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Interview

2020.5.12

後藤正文さんインタビュー『今という現在地から見る過去、未来』(後編)

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

2020.5.12

Interview #Yasuda #Sato

ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル&ギターを務め、新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める後藤正文さんに、「今という現在地から見える過去と未来」についてインタビューを行いました。自然災害や、世界規模の環境問題、国家という境界線と、それぞれの自由と権利、そして現在猛威を振るうCOVID-19まで、思索し、行動するひとりの人間としての後藤さんにお話を伺いました。(前編はこちら
 

 

深く根付いた「自己責任論」

佐藤:「難しさを諦めない」ということと同時に、「急な変化を求めない」ということも大切なことではないかと思います。例えば5年10年では、社会全体で大きく動いた気がしなくても、小さな変化が100年後の社会には大きな変化をもたらしていることもある。そうした視座も必要ではないでしょうか。

後藤:そうですね。でも、急激に変わってもいい人たちもいると思います。膨大な富を蓄積している、「1%」と呼ばれるような人たちが、急激に「99%の側」に行くのは悪いことじゃない。99%の側が、ものすごい急激に、ドラスティックに変わらなければいけないというのは大きな影響が出てしまいますが。富の集中をやめるだけで色んなことが変わると、単純にそう思います。

佐藤:そこにシステムというものを生かせればいいんですけどね。行き過ぎた富の集中や相続は、公金に還元するとか…。

後藤:そういった富の集中を支持している人たちというのが、別にその富にあやかっている人じゃないという不思議さもありますよね。「そんなことしたら競争が成り立たないだろ」とか、これはもう「信仰」のようなものだと思います。そういうレベルのことを話しているわけではないのに、難しいですよね。いかに「自己責任論」みたいなものが、みんなの心の中に深く根付いてしまっているのかということを痛感します。今やマスクひとつ作るにも、その生産のために必要なものをすべて考えていったら外国からの輸入は欠かせません。自分たちだけでやっていこうと思ってもできないわけです。それなのに、そうした製品、原材料や労働力を担っている国を見下すような人たちがいる。

佐藤:個々人の中に、「無意識な奴隷制」があるのかもしれないですね。自分を成り立たせるために、「この人たちだったら踏みつけてもいい」という。それは自分の中にもあるかもしれないという自戒を込めながらですが。顔の見えない誰かを〇〇人とか、〇〇教だとか、大きなレッテルで語ってしまう。それがSNSのような巨大な言語空間に氾濫することで、より実態とかけ離れた憎悪を膨らましてしまっている気がします。

後藤:自分より弱い人を踏みつけるために、この現在の奴隷制みたいなものを支持してしまう人がいるということですよね。それはもちろん誰しもの心の中にあって、「生産性を上げる」などという言葉で、収奪を行ってしまったり、その対象となってしまう。そうやって収奪されている部分に関しては、本当はみんな怒っていいんだと思います。(COVID-19に対する)10万円の給付なんかで納得する必要もないですし。

佐藤:その10万円は政府から「貰う」ものではないですからね。元々それぞれが払ってきたものなわけで。そこを履き違えると、なんとなく「10万円貰えてありがたい」と、主従関係をつくってしまうようで危うい気がします。

後藤:収入のない人であっても、消費をすれば10%の消費税を取られてますからね。もちろん、確実に税金を集めるためのシステムなのだと思いますが、フェア(平等)っていう言葉を履き違えているんじゃないでしょうか。それは税金に限らず、他のことでも言えることだと思いますが、例えばどこかの入場料で1000円払う。その1000円というのがどの程度の重みを持ったものなのかということは、人それぞれの収入や生活スタイルで違うわけですよね。それが遊園地の入場料ならまだしも、医療とか生命に関わる問題になってくると、1000円持ってない人は排除するということになりますよね。一律同じ値段っていうのは全く平等ではない。

高架下で暮らす少年たち。後発発展途上国と呼ばれるザンビアでは、国民の半数近くが貧困ライン(1.9USD/日)以下の生活を送っている。

生きてていいし、食べていい

安田:その10万円給付の件にしても、たとえば外国籍の人に給付するのかしないのかといったことで、「すべきではない」と発言した議員の方もいます。その時に、それに対する反論として、「いやいや、外国人だって納税してるんだから」ということが言われたりもしていたのですが、それも危うい論理だと思うんですよね。日本にいる外国人の中には、「労働する権利」が奪われてしまっている人もいる。日本国籍を持っていても、何かしらの事情で納税が難しい人だっているわけじゃないですか。「国からサービスを受けたかったらまず納税をしろ」というのは、権利と義務を履き違えた乱暴な論理だと思うんですよね。だから生活保護に対するバッシングも起こってしまう。

後藤:権利に対する考え方って、日本はめちゃくちゃ遅れてると思いますよ。人権なんて、国会議員でもちゃんとわかっている人が少ないと思う。「まず義務を果たせ、権利はその対価だ」と。でも人権ってそういったものじゃありませんよね。「人として元々持っている権利があります」ということを社会の基本にして進歩していきましょうっていう「考え方」じゃないですか。そこはもっと色んな人が議論しなきゃいけないところですよね。あなたは生きてていいし、食べていいんだよって。なんなら僕は、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」って書かれているんだから、月に1本映画を見たりとか、アルバム3枚買うとか、それぐらい考慮されてもいいんじゃないって思います。それにあたりまえのことですが、国籍の違う人も「人間」です。〇〇人だから助けなくてもいいって、おかしいですよね。凄く狭い想像力の中でしか人権を考えていない。海外で自分がそういう立場になるなんてことを考えていない人は、ましてやシリアのことなんてまったくわからないでしょうね。「そういう国が悪いんだ」とか、「そこで生まれた人は気の毒だけど、しょうがないよね」って。「そんなことはない!」と僕は強く思います。

安田:そういうことを言ってしまう人というのは、脆弱な立場にいる人々への想像力が及んでいないのかもしれません。たとえば、今回の10万円給付に関しても、原則として世帯主の口座への給付ということになりました。DV被害を受けている人に対する救済策として、住民票の住所と異なる場所で暮らす人の場合、世帯主とは別で給付を受けられる措置もありますが、そもそも「逃げられない」から苦しんでいるDV被害者の方々も多いと思うんですよね。それを「家庭内の問題だ」「そんなことまで主張するな」というのは、今おっしゃられたシリアの問題に対する見方と同じような気がします。

後藤:そうですね。どこを「家族的な領域」として囲うかっていう話だと思います。国とか家族という領域。僕の個人的な意見としては、そういった領域というのはもっともっと個に分解していくべきだと思っています。DV被害を受けている人の中には、家を出るだけで緊張するとか、役場で待ち伏せされてたらどうしようっていう人もいるのではないでしょうか。子どもを救うための給付が、親に勝手に使われたりとか、そういうケースもあり得るわけです。もちろん、全部完璧にやろうというのは難しいことなのかもしれませんが、そこからこぼれたときのために、セーフティネットをちゃんと張っておく。子ども食堂なんかにしても、割とボランティアに任せているじゃないですか。でもそういった活動を行っている人も、ちゃんと報酬をもらうべきだと思います。政府はそのためにお金を使う必要があるのではないでしょうか。

そういうところを疎かにしていると、「子ども育てるの厳しいよね」という人が増えるのは当たり前ですよね。国は経済だけに注視して、ただ単に金が回っているからいいというのではなく、もっと具体的な「豊かな社会」というものをイメージできるようにしていくべきだと思います。「安心できない」っていうのは、人間肌身でわかるじゃないですか。株価が上がればみんな安心して暮らしていけるかといったらそういうものでもない。そういった(経済成長という)ストーリーの中でこぼれてしまうのがDVとか家族の問題なんだと思います。

2017年にアメリカ合衆国大統領に就任したトランプ氏は、自国の利益を最優先とする「アメリカ・ファースト」を掲げた。

誰の真似をしなくてもいい

佐藤:人間の権利、人権って、科学的に解明したり、数字で表せるものではないじゃないですか。どんな電子顕微鏡でも宇宙望遠鏡でも見えるものではない。権利、人権というのは、自明の理ではなく、「世界観」だと思うんですよね。人間が、どうやったらより良く生きれるだろうかということを考えたときに、「こういう世界を目指しましょう」という、ひとつの軸として据えているものだと思うんです。不安定性、流動性というのはどんな方向にでも進めるという点では非常に優れた状態ですが、そこに軸がなければ、やはり人は欲望や憎悪など、弱い方向に進んでいってしまうのではないかという危惧があります。

後藤:教育が重要な部分を担っていると思います。そういった哲学とか思想というものはやっぱり必要なものなのに、そういう大学はいらないという風潮が高まっているじゃないですか。人文系の大学を減らしていくと。でも、科学を回転させているのは哲学や思想だと思います。それらは電力のような直接的なエネルギーにはなりませんが、どこに向かうかを決めるハンドル。そこを疎かにしてはいけない。だから小学生のうちから、人権というものについて考えていく必要があると思います。学校が果たしている役割って、やっぱり大きいですよね。それは概念的な話というより、たとえばフェスなんかを見てても、みんな凄い統制がとれているのを感じます。それを無批判にできてしまうことに、何かこう、本当の「重たさ」みたいなものがある気がしています。自発的にみんなと同調して、でも、そこに同調できない人を自然と排除する。それは育っていく過程のどこかで習得したことだから、「訓練が済んでる」ということかもしれないですよね。

大衆音楽の現場で起きていることは、社会で起きていることと、どこか写し鏡のようになっている部分があると思います。フェスの側が、「ダイブ禁止」とか、「〇〇禁止」っていうルールを厳しくつくることが当たり前になっていて、それを破った人に対して「何やってんだ!」と高圧的にモノを言う。それも直接的ではなくネットを介してだったり。何かがこじれている感覚っていうのは、ここ数年フェスの現場でもずっと感じていたことです。でも、例えばみんなで一斉に手を振る人たちに対して「なんでそんなことやってるの?」っていうと、「私たちは好きで手を振ってるんです」って怒られる(苦笑)。それを「自由がない」とか人に言われる筋合いはないって。でもそれはそうだなとも思うんですよね。だから言い方を変えてみたんです。「誰の真似もしなくていい」って。そうしたら止めたんですよね、みんな、手を振るの(笑)。

言い方を変えることも大切ですが、やっぱりこう、不安だと真似してしまうんだと思います。「本当の自由」と言われるとみんな困ってしまうけれど、「誰の真似をしなくてもいい」という考え方だったり、みんなのマインドを解きほぐしていく必要はあると思います。それをどこからやっていくのかというのは難しいことですが…。でも全部繋がっているような気がします。文学や映画に「学園もの」が多いのも、何かこうしたことと関係があるのかもしれません。

安田:学校に通っているということが「正解」であるかのような風潮に、疑いがなくなっているということもあるような気がします。

後藤:別に不登校でもいいですからね。行かなきゃいけないわけじゃない。もちろん本来の義務教育は、「教育を全ての人に」とか、「子どもたちを児童労働から守る」という意図もあったと思いますが、実際には富裕層はいい学校に行けてとか、格差はあるわけです。今回の新型コロナウイルスで、色んな綻びが見えてきましたよね。オンライン教育をしようにも、全部の家庭にインターネットあるわけじゃない。未だにプロバイダ料金も高額で、公共インフラにすらなっていません。

安田:ヨルダンでは今回の件で、学校に行けない子どもたちのために3つのTVチャンネルをつかって学校の授業を配信したりしてますし、難民キャンプ内でもそれが実践されています。テストは教育省のサイトにアクセスして受けているとのことでした。課題はあるにせよ、教育の機会を途切れさせないための取り組みが続いています。

後藤:それは凄いですね。そうやって教育を受けられることが、将来の社会の力になっていくわけですよね。日本にはそういう視点が欠けてるんじゃないでしょうか。「国家百年の計」なんて、誰も考えてないのかもしれない(苦笑)。今やっていることの答え合わせなんて、10年も20年も先のことじゃないですか。今学んでいる人が、将来どうやって社会の力になっていくかとか。そこに力を注いでいくことが本来の投資だと思います。年金を株式に突っ込むことじゃなく…。

ヨルダンの子どもたちは、COVID-19により外出が厳しく制限される中、教育省が準備した3つのTVチャンネルに配信されている授業を見ている。

誰かが先導するのではなく、みんなで話し合っていく

後藤:未来にベットするのはとても大事なことですよね。今から20年とか30年先の人達から見て、今の自分たちの生き方はどうなのだろうという、そういう視点を持ってないといけないと思います。「あの時何も言えなかったのは恥ずかしいことだったんじゃないのか」っていうような。もちろん僕もたくさんの失敗を来ましたが、若い世代に恥の無い生き方をしていきたいと思います。そういう観点って、欧米とかだと、「宗教」によって成り立っている部分もあるでしょうね。

佐藤:宗教という、人類が善を目指す「世界観」を発明しましたよね。日本ではそれをGDP成長という数字に置き換えて、その先に幸せがあるという世界観をつくってきましたが、それはとても脆いものに過ぎなかった。それは果たして僕らが選んだのか、たまたまそういう方向に進んで来てきまったのか、それを今立ち止まって考える必要があるように思います。

後藤:お金を信仰しちゃったんですよね。資本主義という名の世界観を。そういう根本からみんなで考えていかなければならないと思います。でもまだ全員で考えている状態ではないですよね。そういうことを疑問に思う人が増えてきたという段階。これが一定数を越えてくると、たぶん何か新しい考え方とか、どこかから出てくる気がします。別に自分がそれを先導する必要はなくて。でもみんなの中に、「あれ、おかしいぞ?」と思う人がポツポツと増えていくと、それがパッと繋がって、新しいスイッチが入る気がします。だから今は、助けられるところは助け合いつつ、「なんかおかしいよね?」ってみんなで話していくことが大切なんじゃないでしょうか。解決策なんてそんな簡単にわかるものではないですからね。でもこうやって話せるだけで勇気を貰うし、「オレの友達も、やっぱりおかしいって言ってたよ」って人に言えるのは心強いですよね(笑)。仲間いるんだって思えるのは凄い大きなことだから。こうやってひとりずつ話していくのは大事だと思います。

(インタビュー 佐藤慧/安田菜津紀)

PROFILE
後藤正文。1976年静岡県生まれ。 ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル&ギター。新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める。インディーズレーベル『only in dreams』主宰。


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