For a better world, beyond any borders.境界線を越えた、平和な世界を目指して

Top>Reports>参加者レポート(1)東北オンラインスタディツアー2021

Reports

2021.3.15

参加者レポート(1)東北オンラインスタディツアー2021

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

2021.3.15

#tohoku2021

東北オンラインスタディツアー2021の参加者レポートの1ページ目です。全国各地から参加した中高大学生世代が、それぞれの思いをつづりました。ぜひご覧ください。


新井夏子(広島県)

佐藤一男さんの「避難所の役員は比較的困りごとの少ない男性が務めることが多く、本当に困っている人(要配慮者、「弱者」)への配慮がされにくい」というお話が、女性蔑視発言で東京五輪・パラ組織委会長を辞任した森喜朗さんの件を連想して、印象に残りました。避難所の運営は地域のお祭りの運営と同じだった、というお話がありましたが、思えば私の地元の町内会も役員はおじさんばかりです。災害時のパニックやトラブルは、日常の延長線上にあります。町内会のジェンダーバランスを変える、障がいを持つ人や日本語にハンディのある外国人と普段から接する機会をもつなど、平時にできる多様性への取り組みはたくさんあります。組織や人のつながりの中に多様性のない状態は、いつか必ず起こる災害に対して無防備であるということならば、「多様性」も一つの「防災」のかたちなのではないか、とこのお話を聞いて思いました。


家高夏来(神奈川県)

私の中で印象に残っている点は本気のマニュアルを作ることと佐藤敏郎さんがおっしゃっていた点でした。小中高時代には避難訓練をする機会が1年に1度は必ずありましたが、海まで歩いて10分もかからずに行けるような学校だったにも関わらず、私を含めてほとんどの子が本気で災害を想定してその訓練に参加していませんでした。しかし災害というのは何度も体験するものではないのです。つまりたった一度で自分の命が奪われてしまったり、家族や大切な人を亡くしてしまったりするのです。災害が起こったときに避難したけど、逃げる準備をしたけど、全然何も起こらなかったとその手間をいらなかったと考えるのではなく「良かった、何も起こらなくて。」と安堵するべきなのです。このような当たり前のことを改めて認識することができ、身が引き締まる思いでした。地震や津波など災害の多い日本ですが、一人ひとりが本気で災害に備えればもっと被害を少なくすることができると思いました。


池内和音(新潟県)

今回のスタディーツアーで心に残ったのは佐藤敏郎さんの「“命を救うための”マニュアルをしっかり作れ」という言葉です。佐藤さんは大川小で最愛の娘さんを亡くされました。私たちは東日本大震災を経験したことで、個々の防災意識や学校・職場の避難訓練、防災マニュアル作りに対する意識は以前より高まったかもしれません。しかし、それは本当に“命を救うための”ものになっているのでしょうか。大川小はあの日、巨大津波を前にパニックに陥ってしまいました。一度パニックになると、正常な意思決定を行うことは難しくなります。だからこそ、平時のうちにきちんと防災マニュアルを作成することが大事なのだと学びました。私は現在大学で教職課程を履修しています。教師を目指す身として、佐藤さんの言葉はしっかりと心に刻まなければならないと感じました。「希望のための防災」がいかに重要であるかを、今度は私が友人や同じ教職課程の学生に伝えていかなければならないと強く感じました。


池内珠実(東京都)

オンラインという形ではありましたが、震災を経験された方々の生の声を伺い、たくさんのことを知ることができ、かけがえのない体験になりました。特に心に深く残ったのは、「未来を拓く」という、今でも、そしてきっとこれからも、大川小学校に描かれている言葉です。今回の学びを「知る」ことで終わらせずに、周りの人や後輩に「伝える」ことで、未来を拓く一員に、私もなりたい、ならなければいけないと感じました。私は東日本大震災が起きた当時小学一年生だったので、その当時の記憶が確かである最後の世代かもしれないと思います。だからこそ、より責任感をもち、障害のある方や在日外国人の方も含めた近所との関わりあいを大切にしたり、集団の中で適当に流さず・流されずに本気の防災づくりを提案したり、震災についてともに学んだりなど、自分にできることから「伝える」につなげていきたいと思いました。


 

2021年2月の大川小学校


池田穂乃花(兵庫県)

佐藤敏郎さんが「あの時なぜ学校にいた子供たちは、津波が来ている方へ逃げてしまったのか。」という怒りと後悔を話されていたのが印象に残りました。被災者の方の中には震災で辛い経験をされている方もいらっしゃいます。震災の記憶を思い出したくないという人もいるかもしれません。それでも、東北を、地震や津波によって多くの人の命が失われてしまった悲劇の場所にするのではなく、将来同じ出来事を絶対に繰り返さないという強い希望を持って活動されている様子に感銘を受けました。また、オンラインスタディツアーに参加した後、久しぶりに非常袋を開けました。お水や非常食の期限が切れかけていたので新しい物に交換したり、新たにモバイルバッテリーも入れたりしました。いつ起きるかわからない自然災害だからこそ、普段から自分の身を守る準備をしておかないと、と防災に対する意識が変わりました。


石冨友理(神奈川県)

東北オンラインスタディツアーで、東北以外の地域の人々が東日本大震災について積極的に調べたり、どうすれば南海トラフ巨大地震が起きたときに被害をゼロにできるのかを考えることが必要だと思いました。佐藤一男さんが、「地震や津波などの災害をゼロにすることはできない。でも、被害ならゼロにすることができる。」とおっしゃっていました。今回4人の方々に伺ったような辛い経験や、東日本大震災によって失われた命は絶対に無駄にしてはいけないと思います。南海トラフ巨大地震は必ず来ます。それは数時間後かもしれないし、数十年先かもしれない…予測できません。しかし備えることはできます。部屋の棚は倒れないか、家のガラスが割れても怪我をしないかを確認したり、津波や土砂崩れが起きた時の避難場所を決めたりすることならできます。自分自身や、家族や親戚、友達の命を守るために、私は今自分にできることは何かを考えて生きていきたいと思います。


石母田鈴(岩手県)

今回のスタディツアーでは私の住んでいる岩手県に大変関わりのあることでもっと深く知りたいと思い参加しました。冒頭で安田菜津紀さんがおっしゃっていた地震は恐ろしさを忘れた頃にまたやってくると言う言葉が今でも強く印象に残っています。また、佐藤敏郎さんの提出用のマニュアルは中身が無い。本気でマニュアルを作れということ、大川小学校は子どもたちが笑顔で笑い合っていた場所である。失ってからでは遅い、今考えることが大事、防災は希望だと言う言葉の重みを感じました。内陸に住んでいる私は正直にいうと無知だったのです。しかし、今回のスタディーツアーで改めて震災を考えることができました。皆様ありがとうございました。


一柳芽衣(大阪府)

私はこの講演会に参加して、東日本大震災発生当時の悲惨な状況や過酷な避難生活、そして復興の現状や本来の防災のあるべき姿を学ぶことができました。私が一番実感したことは、東北の方々は震災をプラスのものに捉えて、希望をもって未来に目を向けていることでした。私は今まで震災と聞くと、マイナスなイメージがあって、触れがたいものでしたが、現地の方々はみんなが東日本大震災を教訓にして、防災の重要性を伝えていってほしいと思っていることを知りました。そのような前向きな姿勢が東北の復興を支えているのだと思いました。このイベントを通して、被災したときに普段の防災がいかに役立ってくるかを知ったので、常に当事者意識を持って防災に取り組もうと思いました。また機会があれば、実際に東北を訪れて、いろんなことを肌で感じてみたいと思いました。


 

東北スタディーツアー2019の様子


岩間幸枝(神奈川県)

これまで、東北に対して関心はあるけれど実際に訪れてみる機会はなく、大学生になったら行きたいと思っていた矢先、コロナの影響で気軽に出かけることができなくなってしまいました。今回は、オンラインという形ではありますが、少しでも東北に関わる機会を持てたことが嬉しかったです。イベントに参加して「ここ(大川小学校)で子どもたちが生活していたことを知り、その姿を想像してほしい。」とおっしゃっていた語り部の方の姿が強く印象に残りました。その方は「防災は希望です。」ともおっしゃっていました。私は、その日のうちに、お話から学んだことを家族に共有する機会をつくり、一緒に防災について話すことができました。このような日々の会話も、もしもの時に自分や大切な人の命を守ることに繋がるのではないかと考えます。これからも、身近な人と前向きに「希望のための防災」について考えていく機会をつくっていきたいと思います。


老松京香(東京都)

本スタディツアーで最も胸を打たれたのは、被災された方々の、将来を見据えた前向きな姿勢でした。大川小学校を「未来を拓く場所」と呼ぶ佐藤敏郎さんのように、ご自身の被災経験から次世代への教訓を導く方の姿には、非常に勇気づけられました。
あの日以来ずっと15時37分を指し続けてきた時計。マフラーに埋もれて見つかった娘さんの遺骨。泥だらけのランドセル。今回伺ったエピソード一つ一つを想像するたびに、胸が締め付けられる思いでした。それでも語り部のみなさんは、辛い記憶に蓋をするのではなく、その経験を未来に残す選択をされました。私たち参加者は、将来の日本を背負っていく身として、今回伺ったお話を心の奥底にとどめておく責任があると感じています。
「災害をゼロにすることはできないが、被害をゼロにすることはできる。」来たる自然災害から大切な人の命を守るため、自分には今何ができるのか。今後も自分に問いかけ続けていきます。


岡本啓志(神奈川県)

今回、最も印象に残ったことは、災害が発生した時に避難所でどのような問題が起こるのかということについて知ることができた事であった。特に重要だと感じたことは、高齢者や妊婦、障碍がある人や外国人等への支援や女性やLGBT、特定の宗教を信仰している人への配慮。その中でも多くを占める女性と高齢者への配慮がなくして避難所の運営はうまくいかないと考えさせられた。さらに、普段あまり注目されないLGBTの人などは当事者ではない自分達が配慮をしないと特に苦しい思いをしてしまうのではないかと考えさせられた。あってはならないことではあるが、もし災害で避難所での生活を余儀なくされた時に今回の経験が生きるのではないかと思った。また、参加者とのディスカッションを通じて今まで思い浮かばなかった防災対策についても教わることができたので今回の講演会に参加して本当に良かったと心から感じた。


小野桃果(神奈川県)

希望のための防災。だから、大切な人を奪った震災と向き合い、防災について若者に広く語り継ぐ。4名の方のお言葉一つ一つに魂がこもっていて、心をぐっと掴まれました。災害の甚大な被害は、日常の問題から引き起こされている。今回私が、ハッとさせられたことです。逃げ道の問題、児童の引き渡しの問題。中身の凝縮された本気のマニュアルづくりに取り組んでいれば、救えた命があったはず。一人一人が徹底して平時に備えることが、災害の避けられない世界で生き延びる方法だと痛感しました。今、大地震がおきたら…家具の配置、ご近所との助け合い、何一つ準備が万全でないと気づき、自分事として捉えることの重要性を思い知りました。「忘れないことが一番の復興よ。」私が小6の時、被災地で活動された復元納棺師の方から頂いたお言葉です。“忘れない”の中には、今を生きる私たちが教訓を生かすという意味も含まれていたと思います。震災を経験していないからこそ、生の声をお聞きして学び、そして周囲の人々に学びを広めていきたいです。


 

 

2021.3.15

#tohoku2021