緊急避妊薬へのアクセスは人権の問題、それを阻んでいるものは? 「緊急避妊薬を薬局でプロジェクト」共同代表、遠見才希子さんインタビュー
新型コロナウイルスの感染拡大後、若い女性たちから望まない妊娠についての相談が増えていることが指摘されています。こうした中、緊急避妊薬の薬局での入手を実現する市民プロジェクト、「緊急避妊薬を薬局でプロジェクト」は7月、加藤前厚生労働大臣に対し、要望書と6万7千人分の署名を提出しました。なぜ、緊急避妊薬をよりアクセスしやすいものにしていく必要があるのか、要望書を提出した「緊急避妊薬を薬局でプロジェクト」の共同代表であり、産婦人科医の遠見才希子さんに伺いました。
―望まない妊娠に関する相談が増えていることが指摘をされています。
NPO法人ピルコンに寄せられている相談の内、10代の妊娠・避妊に関する相談は、新型コロナウイルス感染拡大以前は月10件ほどでした。ところが感染拡大後は、月40件ほどと、4倍に増えています。こうした相談と向き合いながら、「ステイホーム」するということ自体が安全でない女性、子どもたちがいることを痛感しています。例えば13歳や14歳でも、家庭の中で親、兄弟から性虐待を受けているケースがあったり、母親の彼氏から性暴力を受けているケースの相談もあります。
また、長期間の休校に伴って、子どもたち、中高生たちだけで過ごす期間が増えたということも一因ではないかと思います。初めてのSEXの経験をしたり、そこで避妊が不十分だった行為があって心配になったり、という声もありました。ただ、外出自粛が呼びかけられている時期に、性の問題を起こしてしまうことが悪いことだと思ってしまい、誰にも言えない、という子もいるのではないかと考えています。悩みを抱えていても、相談さえできない子どもたちもいるのではと感じています。
そして寄せられた声の中では、緊急避妊薬が使えるタイムリミットが過ぎてしまい、既に妊娠したかもしれない、生理が遅れてしまっている段階での相談も目立ちます。
―性に関する知識が十分に共有されていない、ということも背景にあるのでしょうか?
私は15年ほど性教育の活動に携わっていますが、日本では性の問題全般が遅れている現状があります。緊急避妊薬を手に入れづらいこともそうですし、女性主体の避妊法の選択肢が普及していません。新型コロナウイルスが世界中に広がる中で、WHOや国際産婦人科連合、海外の産婦人科学会などは、こうした状況の今こそ、避妊や家族計画に関するアクセスを「基本的な人権」として確実にするべきだという趣旨の声明を発表しています。緊急避妊薬に関しても、OTC(Over The Counter)化、つまり薬局販売を含めてアクセスを確実にしなければならないという提言が、コロナ禍で改めて発表されています。それに対して日本もアクションして欲しいということで、今回の署名提出に至りました。
―この緊急避妊薬がどんなものなのか、改めて教えて頂けますか?
緊急避妊薬は、避妊が不十分だった性交渉から72時間以内に飲むことで、主に排卵を抑える、遅らせる薬です。性交渉で精子が膣や子宮に入ってくると、その精子は5日ほど生きます。その間に女性が排卵をすると、受精して妊娠する可能性があるので、その排卵を遅らせる作用のあるホルモンのお薬です。なので、性交渉からなるべく早く飲んだ方が効果が高いんです。
緊急避妊薬の妊娠阻止率というのは85%ほどといわれています。24時間以内に内服すると95%、ただ72時間経過すると58%に低下するというデータもあります。緊急性の高いものなので、少なくとも24時間以内にアクセスできるシステムは作らなければならないと思います。
避妊が不十分だったケースはどんなものがあるかというと、日本で最も多いのはコンドームが破れてしまったとか、外れてしまったというコンドームのトラブルです。それ以外にも低用量ピルの飲み忘れ、腟外射精、性暴力被害にあったなど、様々な理由や背景があります。“性暴力被害の人は早く手に入れた方がいいけど、それ以外の人は安易に使ったら困る”、とアクセスを良くすることに疑問を投げかける声も耳にすることがあります。ですが、どんな理由であれ、意図しない妊娠を避けるためになるべく早く飲みたい、妊娠を避けたいという気持ちは同じですので、理由で差別することなく、当たり前にある選択肢のひとつとして緊急避妊薬を薬局で入手できるようにすべきだと思います。
―手に入れるに当たっての費用や副作用なども、気になる方が多いのではないかと思います。
今ある緊急避妊専用薬は2011年に認可されたものです。これは従来のものと比べて、副作用はかなり少なくなっています。数パーセントの方に吐き気が起こるというデータもありますが、嘔吐はほとんどありません。安全な薬だからこそ、世界中の薬局で販売されています。
値段に関しては、海外と比べると凄く高いです。保険が効かない自由診療として扱われていて、自費で大体、1万円から2万円位です。その背景には、“悪用を避けるため”、というような意見があったとも聞きます。ただ現実としては、高価であるために、もっと安く手に入れられるSNSやアプリ、インターネットの個人輸入の業者を通して買える海外のジェネリックなどが出回っています。ただ、正式なルートで入手したものでない場合、安全性が担保されていなかったり、万が一副作用が出た際に、国の救済対象外になってしまったりすることがあります。薬を入手するために診療が必要な場合は初診料もかかってしまうので、受診を必要とせず薬局で買えるようにする、ということで費用も下げられるのではないかと思っています。
―今の制度で、緊急避妊薬を手に入れたい場合、どのような手続きが必要なのでしょうか?
厚労省のサイトに、緊急避妊薬を対面診療で処方出来る医療機関の一覧が出ていて、24時間365日対応の病院なども掲載はされています。今は対面診療以外にオンライン診療も認められ、選択肢が増えるということ自体は良いことなのかもしれません。ただ実際はまだオンライン診療自体が普及してないのが現状です。入手するためには主に産婦人科を受診して、直接医師と話して、性交渉の時の状況、月経の周期について問診をとって処方されます。中には目の前で飲んでもらう、という方針の、先生もいます。
▼緊急避妊にかかる対面診療が可能な産婦人科医療機関等の一覧(厚生労働省)
―目の前で飲んでもらうというのはなぜなのでしょう?
昨年のオンライン診療解禁にあたっての議論でも、必ず医師や薬剤師の目の前で面前内服するという要件がついてしまったんです。早く飲むほど効果が高いため、急性のアレルギー反応が出ないか見るため、という考え方もありますが、一番は悪用や転売を避けるため、というのが理由だと思います。
―悪用や転売のリスクは、緊急避妊薬だけに限ったものではないですよね。
本当にその通りで、悪用、転売してはいけない、というのは全ての薬に言えることです。なぜ、緊急避妊薬だけ特別視するのか、そこには医療者側の安全を重視した「パターナリズム」(※父権主義。医療の世界では、意思決定が医師中心となり、患者に選ぶ機会を与えないことなどを指す)が少し表れているのではと感じざるをえません。
―他国では状況が大きく違うと聞きます。
薬局で緊急避妊薬が買える、というのは約90ヵ国で認められている選択肢です。中には無料配布している国や、学校の保健室でもらえる国もあります。意図しない妊娠を避ける、健康を守る、という人権という視点でこの薬をとらえているのだと思います。アクセスする権利が全ての女性にある、という国際標準に照らし合わせて、日本の現状も今こそ変えていくべきだと思います。
―日本で実現するための壁になっているものは何でしょうか?
例えば、「性教育が遅れている状況で、緊急避妊薬だけ手に入れ易くすると悪用される」「性が乱れる」といった声が背景にはあると思います。ただ、性教育が大事だということは長年議論されてきたはずなのに、国としてしっかり取り組んでこなかった現状があるんですよね。なので、「まずは性教育が先だ」という議論をしてしまうと、薬局でのアクセスが可能になるまで、あと何十年かかるか分からないと思うんです。その間にも、困っている方、この薬にたどり着けず人生が大きく変わってくる方もいるはずです。もちろん、性教育は性別問わず誰にでも必要なものですが、その進み具合に関わらず、緊急度の高い薬へのアクセスを考えるべきだと思います。
それから、日本では男性用のコンドームで避妊する方が凄く多いんですね。ただ、低用量ピルとか、子宮内避妊具などの方が避妊の効果は高いんです。例えば、ピルの認可が世界から40年遅れたりと、色んな根深い問題が背景にあって、それらが中々普及していません。海外を見てみると、他にも避妊の注射やインプラントなど色んな選択肢があります。性教育も5歳頃からカリキュラム組んで、包括的にやっていく国もあります。ただ、そういったバックグラウンドがある社会であっても、アフターピル、緊急避妊薬へのアクセスは確保されているんです。つまり、性教育がいくらしっかり行われていたとしても、そして避妊法の選択肢が充実していたとしても、“万が一”は誰にでも起こりうる、ということなんです。
―WHOも、緊急避妊薬へのアクセスが良くなることで、性的な問題行動は増加しない、としています。NHKのニュース番組に出演した日本産婦人科医会の前田津紀夫副会長が、「日本では若い女性に対する性教育、避妊も含めてちゃんと教育してあげられる場があまりにも少ない」「“じゃあ次も使えばいいや”という安易な考えに流れてしまうことを心配している」と発言し物議を醸しました。こうしてまだ、偏見が根強く、女性だけの問題に矮小化されがちです。
安易に使ってしまう人が増える、という意見は必ず出るのですが、これを手に入れたいと思う人は“安易”な気持ちでいるのか、ということを想像して欲しいです。困っている人の目線に合わせて制度を変えていくべきではないかと思います。
例えば緊急避妊薬は、1ヶ月の内に1回だけではなく、複数回使用してしまったことがあっても健康被害は報告されていません。飲んだ後に排卵が遅れてくる、つまり妊娠しやすい時期が来るので、翌日から低用量ピルを飲んで、効果の高い避妊を継続する方法もあります。そういった適切な情報提供でカバーできるところは沢山あると思うので、教育が行き届いてないから駄目、ということではないと思うんです。性教育と両輪で、薬の特性などの必要な情報を、性別問わず伝えていくことが大切なのではないでしょうか。
あの番組での発言が話題になったことで、この問題を初めて知った、という大人の方もたくさんいらっしゃると思うんです。性の問題って、大人も十分に教えてもらってこなかったし、知らないまま大人になって、子どもたちにどう伝えていいか分からない、という方も少なくないと思います。妊娠って男性も女性も関わる問題ですし、当事者は決して若い女性だけではないんです。
―私たち一人ひとりが、この問題とどう関わっていくべきでしょうか?
性ってすごく脆弱性のあるもので、誰でも被害者になるかもしれない、加害者になるかもしれない、当事者になるかもしれない、という問題だと思います。偏見を乗り越え、「自分も関わるかもしれない」という気持ちを持って、関心を持つことから始めていただければと思います。現在(2020年9月)も署名を集めていて、国の政策を決定する立場にある人に声を届けますので、ぜひ、ご協力いただけると嬉しいです。
【プロフィール】
遠見才希子(えんみ・さきこ)
緊急避妊薬の薬局での入手を実現する市民プロジェクト共同代表/産婦人科専門医1984年生まれ。神奈川県出身。2011年聖マリアンナ医科大学卒業。「えんみちゃん」のニックネームで全国700カ所以上の中学校や高校で性教育の講演活動を行う。亀田総合病院、湘南藤沢徳洲会病院などで勤務。現在、筑波大学大学院社会精神保健学分野に在籍し、性暴力、人工妊娠中絶に関する研究を行う。
▼署名:アフターピル(緊急避妊薬)を必要とするすべての女性に届けたい!
(聞き手:安田菜津紀 / 2020年8月19日)
(書き起こし協力:永瀬恵民子)
※この記事はJ-WAVE「JAM THE WORLD」2020年8月19日(水)放送「UP CLOSE」のコーナーを元にしています。
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