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境界を越えて拡がるヘイト ―相模原市ヘイト規制条例に向けて

本記事では「ヘイトスピーチ」「ヘイトクライム」の概念の説明上、差別的な発言を引用している箇所があります。

昨年12月8日、神奈川県相模原市の市役所にて、ヘイトスピーチに罰則規定を設けた「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」と同等以上の反差別条例の制定を求める人々の署名が、市民団体「反差別相模原市民ネットワーク(相模原ネット)」により本村賢太郎市長へと渡された。第一次集約期間である昨年10月18日~11月20日までに集まった署名は1万2千筆を超える。署名最終集約日となる1月末に向け、現在も署名は増え続けているという。

市長に署名を渡す相模原ネットの事務局長、田中俊策さん。

その後2021年1月末に提出された署名は11万通を越えました。「反差別相模原市民ネットワーク」の田中事務局長は「市も真摯に受け止めざるを得ない数の署名が寄せられた。差別の実情に対する人々の高い関心を示している。これはいち地域の問題ではなく、相模原で条例を実現することで、他地域の後押しもしたい」と語りました。

(2020.2追記)

不安を覚える当事者の声

相模原市内に暮らす30代の在日コリアンの女性は、署名の提出に際し、自身の思いを下記のように語った。

私は、相模原市在住の、在日コリアン3世です。相模原市に住んで5年目になります。この度、相模原市で、川崎市のようなヘイトスピーチ罰則条例を制定する動きがあるとうかがいました。

ヘイトスピーチとは、本当に恐ろしいものです。私自身、幼少期から民族学校に通い、自分が「日本人ではない」ということを早くから認識していました。頻繁ではなくとも、近くにあった公立小学校の生徒や、すれ違う見知りもしない街の人からかけられる差別発言に、幼少期は驚き、悲しみ、憤り、時には言い合いになることもありました。「私たちは日本人ではないけれど、日本に住むことはいけないことなのか。私たち在日コリアンをはじめとする在日外国人は嫌われて、蔑まれても仕方ないのか」と、幼い心に思ったことを憶えています。直接あびせられた差別の声は、今も心に深く刺さっていますが、ネットが広く普及した今、子どもたちがいつネットにはびこる様々な「在日外国人ヘイト」を目にしないかと、不安でなりません。

私は現在、8歳、6歳、3歳の3人の子どもを民族学校に送っています。この子たちにもコリアンとしてのアイデンティティを持って、堂々と日本で暮して欲しいと思っています。また、この子たちには、自分のように、受けなくて良い「差別」をされることなく、育って欲しいと願っています。

近年、世界的に様々な「差別」が浮き彫りになり、また、それを無くす動きが著しいです。日本でも、ラグビーワールドカップの開催、そして、残念ながら延期となりましたオリンピックの開催も控えて、世界各国から人々が押し寄せ、また、歓迎するムードが高潮している中、2019年の統一地方選挙において、日本第一党から3名が立候補していることを知りました。知ったきっかけは、町田駅、相模大野駅で行われていた「選挙演説」を見たことです。それは到底「選挙演説」と言うには程遠い、聞くに耐えない「差別的なことばの羅列」でした。

また、さらにショックだったことは、その「演説」を聞くためにわざわざ足を止め、聞き入り、時には拍手まで送る、きっと私の近所に住んでいるであろう、相模原市民や町田市民の方たちの姿でした。こんなにも世界の流れと逆行している人たちが、相模原で公的な力を持って、市民の代表として堂々と差別を謳うようになるのかと思うと、ここは私たちの住むべき、いや、住める所ではないのではないかとすら思いました。

見た目ではほとんど日本の方たちと見分けがつきませんが、子どもたちとの会話中ふと出る朝鮮語を聞いた人に何かされたり、何か言われたりしないかと、街中では大きな声で朝鮮語で話さないでねと言い聞かせています。また、同じ民族学校に通う子どもたちも、登校中に街宣車にでくわし、大声で叫ばれる「朝鮮・韓国」に対する心ない言葉に傷つき、おびえながら、校章を隠すように登校していると聞きました。また、父兄が毎朝子どもを送り出すときの心配、不安は、近年積もるばかりです。

相模原市は、数年前の川崎市のように、街中でヘイトスピーチが日常的に横行しているわけではありません。しかし、のどかな日曜の昼下がりの相模原の街に響く街宣があり、選挙では時代に逆行する考えを持った人が、まるで相模原市民の声を代表しているかのように、堂々と選挙活動を行っているのが事実です。そうした行為に常におびえながら暮らす人たちがいるということを知っていただきたいのです。相模原市では、ヘイトスピーチに対してまだ川崎市ほど認識があるわけではないですが、今後相模原市がグローバルシティとして発展していくうえで、ヘイトスピーチに対する規制と罰則を伴った条例を必ず実現していただければと思います。

条例制定による4つのメッセージ

相模原ネットの要請・署名賛同団体、外国人人権法連絡会事務局次長の瀧大知さんは、罰則付きの禁止条例を制定することについて、「行政が『ヘイトスピーチは犯罪である』と宣言することには、重要な『メッセージ効果』がある」と語る。その「効果」として瀧さんは、4点を強調する。

1つ目は、主にヘイトに加担する側の人々を抑制することができるという点だ。2016年に成立した「ヘイトスピーチ解消法」は罰則を伴わない理念法であったため、その抑制効果は弱い。現在でも東京などで露骨なヘイトスピーチを伴うデモが続いている。しかし、(昨年7月に条例が全面施行された後の)川崎市で行なわれている街宣では、マイノリティへの露骨な差別表現を避けるようするなど、一定の効果が表れている。また、ネット上ではヘイトをする側による「川崎には行かない」といった書き込みが多数見られており、プレッシャーとなっている様子が確認できる。

2つ目は、ヘイトの対象となるマイノリティの人々へ「あなたが不当に差別される理由はない」「差別から守る」というメッセージを伝えることだ。ヘイトスピーチは、まさにその反対の「恐怖のメッセージ効果」を持っている。対象者を虫など人間以外に例えたり、本質的に劣る人々なのだという発言を通して、「彼らは差別してもいい存在なのだ」と社会に訴え、マイノリティの自尊心を踏みにじり、その生活から安心感を奪い去る。下記の「憎悪のピラミッド」という概念図では、そうした無意識の偏見が、最終的には社会的、組織的な抹殺である「ジェノサイド」へと繋がる危険性を孕んでいることを指摘している。日常を恐怖の場へと変えるヘイトスピーチに対し行政が批判的な姿勢を示すことは、「恐怖のメッセージ」を打ち消すことへ繋がる。それは被害回復においても重要な点である。

3つ目は、俗に「サイレントマジョリティ」と呼ばれる無関心な多数派層へのメッセージだ。2つ目のメッセージとも重なるが、差別の問題というものは、本来マイノリティの問題ではなく、マジョリティ側の問題だ。不平等な力の格差のある社会では、必然的に権力側により大きな責任が求められる。社会へのアクセスが制限され、数の力で声をあげることもできない人々が差別される、様々な権利が奪われる社会というのは、多数派が無意識の抑圧を行っている社会ということではないだろうか。罰則付き条例の制定は、「ヘイトスピーチは犯罪に相当する」「絶対にあってはいけないこと」だと社会に問いかける行為であり、社会規範(正義)を生み出す契機となり得る。

最後に、こうした条例が普及していくことで、現在反ヘイトの活動を続けるカウンターと呼ばれる市民たちの、その行為の正当性を証明することができると瀧さんは言う。ときに過激な言葉でヘイトクライムに立ち向かう彼ら、彼女たちは、「あんな過激な言葉や騒音を使っていてはどっちもどっちだ」と揶揄されることもある。行政には、差別と闘う市民を後押し(エンパワーメント)することも求められている。

「マジョリティに属する人は、表面的なところだけを見てどっちもどっちだと距離を置くのではなく、マジョリティのひとりとして一緒に声を上げることが必要だと思います。もしカウンターが2千人、3千人集まれば、大声をあげなくてもヘイトデモ・街宣を無力化することができるのですから」

▶ヘイトスピーチ・ヘイトクライムに関する瀧さんへのインタビュー

境界を越えて拡がるヘイト

反差別相模原市民ネットワークの事務局長、田中俊策さんは、「市議会の中でも、川崎には外国人の集住地区があったから条例を制定できたという発言がありましたが、そうじゃないんだと言いたい。ヘイトスピーチというのは被害者が“見えにくい”だけで、日本中あらゆるところで起こりえるし、実際に被害を受けています。罰則付きの規制法は本来国がつくらなければいけないものですが、相模原市でも条例が制定されることで、他の地域にも広がる契機となれば嬉しい」と語る。

「昨年6月に渋谷で行なわれたヘイト街宣で、“民族差別はウイルス”という横断幕をカウンターの人たちが掲げました。そうなのです。ヘイトスピーチ・ヘイトクライムを含む差別は“ウイルス”のように広がっていきます」と瀧さんは指摘する。

「ときおり『相模原で被害があるのか?』などと言われます。もちろんあります。同時に、そうした限定的な被害の量に囚われるのも問題です。相模原で行われたヘイト行為は、ネットを通じて瞬く間に拡散され、そこにまた同様の差別的なコメントが連なっていきます。昨今のようなオンライン社会では、市や県、国といった境界を越えて『指数関数的』に差別が広がります。言ってみれば相模原が差別の『感染源』となってしまうのです。忘れてはならないのは、差別とは加害行為であり、被害は加害によって生まれるということです。まず求められるのは差別(=加害)を批判すること、止めること、そしてそれが可能な仕組みを整えることです」

「現在川崎市は条例の運用について批判を受けています。もちろん、もっと良い対応が出来るのは事実です。一方で他の地域に住む私たちは、マクロな視点からも考える必要があると思います。今のところ『川崎モデル』は文字通り川崎市にしかありません。そのため、レイシストたちから執拗に狙われています。つまり、川崎市“のみ”に強い負荷がかかっているのが現状なのです。仮に川崎のような反差別条例が全国各地に広がれば、このような攻撃を受ける必然性はなくなります。コロナ禍において、各地方自治体の首長が対応策について相談する場面が多々見られました。地域を超えて拡大する感染症に対して、ひとつの自治体だけで対応しても意味がないからです。繰り返しになりますが、ヘイトスピーチの問題も脱領域的であり、同様に地域同士が連携する必要があると思います。まずは地域レベルで『川崎モデル』のような条例を実現していき、最終的には国レベルで取り組んでいくことが求められます。そうなれば運用事例も積み重なり、翻って川崎市もより動きやすくなるはずです。川崎市からボールは投げられています。それを各自治体や国、他地域に暮らす私たちがどのように受け止めるのかが試されているのではないでしょうか。少し趣向は変わりますが、これは条例制定による“5つ目のメッセージ”かもしれません」

2019年12月、神奈川県川崎市では日本初となる罰則付きのヘイトスピーチ禁止条例が制定され、2020年7月に全面施行された。まだまだ実効性に難があるとはいえ、川崎で産声をあげたこの条例を、「特殊なもの」ではなく「あたりまえ」のことにしていくためには、川崎以外の自治体、市民がどう声をあげていくかが鍵を握っているのではないだろうか。

川崎駅前のヘイト街宣で声をあげるカウンターの市民。

(2021.1/写真・記事 佐藤慧)


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