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2021.3.15

参加者レポート(4)東北オンラインスタディツアー2021

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

2021.3.15

#tohoku2021

東北オンラインスタディツアー2021の参加者レポートの4ページ目です。全国各地から参加した中高大学生世代が、それぞれの思いをつづりました。ぜひご覧ください。


前川奈々美(神奈川県)

東日本大震災はすでに終わったことのように考えている自分がいた。東北のことを忘れたわけではないが、震災から数年が経ちニュースで頻繁に報道されないようになってからは、自分から知ろうとしてこなかった。しかし今回、あの大震災は現在進行形だと思い知らされた。原発について、大地震後の政府などの対応には疑問を抱かずにはいられない。地域や雇用を考えると、私は原発に強く反対できる立場ではない。しかし、より良い社会を作っていくために自宅の電力は原発ではなく、さらに石炭火力でもなく再生可能エネルギーを選びたいと改めて思った。それは私の意思表示であり、今自分にできることだと思う。それは命や健康を守るための「防災」でもあるはずだ。今回、参加の対象は私のような学生のみだったが、学生以外の人も参加できると良いと思う。先日話題になった森氏の発言後、彼の周辺には彼を擁護するような意見を言う人たちがいた。つまり問題の根本にあるのは、社会の仕組みや当たり前のように植え付けられた考え方の方だろう。年齢に関わらず、さまざまなテーマについて、皆がこうして学んだり意見を共有したりする機会をもつべきだ。


前実桜子(東京都)

今回、特に印象に残ったことの一つは、過去の出来事を語るみなさんの言葉が非常に前向きで、その一つ一つから「未来を拓く」という意識の強さが伝わってきたことでした。はじめ、私にはこれが少し不思議なことに感じられました。しかし、なぜそう感じるのかを考えてみると、自分が東日本大震災を「過去の東北の話」としか捉えていなかったことに気づきました。つまり、震災後も比較的すぐに元通りの生活を送ることができた私にとって、「いまここで自分に起こるかもしれない」こととは思えていなかったのです。一方で、語り部のみなさんは実際の経験から、震災はいつどこで誰の身に降りかかるかわからないことをご存知だと思います。だからこそ、過去を見つめるのと同じように、現在、そして未来を見つめ、考えられるのかなと感じました。震災発生から10年が経とうとしていますが、今一度考える機会をいただいたことで、私も自分事として考えることができました。ありがとうございました。


松岡はる(神奈川県)

あの日までの大川小学校の日常、佐藤敏郎さんが見せて下さった写真の中の世界は、私が 神奈川で過ごした小学生時代と何一つ変わらない。私も同じように友達と学校で授業を受 けて放課は校庭で遊んだ。何が違ったか。住んでいた場所、本当にこれだけだったと思う。 私の学校がそっくりそのまま大川小学校の場所に建っていたとしたら、生徒も先生もパニックに陥っていたはずだ。私の学校の防災マニュアルも棚の中のマニュアルだったかもしれない。 私は今回のスタディツアーに参加して佐藤さんのお話を伺い、あの日までの大川小学校での日常、また、私自身のあの日までの日常に思いを馳せることができた。誰にでも被災のリスクはある、では被災をバットエンドで終わらせない防災の準備ができていただろうか。私 はできていなかった。皆さんは? 「災害は自分ごと」であり、その危険が可能性の話であっても「命を守る本気の防災」をする。佐藤さんの言葉は家族や多くの人と共有していきたい。


森愛華(長野県)

私は、今まで現地の人から震災当時や震災後から現在までの話を聞いたことがありませんでした。そのため、現地の人から話を聞いてみて、自分が震災について何も知らないということに気づけました。陸前高田市の佐藤さんの話で、いざとなった時団体行動はいけないということ、自分で行動することが大切ということを学びました。また、災害などが起きた時、自分で何ができるか考えて欲しいという話が印象に残りました。私は、東北の人のように大きな被害を受けたことがなく、わからないことばかりですが、決して他人事ではないと思いました。災害は、いつ起きるかわからないので、もしもの時のために今からできる防災はやっていきたいと思いました。どのように家族の安否確認をするか、どこに逃げるのかを家族で話し合い、自分の命、家族の命、自分の大切な人の命を一つでも失わないために、できることはやりたいと思いました。今回のツアーで、災害に対しての知識、災害が起きた時どう行動するか、今からできる防災について学べて良かったです。


 

佐藤敏郎さんと大川小学校


八尾有以加(愛知県)

最も印象に残ったのは佐藤敏郎さんの「本気のマニュアルを作れ」という言葉です。非常時にはパニックに陥り冷静な判断が難しくなることが想定されるからこそ、そのときの臨機応変さに期待するのではなく、いざという時に迷わずに済むマニュアルが必要なのだということを重く痛感させられました。また、災害時の避難用マニュアルがなおざりだったり、共有されていなかったりする原因として教員の多忙が挙げられると聞いて、普段 見過ごされきた問題がこのようなところで露見されるのだと思いました。避難方法や避難生活について考えたときに、車椅子の方の避難の際の足や、避難所での女性の生きにくさなどの困難が思い起こされますが、役員が不自由のない男性ばかりであるゆえに問題に気がつけないというお話を聞いて、防災を考えることは弱者に厳しい社会に気付くきっかけとなり、物事を決める立場にある人達の中に想像力と多様性が必要であること改めて認識させるのだと感じました。非常に勉強になりました。


屋嘉部方来(沖縄県)

今回、東北オンラインスタディツアーに参加して、東日本大震災のことや防災のことを自分のこととして捉え、現在進行であることを忘れてはならないと思った。私は生まれも育ちも沖縄で、地震を経験したことがほとんどない。そのせいか自身や災害に疎く、防災を意識したことがなかった。東日本大震災が起こった後は少し防災を意識していたように思うが、それも時間の経過とともに薄れていった。これはこの災害が遠い土地の過去の話であると自分の中で片づけてしまっていたからだと気づかされた。今回のスタディツアーでは様々なことを学んだ。その学びも過去のものにするのではなく、自分の中に落とし込みたい。自分だけでなく、自分の大切な人を守るためにも。また、私は将来教員として働く予定だ。災害以外にも、私や学校の判断にたくさんの命が委ねられている。その命を守るためにも使えるマニュアル作成に携わりたい。今回現地の方々の声を聴くことができたのは、私にとってとても良い機会になった。この機会を今後の生活に生かしたい。


八城芽里(神奈川県)

陸前高田市の佐藤さんが東日本大震災発生当時に避難所運営をした際に、要配慮者として、障害者や外国人のみでなく、女性やLGBT、価値観の違いが震災での避難時にマイノリティとなり得たことを知り、普段の生活でプライベートの中に覆われているために気づかずにいたものが非常時になって顕在化することがわかり、体験学習で当事者の思いを知る努力をするほかに、当事者と接する機会を設けたり平常時から人々の意見を反映させやすいような環境づくりが求められると感じた。マニュアルが提出するのみで実践がされてなかった大川小学校の話から、海に近いように思われる地域でありながらも防災への意識が高まらずにいたことを知り、過去の例にとらわれすぎずに被災してない地域を含めて未来の日常を守るための取り組みを行うきっかけとして、あえてあの日まであった日常や風景を伝えながらも防災の必要性を語る意義があるのだと感じられた。


藪野菜々香(東京都)

私は、東日本大震災の時は海外にいました。まだ幼かったのですが、その時、周りの友人のご両親たちがみんな日本のことを心配してくれて、何かできる事はないか、何が必要なのかと、言ってくれたと言う話を両親からいつも聞いて来ました。日本人として、私は海外で生まれ、育って来ましたが、震災を知りたい、現在を知りたいと思い参加しました。未だ、大変な現実を知り、また10年過ぎた未だに余震があると知り、とても驚いています。不安な日を過ごす方々を思うと胸が痛くなります。コロナ禍で、私ができる事、これから考えたいと思うきっかけになりました。また、もっと知りたいと思います。そして、今を感謝したいと思いました。


 

東北スタディーツアー2019の様子


山路はるか(大阪府)

実際に被災した方にお話を聞くことが「自分ごと」として考えることのきっかけになるのではと思いました。実際に経験していないことを想像し、その時にどうすれば良いかを考えることは困難です。だからこそ、過去の震災から学び、その学びを次に活かしていく必要があります。「守りたかった命も、今では救えなかった命」。佐藤敏郎さんがおっしゃったことです。救えなかった命を減らすためには災害が起こる前に真剣に命を守る方法を考えて行動することが大切なのだと学びました。私たちは今、こうして“普通”に生きています。しかしながら、生きているという事実は決して“普通”でも“当たり前”でもないのです。だからこそ私たちは生きていることの素晴らしさを、その素晴らしさを守る方法を伝えていくことが重要なのだと感じました。


吉池奏乃(宮城県)

私は防災、特に、災害を経験したことのない人に高い防災意識を持ってもらうにはどうすればいいかということに興味を持っている。そのため、最も印象に残っているのは、非常時に命を守るうえで必要な事前の心掛けである。例えば、引き渡しの有無によって娘さんの生死が分かれてしまったという木村紀夫さんのお話にあった「記憶にあるだけでも非常時の行動が改善されるのではないか」という言葉は、ちょっとした行動の違いによって助かることがあるという事実だけでも知ってほしい、同じ悲劇を繰り返さないでほしい、という木村さんの思いが感じられ、私自身の周りの人にも伝えていきたいと思った。佐藤敏郎さんの「命を守るのは避難場所ではなく判断と行動である」という言葉や、佐藤一男さんの「普段から備えておくことが大切」という言葉も、同様に実際に震災の被害を受けた方々の経験に基づく重みがあり、平時から災害に備える重要性を改めて認識した。


若林七友星(神奈川県)

私は震災の日に、神奈川にいて津波の被害は無かったけれど地震が起きて電柱や木が揺れているのを見てて凄く怖かったのを覚えていています。今日当時大切な家族を失うという大変な被害にあった方々に直接話を聞いて、どんなに悲しいのか伝わって来ました。津波で亡くなった方や、被害にあった方々のことを思うと、また自然災害が起きたときに同じ悲しみを出さないようにどうやったら被害を減らせるのかをもっと考えなくてはならないと思いました。地震や、津波に対して、希望のための対策をするっていう話が凄く心に残っていて、日頃から、もしものためにも、避難のこととか、家具とかを固定したりとか、自分ができる事をきちんとやっておきたいと思いました。将来のためにも絶対に震災の事を忘れないし、もっといろんな人に伝えたいと思いました。ありがとうございました。


渡邉ありん(京都府)

東日本大震災当時、私は岩手県内陸部に住む小学生でした。地元ではそれほど大きな被害はありませんでしたが、小学校の校舎が老朽化の理由で新築されたばかりで、地震で旧校舎は倒壊はしなかったもののかなりダメージを受けていました。学校が再開した日、校長先生が「新しい校舎が皆さんを守ってくれました」と言っていたことを今でも鮮明に思い出します。校舎の建て替えという大きな要素だけではなく、事前の備えと災害直後の少しの判断や行動でも、被害の大小、そして命の有無が決まってしまうことを、今回オンラインツアーを通じて改めて実感しました。しかしそれは逆に、小さな変化で救える命があるということでもあります。今大学で教育を学んでいる者として、児童生徒、教員、保護者、地域住民、行政など、様々な人の様々な思いを感じ取りながら、東日本大震災、そしてこれから起こる災害に対しての防災・減災について考えていきたいです。


 

 

2021.3.15

#tohoku2021