【イベントレポート】「取材報告会-D4P Report vol.1-イラク・シリア」(2020.4.12)
4月12日(日)、「取材報告会-D4P Report vol.1-イラク・シリア」をYouTubeLiveにて配信しました。Dialogue for Peopleの取材報告会を配信形式で実施するのは初めての試み。第一回目となる今回は、イラク、シリアをはじめとする中東地域の取材報告を行いました。当日は250名近くの方々にご視聴いただき、報道されることの少ない現地の人々の声を共有し、ともに考える時間となりました。
複雑な歴史を紐解いて
報告会は、中東の歴史的な背景を説明するところからスタートしました。中東地域の「国境線」は直線的なものが多いのですが、それは世界大戦下で結ばれた大国による条約に基づき、恣意的に引かれたことによります。こうした人々の声を無視した国境線が、現在のシリア紛争や、民族が分断されてしまう状況、IS(過激派勢力”イスラム国”)の勃興などの一因になっていると佐藤、安田は指摘します。
「イギリスやフランスなどの大国が、国益のために恣意的に国境線を引いてきてしまったことで、3,000万人以上いるクルド人が国境によって引き裂かれてしまいました。これにより彼らは、各国の中で“マイノリティ”となってしまい、迫害・差別を受け、政治的に利用される状況が生まれてしまっているのです」(安田)
現地に行くことで見えてくるもの
シリア取材報告の冒頭では、佐藤自身が中東に関心を持つようになったきっかけについて語りました。
「大きなきっかけのひとつが、2001年に起きたアメリカ同時多発テロ事件でした。戦争が起きる、という恐怖もありましたが、それ以上に、テロ行為を行った人々を“悪魔のような”と形容する報道が増えたことに違和感を覚えました。“私たちとは違う、敵なのだ”と。テロ行為はもちろん許されることではありませんが、いったい何が彼らをその行為に駆り立てたのか。生まれた瞬間から“悪”である人間などいるのだろうか。そんなことを考えているうちに、実際にそこにいる人々と“会って話をしたい”と思うようになったんです」(佐藤)
その後、戦争が始まる前のシリアの姿から、空爆で破壊された町、戦禍により大切な人を失った人々のエピソードを、写真や映像とともに伝えました。
かつてISが「首都」としていたシリア北東部の街、ラッカでは、アメリカが主導する有志連合軍が、「解放」の為の大規模な空爆を行い、同時にクルド人中心の地上部隊が侵攻、街を奪還しました。人々に話を聞いていくと、ISの統治も恐ろしいものでしたが、「解放」を名目とする空爆も凄まじく、実際に多くの人々が亡くなったそうです。たとえ解放のためであったとしても、空爆により怪我を負ったり、命を奪われたりする市民にとっては悲劇でしかありません。こうした事実は、現地に行かなければ見えてこない部分でもあります。
勾留されているIS兵へのインタビュー映像に続いて、佐藤はこう語ります。
「個人の抱える苦しみや痛みを、自己責任とみなす考え方が日本にもあります。本当は社会が抱えなければならない問題を、個人に背負わせてしまう。貧困や自殺の問題も根本は繋がっていて、それが様々な社会背景の中で、武装勢力に取り込まれるという結果に至ってしまう場合もあるのだと思います」(佐藤)
*ISに関する取材の詳細は、D4P公式YouTubeチャンネルより取材報告『Voice of People』をご覧ください。
『Voice of People』
人々の辿ってきた道から浮かび上がるイラクの現状
昨年から続くトルコのシリア侵攻により、シリア国内だけではなく国外に逃れる人々も多くいます。シリア北部とイラク北部はクルド人居住区でつながっており、国境を越えて一万人以上のクルドの人々がイラクへと避難しました。安田がイラクで出会った8才の少女、サラちゃんは、シリア国内で空爆によって兄を失い、自身も大けがを負いました。
「世界の人たちに伝えたいことはある?と尋ねたときに、初めてサラちゃんが言葉を発してくれました。『わたしたちは何も悪いことしてないのに。だからもうこんなことやめてって“大きい人たち”に伝えて』と。子どもにはどんな勢力がこの争いに加わっているのかなんて分からないから、戦争を始めた権力を持つ人を“大きい人たち”と表現するしかなかったと、お母さんはおっしゃっていました。なぜ子どもたちにそうした思いをさせてしまったのか、なぜ止めることができなかったのか。私たち大人一人ひとりにも投げかけられていると思います」(安田)
日本を思う「ハラブジャ」の人々
クルド自治区が制定される以前、イラク北部では、クルドの人々が厳しい迫害に晒されていました。1988年、ハラブジャという町では、フセイン政権により化学兵器が使用され、約5,000人が亡くなったといわれています。このハラブジャという町には「Heroshima(広島)通り」という名の道があります。大量破壊兵器により大切な人々を失ったハラブジャの市民が、原爆により同じく多くの人が犠牲となった広島の人々への追悼と、平和への祈りを込めて名付けたものです。毎年8月には、この通りで原爆犠牲者への追悼集会が行われています。
「化学兵器により、24人もの家族、親類を失ったサイードさんは、『私たちが広島、長崎を想うように、日本からも私たちの平和を祈ってほしい。こうやって世界中に友達を増やしていくことで、自然と敵は減っていくのではないか』とおっしゃっていました。これまでの取材を通じて、遠いと思われがちな地から、国籍、国境を越えて祈りを捧げてくれる人々に数多く出会ってきました。しかし私たちは、それと同じくらい日本から平和を願えているのでしょうか。そんな問いも突きつけられているように思います」(安田)
*ハブラジャでの取材レポートはこちら
イラクの「広島通り」化学兵器攻撃を受けたクルドの人々
COVID-19の影響は
また、時事的なところで、新型コロナウイルスの感染拡大は、この地域にどのような影響をもたらしているか、現地からのインタビュー映像も紹介(YouTube番組「Global Interview」)。中東におけるその状況と対策について、イラクのクルド人自治区とシリア北東部から報告をお届けしました。
*これまでの『Global Interview』はこちらからご覧頂けます。
再生リスト
遠い地の「平和」を想う
最後に「人々の日常編」と題し、深刻な問題だけではなく、中東の人々の温かな心や生活の営み、中東地域ならではの食事や礼拝の様子なども紹介しました。
「イスラームは平和を祈る宗教。温かいイメージを日常の写真から感じて頂けますと幸いです」(安田)
今回の配信では、リアルタイムで視聴者からの質問も受け付けました。その中で、「二人にとって“平和”とはどのようなものですか?」という質問も頂きました。
「たとえ戦時下ではなく、砲弾が飛んでこない状況だとしても、明日の目標を抱くことができない、生活がどうなるか分からないという絶望の中で生きている人がいる限り、平和とは言えません。明日に恐れを抱かない状況が“平和”なのだと思います」(安田)
「詩人・宮沢賢治の言葉に「ほんたうのさひわひ」というものがあります。この言葉が示す通り、世界の中で誰か一人でも苦しんでいれば、それは本当の平和とは言えません。平和や幸せは誰かひとりの物ではなく、みながそう思えるような状態であること、それが“平和”だと思います。大きな話のようにも聞こえますが、自分自身の身近な人の幸せを祈ると同時にその友人たちの幸せも祈る。そうして人の輪が広がっていくことで、結果的に世界中すべての人にとって過ごしやすい社会になっていくのではないでしょうか」(佐藤)
「中東取材中、友人たちはよく『自分たちを本当に苦しめているのは、世界が自分たちに無関心であることなんだ』と言います。こうして多くの方々が本日の配信にご参加下さり、コメントを寄せて頂いたことも、シリアやイラクの友人たちに伝えていきたいと思います」(安田)
今回のイベントは時勢の変化により、配信という形で実施しましたが、遠方に住む方々にも参加していただき、またリアルタイムで皆様のコメントに反応することが出来るなど、視聴者のみなさまとのつながりを強く感じるものとなりました。
国内外での取材が難しい状況が続いていますが、Dialogue for Peopleでは、今だからこそできることを考え、活動を続けてまいります。世界を覆うCOVID-19の惨禍が、一刻も早く収束することを願うとともに、より良い社会を築くために、みなさまと一緒に考えていけましたら幸いです。
ご視聴頂いたみなさま、誠にありがとうございました。
(文:阿部育子/監修:佐藤慧)
▼当日の動画のアーカイブはこちら(画像をクリックしてご覧ください)
次回配信のお知らせ
■ 【YouTubeLive配信】 D4P Report vol.2「D4P×JAR 世界難民の日 食を通して伝える難民の声」開催のお知らせ[2020.4.24]
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