考えていきたい。
「表現の自由」は「加害の自由」ではない
現職の議員による発言や行為を問うもので、似たような事例として、三重県議会で現在検討されている「政治倫理条例の改正案」がある。自民党の小林貴虎県議が、差別や人権侵害にあたるTwitter上の投稿に「いいね」を押していたことが問題となったのだ。小林氏はそれ以前にも自身で差別を扇動するような投稿を行ったり、小林氏に対して公開質問状を送った私人の住所を無断でブログに公開したりと、議員にあるまじき逸脱した行動が指摘されていた。
三重県議会では現在、政治倫理条例第3条に下記を追記するなど、議員による人権侵害行為に歯止めをかける改正案の成立を目指している。
二 人権侵害行為(差別を解消し、人権が尊重される三重をつくる条例(令和4年三重県条例第25号)第2条第3号の人権侵害行為をいう。以下この号において同じ。)又は人権侵害行為を行うことの煽動、第三者の行った人権侵害行為に対する賛成の意見の表明その他の人権侵害行為を助長する行為をしてはならないこと。
(政治倫理条例第3条第2号)
議員の椅子に座っている人物の発言は、公権力による「お墨付き」を与える行為にもなり得る。「信頼できる人がそう言っているのだから――」「国がそういう態度を容認しているから――」と、人権侵害行為が正当化・矮小化され、繰り返し増産されていくきっかけを与えてしまう。
こうした議論の過程で、「たとえ問題のある発言であっても、『表現の自由』の観点から規制するべきではない」という声を耳にすることがある。
「表現の自由」は、たしかに民主的な社会を営んでいくために欠かせないものだ。けれどその「自由」は、決して「無制限」のものではない。特に、尊厳を著しく傷つける誹謗中傷や、少数者に沈黙を強い、排除を扇動する「ヘイトスピーチ」は、その存在自体がすでに他者の「表現の自由」を抑圧している。そうした加害行為・扇動行為に歯止めをかけることは、むしろ正当な「表現の自由」を守るためにこそ必要とされている。
また、そうした行為に対して「差別の意図はなかった」「扇動するつもりはなかった」という言い訳も耳にするが、実際にその行為により被害が生じた場合、意図がどうであろうとその責任は問われなければならない。無自覚な加害者とならないためにも、ヘイトスピーチの持つ「沈黙効果」や「差別扇動効果」などは、議員の席に就く人間として最低限知っておく必要があるだろう。
(参照)現職の議員による差別扇動行為として、東京・中野区議を務める吉田康一郎氏による弊会安田菜津紀をターゲットにした悪質な書き込みについてはこちらをご覧ください。
公権力による人権侵害や差別の肯定
公権力による差別の肯定・扇動に関しては、小池百合子東京都知事による以下のようなケースが問題となっている。
1923年に発生した関東大震災時、「朝鮮人が井戸に毒を流した」などの流言が広がり、軍隊や警察、自警団などの手により、数千人といわれる朝鮮、中国の人々が虐殺された。その後1973年から、墨田区の都立横網町公園では虐殺被害者を悼む式典が行われており、石原慎太郎氏を含む歴代都知事は、毎年その式典に追悼文を送っていた。ところが2017年、小池都知事はこの追悼文を送らないとし、以後現在にいたるまで追悼文は送られていない。
この追悼文の取りやめに対して、小池都知事は2017年8月25日の定例記者会見にて、「追悼文の取りやめは虐殺の事実の否定になるのでは?」という趣旨の質問に対し、下記のように答えている。
「さまざまな歴史的な認識があろうかと思っておりますが、この関東大震災という非常に大きな災害、そしてそれに続くさまざまな事情によって亡くなられた方々に対しての慰霊をする気持ちは、これは変わらないものでございます」
また、同年9月26日の都議会では、虐殺への認識を問われ、「この件は、さまざまな内容が史実として書かれていると承知をいたしております。だからこそ、何が明白な事実かについては、歴史家がひもとくものだと申し上げております」と答弁し、虐殺があったという事実には触れていない。
(参照)小池知事「知事の部屋」/記者会見(平成29年8月25日)
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/governor/governor/kishakaiken/2017/08/25.html(参照)東京都議会会議録 平成29年第3回定例会(第15号) 本文 2017-09-26
https://www.metro.tokyo.dbsr.jp/index.php/6451029?Template=doc-all-frame&VoiceType=al
関東大震災時の虐殺は、政府の中央防災会議の報告書にも記され、多くの研究者により確認されている歴史的事実であるにもかかわらず、それを「さまざまな歴史的な認識」という言葉で包み、「事実かどうかは認識次第」というメッセージを社会に伝えている。
こうした小池都知事の「認識」は各所に波及、または利用され、歴史修正主義・排外主義団体による差別扇動行為の放置(※1)や、関東大震災時の虐殺事件を扱った現代アート作品への「検閲」(※2)などとして問題になっている。
(※1)「日本女性の会 そよ風」は、小池都知事が追悼文の送付を取りやめた2017年以降、毎年横網町公園で行われる朝鮮人犠牲者追悼式典と同時刻・同公園内にて、「慰霊祭」という名目で妨害行為を繰り返している。小池氏は2010年12月、衆院議員時代に同団体主催・「在日特権を許さない市民の会(通称:在特会) 女性部」共催の講演会を行っている。
(※2)「朝鮮人虐殺」を扱うアート作品、東京都が上映取りやめ… 歴史認識に「懸念」小池知事の追悼文問題に言及も(BuzzFeed)
https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/kanto-massacre-art-tokyo
差別に対する意識の欠如
本来であれば、「自由権規約」や「人種差別撤廃条約」に鑑み、国や自治体には差別や暴力の扇動に歯止めをかける責任がある。それをせずに放置することは、単に「何もしない」のではなく、「差別や暴力を容認する態度」として、社会に伝わっていく危険性がある。
そしてその「態度」はすでに、京都府宇治市ウトロ地区での放火事件など、深刻なヘイトクライムを引き起こすまでになっている。最近では、10月4日のJアラート発出に対し、朝鮮学校や生徒に対する暴行、暴言、脅迫などが、少なくとも(8日正午までに)全国で11件発生していたことが報告されており、単に「ヘイトスピーチ、許さない。」というスローガンを掲げる以上の対策が喫緊で求められているだろう。
こうした現状に対し、公権力の椅子に座る人々にはどのような態度・行動が求められるのか。また、私たち一人ひとりには何ができるのか、外国人人権法連絡会事務局次長の瀧大知さんはこう語る。
「まずそもそも、『差別には声をあげなければならない』という意識が、公的な立場にいる人々に欠如している、ということが言えるのではないかと思います」と、瀧さんは現状を憂う。
「津久井やまゆり園で起きた事件(※3)に関しても、当時の首相は何もメッセージを発していません。相模原市でも、初めて市長が事件についてコメントしたのは約3週間後、定例会見でのことでした。そのコメントにしても、『多くの命が失われた許されざる行為』と述べるに留まり、『差別』という文言は用いていません」
(※3)津久井やまゆり園で起きた事件(やまゆり園事件)
2016年7月26日、障害者施設「津久井やまゆり園」で、元職員の手により19人が殺害され、26人が重軽傷を負った事件。事件が起きた相模原市では人権条例の制定を予定しており、現在は条例に規定する内容について人権施策審議会での議論が続いている。近く市長に審議会から答申が提出されるが、ここには前文にやまゆり園事件を「差別に基く犯罪=ヘイトクライム」と記載することが決まっている。(参照)市長コメント(相模原市)
https://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/kurashi/fukushi/1006596.html
「戦後、大戦以降の世界では、“どのように差別を止めるのか”あるいは“差別と戦う”ということが、社会の大きな課題として認識されてきたと思います。例えば、『人種差別撤廃条約』のフォローアップ文章として、『一般的勧告35』があります。そのタイトルは『人種主義的ヘイトスピーチと闘う』というものです。当然、“公人”である政治家は率先して“差別と戦う”姿勢を見せる必要があります。この文書の37項には、公人が差別に対し明確な態度を示すことの意義が書かれています」
37.上級の公人がヘイトスピーチを断固として拒否し、表明された憎悪に満ちた思想を非難すれば、それは、寛容と尊重の文化の促進に重要な役割を果たすことになる。教育的方法と同様に有効なのは、異文化間対話の促進を、文化としての開かれた議論と制度的対話手段をとおして行うことであり、さらには、社会のあらゆる場面で機会均等を促進することであり、これらは、積極的に奨励されるべきである。
(参照)「知ってほしい-ヘイトスピーチについて 使ってほしい-国連勧告を」(国際人権NGO 反差別国際運動/IMADR)
https://imadr.net/cerd_gc35_brochre/
「しかし残念ながら、日本ではそうした前提が共有されていません。非難以前に、公人による差別が堂々とまかり通ってしまっており、『差別は許される』というメッセージが送られ続けています。杉田水脈氏による数々の差別発言をはじめ、杉田氏が反省すら示さずに議員を続けていられる、まして『総務大臣政務官』という役職にまで付けてしまうのは、その象徴ではないでしょうか」
「これは差別の問題だ」と声をあげること
こうした問題に対し、市民一人ひとりには何ができるのか。「声をあげることが何よりも大切」と瀧さんは指摘する。
「たとえば、杉田氏の差別発言が報じられたあと、間髪入れずに自民党本部前でのデモが行われたり、抗議の声が上がったりしましたよね。これがとても大切なことだと思います。明らかな差別発言、差別行為に対し、『それは許されることではない』と、即座に社会が反応すること。そうした差別が誰によって行われるものであっても、ましてや公人によって行われるものには明確に『ノー!』と声をあげることが欠かせません。数週間後、数ヶ月後にやっと指摘するということではなく、差別に敏感な社会であることが大切です」
また、身近なところから社会の仕組みを変えていくことも、差別に抗う大きな力となるという。
「包括的な差別禁止法や政府から独立した国内人権機関の設立などが急務ですが、国という大きな対象のことを考えると、どこか遠くのことに思えることもあるかもしれません。そんなときにまず目を向けて欲しいのが、自分の住んでいる地域、地元の地方自治体です。三重県議会で検討されている政治倫理条例であったり、川崎市の『川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例』であったり、そうした仕組みや条例を、自分の身近なところに導入していく――地方議員の方と話してみたり、メールで要望を伝えてみたりと、声をあげていく。そうした行動も、社会を変えていく効力を持っています」
「補足ですが、『やまゆり園事件』が起きた相模原市でも反差別条例の制定が予定されており、その方向性について審議会での議論が積み重ねられています。もう少しで答申が出ますが、悪質な差別が発生した際に、市が『非難声明』を出すという制度が記載されます。今後、このような仕組みが各地の参考になるかもしれません」
(参照)差別非難声明 市の責務に 相模原市人権条例で制度化議論(神奈川新聞)
https://www.kanaloco.jp/news/social/article-913187.html
「いきなり全てがガラッと変わりはしませんが――」と、瀧さんは付け加える。「条例が成立した川崎市でも、条例制定に向けて議論の進んでいる相模原市でも、何か特別なことを行ってきたわけではありません。市民によるカウンター行動や、地道な要望の積み重ねが社会を変えてきたのです」
差別の問題は、構造的な差別を引き起こすマジョリティ側の問題だ。「声をあげることができる」側に求められている役割について、改めて考え、行動していきたい。
(2022.11.9 / 写真・文 佐藤慧)
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