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法の支配を導く国際司法裁判所の勧告的意見 ―パレスチナ被占領地域でのイスラエル駐留の違法性(根岸陽太さん寄稿)

本記事は西南学院大学法学部教授の根岸陽太さんによる寄稿記事です。

「国際法とは、現在のガザのパレスチナ人の子どもたちにとって何の意味があるのでしょうか。……裁判官の皆様、パレスチナ国は裁判所に訴えます。国際法を守り、不正義をなくし、公正で恒久的な平和を実現するために、国際社会を導いてください。」

パレスチナ国連常駐代表マンスール氏

2024年7月19日、オランダ・ハーグの平和宮を拠点とする国際司法裁判所(ICJ)が、パレスチナ被占領地域におけるイスラエルの継続的駐留を国際法違反とする勧告的意見を発しました。国際司法裁判所は、国際連合の主要機関の一つで、国家間紛争に対して当事国を拘束する「判決」を下すことが主たる任務です。ただ今回は、国連総会から諮問された問題について、国際法に照らした「勧告的意見」を出すという役割を担いました。

度重なるイスラエル軍の侵攻にさらされる西岸地区ジェニンの壁に描きなぐられた「ダビデの星」。(安田菜津紀撮影)



1967年〜2004年〜2024年――時空を超えた共感共苦のナラティヴ

パレスチナ被占領地域に関しては、すでに2004年の段階で、イスラエルがヨルダン側西岸地区に分離壁を建設したことを国際法違反とする勧告的意見が下されています。そこから20年後となる今回の勧告的意見は、1967年から50年以上にわたる引き延ばされた占領それ自体を主題とし、入植や併合、差別的な立法・措置を含めた包括的な問題を取り扱うことになりました。

この手続は本来、2022年12月の総会決議により開始されたため、昨年10月7日にハマス-イスラエル間の武力紛争が発生する以前の状況に限定されます。しかし、ガザ地区の人々に対するジェノサイド(集団破壊)の蓋然性が高まるなかで、より一層の注目を集める形になりました。

今回の勧告的手続には、日本を含む54ヵ国と3つの国際機関(アフリカ連合・イスラム協力機構・アラブ連盟)の陳述書が寄せられました。2024年2月19日に開始し26日に閉会した公開弁論でも、50ヵ国と上記3機関が平和宮に集い、国際法上の主張を展開しました。なかでも、ナミビアとモーリシャスの代理人が、パレスチナへの共感共苦を呼び起こす物語(ナラティヴ)を展開したことで、大きな注目を集めました。

両国は他国に支配を受けた苦渋の過去を共有し、それぞれ1971年と2019年に裁判所の勧告的意見を得たことで事態を好転させた経験も持ちます。それゆえに、従属する人々を解放する国際法の可能性を、どの国よりも強く説いていました。パレスチナの代理人も、冒頭に引用した悲痛な言葉を語り、裁判所が国際法に基づく正義と平和を導くように訴えかけました。

何百キロにも及ぶ分離壁は「アパルトヘイト・ウォール」とも呼ばれる。(佐藤慧撮影)



違法性判断――占領・入植・併合・差別・駐留

その訴えに応える形で、裁判所は、「パレスチナ被占領地域におけるイスラエル国の継続的な駐留は違法である」という結論を出しました。この結論に至るまでには、国際法に基づく詳細な検討が以下のように幾重にも加えられました。

①引き延ばされた占領の問題

占領は軍事的必要性に対応するための一時的な状況にすぎないため、イスラエルの占領が57年以上続いているという事実があっても、占領国イスラエルにパレスチナの権原を移譲することはできないことが確認されました。

②入植政策

パレスチナ被占領地域では、イスラエルが様々な方法で入植政策を実施してきました。裁判所は、イスラエルが被占領地域に入植者を移送してその存在を維持し続けたこと、入植地開発のためにパレスチナ人の土地を没収・徴発してきたこと、水・鉱物その他の天然資源を搾取してきたこと、イスラエルの法律を拡張して適用してきたこと、パレスチナ住民を強制的に立ち退かせてきたこと、パレスチナ人に対する暴力を創り出してきたことが、おもに占領に関する国際人道法に違反すると判断しました。

③被占領地域の併合問題

イスラエルによる被占領地域での政策と慣行は、無期限に存続し、現地に不可逆的な影響をもたらすように設計されていることから、被占領地域の大部分の併合に相当すると判断されました。このような併合により占領地に対する主権を獲得しようとすることは、国際関係における武力行使の禁止と、武力による領域取得というそれに付随する原則に違反します。

④差別的立法・措置の問題

被占領地域において、イスラエルはパレスチナ人に対して、滞在許可の取得・保持を強いる政策、移動を著しく制限する措置、懲罰や建築許可がないことを理由として財産を取り壊す行為を重ねてきたことが国連文書で記録されています。裁判所は、これらの立法・措置が、国際人権法に定められる「差別」に該当し、合理的でも客観的でもなく、公共目的のために正当化されるものでもないと判断しました。これらの差別的立法・措置が入植者とパレスチナ人共同体との間にほぼ完全な分離を課し、それを維持する役割を果たしていることから、人種隔離・アパルトヘイトの防止・禁止・根絶を定める人種差別撤廃条約3条に違反すると結論づけられました。

⑤自己決定の問題

イスラエルは、違法な政策と慣行を通じて、パレスチナ人民が自らの政治経済体制を決定する権利(自己決定権)を行使することを長期にわたって阻害してきたため、自己決定権を尊重する国際法上の義務に違反していると判断されました。

⑥占領の法的地位への影響

裁判所は、イスラエルが被占領地域の併合と恒久的な支配権を主張し、パレスチナ人民の自己決定権に対して継続的に阻止するなど、占領国としての地位の持続的に濫用してきたとして、被占領地域における継続的な駐留が国際法の基本原則に違反すると結論づけました。



違法行為の法的帰結――イスラエル・すべての国々・国際機関

この被占領地域における駐留の違法性を踏まえ、裁判所はその法的帰結として、イスラエル・それ以外の国々・国連機関がそれぞれどのような義務を負うのかを検討しました。

⑦イスラエルの義務

違法行為の中止として、被占領地域における駐留を可能な限り速やかに終結させる義務、新たな入植活動や差別的な立法・措置を終わらせる義務を負うとされました。また、違法行為から生じた結果を拭い去るための賠償として、占領開始以来の土地・動産・資産・文化財などの返還、入植者の退去、分離壁の解体、パレスチナ人の帰還の承認、物質的損害を被ったすべての自然人・法人・集団への金銭賠償も言い渡されました。

⑧それ以外の国々の義務

イスラエルが違反する義務には国際社会全体に対する対世的(erga omnes)性格を有する義務も含まれることから、その法的帰結として他の国々にも一定の義務が課されます。具体的には、パレスチナ人民の自己決定権の実現を確保するために国連機関に協力する義務、イスラエルの違法な駐留から生じる状況を合法的なものとして認めない義務、その状況の終息を確保する義務、その状況を維持するための支援や援助を提供しない義務などが示されました。最後の不支援・援助義務については、イスラエルが創出した違法な状況の維持を援助するような貿易・投資関係を阻止するための措置を講じる義務も含まれます。

⑨国際機構の義務

イスラエルによる対世的義務の違反により、裁判所は国連を含む国際機構に対する法的帰結にも踏み込んでいます。上記の第三国の義務と同様に、国際機構もイスラエルの違法な駐留から生じる状況を合法と認めない義務を負います。特に国連総会と安保理は、その違法な駐留を可能な限り速やかに終結させるために必要である正確な方法とさらなる行動を検討すべきであるとされました。

2023年11月末、ジェニンのサミール・アルゴールさん宅はイスラエル軍により徹底的に破壊された。(安田菜津紀撮影)



ミッシング・リンク?――イスラエルの安全保障

以上の結論のなかには、15名の裁判官のコンセンサスを得られなかった論点も含まれています。特に上記⑥については、①〜⑤で問題とされた「個々」の国際法違反によって、被占領地域における継続的駐留それ自体が「全体」として国際法違反になるとしていますが、これには論理的な飛躍があると指摘されています。具体的には、イスラエルが重視する安全保障上の問題として、占領が「自衛権」によって正当化されるか否かという論点については正面から検討されませんでした。多数意見がこの論点を避けた背景には、裁判官の間での不一致があると思われ、実際に11名の多数意見に反対する4名の個別(反対)意見が付されています。イスラエルも、裁判所が「安全保障上の必要性」や土地への歴史的権利を一方的に無視したとして、強い拒否反応を示しています。

西岸地区南部ヘブロンにて「自衛」と称して占領・駐留を続けるイスラエル軍。(佐藤慧撮影)



国際社会の反応と日本への影響

このように全会一致ではない部分があったものの、権威ある国際司法裁判所が下した勧告的意見は、国際社会ですでに多くの反応を呼んでいます。執筆時点で確認できる限り、20ヵ国以上が「歓迎」や「支持」といった表現を用いて勧告的意見を積極的に受け入れています。当事者でもあるパレスチナは、今回の判断が「正義と国際法にとって分水嶺となる瞬間」として、裁判所の結論を高く評価しました。また、上記③で人種差別撤廃条約3条に違反すると判断した点については、同じく人種隔離・アパルトヘイトに苦しんだ南アフリカが特別な重要性を見出しています。

日本政府については、本稿執筆時点で公式な反応は見当たりません。しかし、今回の勧告的意見が下されたあとに、政府が初めてイスラエル人入植者を制裁対象としました。また、上記⑧で記載したように、日本を含めたすべての国は、「イスラエルが創出した違法な状況の維持を援助するような貿易・投資関係を阻止するための措置を講じる義務」が課されています。2017年に効力が発生した日・イスラエル二国間投資協定(BIT)の運用や、共同研究を進めている日・イスラエル経済連携協定(EPA)の交渉も、今回の勧告的意見に沿って行われる必要があります。特に日本国憲法のもとでは、国際法を「誠実に遵守することを必要とする」だけでなく(98条2項)、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」しているため(前文)、パレスチナ人民が自己決定権を平和のうちに行使できるよう確保することも求められます。

日本でも数多くのデモやBDS活動が行われている。(佐藤慧撮影)



従属を強いられた人々のための「法の支(え)配(り)」

勧告的意見は、国家間紛争の当事国を縛り付ける判決とは異なり、法的拘束力は有しないと軽んじられることがあります。しかし、国際法に照らした賢慮(juris prudentia)という点で判決と勧告的意見は相違なく、一体として裁判所の判例を構成します。当事国の同意を必要とする国家間裁判とは異なり、勧告的意見は国連機関の諮問により発出されるため、当事国を超えて全世界の国々・機関・企業・メディア・市民に向けて発信されるという点でも優れています。

ナミビアとモーリシャスが強調したように、これまで関係国が勧告的意見を受け取って実際に行動に移した実績もあります。特に今回の勧告的意見の場合には、裁判所に係属しているパレスチナ関連の国家間裁判に間接的に影響を与えることも考えられます。

国際司法裁判所に係属しているパレスチナ関連の国家間裁判

①ガザ地区におけるジェノサイド条約適用事件(南アフリカ対イスラエル)

②パレスチナ被占領地域に関連する特定の国際義務の違反主張事件(ニカラグア対ドイツ)

③エルサレムへの合衆国大使館移転事件(パレスチナ対アメリカ合衆国)

これらの意義を踏まえてもなお、現在に至るまで被占領地域で苦しんできたパレスチナの人々にとって、今回の勧告的意見に「何の意味がある」かが問われるべきでしょう。今回の手続では1967年以来の占領を主題としましたが、それ以前の1948年のナクバ(破局)、1920年代からの国際連盟下のイギリス委任統治、そして現在進行中のジェノサイド的危機と、パレスチナの人々は覇権を持つ国々の「力の支配(rule of power)」に置かれてきました。その覇権的支配に対して、国際法は歯止めをかけることができず、その意味ではパレスチナ人の従属を固定化するために、「法による支配(rule by law)」に寄与してきたという負の側面を持っています。

その事態が続くなか、「国際法を守り、不正義をなくし、公正で恒久的な平和を実現するために、国際社会を導いて」ほしいという訴願に応えるかたちで、国際司法裁判所は「法の支配(rule of law)」に相応しい賢慮を示しました。この判断は、覇権による上からの「力の支配」を抑制し、従属を強いられた人々を下から「支え」、彼らに解放をもたらす力を「配る」可能性を秘めています。そのような正義と平和を導く新たな力が、国際社会を担う一人ひとりに託されました。それをどのように活用し、どのような国際社会を想像/創造していくかが今、私たちに問われています。

2018年、ガザの学校にて。イスラエル軍は学校施設も攻撃の対象とし、多くの死者を出している。(佐藤慧撮影)

【プロフィール】 根岸陽太(ねぎし ようた)

西南学院大学法学部教授。早稲田大学博士後期課程修了。博士(法学)。専門は国際法、国際人権法。イスラエル・パレスチナ問題に関する著作として、「国際法と学問の責任──破局を再び起こさないために」『世界』2024年1月号など。


Radio Dialogue_169
「国際法とイスラエル」
(ゲスト:根岸陽太さん|安田菜津紀・佐藤慧 2024年7月17日配信)

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