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「脅迫年賀状は、ありませんでした」と胸をなでおろす「ふれあい館」の新年

※本記事では被害の内容をお伝えするために、差別文言を記載している箇所がありますのでご注意ください。

冷え込む朝、「ふれあい館」の駐輪場では、青空の下、ツバキが鮮やかな花びらを広げていた。在日コリアンはじめ、多様なルーツの人々が共に暮らす神奈川県川崎市・桜本で、多文化共生施設「ふれあい館」は地域の重要な拠点となっている。「差別をなくす」などの目的を掲げ、条例に基づき設置されており、運営も公金によって行われている。1月4日、ふれあい館も仕事始めを迎えたが、この日の朝は職員たちの間に緊張が走る。

1月4日朝のふれあい館。

ふれあい館を脅かした「年賀状」

2020年1月、ふれあい館宛に「在日韓国朝鮮人をこの世から抹殺しよう」などと書かれた年賀ハガキが届き、その月末には、川崎市の事務所に「ふれあい館を爆破する、在日韓国人をこの世から抹殺しよう」などと書かれたハガキが送られてきた。後に実物のハガキを見せてもらったことがある。鉛筆と定規で線を引いたような文字が、無機質にそこに並んでいた。事件が明るみになった後、館長の崔江以子(ちぇ・かんいじゃ)さんは、利用者の小学生から「私たち殺されてしまうの?」と不安げに問われた声が忘れられずにいるという。

事件後、全国から応援の年賀状がふれあい館宛てに届いた。

犯行に及んだ男性(当時69歳)はおよそ半年後に逮捕され、懲役1年の実刑判決が下った。差別的な動機であったことを加害者本人が認めていたにも関わらず、判決文にその点が明記されることはなかった。多くの関係者、利用者を脅かした事件だったが、加害者は最後まで、ふれあい館などへの謝罪の言葉を口にすることはなかった。

1年で1番緊張する瞬間

2023年1月4日朝、指紋がつかないようゴム手袋をはめ、職員が郵便受けから年賀状や、年末年始に届いた郵便物をそっと取り出し、1枚1枚慎重に確認していく。

ふれあい館のポストから、職員が郵便物を取り出していく。

脅迫状などがあれば保存できるよう、その傍らにはジップロックが置かれていた。その場には、ふれあい館を地域で守ろうと、桜本1丁目の町内会長を務める山口良春さんも立ち会っていた。

ゴム手袋をはめ、年賀状の中身を慎重に確認していく。

「大丈夫でした」

作業が終わった瞬間、その場にいた関係者から安堵のため息がもれた。

「もしも脅迫状などの郵便が届いたら、保存して、市役所や警察に連絡しなくてはと、“今日がどんな1日になるか”をずっと、頭の中でシュミレーションしていたんです」と、館長の崔さんも胸をなでおろす。

開封作業を行った職員の遠原輝さん(右)と、立ち会った町内会長の山口良春さん。

開封作業を行った職員の遠原輝さんは、年始の郵便物の確認を「1年で1番緊張する瞬間かもしれません」と語る。その役割をなぜ、担ったのか。

「ふれあい館は色んな外国ルーツの人、日本国籍の人も利用する公的会館で、その安全がまず、第一だと思っています。その上で、マイノリティ当事者の方がその開封作業をすることを、職場としてやらせてはいけないのではないか、という思いが僕の中でありました」

コミュニティが脅かされるようなことがあってはならない、そのことを改めて発信していかなければ、と遠原さんは語る。

ハルモニたちの安堵

この日は、地域のハルモニ(おばあさん)たちが集まる「ウリマダン」の日でもあった。

「ウリマダン」は直訳すると、「私たちの広場」という意味だ。教育の機会を逸して必死に働き、日本語の読み書きができないことで地域から孤立しがちだった、在日1世のハルモニたちのために開かれていた識字学習の場が前身だ。今では高齢化した在日2世、戦後に韓国から渡ってきたニューカマー、南米にルーツがある高齢者、あるいは日本の社会福祉になじめない日本人も含め、様々なバックグラウンドを持つ人々の集いの場となっている。

厳しい時代を生き抜いてきたハルモニたちの中には、ときに差別や貧困に見舞われ、余暇を過ごすことができないほど働き詰めだった女性たちもいる。彼女たちの豊かな老いの時を守ろうと、地域の人々も共に力を持ち寄り合う。

「今年は嫌な年賀ハガキや郵便はひとつもありませんでした」と崔さんが報告すると、ハルモニたちから歓声があがった。

崔さんの報告に拍手するハルモニたち。

年末年始、家族もおらず、たった1人で年を越したハルモニたちもいる。会話は尽きず、「アリラン(朝鮮民謡)」の合唱はいつになくにぎやかな響きだった。

実は2020年の脅迫年賀状に続き、2021年3月にも、「日本人ヘイトを許さない会」を名乗る手紙が館長宛に届き、タイプされた文字で「朝鮮人豚ども根絶やし最大の天罰が下るのを願ってる」という文言と共に、「死ね」という文字が14回も繰り返されていた。さらに封筒には、菓子の空き袋が入れられ、「コロナ入り残りカスでも食ってろ」などと記されていた。その犯人は今も、特定されておらず、ネット上の差別投稿も後を絶たない。

チャンゴの音と共に、「アリラン」を合唱するハルモニたち。

新年最初の郵便を開き、年賀状1枚1枚を眺める時間は、多くの人にとってわくわくしたり、心温まるものかもしれない。そんなひと時を「1年で1番緊張する瞬間」に変えてしまうことに、ヘイトの深刻さがある。

ヘイトスピーチを刑事罰の対象とする全国初の条例が、全会派賛成により川崎市議会で可決され、3年あまり。「表現の自由」は「差別する自由」ではないということを改めて確認した上で、「ともに生きる」ことを目指す1年としたい。

この日、ハルモニたち自ら絵を描いて作ったカルタを楽しんだ。

(2023.1.4 / 写真・文 安田菜津紀)

本記事の取材報告は2023年1月4日放送のRadio Dialogue(40:45~)でもお届けしています。ぜひご視聴ください。


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