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2020.12.4

「ヒーロー」の出現を待望しないこと

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

2020.12.4

Essay #Yasuda

 

昨年(2019年)の今日のことです。アフガニスタンで活動を続ける中村哲さんが亡くなられたニュースに触れ、言葉を失い、しばらく茫然とテレビ画面を見つめていました。改めて中村さん、そして共に亡くなられた運転手さん、護衛の方々のご冥福を祈ります。

私自身は直接面識があったわけではありません。けれども著書やインタビューで中村さんの言葉に触れ、その度に背中を押されたような気持になっていました。

いつかお話を伺いたい、と思っていました。そしてその「いつか」は、叶いませんでした。

反政府武装勢力タリバンは事件直後に声明を出し、「今回、ジャララバードで起きた事件について関与を否定する。日本のNGOはわれわれの土地でこれまで復興支援に取り組んできており、攻撃の対象にしたことは一切ない」として、関与を否定しています。この言葉は同時に、中村さんたちの活動が、どれほど深く根付いてきたかを表しているようにも思えました。

現地の人々への敬意を忘れず、どれほど共にあろうと努めてきたかは、亡くなる直前に西日本新聞に掲載されていた現地レポートからも伝わってきます。


支援の行き届かない奥地の村を訪れたときの、村長とのやりとりを引用します。

「水や収穫のことで、困ったことはありませんか」
「専門家の諸君にお任せします。諸君の誠実を信じます。お迎えできたことだけで、村はうれしいのです」

「丸腰のボランティア」を徹底した中村哲さんは、武力に頼らず人道支援を続けていました。「だから銃撃されたのでは」という自己責任として語るのではなく、むしろ現地の方々と共にある活動を徹底し、それでも危険を伴うほどの治安状況に思いを至らせたいと思うのです。


武力と一体になることは、「中立」ではなくなり、返って身を危険にさらすのでは、として、中村さんは安保法制など、日本の動きに敏感に言葉を発していました。


思えば私自身、取材中「どこの国から来たんだ?」とシリアから逃れてきた人々に尋ねられ、「日本だ」と答えると、歓迎されることが多々ありました。日本は攻撃を加えない国だから、と。けれども今、そんな私たちの”強み”が揺らいでいるのでは、と中村さんは警鐘を鳴らしていたように思います。 

同時に、思うのです。私たちに残された宿題とはなんだろうか、と。それは限られた「すごい人」、つまりヒーロー、ヒロインを待望しない、ということではないかと感じます。

中村さんをはじめ、共に活動してきた方々の功績は計り知れません。だからこそ「すごい人がまた出てきて、すごいことをしてくれるように」と他人任せであっていいのだろうか、と改めて思うのです。

シリアの人々には「自分たちを苦しめているのは、無関心。世界が自分たちを無視しているように思える」と何度も訴えかけられてきました。それは私たちそれぞれに向けられている言葉でしょう。中村さんたちが活動してこられた、アフガニスタンにも同じことがいえるのかもしれません。

ご冥福を「祈る」だけではなく、どんな「アクション」を一人一人が起こしていくのか。それが、私たちの「宿題」ではないでしょうか。

 

(写真・文 安田菜津紀 / 2020年12月)
※本記事はCOMEMOの記事を一部加筆修正し、転載したものです。

 


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