酒酔いで診療実態ない医師を「医療体制の強化」の根拠として記載し審議―法案の土台はどこへ
大阪入管で、常勤医が酒に酔った状態で診療にあたっていたことが指摘されている。当該医師は昨年(2022年)7月、施設内の「医療体制の強化」のため採用されたが、今年(2023年)1月20日、足取りがおぼつかない状態で出勤し、呼気検査でアルコールが検出されたという。この日以降、診療には携わってはいないものの、常勤医師は他におらず、現在は非常勤の医師らが対応にあたっているという。6月3日、野党議員らが大阪入管を視察したところ、当該医師は医療業務から外れているものの、継続して雇用されていることも判明した。
仮放免者の会の資料によると、当該医師による暴言や不適切な診療はそれ以前から被収容者から声があがっており、飲酒は「問題の一部」に過ぎないという。
衆院法務委員会で齋藤健法務大臣は、当該医師について報告を受けたのは今年「2月下旬」だとした。ところが、「6月1日に」報道でこの件が明るみになるまで、法務省、入管庁ともに当該医師について公の場で触れたことは一切なかった。
ウィシュマ・サンダマリさんが名古屋入管で亡くなった後、入管は、期間の上限や司法判断の介在のない収容のあり方そのものの根本には踏み込まず、「医療体制の強化」等の「改善策」に留まってきた。入管法政府案の審議の前提としても、「医療体制の改善」を打ち出してきた。4月19日、齋藤法務大臣は衆院法務委員会でこう述べている。
「入管庁では(ウィシュマさんの)調査報告書で示された改善策を中心に業務改革に取り組んできたところ、常勤医師の確保等、医療体制の強化など、改革の効果が着実に表れてきていると思います」
そして法案の内容についてはこう答弁した。
「体調不良者の健康状態を的確に把握し、柔軟な仮放免判断を可能とするために、健康上の理由による仮放免許可申請については、医師の意見を聞くなどして、健康状態に十分配慮して、仮放免に関わる判断をするように努めることとする等の規定を設けている」
今年4月に入管庁が公表した「改善策の取組状況」という資料には、大阪入管の欄に「常勤医一名」と記されている。だが酒酔いなどの調査が進められているはずの常勤医は、アルコールが検出された1月から診療にはあたっていないはずだ。4月の資料に記されている「常勤医」とは誰のことなのだろうか。
入管庁に問い合わせたところ、資料に記載されている「常勤医」は、1月にアルコールが検出された医師と同一人物であることを認めた。つまり、実際は勤務実態のない医師をカウントし、医療の「改善」の根拠とした上で、審議を進めていたのだ。
被収容者の支援や入管内の事件にも携わってきた中井雅人弁護士はこう語る。
「現在、実際に医務室で対応しているのは非常勤医師で、酒酔い常勤医師ではありません。資料は医療体制の改善アピールのためのものであり、形式ではなく実態を記さなければならないのは当然です。現実には医療対応していないという意味で“常勤”の実態のない医師を、“常勤医師”とし続けているのです。実質的には法案成立のための虚偽のアピールと言わざるを得ません」
齋藤法務大臣の答弁からも明らかなように、ウィシュマさんの死亡事件の受けて、「医療体制が強化されてきている」という主張は、法案審議の前提のひとつだったはずだ。実態のない資料を元に、まともな審議など成り立つはずがない。
法案でも、被収容者を解放するか等は入管の権限に委ねられている。その「ブラックボックス」にこそ、切り込むべきではないだろうか。
(2023.6.5 / 安田菜津紀)
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