「生活保護を受けるくらいなら死んだ方がマシ」と思わせる福祉とは?―桐生市だけの問題ではない排除の仕組み
司法書士の仲道宗弘さんの訃報が届いたのは、3月も終わりに近づいていたころだった。その月のはじめに仲道さんにインタビューをしたばかりだった私にとって、あまりにも唐突な知らせだった。
仲道さんは「反貧困ネットワークぐんま」の代表も務め、日々困窮者の問題を解決に導くべく奔走し続けていたという。仲道さんの存在なくして、群馬県桐生市で綿々と続いていた驚愕の対応の数々は明るみにならなかったのではないだろうか。
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保護費を全額支給せず、ハンコの大量管理、窓口で暴言も
「生活保護費が窓口で1日1000円しか支給されない」「自分がハローワークに行ったことを役所の職員が確認すると支給される」――生活保護利用者のひとりからそんな相談を受けたとき、仲道さん自身も当初は信じられない思いだったと語った。1日1000円の支給ということは、本来支給されるべき額が、満額支給されていないことを意味する。ハローワークに毎日行ったところで、求人が1日で劇的に変わるはずもなく、これを強いていた理由が「嫌がらせ」以外に思い当たるだろうか。
しかし現実は、仲道さんが想像していた以上に杜撰極まりないものだった。満額支給されなかった生活保護費の未支給分は、「会計上は支払ったこと」にした上で、金庫に保管されていたことが分かっている。
信じがたい対応ではあるが、問題はこれに留まらなかった。仲道さんが関わった中だけでも、窓口に来た利用者や家族が、「1日800円で生活している人を見習って」と突き放され、生活保護申請書ではなく家計簿を渡されたり、「親はあなたにどういう教育をしたのか」「あなたの父親には社会性がない」などと、市職員が周囲に聞こえるような声で暴言を吐くケースもあったという。
ちなみに厚労省は各福祉事務所に対し、《保護の開始の申請等の意思が示された者に対しては、その申請権を侵害しないことはもとより、侵害していると疑われるような行為も厳に慎むべき》という通知を度々発出しているが、その通知が「なかった」かのような振る舞いが、窓口で続いていたことになる。
なお、職員が相談者に大声を出す問題については、すでに2016年6月の議会で質問がなされており、保健福祉部長(当時)の大津豊氏は、「自分の状況に手いっぱいで堂々めぐりをしている方や客観的に考えられず方向性を見出せない方等に対して、親身に相談に乗り、解決策を探そうと一生懸命になればなるほど、諭したり、案を提案する際にはっきりとした強い口調になることはございます」と答弁し、「大声」自体を否定してはいない。
昨年秋から、桐生市の問題は次々報じられ、生活保護利用者のハンコが1944本保管され、確認なく押印が繰り返されていたばかりか、利用者の女性の書類に、同姓の別人のものが押印されていたことも発覚している。
上記は「反社会勢力」の話をしているのではない。これがすべて、困窮者が助けを求めに行く、市の公的な窓口で起きたことだからこそ悪質なのだ。
生活保護利用者数の不自然な急減、母子世帯はわずか2人
「私は桐生市の一連の対応を違法だと認識していますが、市が違法性を認めたことはありません」。仲道さんは生前このように指摘していたが、桐生市がその違法性を認めたことは一度もない。
貧困問題に取り組む団体や個人、識者らによって結成された「桐生市生活保護違法事件全国調査団」(以下、全国調査団)の公開質問状には、「1ヵ月を超えて保護費の全額を支給しないことが正当化される法的根拠」について「なし」とはっきり回答しており、これは違法であることを認めたに等しいだろう。
ちなみに桐生市の生活保護利用者数は、2011年度は1163人であったのに対し、2022年度は547人と激減している。近隣の自治体と比較しても異様な減り方だが、桐生市は「高齢者世帯の死亡などによる保護世帯の自然減」と説明している。この「不自然」な説明で納得ができるだろうか。
現に世帯類型で見てみると、「その他の世帯(病気や失業など)」が107人(2012年)から14人(2022年)に、母子世帯は26人(2011年)から2人(2022年)に減少している。人口10万人を超える自治体で、困窮している母子世帯が2人のみということなどありえるだろうか。
生活保護申請者を追い返し、尊厳を踏みにじるような窓口での対応を繰り返していたことと、利用者減に関連性はないのだろうか――?
全国調査団は、「無理な就労指導」や「水際作戦」、「硫黄島作戦」(生活保護をいったん受給させておきながら、過度な就労指導などを行い、辞退届けを出させる手法)が行われていないか、減少理由を調査する必要があると指摘している。
本来であれば、それらを含めた徹底的な検証が求められるだろう。第三者委員会が今年(2024年)3月27日、ようやく初会合を開いたが、「桐生市はその結果を待つことなく、自ら違法性を含めて調査すべき」と仲道さんは語っていた。
窓口で「心が折れた」Aさんが同行者と共に役所を訪れると?
問題発覚後、生活保護の窓口は「外の目」を気にしてか、「表向き」は変わったようだ。
私は生活保護申請が複数回目だというAさんの申請に、支援団体と共に同行させてもらった。高齢のAさんは体調も思わしくない上、所持金もわずかというぎりぎりの生活だった。ところが――「あまり人のことを悪く言いたくはないのだけれど」と口ごもりながら、Aさんは以前、窓口を訪れたときのことを語ってくれた。怒鳴られこそしなかったものの、担当職員は高圧的だったという。支援できるきょうだい、親戚はいないのかと根掘り葉掘り聞かれ、Aさんは心が折れ、申請を断念したという。
ちなみにこうした扶養照会(親族に援助ができるか問い合わせること)は、法律に規定はなく、2021年1月、田村憲久厚労大臣(当時)も「義務ではない」と答弁している。また、この照会が実際の「扶養」に繋がるケースも極めて稀であることが指摘されてきた。朝日新聞が74自治体での、2021年度までの2年間の実績を調べたところ、親族から利用者への仕送りにつながった例は、照会したうちの1%未満に留まっていた。
支援団体などの指摘を受け、2021年春には厚労省から、照会の範囲を限定した上で、申請者本人の意思を尊重することを求める通知が発出された。
ただ、自治体によってはこの「扶養照会」が、まるで必須であるかのように提示され、Aさんがそうであったように、困窮者が生活保護申請を躊躇する「壁」となってきた。
Aさんは後日、支援団体に、生活保護申請の同行も相談できることを知り、窓口を再び訪れようと決めたという。この日は同行者が複数いたこともあってか、市職員たちは不慣れなところが見受けられたももの、終始穏やかな対応だった。
「前回と対応、全然違ったよ。同行してもらうとこんなに違うんだね」
役所から出てきたAさんは、疲れた様子ではあったものの、その顔は少し晴れやかだった。そんなAさんの表情を見ながら、複雑な思いになる。自分ひとりに対してはぞんざいに扱い、同行者がいればコロリと態度を変えるという差別的な対応は、かえって申請者の尊厳を深く傷つけることだろう。
相談室ドアに「不当要求は許さん!」ポスター、女性ケースワーカーはゼロ
ちなみに窓口を訪れたAさんは、「たまたま」相談室へと通された。窓口にはすでに、他の相談者がいたためだ。複数ある相談室はほぼ空室の状態で、窓口にいた人もみな、相談室での対応が可能だったはずだ。
しかし福祉課の小山貴之課長によると、「基本的に」対応は窓口で行っているという。だが、生活状況や家族関係、場合によっては病状などを語ることになる相談にあって、周囲の人々の耳にもそれが届いてしまう、プライバシーを守れない環境での対応は望ましいはずがないだろう。
ちなみに相談室のドアには、いざとなったときの相談先が掲示されているわけでもなく、かわりに「不当要求は許さん!」というおどろおどろしい群馬県警のポスターがにらみをきかせていた。
他にも、桐生市の「改善」が表面的であることを示しているのが、ケースワーカーのジェンダーバランスだ。小山課長によると、ケースワーカー7名のうち、女性のケースワーカーは新年度になってもひとりもおらず、DVなどを受けている女性が相談に来た場合などは、「会計担当」の女性が対応する場合があるという。社会福祉士の資格を持っている職員だというが、業務はケースワーカーではない。
一連の人権侵害被害の取材も続けてきた「つくろい東京ファンド」の小林美穂子さんは、4月4日、全国調査団の要望書提出を前に開かれた報告会に登壇し、「ほとんどの人は桐生市の報復が恐くて声をあげられない」と語った。
「生活保護を受けるくらいなら死んだ方がマシ、と思わせる福祉行政って何なのでしょうか?」
暴力団対応経験のある警察官OBが相談対応、国の責任も
4月9日、武見敬三厚生労働大臣は、桐生市の問題を問われ、「聞いてびっくりした。あまりにも不適切だ」答弁しているが、「他人事」のように語れることだろうか。
4月11日、厚生労働委員会の参考人招致で意見陳述した、「つくろい東京ファンド」の稲葉剛さんは、「(桐生市では)生活保護申請から50日以上たっても保護費を渡していない事例や、『税金で飯を食っている自覚はあるのか』という職員による暴言恫喝が日常的に行われていた」「利用者に家計簿の提出を指導し、レシートを100円単位まで細かくチェックしたり、生活保護利用者の家計支出を徹底的に管理、監督するシステムを作り上げていた」と異様な制度運営を指摘した上で、「その責任の一端は厚生労働省にあります」とした。
桐生市では福祉課全体で最大時、計4名の警察官OBが配置されていたことが、全国調査団の調査と情報公開で明らかになっている。桐生市から群馬県警に行われている退職警察官の紹介依頼の文書には、2020年まで、「刑事課等での暴力団対応経験者を希望」と書かれていた。相談件数と警察官OBの対応件数を照らし合わせると、ほとんどの新規相談の面談に警察OBが同席していることがうかがえ、家庭訪問にも同行、就労相談まで対応していた。警察OBが配置された時期と、桐生市の保護率が激減していた時期はほぼ重なるという。
2012年3月、厚労省は、暴力団関係者などの不正受給対策として、各福祉事務所に警察官OBを積極的に配置することを促す通知を発出している。つまり、警察との連携協力体制強化事業は国としても進められてきたもので、桐生市はOB雇用のための国庫補助金も活用している。
桐生市の運用は、明らかに趣旨を逸脱するものではあるが、そもそも国の通知が出た段階から、こうした問題が起きることは懸念されていた。生活保護問題対策全国会議が出した「警察官OBの福祉事務所配置指示の撤回を求める要望書」では、「元警察官が社会福祉主事の資格もなく従事すると、警察目的が福祉目的に先行し、結果的に市民の生存権行使を阻害する事態をもたらす危険性、保護受給者あるいは保護を受給しようとする者を犯罪者視しその人格権・生存権を侵害する危険性がある」と指摘されていた。
「生活保護を恥と思わないのが問題」議員による保護バッシングも
現場で人権侵害が横行してきた責任は、厚労省のみに留まらないだろう。振り返ってみれば、「生活保護を恥と思わないのが問題」(片山さつき議員)など、一部政治家らが生活保護バッシングを扇動してきた実態がある。自民党の生活保護に関するプロジェクトチームの座長も務め、保護費削減を主導してきた世耕弘成氏は、生活保護利用者の「フルスペックの人権」の制限も厭わない発言をしている。
「さもしい顔して貰えるものは貰おう。弱者のフリをして少しでも得しよう。そんな国民ばかりでは日本国は滅びてしまいます」(高市早苗議員)など、公権力者が「困窮者は叩いていい人間」とレッテルを貼り、追い詰められた人々を支援から遠ざけてきたことと、桐生市で起きたことは地続きの問題ではないだろうか。
仲道さんは桐生市に限らず、生活保護の仕組み全体としての改善点も語った。
「対応できる市職員を増やしていくことも重要ですし、例えば依存症など、より困難を抱える利用者のケースがあれば、法律や福祉の専門家など、外部との連携も広げるべきでしょう。そもそも、手持ちのお金がわずかにならなければ生活保護を利用できない今の制度も変えていく必要があります」
果たして桐生市で発覚した問題の数々は、「ひとつの自治体でたまたま起きてしまった特異なケース」だろうか。その土台である社会の仕組み自体を、「自助」「自己責任」から「公助」「人権」を軸足にしたものに作り変えていく必要があるはずだ。
Writerこの記事を書いたのは
Writer
フォトジャーナリスト安田菜津紀Natsuki Yasuda
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『国籍と遺書、兄への手紙 ルーツを巡る旅の先に』(ヘウレーカ)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
(2024.4.30 / 安田菜津紀 )
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