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取材レポート

2020.6.8

新型コロナ報道を考える -こころとからだを守るためにー

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

田中 えり Eri Tanaka

田中 えりEri Tanaka

2020.6.8

取材レポート #医療・ケア

連日、新型コロナウイルスの新規感染者数や、集団感染などに関するニュースが続いています。全国で緊急事態宣言が解除され、少しずつ日常が戻りつつあります。しかし、世界的に見ると、1日の新規感染者数が10万人を超える日が続いており、既に第二波と思われる感染拡大の見られる地域もあります。新型コロナウイルスが「差別」や「分断」を生まないようにするために、今考えたいことを3つのテーマに分けてお届けします。


 

年齢や県境などの「境界線」が生むリスク

■ 「理解しにくい」他者を非難しない

「若者」や「高齢者」といったような特定の世代を指す表現を用いて、外出自粛が呼びかけられることがあります。感染リスクは年齢によって差がありますが、外出自粛の必要性はどの年代にも適用されるのではないでしょうか。
まるでその世代のほとんどの人が外出自粛をしていないかのような印象を与えるニュースが発信されると、SNS上では、その世代全体を「非難」しているように感じる言葉が飛び交います。例えば、渋谷を歩いている若者の「私は若いから新型コロナウイルスに感染しても大丈夫だと思う」というインタビューが放送された場合、「若者が外出するから感染が拡大するのだ」と非難する人が出てきます。そういった非難を口にする人々がターゲットとするのは、大抵の場合「自身の含まれていない世代」です。自分は外出自粛をしているのに、自分以外の世代は外出自粛をしていないから悪いんだという、正義感に基づいた非難になってしまいがちです。一方で、しっかりと外出自粛をしている人は、街頭インタビューを受けることはなく、ニュースとして伝えられることもありません。ニュースで扱われない部分を見落として、「自身の含まれていない世代」を非難することは、世代間の分断を煽ってしまう可能性があるのではないでしょうか。

医師で作家の鎌田實氏は「いま、新型コロナウイルスの感染拡大につながる行動をしているのは若者だけではありません。新しい未知なるウイルスとの闘い方がわからず、誰でも間違えてしまうことはあります。若者のみに風当たりが強まる理由は、多くの人々が他者を非難することで、自らの恐れやストレスから逃れようとしているせいです。非難する対象は、どうしても世代が違い、理解しにくい相手になりがちです。だから、年配者は若者がライブに行くことに憤り、若者は年配者がナイトクラブやバーに行くことに疑問を抱くのです」と話します。
[朝日新聞 感染の若者に「ご苦労様と言おう」 2020.4.20]

ウイルスの実態や危険性がはっきりと把握されていない以上、他者を巻き込むリスクを軽視し、不要不急の外出を繰り返す行為は慎むべきでしょう。けれどそれを、「世代」という集団の責任であるかの如く語ることには、世代間に溝を生む危険性があるのではないでしょうか。

■ ウイルスに県境はない

連日、新型コロナウイルス関連の報道が続き、都道府県ごとの新規感染者の発表が恒例となっています。現在、新型コロナウイルスの陽性者が出ていない唯一の都道府県が岩手県です。
5月5日、岩手県は、現在一部の店舗や施設を対象に実施している休業要請を、5月7日以降延長しないと決めました。

[日本経済新聞  岩手県、休業要請延長せず 県民の外出自粛は継続 2020.05.05]

写真:東日本大震災 の震災遺構に指定されている旧陸前高田市立気仙中学校校舎。自然災害もまた、年齢・県境に関係なく襲ってくる。(写真:塚原千智)

特に、新型コロナウイルスの陽性者がいなかったり、少なかったりする自治体における、命を守るための感染対策と生活を支える経済活動のバランスが問われています。しかし、もし感染した人間が移動すれば、人間の決めた自治体の境界線など関係なく、簡単に新型コロナウイルスの感染が拡大していきます。

たとえ住む地域や訪れたい場所の感染者数が少なくても、感染拡大の危険性がないことが明白になるまで、人との接触を避けること。これがウイルスに県境をまたがせない一番の対処法ではないでしょうか。

■ 根拠のない「安心」に惑わされないで

「私の年齢では、新型コロナに感染しても重症化しにくい」「私の自治体では、感染者が少ないから安心だ」と思い込み、外出自粛を緩めて、他人との接触を増やす人が増えれば、すぐに第二波がやってくるでしょう。自身が居住する地域の日々の新規感染者数に一喜一憂せず、感染予防策をしっかりと講じることが、私たち一人ひとりに求められているのではないでしょうか。

〈参考〉
岩手県の相談状況・遺伝子検査状況(PCR検査)

〈関連リンク〉
首都圏から帰省していた妊婦の受け入れを、岩手県の2つの県立病院が新型コロナウイルスの感染リスクを理由に断った。県医療局は「救急の患者で、医療を提供すべきだった」として、対応の見直しに乗り出している。
[朝日新聞 破水した妊婦の拒否は「誤った判断」 対応見直す岩手県  2020.04.25]

 

新型コロナウイルス関連の数値

■ 「新型コロナウイルスの感染者」の数はどのように報道されているか?

東京都は5月11日、過去の新型コロナウイルス感染者数の集計で、保健所から計111人分の報告漏れがあったと発表しました。これとは別に35人分が重複して計上されていたこともわかりました。[読売新聞 都の感染者数集計で報告漏れ、保健所から計111人分…重複計上も35人分 2020.05.11]感染者の数はどのように集計されているのでしょうか。
ポイントとなるのは、検査実施日、検査結果の確定日、保健所から都道府県知事に発生届が提出された日が、検査した場所によって異なる点。連日報道される新規感染者数は、都の場合「保健所から発生届が提出された日」が基準で、実際にその日に検査結果が出て陽性だった人数とのずれが生じています。「検査結果の確定日」は、当日の数値が時々刻々と変化し、把握しにくいため、「保健所から発生届が提出された日」が基準となっていると考えられます。この数値の仕組みを認識しておかなければ、「今日は新規感染者数が10人だった。少なくてよかった。」などと、気持ちの緩みにつながってしまいかねません。

写真: 日々様々な数値が更新されるが、その数値の意味をきちんと考えることも大切。(東京都新型コロナウイルス感染症対策サイトより)(写真:佐藤慧)

■ 陽性率とは何か?

どれくらいの方が新規に新型コロナウイルスに感染しているか?は気になることですが、「どれだけの検査を行ったうちの新規感染者数なのか」という点に注意しなければ、その数値を正しく理解することはできません。「陽性率」はPCR検査を受けた人の中で、陽性だった人の割合を指しますが、集団感染の発生や、曜日による検査件数のばらつきにより日々の結果が変動するため、都では、過去7日間の「検査結果の判明日」を基準として、陽性判明数の移動平均を(陽性判明数+陰性判明数)の移動平均で割ったものを陽性率として算出し、公開しています。この陽性率が高いかどうかは、感染が拡大しているか収束しているかの一つの指標となります。
しかし、臨床検査には「感度」というものがあり、必ずしも100%、陰性、陽性を判断できるわけではありません。感度とは、感染者に検査をして、正確に陽性という結果が得られる割合です。初期の検査では陰性でも、後日陽性と確認された患者等の検討により、新型コロナウイルスに対するPCR検査の感度は高くても70%程度とみられています。感度が70%だとすると、感染者100人に検査した結果は、陽性が70人、陰性が30人になります。この30人は「偽陰性」です。正しく検体(検査の材料)を採取できなかったり、検体を採取した場所にウイルスが排出されていなかったりすると、ウイルスに感染していても偽陰性になります。検査結果を基に算出した「陽性率」は、あくまでも「目安」であることに注意が必要です。

ここまでの二つの数値に関する話を総合して考えると、新規感染者数と陽性率の集計の基となる数値が違うことがわかります。「今日の感染者数」「今日の陽性率」といった目に見える数値のみに注目し、一人ひとりの気持ちが緩んでしまうことは、感染拡大の「第二波」に繋がる可能性があります。
多くの数値や複雑な専門用語を前にすると、誰かの「ことば」に頼る方が楽なことのように思えるかもしれません。しかし、その「ことば」たちを紐解いてみると、実ははっきりしていない点が多数あることに気づきます。
日々流れてくるニュースの全てをじっくり考えることは難しいかもしれません。しかし、社会が考えることをやめたとき、様々な差別や分断が生まれてしまうことに鑑みると、日々のニュースも自分で言葉や数字の意味を調べ、自分なりに考えることが私たちに求められているのではないでしょうか。

〈参考〉
感染症法に基づく医師の届け出のお願い 厚生労働省
(※参照:1全数把握 指定感染症 (1)新型コロナウイルス感染症/届け出基準[PDF形式:697KB](p1,p124-125))
新型コロナウイルス感染症のPCR検査の陽性率・陽性者の発生動向について 東京都福祉保健局
東京都の新型コロナウイルス対策サイト

〈関連リンク〉
新型コロナウイルス感染速報 (日本における新型コロナウイルスの感染情報速報サイト)
朝日新聞 新型コロナ検査、どれくらい正確? 感度と特異度の意味 2020.03.23

 

🔎さらに詳しく!キーワード紹介

キーワード①「対策病床使用率」
現在患者数を新型コロナ対策病床数で割った数値。新型コロナウイルスの院内感染を防ぐために、感染している人の治療は、新型コロナ対策病床で行われる。医療現場がどれほど入院患者に対応できているかの一つの指標となり、「医療崩壊」リスクの見積が可能。
COVID-19 Japan 新型コロナウイルス対策ダッシュボード Code for Japan 新型コロナウイルス対策プロジェクト

キーワード②「感度」「特異度」「陽性的中率」
臨床検査では、本文中で触れた「感度」以外に、「特異度」という指標も存在。特異度とは、感染していない人に検査をして、正確に陰性という結果が得られる割合。新型コロナウイルスは99%以上(推定)と高い特異度。つまり、偽陽性(感染していないのに誤って陽性になること)は少ないと考えられている。
陽性的中率は、検査で陽性となった人のうち、本当に感染していた人が何%いたかを示すもの。しかし、感度、特異度が同じでも、実際に感染している人がどのくらいその集団に含まれているかによって、陽性的中率の値が大きく変わる。
[日刊ゲンダイ PCR検査「陽性率」「陽性的中率」意味を知っていますか? 2020.05.01]

 

「恐怖」に支配されないために

■ 患者・医療従事者などへの偏見と差別

インターネット上で患者のプライバシーを暴いたり、報道された患者の行動を批判したりする事例が相次いでいます。また、治療にあたる医療従事者などの感染リスクが高いとされる職業に就く人や家族に、心無い発言を浴びせたり、保育所などが利用を拒否したりするケースも起きています。また、外出をしている人や営業を継続する店に対し、抗議する「自粛警察」と呼ばれる行為もみられます。

このような批判は、自分の心の中にある「正義」や、自粛の続く「ストレス」、そして感染への「恐怖」から生まれてくるのではないかと私は思います。「正義」というものは、誰にとっても絶対に正しいというものではなく、その人の立場や価値観によって変わるものです。相手の意見を尊重せずにそれを押し付けることは、ときに「暴力」となり人を傷つけてしまいます。言葉の暴力は、相手の心を深く傷つけ、癒えない傷となることもあります。差別や批判で溢れた社会になることを防ぐには、自分の「正義」や「価値観」が絶対的なモノではないことを意識するとともに、他者の価値観を尊重することが大切ではないでしょうか。自分の中にある不安を、他者への批判で解消しようとするのではなく、世の中に溢れている情報を冷静に判断し、突発的な感情に振り回されないようにことが、私たち一人ひとりに求められています。

■ 心を健康に保つために

写真: 少し工夫すると、自粛生活にも彩りが加わるかもしれない。私にとって、ベランダのミニひまわりの成長は、毎日のちょっとした楽しみだ。(写真:塚原千智)

思うように外出ができず、心が落ち着く場所で会いたい人に会えない日々が続いています。ただ毎日を過ごすだけでもストレスがたまってしまい、なんとなく、気持ちが落ち込んでしまう日もあるでしょう。
新型コロナウイルスの正体は依然として不明なところが多く、その特効薬・ワクチンの作り方が分からない今、恐怖や不安をあおるような情報ばかりが目に留まりがちです。しかし、そのような情報ばかりを入手し続けると、心が疲弊し、いずれ耐えられなくなってしまうかもしれません。
心を健康に保つためには、自分が得た情報がどれくらい信頼できるものなのかを自ら考え、新型コロナウイルスを「正しく」恐れることが大切なのではないでしょうか。

〈関連リンク〉

読売新聞 「コロナ差別なくす報道」新聞協会・民放連が声明…山中教授らの要望受け 2020.05.22
NHK 行き過ぎた「自粛警察」“感情のコントロール心がけて” 2020.05.19
「ウイルスの次にやってくるもの」 日本赤十字社
高知新聞 社説【「自粛警察」】正しく恐れているか 2020.05.18

 

(執筆:Dialogue for People インターン 塚原千智 / 校正:佐藤慧)

※本記事は2020年5月、Dialogue for PeopleのFacebookにて連載した「新型コロナ報道を考える」を加筆・編集したものです。


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