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難民審査参与員は「難民認定手続きの専門家」ではない―「12分の審査」の闇

衝撃的な数字が示された。難民審査参与員の柳瀬房子氏の審査件数が、2022年は二次審査全件4740件のうち1231件(勤務日数32日)、2021年は全6741件のうち1378件(勤務日数34日)にも及ぶことが、5月25日の参議院法務委員会で明らかになった。参与員は110人以上いるにも関わらず、異様な偏りが浮き彫りとなった。

この数字を単純計算した場合、柳瀬氏は参与員として1日あたり40件もの難民審査をしていたことになり、たとえ1日の勤務時間が8時間だったとしても、1件あたり「約12分」だ。実際には1日あたりの勤務時間はさらに短いと考えられ、調書などに目を通しているのかなど疑問符がつく。少なくともこれを「慎重、適正な審査」と呼ぶのはあまりに無理があるだろう。

柳瀬氏の《難民をほとんど見つけることができない》等の発言は、入管法政府案の「根拠」にもされており、2021年以前の審査件数の公表も必須だろう。

一方、難民審査参与員を10年務めた阿部浩己さんは、自身の経験にも照らし、「(参与員は)難民認定について最初は素人」と指摘し、研修なく現場を任される構造そのものに疑義を呈する。

2023年5月21日、渋谷区で行われた入管法改定案に反対するデモ行進。

難民認定審査の特殊性

難民審査参与員は、法務大臣に指名され、入管の難民認定審査(一次審査)で不認定とされ、不服を申し立てた外国人の審査(二次審査)を担っている。その審査の過程で「この申請者は難民として認めるべきだ」という意見書を法務大臣に提出することができるが、最終判断は大臣が担う。

今年5月16日現在、入管庁のサイトには111名の難民審査参与員が掲載されており、通常は3人1組の班となり、審査を行う。リストにある肩書きを見ると、「弁護士」という記載が多いが、こうした「弁護士」の中には元々検察官検事や裁判官だった人物もいる。ほかには研究者や国際NGO、外交官の経験者らも並ぶ。

難民審査参与員一覧(出入国在留管理庁)
https://www.moj.go.jp/isa/publications/materials/nyuukokukanri08_00009.html

それぞれその分野では専門的な知見を持った人々だと推察されるが、こと「難民認定」に関してはどうだろうか? 入管収容問題に取り組む弁護士の児玉晃一さんはこう指摘する。

「元検察官や元裁判官の方々など、その分野では事実認定のプロでしょう。けれど難民認定というのは、特に厳格な立証が要求されるような刑事裁判とは全く違うものです。元検事・元裁判官だからといって、適正に難民認定を行えるとは限りません」

「むしろ、『自分はその分野ではプロだ』という思い込みやプライド・自負のようなものが邪魔になることもあるのではないでしょうか。難民認定審査の特殊性をあまり理解しないまま、昔の経験・感覚に基いて判断してしまう危険性がある。謙虚さが欠けてしまう可能性があると思います」

国会前で入管法改定案の問題点を指摘する児玉弁護士。

難民審査参与員は「難民認定手続きの専門家」ではない

参与員の「適正」については、2023年5月23日、参議院法務委員会における参考人質疑にて、明治学院大学国際学部教授の阿部浩己さんも言及している。

阿部さんは、2012年1月から2022年3月までの10年余り、難民審査参与員として、1週おきの月曜日に平均2件ずつ、年間で50件弱の不服申し立て案件を担当していたという。全500件弱の案件のうち40件弱について、「難民と認めるべき」という意見を法務大臣に提出――。その大半がトルコ国籍のクルド人だったが、トルコ国籍クルド人による難民申請は、日本では「裁判判決後に認定された1件」を除き、これまで全く認定されていない。

阿部さんは参考人質疑にて、《難民審査参与員を難民認定の専門家と捉えているか?》という趣旨の質問に対し、こう答えている。

「難民審査参与員の方々は、それぞれの領域において非常に高度な知見を有しておられる専門家の方々です。例えば、人道支援の領域において長い経験を持っておられる、あるいは法律の領域で専門家である、地域研究の専門家である。しかし、端的に申し上げて誰ひとり難民認定の専門家ではありません」

「だからこそ、どのようなご専門の方であっても、難民認定手続きに詳しくなるためには研修を受けないといけないんですね。しかしこれまでは、それぞれの領域の専門家であるということを理由にして、研修を受けるような必要もないだろうというふうな、暗黙の了解があったかもしれません。そういった点からしますと、難民認定の専門家かどうかというご質問に対しては、難民認定の専門家として仕事を始めるわけではないというふうにお答えいたします」

また、参考人招致と同日に行われた記者会見では、阿部さんはこうも語っている。

「“有識者”という言葉は、(その人が)たちどころに専門家になってしまうという、本当にマジックワードだと思います。(入管の)審判課長や難民認定室長は、難民審査参与員が難民認定の仕方を知らなかったり、必ずしもきちんとした判断を下すわけではないということを認識していながら、対処をしていないのです」

参考人招致の後に行われた記者会見で発言する阿部さん(右)。

制度的問題の改善が不可欠

入管庁への取材によると、「参与員ごとに、どの事件を誰が担当したかというようなことは集計していない」「参与員の審査が適切かどうかを検証する機会はない」「(そもそも)何をもって適切な審査かということもわからない」とのことだった。

つまりその密室の中では、「難民」の定義も履き違えたままの難民審査参与員による恣意的な審査が行われていても、改善の余地はないということになる。下記はそうした参与員による加害の実例だ。

難民審査参与員 問題ある言動実例集
http://www.jlnr.jp/statements/2017/jlnr_suggestion_20170912_annex.pdf

(一部抜粋)

―2015年・東京(アジア某国出身) 調書記載なし

 申請者の名前を、有名な動物のキャラクターになぞらえた(ごろ合わせをした)うえで、その動物扱いする発言をした(要するに人間よりも劣っていると言いたかった)

 参与員「※※※(キャラクターの名前)並みの知能,という訳か」
 当職が「記録係の人,今の参与員の発言をそのまま調書に記録しておいてください。」と発言したところ、難民調査官に「代理人は、不規則な発言をしないように。」と叱責された。調書には全く残っていません。

―2016年7月7日(木)・東京(ミャンマー出身女性)

(1)A参与員とB参与員の両氏は、申請者が2週間以上前に提出した資料を読んでいなかった。

(2)1(3)のA参与員による「難民としては元気過ぎる」「あなたならミャンマーに帰っても元気にやっていける」発言に対して、代理人が「カチン地域での紛争状況を踏まえれば元気にやっていけるなどと言えるはずが無い」「元気かどうかは難民認定と何の関係もない」などと抗議したところ、B参与員がA参与員をかばうように、「何度も言わなくてもいいでしょう」「次の人が待っている。何度も同じ事を言わないでいい。本人も代理人も意見書に書いてあることと同じ事を言っているだけだ。次の人の審尋を受ける権利の侵害になりますよ。」などと発言し、代理人の抗議を終えさせようとした。

(3)B参与員は、手続き途中、2回以上にわたって自己の携帯電話を取り出して、何らかの操作を行い、手続きに集中していなかった。

こうした現状がある中、阿部さんは入管の抱える構造的な問題、そして改善の可能性をこう指摘する。

「難民を難民と認定できない深刻な制度的問題が現場に宿っているという感を強く抱いております。今般の入管法改正に係る審議がどのような形で落着するにせよ、日本の難民認定手続きに宿る制度的問題が改善されることなく、保護すべきものを確実に保護することは困難と考えます」

不十分な「難民該当性判断の手引」

そのうえで阿部さんは、難民認定制度を適切に運用していくための課題として、法務委員会にて下記ふたつのポイントに言及した。

(1)代理人制度の整備

「手続的な面を申し上げれば、代理人制度を整備することが不可欠です。とりわけ問題なのは、第一次審査の段階での面接に、代理人の立ち会いが認められていないことです。第一次審査の段階で作成される供述調書は、面接の結果を記したものですが、面接を行った難民調査官と申請者とのやりとりをそのまま記載したものではなく、調査官によって再構成された文章になっています」

「その調書が難民審査参与員のもとに送られてきて、審査請求(二次審査)の場で重要な資料として用いられるのです。そうであるだけに、審査請求の場だけでなく、第一次審査の段階でのインタビューにも代理人が少なくとも立ち会えるようにしておくことが必須です」

「欧米諸国・韓国といった国々では、当然ながら面接への同席や、録音録画が認められています。(※日本では録音録画が認められていない)アメリカ・カナダでは第一次審査で代理人がついている場合とついていない場合とで、認定率に約3倍もの開きが出ているとの調査結果もあり、全ての段階で代理人がつくことの重要性が確認されています」

(2)難民該当性の判断の仕方

「私の経験からすると、次のような問題が実務の現場で見てとれました。第一に、迫害について極端に狭い解釈が採用されてきたこと。第二に、申請者が国家によって個別に迫害の標的にされていることを求める、いわゆる『個別把握』の考え方が採用されてきたこと。第三に迫害主体を国家に限定し、非国家主体による迫害の場合には、国家による放置・助長がなければならないという古典的な考え方が採用され続けてきたこと。第四に、申請者に不信の目が向けられ、供述の信憑性が簡単に否定されてしまうことです」

難民該当性の判断に不備があることは入管も気にしていたのだろうか。今年(2023年)3月には「難民該当性判断の手引」という、“判断する際に考慮すべきポイント”を整理したマニュアルのようなものが策定されている。ただし阿部さんは、この手引もまた不十分なものであるとしてこう続ける。

「手引では難民と認定されるために、迫害の現実的な危険がなければならないとされていますが、現実的な危険とは一体どの程度の危険なのか。また、手引が示す迫害についての説明は極端に狭い。これまでの解釈を踏襲するところに重点が置かれているように読めるなど、懸念点は少なくありません」

「何よりこの手引は、難民認定実務において決定的な役割を果たす、供述の信憑性評価の仕方について全くと言っていいほど言及していません。出身国情報の収集分析の仕方にも改善の余地が大いにあることから、この手引をもって保護されるべき難民が確実に認定される条件が整えられたとは、とても言えないのが実情です」

「難民該当性判断の手引」の策定について(出入国在留管理庁)
https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/07_00036.html

どんな肩書きがあっても最初は素人

こうして現状を確認していくと、冒頭で述べた柳瀬難民審査参与員の主張には無理があると思わざるを得ない。そもそも入管庁は柳瀬氏の審査件数すら把握していないとしてきた。ようやく出てきた数字は、2021年・22年の2年分のみだ。柳瀬氏が実際に何件担当したのか、そのうち対面審査は何件行ったのか、それは適切な審査と呼べるものだったのかどうかは、本人の弁に依るしかないというのが現状だ。そこに疑義があることを指摘しても、齋藤健法務大臣は「本人がそう述べている」の一点張りだ。

そうまでして柳瀬氏の発言を信頼する根拠として、齋藤法務大臣は「柳瀬氏のNPOでの経験」をあげる。柳瀬氏は現在でも「認定NPO法人 難民を助ける会(AAR)」の名誉会長の椅子に座っている。同会は1979年にインドシナ難民支援を目的に日本で発足、現在は国外での難民支援に尽力しているが、その専門性と「難民認定手続きに関する専門性」は同質ではない。それは同会が発信しているメッセージからも明らかだ。

出入国管理及び難民認定法改正案と難民を助ける会の立場について(AAR)
https://aarjapan.gr.jp/news/9764/

阿部さんは同会の発信について、こう述べる。

「つまり、これほど長きに渡って難民支援をやってきた団体ですよ。定評のある成果も上げてきた。それほどの団体の公式のHPの中で、難民認定については専門性がないって断言されている。これが真実だと思います」

「弁護士だってそうだと思います。元裁判官・元検事・元外交官、みんな同じです。それぞれの領域の専門家であるからといって、難民認定については最初は素人です」

「長年同じポストにいると、専門性が増すように見えますが、しかし大きな問題を抱え込むことになるんです。つまり、“このケースはきっとこうだろう”という思い込みで判断を下してしまう」

長年、審査を務める参与員が、思い込みで処理し、処理のスピードを上げていく恐れなどについて、阿部さんは警鐘を鳴らした。

2年分の数字だけでは不十分

法務省・入管庁は柳瀬氏の発言について、入管法政府案の立法事実となっているのはあくまでも《2021年4月以前の審査について》だと主張してきた。しかし、なぜその数字詳細は出してこないのか――。そのうえ入管庁は、法律の根拠となる発言の当事者である柳瀬氏を「参考人として適当ではない」と答弁している。

柳瀬氏は2021年4月の衆院法務委員会に参考人として呼ばれ、そこでの発言が法律の「根拠」となっている。柳瀬氏が参考人として「適当ではない」なら、そこでの発言も、その発言を法律の根拠にすることも「適当ではない」だろう。

法案審議以前の問題として、まず「ブラックボックス」の中身をつぶさに明らかにするべきではないだろうか。

議員会館前のシットインにて掲げられたプラカード。

(2023.5.25 / 文 佐藤慧、安田菜津紀)

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