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「武力で作れる平和はない」―イスラエル出身、ダニー・ネフセタイさんインタビュー

「今、これを知っているイスラエル人はほとんどいないでしょうね」

そう言いながらダニー・ネフセタイさんが指し示したヘブライ語の新聞記事には、思わぬことが綴られていた。実は1998年9月、パレスチナ・ガザとイスラエル最大の商業都市・テルアビブが、スペイン・マドリードで姉妹都市協定を結んだことがあったのだ。記事に添えられた写真には、市長らがにこやかにおさまっている。

「たった25年前に、これができたんです。今こそ表に出すべきではないでしょうか」

埼玉県皆野町で、妻の吉川かほるさんと共に「木工房ナガリ家」を営むダニーさんは、イスラエル出身。木を用いた物づくりをしながら、社会問題や環境問題について声をあげてきた。

夢だったログハウスを手作りし、自然に囲まれた静かな暮らしを得たものの、2008年、ガザへの大規模な空爆が起き、犠牲になった1300人には、多くの子どもが含まれていた。「自分たちだけが静かに暮らしていていいのか」と、活動をはじめた。

今年(2023年)10月7日に起きた、ガザを実効支配するイスラム組織「ハマス」によるイスラエル市民への襲撃を厳しく批判しながらも、「武力で作れる平和はない」「対話を」と呼びかけ続けている。

パレスチナ・ガザ地区は近年の状況だけを見ても、16年に渡って封鎖され、「天井のない監獄」状態に置かれてきた。電気が断たれ、水や食料がじわじわと尽き、200万人以上がまともに生きられない状況に追いやられる中、イスラエル軍による「報復」の地上侵攻が準備されている。今の事態をどう見つめているのか。

ダニーさんの自宅の菜園にて。(撮影:安田菜津紀)


――ハマスによる周辺地域への襲撃を、どのように知りましたか?

イスラエルに暮らす次女から「ハマスがロケット弾を撃ち始めた」と連絡があったときは、日本でいえば年中ある地震のようなものだと思っていました。しかしニュースを追っていくと、イスラエルの一般市民が多数殺害されたことが分かっていきます。甥もハマスに襲撃された音楽フェスに参加していましたし、ガザのすぐ近くに住んでいた妹は、親しい家族をはじめ多くの知人たちが殺害された上、何日かシェルターで寝泊まりをしていました。

今までの考えは、「シェルターのドアさえ閉めれば、爆撃があっても内部は大丈夫」というものでした。ところが今回は、そのシェルターがこじ開けられたり、そこに火をつけられたりということが起き、それは全くの想定外でした。

本来であれば、武力で守れる平和はない、対話に戻ろう、という選択が必要なはずですが、残念ながら「これからのシェルターはより強固なものに」という方向にますます舵を切っていくでしょう。「今度はもっとすごいシェルターを」「今度はもっとすごい爆弾を」となれば、歯止めのきかない、いたちごっこです。

イスラエルのメディアでは、「今までにない優れた武器で安全になる」という話ばかりですが、これは私も子どもの頃から聞いていることです。それも、世代ごとに破壊力も価格もぐんと上がる。人が殺されるだけではなく、環境破壊も益々進むでしょう。「地球に優しい戦闘機」「地球に優しい戦車」はありえません。


――イスラエル軍は地上侵攻にまだ踏み切っていませんが(記事執筆現在)、すでに空爆で多くの命が奪われています。

2008年のガザに対する攻撃で、イスラエルは1300人以上のパレスチナ人を殺害しました。これを肯定すれば、いずれは倍の人数が犠牲にされると思っていましたが、今回は地上侵攻前からすでに約5000人がガザで殺害されていて、私の予測は甘かったということになります。

それでも多くの人々は、口をそろえて「イスラエルは自国を守る権利がある」と主張します。アメリカがそれを応援することは、目新しいことでも何でもありませんが、「アメリカも認めている」と、イスラエルの攻撃を勢いづかせることになります。

2022年に行われたイスラエル軍による空爆の跡地に佇むガザの子どもたち。(Aysarさん提供)


――ダニーさんの周囲からは、今回の事態について、どんな声が届いていますか?

私が付き合っている人たちは、いわゆる左派系の人たちです。しかし今までは「なんとしても話し合いを」と主張していた人の中にさえ、「これからハマスと対話ができるとは思えない」と、ガラッと変わってしまった人がいます。

例えば「中道左派」と呼ばれる人たちもいますが、私は「条件付き左派」という言葉を使うことがあります。つまり、戦争がない時はいくらでも、「戦争反対」と発言しますが、いざ戦争になった瞬間、「今回、ハマスがやったことは、武力で対抗しなければ」と手のひらをかえす。

イスラエルのメディアは軍を讃え、「この家族は全員亡くなった、ここまでの事態は今までなかったでしょう」と、イスラエル市民の犠牲者のことを絶えず報じています。けれども2008年や2014年、ガザへの大規模な攻撃で、ひと家族がみな犠牲になった多くのパレスチナ人たちがいたはずです。しかしそれを、「報復だから仕方がない」と割り切ってしまう。

「殺し方」の問題ではなく、「人を殺すこと」が駄目なんです。爆弾で殺しても、目の前で殺害したとしても、瓦礫の中で自分の赤ちゃんを見つけた母親は、「何という優しい殺し方」とは思わないでしょう。

にも関わらず、「彼ら(ハマス)のやったことはナチのようだ、私たちは本当は殺したくないのに、仕方がない」と完全に開き直る。


――イスラエル軍はガザの人々に、南部への退避を呼びかけており、頻繁に「世界一ヒューマニストな軍隊」と謳われることがあります。

仮にハマスが最新鋭の戦闘機を手に入れ、イスラエルのど真ん中にある空軍基地を攻撃しようとしたとします。その周りに住んでいる人たちにみんなビラを配って避難を呼びかけたところで、「ハマスはなんという人道的な組織だ」とはならず、むしろ「よくもイスラエルのど真ん中を攻撃したな」としか言わないでしょう。

「人道的」という言葉を、私はずっと信じていました。「イスラエル軍は必要以上に人を殺さない」とか、「なるべく無関係の人を殺さないように努力する」とか、これは全部、イスラエル人に向けたプロパガンダです。「私たちは人間、向こうは非人間」、と。

「すごい軍隊」を持っていても、次の戦争やテロは起きてしまう。ただ、地震や津波と違い、それは対話で止められるはずなんです。


――なぜその「対話」という選択を考えられなくなってしまうのでしょうか?

「中東では強い人間が生き残る」というスローガンのもと、何かといえば、こっちが「善」で周りは「悪」、という構図が打ち出されます。この「悪人」から自分たちを守らなければ殺される、と刷り込まれると、誰も殺される必要のない「別の選択肢」を考えなくなってしまうんです。

工房に立つダニーさん。(撮影:安田菜津紀)


――ダニーさんご自身も、1975年から3年間、徴兵制度で空軍に所属していました。

戦争が好きでもないし、平和が一番いいと思っていましたが、入隊することにはまったく疑問はなかったんです。

高校2年生の時から、学校から戻ると、毎日4キロ走り、100回の腕立て伏せ、大きな樹の枝にロープを掛けて手だけで登るトレーニングなどを続けていました。誰から言われたわけでもなく、どこからも強制されていません。ただ、「優れた部隊」に入って、目いっぱい「尽くす」ためには、やっぱり体を鍛えないといけないと考えていました。私が特別なのではありません。そう考える人はいくらでもいました。


――ナチス・ドイツによるホロコーストを経て建国された国がなぜ?という声もあがっています。

イスラエルの教育では、ホロコーストを「二度と許さない」と教えられてきました。600万人がまた殺されてたまるか、というのは当然ですが、「二度とないように人権を第一に据えよう」「とにかく殺し合いをやめよう」ではなく、「強い軍隊を作って自分たちを守ろう」「“私たちは”二度と殺されない」とすり替えられてしまっています。


――ヨルダン川西岸などでは、徴兵されたイスラエルの若者たちが、検問所でパレスチナ人を取り締まる姿を目にします。

18~19歳であれば、普通の社会の中ではまだ「新人」です。ところが武器ひとつで、その年齢で何百人も動かせるようになってしまう。そうすると、その力に「酔っぱらう」んです。

私は空軍所属だったので、検問を通る人々と接したことはありませんでしたが、唯一、それに近いことを、パイロット養成学校での飛行訓練で経験しています。

地上50メートルほどの低空飛行訓練をしていたとき、砂漠の民族ベドウィンが羊を連れているのが見えました。すると後部座席に乗っていたガイドが、「いたずらしよう」と言い出しました。そこで、地上10メートルぐらいまで機体を近づけると、驚いた羊がわっと散っていく。ベドウィンの若者がもう一度その羊を集めるには、何時間もかかることでしょう。

それを見たこちらは、王様にでもなった気分になるんです。


――若くして徴兵され、権力を握ってしまうことにはリスクが伴います。

もし兵役が、大学の後であれば、「今の軍隊はおかしいのではないか」という発想も持てるかもしれない。しかし「いい軍隊」とは兵士が何も考えずに命令に従う集団のことです。だからこそ、高校を卒業したばかりの、「動かしやすい」年齢から徴兵するのではないかと思います。

ヨルダン川西岸地区ヘブロンの「占領地」を巡回するイスラエル軍兵士たち。(撮影:佐藤慧)


――ハマスの襲撃によって犠牲になった人の遺族や、家族を連れ去られた人の中からも、「報復は望まない」という声があがっています。

それはごく少数ですし、発言をするのはものすごく勇気がいるでしょう。実際、そうした人たちは、「裏切者」「ハマスと同じだ」という激しいバッシングを受けています。


――「国」というものに思考をゆだねる危険性も浮き彫りになっています。

「国はそこまで酷いことをやらないだろう」と思ったら、甘い。国家は冷たい計算で成り立っています。例えば日本の水俣病やハンセン病にしても、福島を見ても、政府が考えているのは、どうすればできるだけ賠償金を少なくして、どうやって裁判を逃れられるか、です。


――これから必要なことは何でしょうか?

多くの人は、「ハマスと話し合いができない」と言います。私が小さい頃は「エジプトは話し相手にならない」と言われ、実際ずっと戦争が続きましたが、1979年に平和条約を結びました。過去の戦争で亡くなった人々は、何のための犠牲だったのでしょうか。

それまでは、「こっちはイスラエル人、向こうはアラブ人」「こっちはユダヤ人、向こうはイスラム圏」と隔てられ、この対立は終わらないと言われていましたが、溝は埋まったんです。

これまで明らかになってきたように、誰でも鬼になれてしまうし、ナチスのような人間にもなれてしまう危険性がある。教育のあり方も重要ではありますが、もっと大切なのは、人を殺さなければならない状況を作らないことです。

「武力によって平和は守れない」と語ると、「イスラエルを裏切るのか」「イスラエルの悪口しか言っていない」と批判を受けます。しかし私は、イスラエルの悪口ではなく、戦争の悪口を言っています。ハマスの味方をしているのではなく、平和の味方をしています。

私の発言がイスラエルのイメージを貶めているという人もいますが、むしろ逆で、「皆殺せ」という号令で突き進む戦争によって世界中がイスラエルを嫌うよりも、「まだイスラエルにも冷静な人がいる」ということが伝わった方がいいはずです。私の活動によって、世界中の人が戦争を嫌うようになれば、万々歳です。

1998年に開港したガザ地区内の「ヤーセル・アラファト国際空港(ガザ国際空港)」は2001年から2002年にかけてイスラエル軍により完全に破壊された。(撮影:佐藤慧)

ダニーさんの著書『国のために死ぬのはすばらしい?』では、イスラエルの中で、アラブ人や移民に対する差別意識があることについても指摘されている。イスラエルの軍高官が、「人間動物」という言葉を用いハマスに対する報復を唱えたが、非人間化や差別は、戦争や虐殺に直結する。

ダニーさんは「日本とイスラエルの悲しい共通点は、近隣諸国を見下すことだ」と語った。周辺国を「野蛮な敵」と見なし、防衛費が増長していった先に、結局、人々の暮らしがないがしろにされるのではないかと。

ガザが直面している危機のみならず、背後にある封鎖や占領といった構造的な暴力に声をあげながら、人権に基づく社会基盤を足元から築けるのかも、問われている。

ダニーさん宅を拠点に立ち上げられた「原発とめよう秩父人」では、「脱原発カレンダー」を発行しています。

夢だった自作のログハウスの前にて。(撮影:安田菜津紀)

(2023.10.24 / 安田菜津紀)

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