本記事は、ドイツ系パレスチナ人のジャーナリスト・映画監督のラシャド・アルヒンディ(RASHAD ALHINDI)氏による記事(2023年4月6日公開)を翻訳したものです。
原文(英語)はこちら。
(※)による注釈は翻訳者追記。
ベルリン地方裁判所において、数人の活動家が「表現と集会の自由」に対する基本的権利を掲げ、「ナクバの日」(※)のデモの新たな禁止を阻止しようと訴えている。
(※)ナクバの日
毎年5月15日「ナクバの日」とは、1948年、イスラエルの建国に伴い約75万人のアラブ・パレスチナの人々が故郷を追われることになった出来事(ナクバ——アラビア語で「大災厄・大破局」を意味する)を嘆き、想起する日。
2022年4月末、ベルリン警察は「ナクバの日」を含め、パレスチナに関連するすべての集会を禁止した。またイスラエルによる、著名なパレスチナ人ジャーナリスト、シーリーン・アブー・アークラ氏殺害(※)に対する追悼集会も禁じられた。この集会は、「Jewish Voice for a Just Peace in the Middle East」 という団体が主催するものだった。
(※)シーリーン・アブー・アークラ氏殺害
2022年5月、カタールの衛星テレビ局「アルジャジーラ」特派員だったシーリーン・アブー・アークラ氏が射殺された。彼女の命を奪ったのはイスラエル軍の弾丸であろうことは当初から指摘されていたにも関わらず、軍が形ばかりの「謝罪」を述べたのは翌年になってからだった。
2022年5月15日、ベルリン在住の多くのパレスチナ人やアクティビストたちは、警察による「禁止令」を拒み、デモを行うのではなく、「黙祷」のために路上へと集まった。人々は、パレスチナなどアラブ地域で用いられる伝統的な布 、「カフィーヤ」をまとい、或いはパレスチナの旗を掲げていた。
これに対しベルリン警察は、「違法集会参加者」として115人を逮捕、そのうち25人に対して計8,269.50ユーロの罰金を科した。
書面による控訴により罰金が免除された人もいれば、当局との「トラブル」を避けるために罰金を支払うことを選択した人もいる。特に「移民」としてドイツに滞在している人々は、そのステータスの取り消しなど、不利益を被ることに不安を覚える人々が多かった。しかし、12人のアクティビストたちは不服申し立てを行い、裁判所に訴えることを決意した。
Contents 目次
多様なバックグラウンド、けれど目的は共通
その後12人のアクティビストたちは力を合わせ、nakba-ban.orgで声明を発表した。
2022年5月15日、ナクバ74周年の記念行事が市内全域で禁止された後、ベルリン警察はパレスチナ人とその支援者に対する嫌がらせキャンペーンを開始し、市内のアクティビストや居合わせた人々を逮捕しました。その日の終わりまでに、27人のアクティビストが警察に拘束され、25人が総額8,269.50ユーロの罰金を科されました。私たちの多くは現在、法廷で罰金に異議を唱えています。この事件は、ベルリン当局がパレスチナとの連帯を罰し、犯罪化しようとする試みが深刻にエスカレートしていることを示すものであります。また、集会や言論の自由という、基本的な民主的権利に対する、より広範な攻撃を反映しています。
[…]
だからこそ私たち――ドイツ、米国、ポーランド、シリア、パレスチナのアクティビスト、デモ主催者、そして市民;キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ人、非信者――はこうしたことに抗うために連帯し、ナクバの日に迫害された人々を支援し、ベルリンでパレスチナとの連帯を築き、なによりパレスチナの歴史の記憶を消去しようとするドイツの試みに抵抗しているのです。
今年のナクバを記念するベルリンでのデモの開催は許可されなければならず、パレスチナとの連帯を犯罪化しようとするドイツの試みは終わらせなければなりません。私たちは世界中の進歩的な勢力に、私たちの呼びかけに参加するよう呼びかけます。
下記にて、連帯の署名を行うことができる。
https://www.nakba-ban.org/support-call/
何の前触れもなく突然包囲され――
これらのアクティビストのうちの2人、ドイツ人学生マチルダ * とパレスチナ難民で学生のハレド * は、その日(※2022年の「ナクバの日」)、ノイケルン (ドイツの首都・ベルリン南東部にある行政区——大規模なアラブ人コミュニティがある) を散策することにしていた。2人ともパレスチナのカフィーヤを身に着けており、警察による「ナクバ記念行事の禁止」への拒否を表明していた。
ハレドはマチルダとコーヒーを飲んだ後、近所を散歩し、多くの文化的・政治的なイベントや活動が行われることで知られる広場、「ヘルマン広場」へと向かった。広場に到着した彼は、多数のジャーナリストに加え、数百人の警察と数十台の車両の存在に衝撃を受けた。まるで彼らが「何か」を待っているかのように彼には見えたのだ。
「外を歩いているとき、警官がいつもよりも多いことに気づきました」とマチルダは言う。
「私たちの予定は、友人たちとシャワルマを食べて、ヘルマン広場に集合する、というものでした。いたるところにパトカーと暴動鎮圧用の装備を身に着けた警察がいました。そして私たちが広場を出る前に、何の警告もなく、突然警察に囲まれたのです」
不条理な茶番劇
「米国出身のユダヤ人」であるジョー*は、その日、禁止令について知っていた他のユダヤ人の友人3人と一緒に出歩いていて、全員がヘルマン広場の近くに住んでいたため、状況を見に行くことにした。
「私たちが近づくと、何百人もの警察が広場の周囲に立っているのが見えました。中には暴動鎮圧装備を身に付けた警官もいましたが、はっきりと分かる集会らしきものはありませんでした。警察はときおりパレスチナの旗を持った人を捕まえ、ときには力ずくで逮捕していました」と、ジョーは混乱した現場の様子を語った。
彼と友人たちが、もっと近くで状況を見ようと広場の中心に移動したときだった。何の警告もなく、突然警察に逮捕された。警察は彼らを「包囲」すると、四方八方から彼らを追いつめていったという。警察は手あたり次第人々を逮捕しており、中には家族連れや、買い物客も含まれていた。
「なぜ私たちがターゲットとなったのか、説明もありませんでした。警察に囲まれた人々の多くは、カフィーヤを身に付けていたか、アラブ人と思われる人々でした。わずか数分で、アラブ人と思われる人々が次々と警察に包囲されていきました。中には、地下鉄の出口から出てきたばかりの人や、離れたところにいた人々も含まれています」と、マチルダは証言する。
ハレドによると、逮捕の現場は混乱に見舞われ、ときに暴力も振るわれたという。
「その包囲網には、外から入ることはできても出ることは叶いませんでした。茶番劇です。私たちは2時間ほどその輪に閉じ込められていたのです。そこにいたある人は、包囲の外にいた人から水を持ってきてもらいましたが、その水を持ってきた人ですら、立ち去ることを許されず、その後私たちと一緒に逮捕されてしまいました。警察は一部の人々——特にカフィーヤを身に付けていた人に酷い振る舞いをし、幾人かは、無理やり警察車両に引きずりこまれたのです」
「約2時間後、警察は私たちが“違法な集会”に参加したと告げ、自発的か強制的かに関わらず、私たちのデータを登録するために、ひとりずつ来るようにと言いました」
レイシャル・プロファイリング
往々にして警察は、「パレスチナに関するデモは非常に感情的である」と言うが、そこにはベルリン警察の、アラブ人に対する人種差別的な見方が現れている、とマチルダは指摘する。
「デモというものは常に感情的なものです。それなのに、ドイツ人の感情の高ぶりは正当なものとされ、アラブ人のそうした感情は“暴力的なもの”だと見做されるのです」
「パレスチナ人の多くがノイケルンに住み、働いています。そこには2ヵ所、“犯罪多発地域”と呼ばれる場所があり、ベルリン警察には特別な権利が与えられているのです。例えば、(正当な理由もなく)人々に恣意的な裁量で職務質問をしてもよいことになっています。つまり、警察はレイシャル・プロファイリング(※)を行っているのです」
(※)レイシャル・プロファイリング
警察などが、人種や肌の色、出自をもとにして職務質問や取り調べの対象者を選んでいくこと。
犯してもいないことで罰せられる
「私はシリアで警察の暴力を何度も目撃しましたが、ここドイツでも同様です。パレスチナに関しては、警察がより暴力的になるのを、様々なデモで目の当たりにしてきたのですから」とハレドは語り、「ベルリンの見通しは暗い」と不安を口にする。
「自分が犯してもいないことで罰せられるのです。こんなに恐ろしいことはありません。ドイツではパレスチナ人が声をあげることが、法律によって犯罪とされているのです」
ジョーは、ハリドとマチルダが語る「警察の暴力」についてこう述べる。
「私の肌は“白い”ため、“肌の色や見た目で”ドイツ人に見えない人々よりも、警察の態度がゆるやかであることに気付きました。パレスチナの旗を掲げていたり、カフィーヤをまとっている人々は、ただただ暴行を受けたり逮捕されたりしており、そんな様子を少なくとも2件目撃しました」
パレスチナ人の声は公共の場で禁止される
アクティビストたちによると、警察はその後、拘束した人々の身元を特定し、写真を撮影した後、協力しなければ「強制措置」を取ると脅したという。まるで「犯罪者」かのように扱われたのだ。
ノイケルン在住のアクティビストたちは、24時間の「自宅待機」を義務付けられ、緊急時以外の外出は禁じられた。その他の人々は翌日まで、ノイケルンと近隣のクロイツベルクへの立ち入りを禁じられた。
マチルダはこう指摘する。
「公式には、こうした警察による命令は“危険を回避し、犯罪行為を防止するために役立つもの”だとされています(参照:ベルリンにおける公共の安全と秩序を保護するための一般法 § 29 ASOG Bln)。これはベルリンにおいて、パレスチナ人と、彼らに連帯する人々がどのように扱われているかを示しています。私たちは存在するだけで犯罪であり、“公共の安全と秩序”に対する脅威とみなされているのです」
「あの日行われたのは警察による威嚇的な力の誇示でした。結局のところこれは、パレスチナ人の声が公共の場に入り込まないように全力を尽くす、現在のドイツの政策がもたらしたものなのです」
2022年5月15日のナクバ記念日に逮捕された115人のうち25人が、後に「違法なイベントに参加した」として罰金を科せられた。
マチルダ、ハリド、ジョーを含む12人のアクティビストは、300ユーロを超える罰金に抗議し、逮捕や警察による暴力行為を糾弾するため、裁判所へ提訴することを決めた。「デモの禁止」に対する明確な拒否を表明するためでもある。ドイツの「基本法」は、表現の自由とデモを行う権利を保障しているのだから。
過去の精算のための道具として利用されるパレスチナ人
ジョーはユダヤ人アクティビストとしての見解を私に語った。
「ヨーロッパ中の政治家は、意図的にイスラエルをユダヤ人と同一視し、人種差別的で反ユダヤ的な言葉を使いながらも、イスラエル国家との強い関係を維持しています。彼らは反ユダヤ主義の非難を避けるためにそうしているのです。ハンガリー大統領でイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の友人である、極右のヴィクトール・オルバン氏など、そうした政治家はファシスト政策を推進しています」
ジョーは、「反ユダヤ主義との戦い」という名目で、国家が有色人種コミュニティ、特にイスラム教徒に対して人種差別政策を実施していると指摘する。さらに、ドイツに住むパレスチナ人は、“どのようにしてナチスの加害と向き合っていくか”という、ドイツ国家の「過去の精算」のための道具として、しばしば利用されていると付け加える。
彼は、パレスチナ人がナクバを記念し、政治的な意見を表明する権利を有していることを明確にした上で、「イスラエルに対するいかなる批判も禁止することは、反ユダヤ主義の陰謀論者(なぜイスラエルを批判できないのか?それはユダヤ人の陰謀に違いない!——というような)の思うつぼであり、ユダヤ人を助けるどころか危険にさらすことになる」とも言及する。
マチルダも同様に、「ドイツではイスラエルとユダヤ教がますます同一視されるようになっている」と懸念を示す。さらには、「地政学的、および経済的利益が、人権やパレスチナ人の命よりも優先されています」と付け加えた。
その一方で彼女は、世界中でイスラエルによる占領犯罪の証拠が提示されてきたことで、パレスチナ人との連帯の機運は高まっており、人々はドイツの対イスラエル政策に疑問を抱くようになっているとも語った。
「暮らす場所を追われたパレスチナ人たちが、ますますドイツにやってきています。Jewish Voice for Peace やJewish Bundなどのユダヤ人団体は、より多くのドイツ人に、自分たちの立場を再考させることに、大いに貢献しています」
表現と集会の自由に対する基本的権利
アクティビストたちによる裁判は2023年2月中旬に始まり、最初の公判には、表現の自由の権利を主張し、ナクバデモの禁止を拒否しようとする多くのアクティビストが出席した。マチルダとハレドの裁判はまだ行われていないが、ジョーの訴訟は棄却で終わった。
ジョーは法廷で「デモの禁止はドイツにおける表現の自由を損なうものだ」と主張し、公然と反ユダヤ主義を唱えるナチス(※排外主義的な極右)のデモを許可しながら、ナクバを記念する言論の自由を制限するのは、人種差別的なあざけりであると指摘した。
「私はユダヤ人です。もし有罪判決が出れば、ドイツの裁判所はユダヤ人に“反ユダヤ主義”の罰金を科すことになると法廷で突きつけました。彼らのいうデモとは何のことなのでしょうか? つい数ヵ月前、警察が咎めもしなかった、右翼やファシスト集団による示威行動のことでしょうか? ——そこまで言うと、裁判官の顔は真っ赤になりました」
裁判において、ジョーは準備していた陳述書を読みあげようとした。そこにはデモの禁止と、そして「反ユダヤ主義との戦い」という虚飾により正当化される、パレスチナ人への人種差別について、自らの意見を綴っていた。ところが、審理は30分もかからず終わりとされ、彼は陳述書を読むことすら叶わなかった。
他の3件の裁判(2人のパレスチナ人と、1人のシリア人が被告人)では、当日の詳細に関して、裁判官がさらなる証言を警察官、目撃者に要求したため、判決は先延ばしとなった。「警察は封鎖前に人々に立ち去るように指示したか」といった点に関する証言が求められたが、こうした問題は、ジョーの裁判ではまったく取り上げられなかった。
裁判を待つハリドはこう語る。
「ドイツ当局がパレスチナ人に対してどれほど不当な判決を下したとしても、もう何もショックを受けることはないと思っていました。けれどそれは違いました。私はシリアのヤルムーク難民キャンプで育ち、シリアの政権に抑圧されてきたパレスチナ人として、これまでにも同じような感情を、恐怖を、味わってきたのです。なぜデモが許されないのでしょうか? なぜ……?」
警察によるデモや集会の禁止命令は、いくらでも恣意的に適用できるとハリドは恐れている。なぜなら警察は、「禁止しなければ反ユダヤ主義的な事件が起きる可能性がある」と主張するだけで良いのだから。
ハリド自身の裁判も見通しは暗いが、それでも彼は、断固として「起きたことをありのままに話す」つもりだという。
*3名の活動家の名前(マチルダ、ハレド、ジョー)は安全のため仮名を用いています。
【プロフィール】
ラシャド・アルヒンディ(RASHAD ALHINDI)ドイツ系パレスチナ人のジャーナリスト・映画監督。 2011 年以降、AlQuds-Network、Fann-Magazine、Arab48 で出版物を執筆、ABWAB の共同創設者。研究者、ドキュメンタリーのプロデューサー、映画専門家、アラビア語の「セリフ、小道具、衣装」のアドバイザー兼コーチ。
(2024.5.14 /翻訳 D4P取材班〔佐藤慧・安田菜津紀〕)
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