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インタビュー

2023.12.14

「生きる価値がないと決めつけ、排除する」ではない社会を――優生保護法問題とは何か(大橋由香子さんインタビュー)

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

田中 えり Eri Tanaka

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安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

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佐藤 慧 Kei Sato

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田中 えり Eri Tanaka

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安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

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佐藤 慧 Kei Sato

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田中 えり Eri Tanaka

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安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

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佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

田中 えり Eri Tanaka

田中 えりEri Tanaka

2023.12.14

インタビュー #人権 #差別 #女性・ジェンダー #安田菜津紀

1948年に成立した優生保護法の下、障害のある命は「不良な子孫」とみなされ、その出生を防止することを目的として、同意のない不妊手術が行われてきた。2018年以降、全国各地でその不妊手術を強いられた人たちが国へ賠償請求を求める裁判を起こしてきた。

「優生保護法問題の全面解決をめざす全国連絡会」は11月、正義・公平の理念に基づく判決を求める3万人分の署名を最高裁判所に提出。最高裁は6件の上告審について、15人の裁判官全員で判断する大法廷での審理を決定している。

「全面解決」に向け、何が求められているのか――。同会共同代表、大橋由香子さんに聞いた。

2023年9月、優生連最高裁宛100万人署名のキックオフ会見で。右側が大橋由香子さん。前に立ててある本は、大橋さんたち「優生手術に対する謝罪と求める会」が編集した『優生保護法が犯した罪』。(撮影:安田菜津紀)

 
――優生保護法はどんな法律だったのでしょうか?

日本が戦争に負け、空襲で各地が焼け野原になり、食べるものも家を建てるための材木もない中、侵略した先々から引揚げてくる人々もたくさんいました。戦争中は兵隊となる人口を増加させるため、「産めよ増やせよ」と中絶も避妊も禁止されていたのが一転して、今度は人口を減らそうとするようになりました。そこで1948年に作られたのが優生保護法です。

この法律にはふたつの目的がありました。

ひとつは中絶によって人口を減らすことです。当時は中国からの引揚げの際、ソ連兵らに強姦され、日本でも占領軍であるアメリカ兵との間でいわゆる混血児を妊娠した女性たちもいました。当時の言葉で言う「大和民族」の「質」を下げてはならないという意味でも、人工妊娠中絶を許可していきます。

もうひとつが、「不良な子孫」の出生を防止することです。人口を減らすと言っても、「質の悪い人間」が増えて「逆淘汰」が起きては困る――そのため、「不良な子孫」に子どもを作らせないよう、不妊化を強制・強要します。

こうして人口の「質」と量をコントロールするための法律が、優生保護法でした。

 
――不妊手術の被害実態は、どこまで把握されているのでしょうか?

この法律の下では、本人の同意がなくても、強制的に不妊手術ができました。厚生省(当時)の通達では、身体を拘束したり、麻酔薬を使ったり、欺罔(ぎもう)、つまりだましてもいいのだと各自治体に通達しています。そうした人たちが約1万6,500人、記録として残っています。これが審査による強制不妊手術です。一方、医師の認定による優生手術もあり、それが約9,000人と言われています。つまり統計に残っているだけで、約2万5,000人、そのうちの約7割が女性です。

既に関係している書類の8割から9割が廃棄されていますが、残っている資料からだけでも、9歳の女の子が手術された記録が残っています。

今から27年前の1996年、優生保護法が母体保護法に変えられた時点では、まだ関係書類が残っていたはずです。その時にきちんと実態調査をしなかったので、その後、都道府県も国も資料をどんどん棄ててしまいました。

 
――被害の実態を把握することができない理由は、ほかにどんなことが考えられるのでしょうか?

自分の受けた手術が、優生保護法に基づいたものだと説明されず、そのまま亡くなってしまう方が多かったこともあります。結婚する直前に、親族や職場の上司、社長などに病院に連れていかれ、健康診査かと思ったら、不妊手術をされていた、というケースも、聴覚障害の方では多くあります。

また、「劣った人間だから」「悪い存在だから」という態度で扱われ、屈辱的な思いの中で手術を受けるわけですよね。そのため、非常に悔しく悲しいことでも、人には言えないのだと、心の中に押し込めて、諦めてきた人たちもいます。

各地で裁判が行われてきましたが、原告の何人かも、当初は法律によって手術されたとは知らず、「施設にさせられた」「親がやった」と、ずっと自分の親を恨んでいたという方が多いんです。

たとえば東京原告の北三郎さん(仮名)は、児童自立支援施設にいた時に手術をされたので、施設に入れた親を恨んでいました。2018年1月に仙台で裁判が起こされたことを新聞で知り、それで初めて、「自分の手術は優生保護法という法律によるものだったんだ、国がやったことなんだ」と気が付いたのです。

2023年9月、優生連最高裁宛100万人署名のキックオフ会見で発言する北三郎さん。(撮影:安田菜津紀)

 
――この法律の存在自体が問題であることはもちろん、運用も非常に杜撰であったことが指摘されています。

「不良な子孫」という曖昧な言葉は、いくらでも拡大解釈ができてしまいます。優生保護法には「別表」として、障害や病名のリストがありますが、そこに当てはまらない人も手術されています。

たとえば仙台の原告、飯塚淳子さん(仮名)の場合は、お父さんが病気がちで生活保護を受け、お母さんが働き、長女の彼女は妹や弟の子育て・子守りをしていました。お母さんの仕事を手伝っていたので、どうしても小学校、中学校を休みがちでした。そして中学3年になる時、急に知能試験を受けさせられ、知的障害ということにされてしまいます。

中学を卒業したあとは、住み込みのお手伝いの仕事をしていたのですが、16歳の時に、なんの説明もなく病院に連れて行かれたんです。

戦後の日本国憲法になってからなぜこんなことが、と今は思いますが、当時は、優生手術は「国民の質を上げるためのいいこと」「福祉の予算を節約するために必要なこと」とされていました。各都道府県が優生手術の件数を競うような状況下で、「別表」にある病名や障害名に当たらない人も、ターゲットにしていったということが現実にはあると思います。

 
――2019年の4月に、被害者に対して一時金を320万円支払う一時金支給法ができています。

厚生労働省の管轄だったのが、2023年4月から母子保健課がこども家庭庁に移管になり、そのサイトに一時金の支給者数が出ています。2023年10月末時点で認定件数が1076件だけ、女性が782人で男性292人です。分かっているだけでも手術を受けさせられた人たちは2万5千人いるので、支給はそのごく一部に留まっています。また、支給の期限は、この法律施行交付の日から5年間としているので、2024年4月末までです。一時金法の全面見直しが必要だと私は思いますが、最低限でも期間の延長は必須です。ところが今国会でもその改正はありませんでした。

 
――なぜここまで申請が少ないのでしょうか?

自分が受けた手術についての説明を受けておらず、そのまま亡くなってしまう人たちもいると思いますが、同時に、優生保護法が間違った法律だったという国からのアピールが圧倒的に足りないと思います。

当時は適法、合法だった――。だから謝罪もないし、調査もない、障害者差別にあたる法律は変えたのだからもういいでしょう……というのが、残念ながら1996年以降の日本政府の態度です。

一時金支給法も、前文の「われわれはそれぞれの立場において真摯に反省し」の「われわれ」は、国なのか、国会なのか、誰なのかも曖昧です。

優生保護法が、「憲法に反する人権侵害」で、被害に遭った人はその名誉や尊厳が失われたということが専門家にも市民にも伝わっていない。だからこそ、仮に「私の手術も優生保護法によるものだったんじゃないか」と思っていても、「そんなこと言ったら、また差別される、劣った人間として扱われるのでは」と、なかなか声を上げられないでしょう。こうしたことも、一時金支給法の申請をする人が少ないことの大きな要因ではないかと思います。

2022年10月、優生保護法全面解決をめざす10・25全国集会で。(撮影:安田菜津紀)

 
――優生保護法のもとで不妊手術を強いられた人たちが、国への賠償を求めて裁判を起こしています。

2018年1月に、初めての裁判が起こされました。知的障害を持っている、15歳で不妊手術をされた佐藤由美さん(仮名)のお兄さんの妻が、手術の資料の情報開示請求をしたら、証拠が残っていたんです。

以降、報道を見て色んな方が声を上げ始め、原告となったのは38人、そのうち5人が亡くなっています。みなさんが共通しておっしゃるのは、「私の身体を元に戻して」「私の人生を返して」、ということですが、残念ながら元に戻すことはできませんよね。せめて、「国はちゃんと謝ってほしい」、「二度と同じことが起きないようにしてほしい」というのが、原告のみなさんの思いだと思います。

 
――仙台高裁では判断が分かれています。女性2人が国に賠償を求めた裁判では、今年6月、原告敗訴の一審判決を支持し、原告の控訴を棄却。一方で10月25日、宮城県内の男性2人が国に損害賠償を求めた訴訟では、国の敗訴となる判決が出ました。

その他の裁判でも、優性保護法が憲法違反であることは、ほとんど共通しています。ただ、被害から20年以上経ってしまっているため、いわゆる「除斥期間」の壁をどう越えるかということが、ひとつの争点でした。

佐藤さんと飯塚さんの裁判では、飯塚さんに対し、「優生手術に対する謝罪を求める会」と一緒に活動していたのであればもっと早く裁判を起こせたはずだ、と判断されてしまいました。佐藤さんに関しては、お兄さんの妻が、結婚した19歳の時に、義理のお母さん、つまり佐藤さんの実のお母さんから、手術をしたと聞いていたのだから、そこから20年以内に裁判を起こすこともできたはずだ、というのです。でも、結婚してすぐに、どんな手術だったのかを姑さんには聞けないですよね。

判決は、障害者への差別を、裁判官が理解できてないと思わざるをえないものでした。手術について知ったからといって、裁判を起こせるでしょうか。

当時、知的障害をもっている佐藤さんのお母さんが何かの用事で役所に行くと、「今度は何がほしくて来たんだ」と言われるような雰囲気があったそうです。福祉を「施し」と見るような時代に、裁判という手段を考えることは困難です。

それに対して、千葉広和さんと、80代の男性の裁判では、20年という除斥期間の適用は、国の権利の濫用だという判決でした。同じ仙台高裁で、裁判官が違うことによってこんなにも判決が変わっていいのでしょうか。

 
――最高裁の判断にはどんなことを期待しますか。

すでに原告のうち5人が亡くなられていますし、他の何人かの原告が、「国は私たちが死ぬのを待っているのか」とおっしゃっています。裁判を起こせていない被害者がたくさんいます。一日も早く、名誉と尊厳を回復する、正義と公正にもとづく判決を、最高裁には出してほしいと思います。同時に、国や政治家には、なるべく早く、原告たちの命があるうちに、きちんと会って謝ってほしいです。

2022年10月、優生保護法全面解決をめざす10・25全国集会で。(撮影:安田菜津紀)

 
――私たちはこれから、どんなことを解決していく必要があるでしょうか。

ひとつは、私たち自身がどういう社会で生きていきたいのか、ということです。何かができないとか、能率が悪いとか、遅いとか、障害があるとか、病気があるとか、人と違うとか、そうした人は価値がないと差別される――それが優生保護法だったわけですね。

でも、そういった生きづらさや困難を抱えている人たちは、周囲の助け、支える制度など、合理的な配慮があれば、日常を営めるかもしれません。何かが「できない」人たちには生きる価値がないと決めつけ、排除する社会は怖いし、私はそういう世の中で暮らしたくたくないです。誰でも苦手なことがあるし、歳をとればできないことが増えていきます。

もうひとつは、子どもを産むか産まないか、そもそも誰を好きになるか、結婚するかしないかというのは、一人ひとりが決めること、選択することなんです。セクシュアリティも含めて、性と生殖に関する健康・権利(SRHR)です。これを侵しているのが優生保護法でした。上から目線で、こういう人間は増やして、こういう人間は減らすと決めつけ、そのために、主に女の人の身体を使ってコントロールする――この人口政策は、優生保護法が母体保護法に変わっても、堕胎罪とともに続いています。産むか産まないかを一人ひとりが決められる社会を実現しなければ、優生保護法問題は解決しないと思っています。
 
静岡地裁で今年(2023年)2月23日に勝訴した宮川辰子さん(仮名)の裁判は、国が不服として控訴したため、12月5日に東京高等裁判所で第1回期日がありました。宮川さんは体調が悪く裁判にはいらっしゃれないのですが、以前、彼女の言葉にハッとしたことがあります。

「私は健康で病気はありませんでした。結婚式の前、30歳で手術を受けました。何も説明なく、親に身支度するように指示され、10日間入院しました。医者も親も口がパクパクしていただけで手話がないから、何も分からなかった。おなかの傷が痛くて苦しかったですが、帯を巻いて着物を着て、身内だけで結婚式を挙げました。」
 
優生手術は、本人が健康になるための手術ではなく、不妊化という暴力であること、耳が聞こえない宮川さんから見れば、手話や筆談で伝えようとしないで、口をパクパクしているだけの周囲は(私も含め)いかに傲慢かということ。

伝え合い、理解し合い、対話できるのためにどうしたらいいのか、これからも考えていきたいです。

*2024年1月26日に大阪高裁判決、3月13日には熊本裁判の福岡高裁判決が出ます。署名も1月末に最高裁に第2次提出を予定(最終集約は3月末まで)。

署名や、各地での裁判については、優生連のホームページ参照。

【プロフィール】
大橋由香子(おおはし・ゆかこ)

フリーライター・編集者。著書『生命科学者 中村桂子』(理論社)『満心愛の人―フィリピン引き揚げ孤児と育ての親』(インパクト出版会)、共編著『福島原発事故と女たち』(梨の木舎)ほか。光文社古典新訳文庫サイトで「字幕マジックの女たち:映像×多言語×翻訳」連載中。「避妊・中絶への自己決定権を求めて」『世界』2023年4月号など執筆。「SOSHIREN女(わたし)のからだから」「優生手術に対する謝罪を求める会」メンバー。2022年5月に発足した「優生保護法問題の全面解決をめざす全国連絡会」共同代表。エトセトラブックスWEB連載「あの本がつなぐフェミニズム」

※本記事は2023年11月8日に放送されたRadio Dialogue、『旧優生保護法問題とは何か』を元に加筆・編集したものです。

Radio Dialogue_135
「旧優生保護法問題とは何か」
(ゲスト:大橋由香子さん|安田菜津紀・佐藤慧 2023年11月8日配信)

 

(2023.12.14 / 編集 安田菜津紀)
(書き起こし協力:塩見春乃)

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2023.12.14

インタビュー #人権 #差別 #女性・ジェンダー #安田菜津紀