「赤く見えているリンゴが、この人には青く見えている」―参与員経験者が見た審査の現実
現在参院で審議の続いている入管法改定案の立法事実が次々と崩壊している。中でも焦点となっているのは、難民審査参与員である柳瀬房子氏の審査件数と、それを巡る法務大臣の発言だ。
難民審査参与員は、法務大臣に指名され、入管の難民認定審査(一次審査)で不認定とされ、不服を申し立てた外国人の審査(二次審査)を担っている。
立法に関わる重要な場面での過去の発言から、柳瀬氏は2019年11月~2021年4月までの1年半で500件もの対面審査をこなした可能性が浮上していた。齋藤健法務大臣は当初「可能」としたものの、後に「不可能」と訂正した。不可解な「訂正」ではあったが、事実上柳瀬氏の主張する審査件数を否定したことになる。
「2000人と対面でお話ししております」
2021年4月、衆院法務委員会の参考人質疑で、柳瀬氏はそれまでに担当した件数は「2000件以上」「2000人と対面でお話ししております」と発言している。その際に語った「入管として見落としている難民を探して認定したいと思っているのに、ほとんど見つけることができません」等の発言が、入管庁の資料にも引用され、現在審議中の入管法政府案の土台となった。中でも、審査で2度「不認定」となった申請者については、3度目の申請をしても、強制送還の対象にする内容に直結している。
齋藤法務大臣は、4月25日の会見で、「(柳瀬氏が言及した)2000件の案件はすべて、二次審査で、対面審査まで実施した、いわゆる慎重な審査を通った通常の案件」、「(その結果は)我が国の難民認定数の現状を的確に表しているもの」と答弁し、その後も同趣旨の発言を繰り返してきた。
2021年4月に参与員の柳瀬氏が語った「2000人に会った」という発言をそのまま計算すると、参与員による審査が実際に始まった2005年7月から2021年4月までの15年9ヵ月で、年間130件近い対面審査をしたことになる。しかも初年の2005年は、そもそも対面審査が55回しか開かれていないため、それ以降の数で平均を出した場合、年間の対面審査の件数はさらに多くなる計算だ。
《既出資料による推察》
法務省、入管が根拠となる数値を一切示さないため、これまでに公となっている柳瀬氏の発言から対面審査の実態を推察しなければならないという異様な事態となっている。たとえば下記資料に記録されている柳瀬氏の発言はこうだ。
《平成18年2月末までに、各班とも5~8件程度のインタビューを終え、それぞれに「意見書」を提出した》
《インタビューは原則として毎月2回行われ、1件につき1~2回程度行い…》
『東京財団研究報告書』
日本にとっての難民・避難民対策の研究(2006年5月)
P27~ 第1節 難民審査参与員制度について難民審査参与員制度が始まったのは2005年5月だが、その制度のもと初めて審尋が開始されたのは同年7月のことだ。つまり、2005年7月~2006年2月の「7ヵ月間」の間に柳瀬氏が担当した対面審査は最大で8件となる。これまでの発言から推察すると、柳瀬氏は年間130件近い対面審査を行っていることになるので、制度開始当初から比べると急激に審査回数が増えていったことがわかる。
同資料内で柳瀬氏は「難民審査の迅速化」や「代理人のありかたを検討してほしい(申請者の代弁をしないでほしいという趣旨)」などといった提言も行っている。また、「過去の経験にのみ依存したり、想像力で判断するということがあってはならない」とも述べているが、柳瀬氏を含む現在の参与員制度は、果たしてこうした反省に基いているものだろうか。
「証拠はないが信じろ」
2023年5月15日、全国難民弁護団連絡会議(全難連)が公表した、日弁連推薦の難民審査参与員を対象に行ったアンケート調査によると、回答者の年間平均審査件数は36.3件(対面審査の実施率は65.9%)だ。下記はその後29日に同組織から出された声明だ。「明らかに偏りのある2人の難民審査参与員の発言を、全ての参与員を代表しているかのような取り上げ方をするのは、不公正・不公平」と指摘する。
法改正の前に難民認定手続の正常化を求める~柳瀬参与員と浅川参与員の発言から明らかになった異常性~(全国難民弁護団連絡会議)
ところが柳瀬氏の「対面審査」の信憑性を確かめようにも、入管庁は「集計していない」の一点張りだった。6月1日の参院法務委員会でも齋藤法務大臣は「(柳瀬氏の審査の)数字はともかく、一定の信頼性がある」と語った。だが本来、「証拠はないが信じろ」で審査は成り立たないはずだ。
入管庁によると、3回目の申請で認定された人が、2022年、3人いたという。果たしてこのまま、一定の回数以上難民申請をしている人々を送還の対象にしていいのだろうか。
5月30日、都内で現役参与員らによる会見が開かれた。現役参与員である伊藤敬史さんは、2019年に参与員となったが、最初の2年間は班に配属されず、入管から案件を振られなかったという。
その後の審査で、認定意見を出した件数は9件(担当件数全体の18.4%)、人道配慮による在留特別許可への意見は8件(全体の16.3%)、つまり「送還してはならない」と判断したケースは全体の35%近くだったという。いずれも同じ班の参与員と全員一致の判断だった。
複数回申請者であったとしても、「それより前の審査で事実誤認の場合がある」と指摘。一次審査の際に作られた供述調書などに、誘導(誤導)の質問があり、申請者の体験と異なる調書となってしまっているケースもあるという。そのため別の角度から質問するなどして吟味しなければならない。
「入管から渡される資料は、一次で不認定となった記録なので、ほとんどのケースが“不認定の表情”をしている。よく読んでいくと誤解や不十分な点が見えてくることもあり、慎重にチェックしていく必要がある」
ところが、2021年に32件だった伊藤さんの班の件数は、「入管側の都合」で翌年17件に減らされた。登壇者の中には、通常の班に割り振られず、数件の審査しか担当していない参与員もいる。
かたや、「難民をほとんど見つけることができない」と語る柳瀬氏については、2021年に全件6741件のうち1378件、2022年に全件4740件のうち1231件という凄まじい件数を割り振られてきたことが分かっている。参与員が現在、111名いるにも関わらず、だ。
参与員制度は「第三者による審査」ではない
過去に参与員を務めたA氏に、会見とは別途お話を伺った。A氏は柳瀬参与員の主張する対面審査の件数に「そんな件数を審理するのは不可能」という。難民事件などに携わってきた弁護士であるA氏は日弁連(日本弁護士連合会)に推薦され参与員となったが、「基本的には月2回、1回あたり2件の審査を行っていた」と語る。
「口頭審問を放棄される方もいらっしゃるのですが、そうした場合に行う書面審査がプラスで1件入ることもありましたが、基本的には月4件のインタビューを行っていました」
参与員の仕事を始める際には、入管より基本的な事柄の書かれた資料が配布されるという。
「難民条約とは何か、日本の難民の受入れ状況といった基本的な事柄が書かれた資料に基づいた説明を受けます。《難民の定義》《迫害とは何か》といったことなど、国連の定義から引用されているものもありますが、日本政府の認定基準と矛盾するようなことは書かれてません」
これまで実務に関わってきたA氏からすると「本当に基礎的な情報」に過ぎないが、これまで違う分野で職能を発揮してきた専門家にとっては未知の分野だ。当然初歩から学ぶ必要がある。
「もちろん、それは基礎の基礎に過ぎないので、“これで十分か”といわれると疑問です」と語るA氏は、「中には《〇〇国からやってくる難民には偽装難民が多い》といったことを仄めかすような講師もいるので、何も知らない人は素直に信じてしまうのではないか」と懸念を覚えたという。
A氏は11%ほどに「難民認定すべき」という意見を出したが、「3人1組で審査を行っているのですが、ほとんどの場合、私以外の参与員は入管の言い分をそのまま繰り返すだけでした」という。
「全員一致と多数意見の意見は、入管職員が下書きをしてくれて参与員はそれをチェックするだけで済みますが、少数意見になると、自分で意見を書かなければいけないんですね。ほかの2人の参与員が自分で意見を書いたことは、結局一度もなかったように記憶しています。多数意見に与しておけば、自分の手を動かさずに済むというやり方自体も問題だと思います」
「3人1組とは言いますが、実際にはそこに入管の難民調査官が同席しているんですね。実質3対1の状態で、同調圧力が凄かったです。これまで弁護士として難民事件などにかかわってきていて、周囲にも価値観を共有できる人々がいるのですが、ここでは“あまりにも違う人々”相手に説得をしなければならない――。私にとって悩ましい事案でも、端から『難民じゃないよね』と言われてしまうと、私には赤く見えているリンゴが、この人には青く見えているんだということに衝撃を受けました」
意見書を提出してもことごとく却下される。それでも法律家として何時間もかけて書類を書いてきたという。その意見書が否定された理由は一切説明されない。そんな繰り返しに心身共に疲弊し、A氏は参与員を辞めざるを得なかった。
「ようやくこうした参与員の問題に光があたっている。立法事実も揺らいでいる。どんな制度もそうですが、運用する機関が“どこを握るか”で結果は変わってきます。参与員制度は入管が運用しているものです。とても『第三者による審査』という制度になっているとは思えません」
「見て見ぬふり」は許されない
二次審査でも不認定となった人々の中には、その後、裁判で勝訴し、ようやく難民認定を得た人々もいる。齋藤法務大臣はこの間、入管の難民審査の正当性について、「(裁判でも)95%は国が勝っている」としたが、なぜそれを胸を張って言えるのだろうか。
法務大臣は「立法事実は柳瀬氏の発言だけではない」としているが、ここで重要なのは「保護すべき者が保護される」制度になっているか否かだろう(また、その発言は裏を返せば「柳瀬氏の発言は立法事実の一部である」に等しく、であるならばそこに疑義がある以上不完全な立法事実ということになる)。
当然のことだが、一人たりとも「誤った送還」があってはならない。残りの5%の人々が、あわや送還となり、命を奪われていたかもしれないことへの責任感はまるでうかがえない。かつ、裁判に訴えるのは労力や費用などの面から非常にハードルが高く、そこまで進めなかった申請者がいることも、国として無視してはならないことだろう。
齋藤法務大臣は、柳瀬氏以外にも同様の発言をしている参与員がいると主張するが、「申請者の中に難民はいる」と語る参与員の存在は、なぜ無視し続けるのだろうか。
大臣は著書『転落の歴史に何を見るか――奉天会戦からノモンハン事件へ』(ちくま新書)にて、戦前戦中の日本が破滅へ向かっていった理由をこう述べている。
一つは、見通しの甘さと希望的観測である。(中略)国家存亡に直結するような重要な判断が、極めて脆弱な根拠にもとづいて行われた。
二つ目は、ひとたび権威となった「何々主義」のようなものを無批判で信じ、大きな情勢変化があっても、根本から見つめ直すという態度が弱いということである。度が過ぎると、情勢変化について、無意識のうちに見て見ぬふりをしかねない。
齋藤法務大臣は自身の指摘する落とし穴にはまり込んではいないだろうか。
世界には国境線の内側だけでは解決できない問題が山積している。「大きな情勢変化」はすでに起きている。「保護されるべき人が保護」されていない現状が明らかであるまま、申請者を送還の対象にすることは、取り返しのつかない事態を招きかねない。「見て見ぬふり」ではなく、一人ひとりの命と向き合うべきだ。
(2023.6.3 /文・ 安田菜津紀、佐藤慧)
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